稲垣吾郎さんとSMAPと新しい地図と。すべてが好きな主婦の日記 【無断転載禁止】

サントリーホール情報誌に吾郎が登場♪

とその前に雑誌情報を一つ。

6/14 (本日)発売 「女性セブン」 稲垣吾郎インタビュー (「FREE TIME, SHOW TIME 君の輝く夜に」) 
山田美保子さんの連載コーナーだと思われます。

そして、サントリーホールの情報誌「Hibiki」夏号より吾郎のロングインタビューが掲載されます!
詳しくは→ 新しい地図topics
       サントリー情報誌ページ
配布開始日 : 7/1 (日)
配布場所 : サントリーホール他
7月中旬よりpdfで閲覧も出来ます。季刊の情報誌で4回連続掲載、ということは一年に渡って吾郎のインタを載せてくださるということですね。有難いことです。


拍手ありがとうございます

特攻兵の愛ある抵抗 (「ゴロウ・デラックス」 6/8)

今回でゴロデラは放送300回を迎えました。おめでとうございます
この良い番組がこれからも長く続きますように。

300回めの放送は、人間の尊厳について考えさせられる衝撃的な内容でした。

オープニング。
「今日は大変人気のある劇作家の方。ある戦争の話に今回夢中になって本を出したところ、16万部を超える大ヒットとなったんです。」(外山さん)
「僕もこの本を読んで、こんな事が本当にあったなんて信じられなかったですね。」(吾郎)
吾郎も外山さんもびっくりしたという課題図書とは…?

課題図書 : 「不死身の特攻兵 軍神はなぜ上官に抵抗したか」 鴻上尚史 (講談社現代新書)

第2次世界大戦末期の1944年に組織された特攻隊は、「十死零生」と言われる自爆攻撃が任務でした。その戦死者は約4000人と言われています。
しかしそんな特攻隊の中で、9回出撃し9回生還した奇跡のパイロットがいたのです。
その生き方は私たちに一つの問いを投げかけます。

「あなたは組織に理不尽な命令を出されたらどうしますか?」

奇跡の特攻隊員の生涯を亡くなる直前(2年前)に行われたインタビューを交えて描いた本です。
この本の著者、鴻上尚史さんは劇団「第三舞台」などを主宰し数々の演劇賞を受賞してきた人気劇作家です。その鴻上さんがなぜ特攻隊の本を書いたのでしょうか?
「僕らの世代は子どもの頃から戦争物(のドラマや映画)が結構あったし、その中でも特攻というのは作家としてどういう気持で行かれたんだろうなと興味はあったんです。」(鴻上さん)
「で、その後会うことになったんですよね。」(吾郎)
「そうですね。そういう人がいたって事は本で知って、まさか御存命だとは思わなかったので。2009年に別の本を読んで、ほんの半ページの短い記述だったんですけど頭の片隅にあって。毎年4月くらいになるとテレビの人から『終戦特集なんかないですか?』と言われて、僕もTBSを含め色々なテレビ局の人に『こんな人がいたらしい』っていう話をしたけど、『ああそうですか』で終わってた。そしたら某テレビ局のプロデューサーが『面白いですね』と言って調べてくれて『その佐々木さんっていう人、生きてますよ』と。それで『うわぁー!』ってなって。」
それが2015年5月のこと。札幌の病院にいらっしゃると聞いて「会うしかない」と鴻上さんは思いました。
「実際にお話伺いたいですよね、絶対に。」(外山さん)
その方は佐々木友次さん。陸軍航空隊初の特攻隊「万朶(まんだ)隊」の元隊員で唯一の生存者です。北海道出身で空を飛ぶことが大好き。航空隊に入団した佐々木さんは優れた航空技術を持ったパイロットとして一目置かれるようになりました。
ある日佐々木さんの所属する特攻隊の前に恐ろしい戦闘機が現れました。その部分を吾郎が朗読。

1944年(昭和19年)8月2日、立川飛行場に寄った岩本大尉は、竹下福寿少佐に内密に格納庫に案内されて、そこで異様なものを見た。
それは、3本の細長い槍が機体の先頭から突き出た九九双軽だった。風防ガラスで丸く囲まれた機首部の先端から、長さ3メートルほどの見たこともない金属の細長い管が3本、突き出ていたのだ。
よく見れば、細い槍の先には、小さなボタンのような起爆管がついていた。その根元から太い電線が延びて、機首の風防ガラスを越え、爆弾倉の方に続いている。
岩本大尉は驚いた顔で竹下少佐を見つめた。
明らかに体当たり用の飛行機だ。
細い管の先に付いている起爆管のスイッチが体当たりすることで押されて爆発する仕掛けだ。
竹下少佐は黙ってうなづいた。
「爆弾投下器はどうなっていますか?」
混乱しながら岩本大尉は聞いた。
「はずしてしまった。いらない機械はみんなおろした。」
苦々しい答えが返ってきた。
それはつまり、操縦席からは爆弾を落とせないことを意味した。
爆弾を破裂させるには、体当たりしかないということだ。
岩本大尉の顔は怒りで険しくなった。
「ろくな飛行機も作らんでおいて」

「見た瞬間おかしい、って。なんだこの槍は?って。」(吾郎)
この「九九双軽」はどんな飛行機だったのでしょうか。番組が作った二つの飛行機の模型を外山さんが持ってくると吾郎は
「僕プラモデル好きなのでよく分かります。一式陸攻の話とかしなくていいですか?」と身を乗り出しかけましたが、
「大丈夫です、長くなりそうなので」と外山さんにあっさり却下されました(笑)。(今回はそういう話題ではないですし。)
鴻上さんの説明によると、九九双軽とは「九九式の双発(二つのプロペラ)の軽爆撃機」で4~5人乗り。機銃が前の風防ガラスのところと機体後部に付いています。
「それを前の銃座を完全に取り外して、その代わりにこの槍のような真管のついた起爆管を3本つけて。そして800キロ爆弾というのが爆弾倉に入りきらなかったんです。」
鴻上さんは改造後の九九双軽の模型を裏返して見せました。翼の下の爆弾倉から爆弾がはみ出ています。
「そんなにでっかいんですか?!800キロって。」(吾郎)
「通常は550キロなんですよ。それを800入れたので、爆弾倉が閉じないんです。閉じれないまま飛んでいく、という形にした。」(鴻上さん)
つまり、改造された九九双軽は体当たりに特化した「死の戦闘機」だったのです。しかし、
「体当たりの勢いより、爆弾をそのまま落とした方が攻撃力はでかいんです。なぜかというと、飛行機は空気抵抗があるから飛べる。だから体当たりでどんなに速く突っ込もうとしても、(空気抵抗を受けるので)爆弾をそのまま落とす速度の半分くらいになってしまう。実は爆弾をそのまま落として当てた方が攻撃力は高い。で、戦艦は実に鉄板が分厚いんですけど、飛行機は身軽に飛ぶために軽い金属で作られているので、当時(体当たり攻撃に)反対する人たちは『コンクリートに生卵をぶつけるようなものだ』と言っていたんです。よくそんな無茶な命令を出したなと思いますね。」(鴻上さん)
「無茶苦茶ですね。」吾郎も呆れています。
「だから元々は生きて帰れない飛行機だったんですが、佐々木さんが所属する万朶隊はこっそり改造した…」(外山さん)
「こっそりというか…岩本隊長というベテランのパイロットが怒ったんです。我々が何のために訓練してきたと思ってるんだ、と。それで上層部には言わないで現場の整備兵たちに『爆弾を落とせるようにしてくれないか?』と言ったら、現場も『当たり前ですよね。1回で帰ってこれない攻撃方法を採用する上層部がおかしい。』と言って改造してくれたんです。」(鴻上さん)
こうして岩本隊長の判断で改造(再改造?)された九九双軽に乗り出撃した佐々木さんは、同僚の特攻兵が次々死んでいく中、上官の命令に背き帰還する道を選びました。ここからAD山田くんも加わって、鴻上さんが佐々木さんにインタビューした音声を聞きました。(以下敬称略)

