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一発屋芸人達にルネッサーンス!!! (「ゴロウ・デラックス」 7/13、20)

【前編】 (7/13)
オープニング。
「今回は、話題のニュースや社会問題を扱った記事に贈られる雑誌ジャーナリズム賞を受賞した方です。」(外山さん)
「意外な方が受賞されたんですよね。」(吾郎)

課題図書 : 「一発屋芸人列伝」 山田ルイ53世 (新潮社)

雑誌編集者113人の投票で選ばれる「雑誌ジャーナリズム賞」。先日発表された第24回の作品賞を受賞したのが今回の課題図書です。そしてこの本の作者は「ルネッサーンス!」で一世を風靡した「髭男爵」の山田ルイ53世さん。一発屋芸人が一発屋芸人を取材し、その素顔とブレイク後の人生を描いた異色のルポルタージュです。
「面白かった。笑っちゃうけどジーンとくるものもあって。」(吾郎)
「一人一人の方を好きになりますよね。」(外山さん)
「取材もすごいなと思った。しっかり書かれているので。」(吾郎)
そして山田ルイ53世さんが登場。軽く会釈をしながら小さい声で「ルネッサンス」と言いながら入ってきました。
「一応言った?(笑)」(吾郎)
「このしっとりした空間に大声は似合わないかと思って(笑)」(山田さん)
山田ルイ53世さんは2008年に「髭男爵」として「貴族のお漫才」でブレイクしましたがその後テレビなどの露出は下火に。しかし2015年自身の半生記「ヒキコモリ漂流記」でその文才が話題になり、今年「一発屋列伝」が受賞して今作家として再ブレイク中なのです。
因みに今回テーブルに置かれた飲み物は貴族らしくワインです♪
雑誌ジャーナリズム賞作品賞を受賞したことについて「過去の受賞記事と比べて非常に違和感がある」と山田さんは謙遜しますが
「でも、読むと分かる。だってジャーナリストですもん、ちゃんと取材して。」と外山さんが言うと、
「素直にうれしかったですね。取材させていただいたのはリスペクトしている方ばっかりで、その方々の事も認められたかな、と。」と山田さんはにっこりしました。
ここで吾郎の朗読。「そもそも一発屋芸人とは何なのか?」

多くの人々に愛され、真似をされた一発屋達の芸。
学校や居酒屋、メールやSNS上でのやり取り…あらゆる場所で、彼らのギャグやフレーズが飛び交い、一発屋達の衣装を模したコスプレに身を包み、忘年会や新年会の余興を切り抜けるものが続出した。
程度の差はあれど、一発屋達は皆一様にお茶の間の人気者となり、その内の何組かは、“社会現象”と評されるほどの大ブレイクを果たし、時代の寵児と持て囃された。
そうして…僕達は消えた。
お伽噺であれば、
「末永く幸せに暮らしましたとさ…」
「めでたしめでたし…」
とその絶頂期に幕を引くことも出来るだろうが、現実はそうはいかない。
人生は続く。
本書で描かれるのはサクセスストーリーではない。
一度掴んだ栄光を手放した人間の、“その後”の物語である。

「ありがとうございます。」(山田さん)
「…という本ですよね。」(吾郎)
「一発屋一発屋って言いますけど、そもそも“一発屋”ってどういう意味なんですか?」(外山さん)
「現代の一発屋は昔の『あの人は今』みたいなのではなくて、まだ芸能界を辞めてないんですよ。たまにテレビにも出る。その中で負けている様を見せることでエンターテインメントに昇華してるという…ちょっと特別な枠の人たちだなという事もあります。あと、自分で一発屋だと言わないと周りも一発屋いじりしない。人に言われるものじゃないんです。レイザーラモンHGさんは“自首”って言うんですけど、自分で自首してこないと一発屋にはなれない。結構葛藤もあるんですよ。」(山田さん)
「そりゃそうですよね。」(吾郎)
「ドカーンと売れて、ピターッと止まって、お仕事がなくなっていく中で『いや俺は一発屋じゃない、まだまだやれる、負けてない』という葛藤が一年二年位あって、観念して負けを飲み込んだ人が真の一発屋ですね。」(山田さん)
「…ということは髭男爵も一発屋芸人…?」(吾郎)
「もちろんもちろん。正確に言うと0.8発屋なんですけど。」(山田さん)
「0.8?!1まで行かないの?」(吾郎)
「ダンディ坂野さんを1とすると、我々髭男爵とか、ジョイマン、クールポコ。は0.8発屋。これは一発屋の中で決めたんです。小島よしおくんやHGさんは二発屋ですね。」(山田さん)
「2ですか!だいぶでかいですね。」(吾郎)
「小島くんなんて、切手になったんですよ。HGさんは売れてる時仕事が詰まり過ぎて間に合わないから…稲垣さんはこれあるのかなあ…ヘリコプターで移動。」(山田さん)
「いやさすがにないですね。」(と吾郎は言いましたが、27時間テレビの生ビストロの時木村くんとヘリで岩手に行きましたよね。覚えてませんか?)
「ないですか?じゃあの一瞬だけHGさんは稲垣さんを超えた。」(山田さん)(←すみません、だから実は超えてないんです…。)

ここから一発屋芸人の素顔とブレイク後の人生を見ていきます。
まずテツandトモのお二人。
「おお、懐かしい!」と吾郎が素直な反応をしたので山田さんはのけぞって笑いました。(でもテツandトモさんは「笑点」に時々出ていらっしゃいますよ。)
テツandトモが「なんでだろう」でブレイクしたのは2003年。山田さんはこのコンピを「一発屋界のアダムandイブ」と呼んでいます。その理由は
「いわゆる一発屋に起こる定番の出来事、これは大体テツトモさんから始まってるんですよ。まずはこれ、流行語大賞にノミネート(さらに年間大賞も受賞)。これをきっかけに、その年に大活躍したお笑い芸人のフレーズが流行語大賞にノミネートされるノリができたんだと僕は思います。」(山田さん)
もう一つ、
NHK紅白歌合戦に出演。これももう風物詩というか、毎年定番の『応援枠』になりましたね。最初にテツトモさんがはなわさんと『佐賀県なんでだろう』というコラボソングみたいなので出場されたんです。そこに当時とても人気のあった『爆笑オンエアバトル』の若手芸人が何人か応援に駆けつけて。これが芸人が紅白に出た始まりなんですよ。」(山田さん)
それ以降、その年流行った芸人が紅白に出演するようになったそうです。
「そうか、それまではなかったか…」吾郎は思い出すように言いました。
「若手芸人が出演したのはテツトモさんが初めて…。」(山田さん)
「大体皆さんソワソワしてますよね、廊下のところで。分かりますよ。」と吾郎が言ったので山田さんは爆笑。
「稲垣さんは毎年のようにそれを眺めてたんですね。」
因みに髭男爵も2008年に紅白に出演しました。自然な流れで紅白の思い出話が聞けたのが良かったです。
「アダムとイブのおかげで、我々のような0.8発屋でも出演できたんです。」と山田さん。
そしてテツandトモさんの一番すごいところは、テレビではなく営業で大活躍していること。実は今芸能界屈指の営業本数を誇ると言われているのです。テツandトモさんの営業に密着した映像(2015年当時)でもお二人は大忙しです。
「キラキラしてますよね。」(吾郎)「楽しそう。」(外山さん)
「全然暗さとかないですよね。取材した時点での営業本数は年間180本。」(山田さん)
「すごいですよね!」(吾郎)
「すごいです。一発屋と言われて10年以上経っても年間180本仕事があるという事は、知名度だけじゃないですよ。一番特徴的なのが、ご当地のあるあるネタをする。他のお笑い芸人もその土地のおいしいものをネタにしたりとか多少はするんですけど、テツトモさんの場合は正式な仕事として主催者を呼ぶんですね。そして取り調べみたいな感じで本当に取材をきっちりして。会社のパーティだったらその会社の営業の部下の○○さんのお弁当の「なんでだろう」とか。細かいところに肉薄していくんですよ。」(山田さん)
「それこそジャーナリズムですよね。…嬉しいよね、また呼びたくなっちゃう。」(吾郎)
「テツトモさんはリピート率がめちゃめちゃ高いです。」(山田さん)