鴻上「何回か猿渡参謀長と喋ってて、どこか途中で『くそ!何があっても生き延びるぞ!』って思いました?それとも一回目の出撃から『俺は絶対に生き延びてやる!』と思ってました?」
佐々木「一回目の出撃から戻ってきた時はチャンスだと思ったですね。」
鴻上「チャンス?」
佐々木「これは帰れるかも知れないと思った。やっぱり無駄死にはしたくなかった。父親は日露戦争で金鵄勲章をもらってきた。父は…『死ぬと思うな』と何回も言っていた。」

「お父さんの言葉がいつも心にあったんですね。」(吾郎)
そして佐々木さんが上官の命令に反抗したのにはもう一つの理由がありました。
「最初特攻は必ず成功させるために、ベテランのパイロットが選ばれたんです。佐々木さんも、21歳でしたけど、実に九九双軽の操縦が上手かった。上手い人たちというのは毎日死に物狂いの訓練をしている。そのプライドがある人たちに、ある日陸軍も海軍も『お前たちはもう急降下爆撃しなくていい、突っ込め』と命令したんですね。戦争に出て死ぬのは当たり前、戦うなかで撃ち落とされるなら認めるけれど、『死ね』っていう命令を出すのはどうなんだ、とみんな怒ったんです。」(鴻上さん)
「プライドだよね。」(吾郎)「ほんとそうなんです。」(鴻上さん)
「死ぬと思うな」という父の言葉、機体を改造してくれた岩本大尉の想い、一流パイロットとしてのプライド、それらが佐々木さんを命令拒否へと突き動かしました。しかしそんな佐々木さんは上官はじめ周囲から大変な圧力を受けることになります。
1回目の出撃では敵輸送船に爆弾を投下し命中させ帰還。しかし帰ると戦死扱いになっていて、しかも軍神とされてしまったのです。
「戦死扱いになったと言うことは、実は誰も最後まで見ていない、確認してないということ。戦死に違いないということで(上に)報告した。しかも輸送船ではなく軍艦、つまり一番でかいのを沈めたと発表しちゃったので、神様になった。」(鴻上さん)
さらに、これは陸軍の1回目の特攻だったそうで、
「海軍は護衛空母というそれなりの空母を沈めているので、(陸軍としては)ちゃんとやってくれないと困るんですよ。」(鴻上さん)
陸軍と海軍との功績争いも絡み、佐々木さんは大和や武蔵クラスの軍艦を沈めたことにされ軍神に祭り上げられてしまったわけです。
「すごいスタートを切らされちゃいましたね。」(吾郎)
そして上官からは「次こそ本当に体当たりして死んで欲しい」と言われたのです。
「軍神として発表してしまいましたから、次は死んでもらわないと困る、ということです。」(鴻上さん)
「見栄張っちゃったか…。」(吾郎)
2回目の出撃では、味方の戦闘機が爆発し危険を察知して帰還したのですが、佐々木さんの地元では葬式が挙げられ神様扱いになっていました。
「かなり盛大な葬式で、小学校では全員が佐々木さんの家まで歩いて行って祈って帰ったりとか。」(鴻上さん)
そして上官は「必ず体当たりをしてこい!必ず帰ってくるな!」(←日本語がちょっとおかしくないですか?)
「もう天皇にも報告していますから。新聞にも発表しているし、生きていられると困るんですね。」(鴻上さん)
その後も上官の命令に背き生還し続けましたが、そんな佐々木さんに上官は恐ろしい圧力をかけました。佐々木さんと上官とのやり取りを吾郎と外山さんで朗読。

何度目の帰還の時か、司令官が軍刀の柄を両手で掴み、ギラつく目で佐々木をにらみつけた。
「きさま、それほど命が惜しいのか、腰抜けめ!」
佐々木伍長は落ち着いた声で答えた。
「おことばを返すようですが、死ぬばかりが能ではなく、より多く敵に損害を与えるのが任務と思います。」
司令官は激怒した。
「馬鹿もん!それはいいわけにすぎん。死んでこいといったら死んでくるんだ!」
「はい、では佐々木伍長、死んで参ります!」
こう叫んで佐々木はその場を辞した。

「死んで参ります、って言うしかないですよね。」(外山さん)
「死んでこいと言ったら死んでくるんだ、って言われたらね…。佐々木伍長の方が上手というか冷静だよね。」(吾郎)
「これはその場を目撃した人の証言ですから。リアルですね。」(鴻上さん)
「すごいよこれ。怖いよ。ね、山田くん。」吾郎は隣の山田くんに話を振りました。
「ダメだね、もう怖いね~」と山田くんも怯えています。
6回目の出撃で佐々木さんは大型船に爆弾を命中させて生還しましたが、2度目の戦死扱いをされ、地元では2度目の葬式が行われました。(←よく考えるとこれはおかしな話ですよね。1度目の出撃で戦死したことになっているのに、なぜまた戦死したと新聞発表してしまったのか…。地元の人たちも変だと思わなかったのでしょうか。でも戦争になれば変だと思う感覚も麻痺するのかも。)
「でも、これで命中させた、すごい!じゃダメなんですか?」と外山さんが訊きました。
「うーん、特攻ですからね。」鴻上さんは厳しい顔をしました。
「いやぁ…命中させたけど帰りづらいなと思いながら帰るんでしょうね、きっと。」(外山さん)
「さすがにこの時はこのまますぐに帰るのは嫌だから別の所に寄ってるんです。」(鴻上さん)
そして問題の上官からは一言、「明日死んでこい!!」。鴻上さんは笑ってしまいました。
「笑っちゃいけないけど…。これでも佐々木さんはめげない。」(吾郎)
7回目の出撃は機体トラブルで、8回目は1機で出撃するも馬鹿馬鹿しくなって引き返し、9回目は機体異常で、と生還し続けた佐々木さんは遂に終戦を迎えました。そして地元に帰ったのですが…
「辛かったと思いますね。地元は2回も盛大な葬式を出してますからね。佐々木さんはあまり多くを語らなかったですけど『辛かったですか?』と訊いたら『辛かったねえ』とおっしゃってました。葬式の時佐々木さんの家まで行った(当時の)小学生の方にお話を聞いたら、戦後佐々木さんを見つけて特攻のお話を聞こうとしたけど話してくれなかった、と。喋るのがすごい嫌だったんでしょうね。」(鴻上さん)
本当はパイロットになりたかった佐々木さんですが、地元に帰ってからは家業の農家を継いだそうです。
それにしても、佐々木さんはなぜ9回も生還できたのでしょうか?
佐々木さんのインタビューの中に答えがありました。

鴻上「飛行機に乗るのが大好きだったというのも大きいですか?」
佐々木「大きいですね。」
鴻上「何が好きだったんですか?飛行機に乗ることの。」
佐々木「私たちはあまり評判の良くない九九双軽に乗って飛んでいたけど、乗ってみたら乗りやすい良い飛行機なんですよね…。それで…このように乗って自爆したくない…という気持がありました。」

「うーん…」吾郎は深く頷きました。
「だから、どうして9回も耐えられたんでしょう?という答えが知りたくて、何回も何回も通ったんですけど、勿論お父さんの言葉もあったし、岩本隊長の言葉もあったんだけど、一番は飛行機が大好きで空を飛ぶことが大好きで、だから一回で終わらせたくないし大好きな飛行機を壊したくないという思いだった気がしますね。」(鴻上さん)
佐々木さんの飛行機への純粋な思いは、理不尽な上官の命令に押しつぶされなかったのです。

番組はエンディングへ。
「ブラック企業だと思うんですよ、軍隊は。特に理不尽な命令を出してね。戦艦を沈めることじゃなくて死ぬことが目的というのは本当にブラックだと思うんだけど、そういうブラックな組織に対してこれだけ戦った人がいたと思うだけでも勇気が湧くじゃないですか。」(鴻上さん)
「湧きます。」(吾郎)
「その一番の原動力が“空を飛ぶのが好きだった”という単純な思いで。それがブラックな組織と戦う武器になり得た、という。」(鴻上さん)
「そうですね…」吾郎は最後にやっと微笑みました。

山田くんの消しゴムハンコは笑顔の鴻上さんと佐々木さん。披露する山田くんの表情はいつもより神妙でした。


戦争が終わって74年経ちますが、自爆攻撃を強いた軍隊は過労死するまで残業させるブラック企業となって今の日本に残っているのかも知れない、と考えたら怖くなりました。日本人は根っこの部分では変わっていないのではないか、とさえ思いました。


拍手ありがとうございます

年末はルイス♪

疾風怒濤の情報解禁ラッシュです。来年のことを言うと鬼が笑うと言いますが、来年までの予定が出ました(笑)。

【ラジオ】
6/12 (火) 11:30~12:55 JFN  「simple style -オヒルノオト-」 稲垣吾郎
※舞台「FREE TIME, SHOW TIME『君の輝く夜に』」へ向けてのインタビュー
6/16 (土) 18:30~19:30 文化放送 「編集長稲垣吾郎スペシャル」 (生放送!)

【舞台】
「No.9 ~不滅の旋律」
[東京公演] 11/11(日)~12/2(日) TBS赤坂ACTシアター
大阪(12月)、横浜(12月)、久留米(2019年1月)でも公演
詳しくはこちら


6/16に「編集長稲垣吾郎」のスペシャルが放送されることになりました。嬉しいです。2回目の生放送はゲストもいらっしゃるそうで、「俳優稲垣吾郎」にもスポットを当てるとの事なので期待したいです。番組への質問を考えなくてはいけませんね。
そして、ビッグニュースと言えば、「No.9」の再演ですよ!あのルイス様がまた見られるなんて幸せです(いやまだチケットは取れていませんが)。今回はマリア役に剛力彩芽さん、ジョセフィーヌ役に奥貫薫さんなど、キャストが変わるのでどんな感じになるか楽しみです。「君の輝く夜に」のチケット発売がまだ終わっていないこの時期に発表されて嬉しい悲鳴ですね。
今年後半は吾郎舞台にどっぷり漬かりたいです。


拍手ありがとうございます

6月のななにー雑感 (「7.2時間新しい別の窓」 6/3)

6月6日に雨ザーザー降ってきて、関東地方は梅雨に入りました。
鬱陶しい季節ですが、また嬉しい雑誌情報です。

6/7 (木) 「CHANTO!」 インタビュー : 稲垣吾郎
CHANTO!さんのInstagramはこちら

明日発売の雑誌情報をつい先程twitterで知りました。初めて買う雑誌なので楽しみです。


今、Abemaビデオで日曜日のななにーを見返しています。ななにーも3回目になり段々番組の形が出来てきた感じがします。
今回のオープニングは3人だけのドライブ&トーク。カトルド・トランプでコント色も織り込みながらのトークは自由さが伝わってきてワクワクしました。出発点がお台場というのもなかなか大胆というか挑戦的というか・・・。
「BMW縦列駐車選手権」はスポンサーさんの全面協力で出来た企画ですね。一度ぶつけると同時に二台のBMWに傷が付いてしまうので、太っ腹のBMWさんには本当に感謝です。
途中に挟まるクソ野郎コントや、歌コーナーの作りはスマスマを受け継いでいますね。特に今回の歌ゲストはスマスマのS-Liveにも出演してくださった水曜日のカンパネラ(コムアイさん)だったので、懐かしく感じました。「見ざる聞かざる言わざる」の歌詞の内容は意味深で色々な解釈が出来そうです。お猿さんを肩に乗せて歌う吾郎はシュールでしかも可愛らしかったです。そして「雨あがりのステップ」にコムアイさんが参加してくださったのが私はとても嬉しかったです。3人の持ち歌に他のアーティストの方が参加してくださるのは初めてなのに、「久しぶり♪」という不思議な感覚でした。
吾郎ファンとしては「人狼ゲーム」が楽しみになったのではないでしょうか。徐々に推理を絞っていって最後に自信満々で人狼をあぶり出す姿がかっこよくてしびれます。でもあまりに鋭いので、これからは人狼にまっ先に捕食されそうで心配です。騎士に守ってもらわなければ・・・(はっ、お姫様キャラ?!)。

「ブロガーゴロー」や「ユーチューバー草彅」などのSNSと連動したコーナーと、スマスマのエッセンスを受け継いだコーナーのバランスが良くなって見やすい番組になってきたと思います。これもSNSで視聴者の反応が直に伝わるからでしょうか。
来月の放送が待ち遠しいです。


以下、ちょっと脱線した話になるので折ります。
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ゴロウ・デラックス深夜寄席 (「ゴロウ・デラックス」 6/1)

オープニング。
「今日は人間国宝が認めたという本格派、今一番チケットが取れないという人気落語家の方がゲストです。」(外山さん)
「楽しみですね!最近すごい落語に興味があるので。」(そういえば吾郎は風間杜夫さんの落語会に行ったのでしたね。)
「そうですか。因みに吾郎さん、『まくら』ってご存じですか?」(外山さん)
「あのー、落語の本題に入る前の“フリートーク”、テレビでいうと“アイドリングトーク”・・・その『まくら』が面白いんです!」(吾郎)
「そうなんです、その『まくら』にも定評がある方で、この度『まくら』をまとめた本を出版されたんです。・・・今日のゲストはこの方です!」
と外山さんに紹介され、軽快な出囃子と共に登場した春風亭一之輔さん。
「非常にやりにくい始まり方でございます・・・」と切り出し
「いいですね、1対2の落語。何これほんとにやりにくいったらありゃしない。」とぼやいてから(外山さんは既に大笑いしています)いよいよ「まくら」に。
「今日は『ゴロウ・デラックス』ということで、ウチのカミさんなんかは色めき立っちゃって、カレンダーの今日の日付に『ゴロウ・デラックス』って書いておくんですけど、段々日を経つごとに『ゴロウ』の文字が太くなっていくんですね。カミさんが忘れないように忘れないように太くしてる。で今日家出るときに『今日デラックスでしょ?』って言うから『『デラックス』って略し方ないと思うんだけど・・・』。『今日吾郎さんに会うんでしょう?吾郎さんに恥かかせるな!』そういう送り出し方をされて今日やって参りました。どうなるか分かりませんが、一つよろしくお願いします。カミさんの尻に敷かれて・・・そういう人間は落語にいくらか出てきて、
『ちょいとお前さん!どこ行くの今日は。』
『ちょっと今日は本の宣伝で『ゴロウ・デラックス』行ってくるから、じゃ行ってきますよ』
なんて落語があったりして・・・これから一つよろしくお願いします。」
外山さんも吾郎も笑いながら拍手喝采。
「すみません、やりづらいですよね、眼の前に2人だと・・・。」と外山さんに言われ
「やれ、と言われたら何でもやりますけどね。」と返す一之輔さんの切れ味は鋭いです。

春風亭一之輔さんは古典落語に現代風のアレンジを加えた独自の話芸の持主で、2012年に21人抜きで真打に昇進(当時34歳)。これは年功序列の落語界では異例の出来事で、人間国宝の十代目柳家小三治さんが「久しぶりに見た本物」と大絶賛したほどです。
一之輔さんの落語の魅力の一つは「まくら」。ぼやくような「まくら」でお客さんの笑いと共感を誘います。

課題図書 : 「いちのすけのまくら」 春風亭一之輔 (朝日新聞出版)

旬な話題や日常をテーマにした「まくら」だけが綴られている本。もちろん実際の高座で披露したものです。
その一つを、TBSの過去の落語番組から特別公開。番組収録で落語を聞きに来たお客さんをネタにした「まくら」はなかなか皮肉が効いています。無料で収録にきたお客さんの中に反応が鈍い人がいるとか、逆にお金をもらって収録に来たお客さんは反応が過剰だとか(笑)。それがまたお客さんにウケるのです。

「面白かった!・・・普段どうやって『まくら』を考えるんですか?」(吾郎)
「考えようと思って考えると言うより、電車に乗ってたりする時に前に座っている人を見て、変な行動をしている人がいたらメモしたり。あと子どものネタとかね。子どもが生まれる前は自分の子どもやカミさんの事を高座で話すのは嫌だなと思っていたんです、芸人だから。でも生まれちゃうとこんなに面白い奴らはいない、ネタになる。ウチの次男がちょっとバカで、小学校4年生なんですけど、『ゲーム買ってくれ』って言う。『ウチはゲーム禁止だ』と言うと『じゃあおもちゃ買ってくれ』と段々落としてくるんですよ。『おもちゃかぁ・・・』『買ってよおもちゃくらい』と言うから『じゃあ今乳歯がグラグラしてるだろ?』って、ちょっと(買うのを)長引かせようとして。『乳歯が抜けたら何か・・・買ってやろう・・・かな・・・』と言い終わらないうちに自分でバーッと抜いた。」(一之輔さん)
吾郎も外山さんも爆笑です。
「『はいっ!』って血をダラダラ流しながら『抜けたから買って!』と泣きそうな顔をして。『買うよ!』って(笑)。」(一之輔さん)
「『買うよ!』としか言えない・・・(笑)」(吾郎)
「そういう人がいっぱいいるのでネタには困らない。」(一之輔さん)「そうかあ・・・」(吾郎)
「だから子どもが主人公の落語が結構あるんです。その時はうちの子どもの今みたいな話とかしながらスッと落語に入って行ったりとか、そういう事。」(一之輔さん)
トーク中にも「まくら」(おもちゃのくだり)を披露してくださった一之輔さん。サービス精神旺盛ですね。

課題図書の中には、一之輔さんが春風亭一朝師匠に弟子入りした時のエピソードも「まくら」として収録されています。その部分を吾郎が朗読。

春先、落語界には入門志願者がたくさんやって来ます。「新人」以前の若者が、寄席の楽屋口でお目当ての師匠が出てくるのを待っているさまは、挙動不審すぎて実に微笑ましいものです。
私もおんなじでした。
15年前、4月21日から7日間。
新宿末廣亭の楽屋口から10メートルほど離れた、向かいのビルの社員通用口の凹みで、従業員にチラチラいぶかしげに見られながら、師匠を待ち続けていました。
なにも7日待ち続けなくても初日に声を掛けりゃよかったんですが、根が臆病なもので、
「あー、師匠、向こうに歩いてっちゃった……明日にしよう」
「今日機嫌悪そうだな……明日にしよう」
「あれ?雨降ってきた。今日はやめて晴れの日にしよう」
「あらー、今日お休みか?じゃ明日にしよう」
「なんか、おなか痛くなってきた……うーん、明日にしよう」
「よし行くぞ!……(すれ違って)……通り過ぎちゃった……そうだ、明日にしよう」
そんなこんなでようやく27日に師匠に声を掛け、弟子入りのお願いをしたのでした。

「明日にしよう」のくだりを吾郎が面白おかしく読むので、一之輔さんも思わずニヤリと笑いながら聞いていました。
「臆病ですね!」と読み終わるなり吾郎は笑いました。
「とんだチキン野郎ですね。」一之輔さんも笑いました。「腰抜けもいいとこですね。思ったところと違うところを師匠が歩いていると…それだけで…」
「行けなくなっちゃうんですか。」(吾郎)
「『日が悪い…明日にしよう』と(笑)」(一之輔さん)
そうやってやっとの思いで落語の世界に飛び込んだ一之輔さん。落語家を目指した元々のきっかけは「寄席との出会い」だったといいます。
「春日部だったんですけど、高校が。浅草に電車一本で行けるので浅草をフラフラしてたら、浅草演芸ホールという寄席が…そこに初めて入ったんです。1300円くらい、学生で。で、朝から夜まで入れ替えなしでずっといられるんで、映画観るよりいられるから入ってみようかな、と。入ってみたら(客が)弁当食べたりガチャガチャしてる。で一生懸命落語やっている人はいるんです。一生懸命聞いてないんですよ、客が。弁当ガーッと食ってたりビール飲んでたり。それを客として見てて『なんなんだろうなこの空間は』って。そしたら“寄席”って何人も(芸人が)出てくる、リレーしていくわけですよ、15分やって下がる、また15分やって下がる。すると弁当を食べ終わったお客さんがスーッと前のめりになって、トリが出てきた頃には完全にドカーンドカーンと大爆笑。で幕がスーッと閉まって。『あれ?これ普通のエンターテインメントとは違う』と。なんかゆるい、ふわーっとした空気で、でも最終的にはお客さんは満足して帰る・・・。」
このお話を吾郎は身を乗り出して聞いていました。
一之輔さんにとって寄席は自分だけが見つけた大人の空間、同級生は行かない秘密の遊び場でした。そして、
「それが『出たい』に繋がったんですね。」(吾郎)
「かっこいいんですよね。ウケてない人もいるし大笑いさせている人もいるけど、何も言い訳せず、自分の時間が終わってオチを言い終わったら頭を下げてスーッと袖に帰る。そういう落語家の形がいい形だなって。」(一之輔さん)
「へぇー・・・」吾郎から思わず笑みがこぼれました。

現在は日夜高座に上がり多忙を極める人気落語家の一之輔さん。
「そんな一之輔さんの一日に密着させていただけて・・・」(外山さん)
「ほんと迷惑。」その一言でスタジオを笑わせる一之輔さん、流石です。
この日、一之輔さんは本番30分前に浅草演芸ホール入り。お弟子さんに手伝ってもらって着物に着替え、お弟子さんが持ってきた「ネタ帳」をチェック。この「ネタ帳」には今日誰が何をやったかが書いてあり、
「ネタは決まってないので。これを見てその日に(ネタを)決める。」(一之輔さん)
寄席では事前にネタを決めていないので、本番直前に他の出演者のネタを確認し、かぶらないように演目を決めるのだそうです。そして「まくら」は、
「(高座に)上がってからなんとなく・・・。その場に応じて長めか短めかとか、お客さんの様子を見て」決めると一之輔さん。そこで舞台袖からお客さんの年齢層や人数などを確認します。
「見るんだ!」(吾郎)「よく見えるんですよ」(一之輔さん)
「僕もこうやってよく見ます、舞台で。」(吾郎)
江戸家小猫さんの動物のモノマネに子供が笑っているのもしっかりチェック。そしていよいよ出番が来て高座へ。
注目のこの日の「まくら」は
「動物の鳴き声をしてお金もらうって、世の中どうかしてる…」という具合。
「また言ってますよ、皮肉を」吾郎がニヤリとしました。
そしてこの日演目に選んだのは「初天神」。初天神に父と息子がお参りに行くのですが、息子が駄々をこね始め父は様々な物を買い与えるという噺です。
「面白そう!」吾郎も楽しそうに見ています。
高座での持ち時間は20分ほど。終わるとすぐに着替えて次の寄席へ向かいます。
因みに「初天神」を演目に選んだ理由は、それまでに子供を題材にした噺が出ていなかったことと、2階席に中学生がたくさん来ていたからだそうで、
「子供たちが喜んでくれてよかった。『また来たいな』って子供が思ってくれるような、確実に笑ってもらえる噺をやるのが、自分の役割。」と一之輔さん。
40分ほど歩いて上野鈴本演芸場に到着。移動は大体歩きだそうです。
「浅草から歩くんですか?!」外山さんは驚きました。
着替えて寄席のネタ帳を確認すると、一之輔さんは自分のネタ帳を開きました。ずらりと並んだ落語の題名の横には何回話したのかも記録されています。この中から演目を選ぶのです。先に入っていた林家二楽さんから「今日のお客さんはおとなしい感じ」と聞いた一之輔さんが選んだ噺は「鈴ヶ森」。間抜けな新米泥棒が親分の指導の下追い剥ぎの訓練をするが全く成功しない、という噺です。よく聞くと途中で「パードン?」と英語のセリフも入れています。
「こういうのが面白いんだよね。」(吾郎)
この高座を終えて次の寄席へと歩きながら
「お客さんが重かったのでちょっと起こさなきゃいけないかなと思って、陽気な笑いの多い、得意にしてる噺にした」と「鈴ヶ森」を選んだ理由を教えてくださいました。
「2つ3つ噺を考えながら高座に上がるんですよ。『まくら』を喋りながら今日はこの中のコレだな、って決める感じです。」(←すごい!)
この日はもう一軒、内幸町ホールで妹弟子・春風亭一花さんの二つ目昇進披露公演に出演しました。ここで選んだ噺は「笠碁」。下手ながら碁が大好きな旦那二人の意地の張り合いが光る人情噺です。この噺を選んだ理由は
「あいだはちょっとのんびりした噺のほうがいいかなと。(一つ前の)宮治がウケてたから、もう“笑い”はいいでしょ。後の(翁家)和助兄さんが曲芸でウケるから、(あいだの自分は)人情噺がいいかなと。…また明日、って感じです。」
最後はちょっと愚痴っぽくなって、それがまたおかしかったです。この後打ち上げにもいらっしゃったとか。
吾郎も
「客の状況や雰囲気で変える、すごいですよね。そんなステージ他になくない?」と驚いていました。
「あと、自分だけで満足しちゃいけなくて、渡し方、次の出演者への…そういう事まで考えてやるのがすごいな、と思います。」外山さんも熱っぽく語ります。
お客さんの年齢層や客席の雰囲気、共演者の持ち味や演目の流れなどを見て「まくら」を考え演目を選ぶ。思った以上に即興的なんですね。
「(寄席は)一人が目立っちゃいけない。個人なんだけど、寄席の場合は(全体を)ひっくるめてのものなので、トリが一番喝采を浴びないといけないんです。そこまで上手くどう繋ぐか。野球の打順と一緒ですね。一番バッターは塁に出ればいい、二番バッターは送って…という感じで、何となく役割が出番によって決まってるんですよ。」(一之輔さん)
寄席の世界って本当に面白そうですね。
「行ってみたい。」と吾郎も興味津々でした。

「今後はどんな落語家さんを目指していきたいですか?」吾郎が最後に訊きました。
「最終的には一日一回寄席で落語を喋って…生きていければいいかな、と。」と一之輔さんは静かに笑いました。
一日一席喋って寄席に出続けるというのが一番の目標、としみじみ語ったところで、
「そのためには今のうちにお金稼いどかないと。」と言いながら課題図書をカメラの方に向けました。さすがは落語家さん、最後に笑いを取るのを忘れません。
今回はAD山田くんもお弟子さんのような着物姿で消しゴムはんこを披露したのでした。


一之輔さんのお話を聞いたら、吾郎に落語家役を演じてほしいと思いました。似合うと思いませんか?


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「サンデー毎日」に吾郎が登場&質問募集中

今ラジオを聴きながらこの記事を書いています。ナイターが延長になって「編集長稲垣吾郎」を待機しているところですが・・・
またまた楽しみなお知らせです。

7月発売の「サンデー毎日」に吾郎のインタビューが掲載されるそうです。それに伴って吾郎への質問を募集しています。
(締切 : 6月3日(日) 23::59)

詳しくはこちら
(中のリンクから質問フォームへ飛べます。)

週刊誌のインタビューはネットとは違う層の目に触れると思うので有難いことです。
舞台のチケ取りで皆さんお忙しいと思いますが、是非質問を送ってください。
私もこれから考えます(笑)。


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吾郎舞台先行申込のお知らせ

おはようございます。

NAKAMA限定先行申込の結果が発表になりましたが、皆さんチケットは確保できましたでしょうか。私も運良く当たりました。当選された皆さんおめでとうございます。
残念ながら取れなかった皆さんにもまだチャンスがあります。「新しい地図」サイトで6月1日(=明後日)からもう一度先行抽選発売を行うそうです。

詳細は31日に発表されます→ こちら

今回は1人1公演2枚までということなので文字通りの「One more chance」ですが、皆さんにチケットの神様が降りてきて下さるといいですね。


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ゴロウ・外山のアマゾンBAN! BAN!(「ゴロウ・デラックス」 5/25)

オープニング。
「今日は東京中のシェフが大注目している凄腕の料理人が登場します。」(外山さん)
「ということは色々食べられる回ですか?」(吾郎)
「因みにアマゾン料理を作る方です。」(外山さん)
「アマゾン料理?!」吾郎は一瞬固まって、
「一気にバラエティテイストに・・・。ピラニア食べろとかそういう企画?」
さあ、どうでしょう・・・

アマゾンは南アメリカ大陸の約30%を占める世界最大の熱帯雨林です。そこには500万種を超える多種多様な生物が存在。魚は4500種類以上、果物も3000種類以上あって「食材の宝庫」と呼ばれています。そして今「世界最先端の美食の地」として注目を集めているのだそうです。
昨年の「世界のベストレストラン50」のトップ10には南米ペルーのレストランが2つもランクインしています(因みに日本のレストランの最高位は18位)。
今をときめく日本のシェフ達も大注目している地域なのです。

今回のゲスト、太田哲雄シェフはアマゾン料理の魅力にいち早く気づき今グルメ界で注目を集めている方です。
「どなたからも好かれそうな方ですね。」(外山さん)
「シェフの格好をしないとシェフに見えない。」(吾郎)
太めのボーダーシャツを着て「よろしくお願いします」と頭を下げる姿はどこにでもいそうな好青年。しかし大変輝かしい経歴をお持ちなのです。その修行経歴は、

2004年 ミラノの一つ星レストラン「ラ・フェルマータ」
2010年 世界のベストレストラン50で4年連続1位「エル・ブジ」
2011年 ミラノの大富豪マダムのプライベートシェフ

「すごい!・・・ミラノの大富豪マダムになりたい。」(吾郎)(←そっちかい!!)

課題図書 : 「アマゾンの料理人」 太田哲雄 (講談社)

高校卒業後様々な星付きレストランで修業した太田さんが最後に行き着いたアマゾン。そこには今まで出会ったことがない様々な食生活と食材がありました。一流レストランを渡り歩いた太田さんがなぜアマゾンに魅了されたのか?その部分を吾郎が朗読。

欧米の一流シェフたちの多くは、自身の作品として料理を作り、ミシュランの星や「世界のベストレストラン」で、評価を上げることに夢中になっている。
かつては僕も、最先端のクリエイティブな料理に憧れた。スペインの「エル・ブジ」で修行もしたし、ミシュランの星付きの店をすごいと思う感覚もあった。
だけど、アマゾンに通うようになって価値観が大きく変わった。
そこでの暮らしは、野性的、イコール野蛮ととられることもある。食事でもテーブルマナーはほとんど存在せず、立ったまま手づかみでムシャムシャ食べることも多い。だけど僕は、道に座り込んで一心不乱に骨付きチキンにかぶりつく人たちの貪欲さに、心を動かされる。この人たちの力強さには勝てない、と思うのだ。
僕は、調理場にこもってストイックに料理を追及したいとは思わない。料理人が主役になるような料理を作るのではなくて、料理を通じて、人と人、人と社会の関係を築いていきたいのだ。

「絶対いい人ですよね。」と外山さん。誠実という意味でしょうね。
「ここに全て詰まってますよね、この本のメッセージが。太田さんの生き方とか料理に対する思いとか。」(吾郎)

ここで太田シェフの価値観を変えたアマゾン料理を3つご紹介。
1.マタマタの煮込み
マタマタは大きな亀で、枯れ葉や岩の様な変わった見た目をしています。
「これどうやって食べるんですか?」(吾郎)
「アマゾンでは亀をよく食べるんです。陸亀だったり、このマタマタ・・・川にいる亀ですね・・・それを私は・・・ハハハ・・・」と真面目に話していた太田さんがいきなり笑い出しました。当時を思い出したようです。そしてすぐ真面目な顔に戻って、
「原住民の暮らしがしたいと思いまして、原住民の家にポンと落とされてその人たちと生活を共にしていたんですけど、アマゾンには冷蔵庫がないんですよ。ガスもないし水道もないし電気もない。その日獲れたものだけを食べる。なので狩りに連れて行ってもらって一番最初に狩れたのがこの亀、マタマタだったんです。私が最初に獲ったマタマタで、両手で抱えないと持てない位大きい。70歳位の亀でした。」
「えー!」(外山さん)
「スッポンみたいな感じですか?」(吾郎)
「味はスッポンですね。スッポンよりももっと味わい深いです。」(太田さん)
そしてそれをスープにして食べた時
「70歳の亀なんですが、70歳のパワーが自分の中に入ってきたんですよ。70年間生きたパワーが自分の中に入ってきたときに自分の体がびっくりしちゃって、全身の毛穴が開くような感じで。スープを食べながら自分の体から湯気が出ているような感じでしたね。」と太田さん。
「自分より年上の生き物を食べるってないじゃん。スッポンとかはまあまあ年取ってるけど。」と吾郎。(←確かに!)
因みに匂いはないそうで、
「アマゾン川の魚って臭いんじゃないの?ってよく言われるんですけど、川が濁っているから臭いってイメージがあるんですけど、アマゾンの食材は全然雑味が無いですね。」とのこと。

2.アマゾンの蜂蜜
「今日はアマゾンで採れた蜂蜜を持ってきました。」(太田さん)
「えー!嬉しい!」(外山さん)
「巣から直接採ってきたもので、これをなめてもらえば・・・私たちが普段なめている蜂蜜ってねっとりしていますが・・・ほんとの蜂蜜ってこうなんだと分かります。」(太田さん)
そして出てきたものを見て
「えー!これ?」「蜂蜜なんですか?すごいサラサラ!」と吾郎と外山さんはびっくり。コーラ(?)のペットボトルに入っているのでなおさら蜂蜜に見えません。色も薄めです。
「蜂の巣にナイフを入れるとサラサラと出てくるんですか?」(外山さん)
「はい、蜜の部屋があるので、サラサラと出てくるんです。」(太田さん)
「甘いモノなんですか?」と吾郎。(甘くない蜂蜜ってあるんでしょうか。)
「ほんのり甘いです。」と言いながら太田さんはペットボトルを上下に振りました。「これ、採れたては強いので、余り舐めすぎると興奮して眠れなくなります。もっとサラサラしてるんです。」
吾郎はスプーンを太田さんの方に差し出しました。スプーンに注がれた蜂蜜はほんの少しトロリとしています。吾郎は興味津々の顔つきで蜂蜜を口に運びました。
「あ!おいしいじゃないか!…甘すぎない…。でも蜂蜜っぽさは蜂蜜よりもある。」
「蜂蜜の香りがする…。ちょっと酸味がありますね。フルーツっぽい。」と外山さんも驚いています。
「ドローっとした蜂蜜、あれ砂糖の味がする。」というのが吾郎の感想です。
「これが本物の蜂蜜です。」と太田さん。「蜂蜜一つとってもこういう味わいがするので、アマゾンで採れるフルーツや魚やお肉は私たちが想像しているものと全然違う味わいがします。・・・ピュアなんです。」

3.カピバラのスープ
「え、カピバラ?」(吾郎)「日本では温泉に入ってますよ。」(外山さん)
「動物園では子供に人気だと思うんですけど、アマゾンでは食料です。」と太田さんはキッパリ言いました。
「ネズミですか?」(外山さん)
「子豚に近いと思います。」(太田さん)ここで半分に開かれたカピバラの写真が出てきて
「うわー!」と外山さんはびっくり。
「これをスープにします。味は豚に近いです。これも臭みはないです。水とカピバラとお塩だけで煮出しただけなんですけど、味がクリアで、脂もあまり浮いていないです。」(太田さん)
「どうやって捕まえるんですか?大きいですけど。」(外山さん)
「捕まえ方は色々あって、弓矢…私が原住民の中に入って狩りの仕方を教えてもらったときに、『命のやり取りを大切にしたい』と。『鉄砲を使うというのは力で押さえつけるという事だから、私たちは弓矢や吹き矢を使う』と。」(太田さん)
「へぇー。銃は使わないんですね。」(吾郎)
「銃を使わずに、環境を守る事をすごく大切にされる方が多いですね。」(太田さん)
「だって動物は人間と違って、食べる量しか狩りをしないって…。そういう考え方なんでしょうね。」(吾郎)
「そうですね。そういう食の大切な部分も気づかせてくれる場所ですね。」(太田さん)

そんな太田さんは30歳の頃スペインの一流レストラン「エル・ブジ」で修業をしていました。「世界のベストレストラン」に4年連続で選ばれ「世界一予約が取れないレストラン」と呼ばれたお店です。その調理方法は「分子ガストロノミー」という科学的な方法で、出来上がる料理は革新的でアーティスティック。しかし太田さんはそんな世界の最先端のレストランである違和感を覚えたそうです。
その部分を外山さんが朗読。

働き始めて一カ月もしない頃だろうか。オフィスに呼ばれ、シェフから、研修をさらに半年、延長しないかと提案された。
僕の契約は2010年の12月までだったが、「エル・ブジ」は、すでに2011年7月に閉店することが決定し、そのまま閉店まで研修生として仕事をしないか、ということだった。
だけど、僕の返事は、「No」。僕はこの料理には未来がないのではないか、と薄々感じていたのだ。最初に引っかかったのは、廃棄量の多さだ。
レストランでは、多かれ少なかれ食材を廃棄することがあるが、「エル・ブジ」のそれは尋常じゃない。
極端な例だが、サンマのある部位だけを使うために一匹仕入れて、残ったところは廃棄してしまうという具合。にんじんだって、キューブ形に切り揃えようとすると、当然いらない部分が出る。それらの一部を賄いに使うこともあったが、そんなものではとても追いつかない。
見た目のカッコよさをも追及したクリエイティブな料理の裏側には、こんな現実が横たわっていた。

「なるほどね…。廃棄量の多さにびっくりした、と。」(外山さん)
「ものすごい量の食材を破棄していたんです。賄いでも頑張って食べるんですけど、やっぱり限界が…。3センチ角ににんじんを切って3センチ角に切った後をどうするかというと、まあ、毎日にんじんばっかり食べるわけにもいかないからゴミ箱に捨てていて…。」(太田さん)
「そうなってくるんですね…。」(吾郎)
「ただ、クリエイティブな料理と伝統的な料理は共存しないといけないし、クリエイティブな料理が無いと料理の世界は発展していかないと思うんですよ。だからクリエイティブな料理は絶対必要なんですけど、そこばかりになってしまうとバランスが崩れてしまうなと思います。」(太田さん)
こうしてクリエイティブな料理から離れた太田さんは食材が豊富で廃棄量が少ないアマゾン料理に傾倒し、今ではその素晴らしさを伝えるべく活動しています。

そしてここからは太田さんにアマゾン料理を教えていただきます♪
「ゴロウ・外山のアマゾンBAN! BAN!」
という二人のタイトルコールで今までの真面目なトーンからスタジオは一気にバラエティの空気に。吾郎は太田さんの服に合わせてボーダーシャツに着替え「気づかないかも知れませんが眼鏡も変えました。」とアピールしました。そんな中太田さんに教えて頂く料理は、
セビーチェ(魚介類のマリネ)。ペルーの伝統料理だそうです。
オマール海老、ヒラメ、毛ガニ、カラスミ・・・と豪華な食材が並んでいます。勿論野菜類もたっぷりと。
まずオマールブルーを茹でます。煮立ったフライパンのお湯を見て外山さんが
「茹でると何色になるんだろう」とつぶやいたので吾郎がすかさず
「そりゃ赤くなるよ」とツッコミました。そして生きたオマールをお湯に入れるとき
「こういう時『ごめんね~』とか言うタレントいない?」とちょっとふざけて言いました。
「セビーチェを和えるジュースを作っていきたいと思います。」との太田さんの指示通りにセロリを切り生姜をスライスする吾郎。セロリと生姜はヒラメのだし汁と一緒にミキサーにかけ、更にヒラメをスライスし・・・ってここまで手伝っているのはもっぱら吾郎です。
茹でたオマールはハサミで切れ目を入れ、包丁で縦に真っ二つに割ります。一口大に切ったヒラメをボウルに入れて塩を振り、レモンを搾るのですが、ここでコツがあるそうで・・・。
「(二つに割ったレモンを)このまま絞るんじゃなくて、手を入れてしごきながら搾るとペルーのレモンっぽい味になるんですよ。」(太田さん)
「ほんとですか?」(吾郎)
太田さんは中指と薬指をレモンの中に入れ、皮を内側からしごくようにしてレモンを搾りました。
「外側はあまり擦っちゃダメ。苦くなっちゃう。」(太田さん)
ヒラメに和えたジュース、刻んだ赤唐辛子、タマネギ、蟹、レモンを混ぜ、それをオマール海老に豪快にかけ、カラスミとコリアンダーを散らしたらできあがり。カラスミの黄色がとてもきれいで見るだけでも元気になれそうです。
更に鶏と唐辛子のペルー風シチュー(色はカレーに似ています)の作り方も教えて頂き、いよいよ試食。
「おいしい!なんか不思議な感じ・・・。和食っぽさもある。」と吾郎が言うと
「日本人の口に合うと思います、ペルー料理は。」と太田さん。さっぱりしたお味のようです。

世界中を回ってアマゾン料理にたどり着いた太田さん。今後やっていきたいことは?と訊かれると
「ペルー料理ってまだまだ日本で知られていないので、きちんとペルー料理を伝えていきたい。後カカオ農園の方と縁があって知り合うことが出来たのでそのカカオ農園と料理の良い関係を作っていきたい。そのカカオを日本の多くの方たちに知ってもらいたい。」と答えました。
そのカカオもスタジオに登場。茶色い岩の様な大きな塊です。
「カカオの種を1週間くらい熱を加えてすりつぶしたものが固まったもの。チョコレートになる前のものです。チョコレート屋さんはこれを買って、これに果糖とか乳脂肪分とかを入れてチョコにしていくんです。その前のもの、カカオ100%です。」(太田さん)
「それを使ったポップコーンですか?これ」吾郎は眼の前のお皿から茶色いポップコーンを取り上げました。アマゾンのカカオを使ったキャラメルポップコーンです。
「そうですね。私はイタリアのビエモンテ州でポップコーンを売ってたんですけど、これはマフィアのボスが気に入ってくれて・・・(笑)一切合財やってくれた・・・」と太田さんはさりげなくすごい話をしましたが、吾郎は
「ん?!美味しい!!絶対映画館で売れる!」とその味に夢中になってしまったので、太田さんのお話はもしかしたら耳に入らなかったかも知れません。それ位美味しいポップコーンだということですね(笑)。


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たかが改行されど改行

梶芽衣子様の課題図書「真実」を買ってきて読みました。

20180522_233403.jpg

内容は、率直に人生経験と映画やお芝居への思いを綴ったもので、芽衣子様のキッパリとした生き方が伝わってきました。題名の「真実」の意味も分かった気がします。
そして内容とは直接関係ないのですが、読んでみてゴロデラの朗読の時画面に流れる字幕について気づかされました。
あの字幕は朗読に合わせて画面に流れるので、一行ごとに改行されています。その方が見やすくて内容が頭に入りやすいからです。逆にあのまま書き起こすと読んだとき話のまとまりが分かりにくくなるので、私のブログでは話の流れやまとまりをある程度考えながら改行を入れています。
ところが、今回課題図書の朗読された部分を読んでみたら、私が考えていたのとは違う場所で改行されていました。なので、今回ブログの引用部分は実際の本の通りにしました。書く人によって随分違いがあるなあ、とちょっと驚きました。

だからどうだ、というほどの話ではないのですが・・・本を読むと色々な発見があるものですね。


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ミュージックinドラマ「ホシに願いを」再放送のお知らせ

2004年に吾郎が主演した“ミュージックinドラマ「ホシに願いを」”が再放送されることになりました。

5/26 (土) 13:30~14:45 NHK-BSP ミュージックinドラマ「ホシに願いを」

吾郎が音響専門の科学捜査官を演じたこのドラマには先日亡くなられた大杉漣さんと西城秀樹さんが出演されていて、今回その追悼として再放送が決まったようです。
こういうきっかけではありますが、今まで再放送されていなかったドラマがまた見られるのは有難いです。

詳しくはこちら


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プロフィール

はちミツ

Author:はちミツ
【注意:当ブログの内容の無断転載は禁止します。】

稲垣吾郎さん大好き、SMAP大好き!の主婦。
吾郎ファン歴は25年目になります。
彼らがいつかまた集まりたいと思った時そうできるように、彼らがそれぞれ今いる場所で益々輝いていってほしいと願っています。
だから「SMAP大好き」という気持ちも「新しい地図の3人の活動を応援する」気持ちも私の中では同じ一つの思いなのです。
神奈川県在住。

近況
①毎週水曜日は「an・an」の「稲垣吾郎のシネマ・ナビ」をチェック!。
②「ゴロウ・デラックス」(TBS)もお見逃しなく!
③「稲垣吾郎オフィシャルブログ」、twitterアカウント @ingkgrofficial も必見!

メールは↓へ。
walkwithgoro☆hotmail.co.jp
(☆を@に変えて下さい)

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