続いてはレイザーラモンHGさん。
「フォー!」とHGさんの写真を見た途端吾郎は叫びましたが、
「トーンが違いますね。」と山田さんにダメ出しされてしまいました(笑)。
HGさんがハードゲイネタで一世を風靡したのは2005年。この頃からコウメ大夫さんや波田陽区さんなど強烈なキャラクターの芸人さんたちが次々と登場しました。
山田さんはHGさんを「一発屋界の添え木」と呼んでいます。
「本当に僕たちの心のセーフティネットというか…。『一発会』という一発屋が親睦を深める集まりがあるんですけど、東京駅か品川駅の周辺の居酒屋で行われるんですね。みんな地方営業に行っているものですから、営業終わりに新幹線の駅の近くで集まりやすい所で、ということなんです。とにかく明るい安村、髭男爵、クールポコ。、HG、テツandトモ、ダンディ坂野、小島よしお、スギちゃん、それとだいたい毎回一人ぐらい新たに自首してきた若い一発屋の方が…」(山田さん)
「受け入れるんですか」(吾郎)
「『ようこそ』と。『ようやく葛藤を飲み込んだか』と。その会を始めたのがHGさんやムーディ勝山さんや小島よしお君で。HGさんが決めてるのは、ネガティブなことは言わない。愚痴っぽいことではなく胸を張って堂々とポジティブなことを言っていこうと。」(山田さん)
「いいですね。」(吾郎)
「名言の数々があるんですね。まず『一発屋は面白いからブレイクした』。」(山田さん)
「まあ、確かにそうですね。」(吾郎)
「ネットでつい、エゴサーチとかしてしまうんですよ。すると『死んだ』とか『消えた』とかいうつぶやきが目に入ってしまう…それだけならまだしも『面白くない』と書かれると反論したくなるんですね。『いやいや違うわ』と言いたいけれどなかなか立場上強く言えない時期が続いてたんです。それをHGさんがとうとうおっしゃった。『卑下することはない。面白いからブレイクしたんや。誇りをもって生きていけ。』と。」(山田さん)
最近のバラエティの一発屋企画は「久しぶりに見ると面白い芸人」といった優しい目線になってきているそうで、「HGさんの発信が関係しているんじゃないかと思います。」と山田さん。さらにHGさんは
「自分の生み出したキャラに誇りを持て」ともおっしゃったそうです。
「伝統芸にしていけばいい、と。」(山田さん)
「アツいなぁ。」(吾郎)
「アツいですよ。本当にHGさんのハードゲイの芸は、そちらの界隈のお店に働きに行って、本当の方々はどういう言葉を言っているのか、それこそ取材して。かつそれをそのままやるのは失礼なので、そちらの界隈の大御所の方に筋を通しに挨拶をしにいく。」(山田さん)
「そうなんですね!」(吾郎)
「そうやって5年かけて作り上げた芸が『フォー!』」(山田さん)
「ハリウッドの性格俳優みたい。何年かけて役作りしました、みたいな。視聴者には見せない部分だし。(本に)書いてくれてよかった。」(吾郎)
「そうなんですよ。自分では絶対言わないですから。それを『こんなにすごい人たちなんですよ』というのを残したかった。」(山田さん)
「なるほどねぇ…」(吾郎)
ところでそのレイザーラモンのお二人が今どうしているかというと…なんとスーツ姿!写真を見た途端吾郎は笑いだしました。
「HGさんと相方のRGさんは今正統派漫才に転向されておりまして。マイク1本での喋りの漫才に転向されています。」(山田さん)
「どう思いました?」(吾郎)
「最初は『裏切者!』と思いましたよ(笑)。」(山田さん)
「だってねえ、『伝統芸にしていけばいい』とか言いながら…」(吾郎)
「そう言ってたでしょう!と思いましたけど、でもやっぱカッコいいんですよ。コスプレキャラ芸人からもう一度正統派に戻って、しかも賞レースで結果も出してるんです。コンテストで決勝まで行ったりして、すっかり認められてるんですね。このリカバリー、再ブレイクの仕方が本当に理想。藤崎マーケットもそれは成し遂げてるんです。関西の方で賞を獲ったり。『ラララライ』もあの衣装も脱いで。」
山田さんの一発屋芸人への眼差しはとても温かいのです。

【後編】 (7/20)
山田ルイ53世さんの一発屋芸人さんたちに対する熱い思いは止まりません。
後編最初に登場する一発屋芸人はジョイマン。
「ご存じですか?」と山田さんに訊かれ自信なさげに「ナナナナー・・・」と歌ってみたけれど「運命」のメロディになってしまい「若干音程が違います」と言われた吾郎。
「まだベートーヴェンが身体の中に・・・冬に舞台やるんで。」
北京オリンピックが開かれた2008年に意味の分からない“脱力系ラップ”でブレイクしたのがジョイマンのお二人でした(でもすみません、私はこのお二人を全然知りません・・・)。山田さんによれば現在のジョイマンは「SNSを駆使した新世代」だそうです。
「彼らはtwitterを使って色々話題を呼んでいるんです。まずは『生存確認』。ジョイマンの高木(晋哉)くんなんですが、エゴサーチをしていて、『ジョイマン消えた』『ジョイマン死んだ』『ジョイマンどこにいる?いないな』みたいなつぶやきを山程見つけてしまった。その日の夜はちょっとお酒も召し上がっていたんでしょうが、驚かそうというテンションで、それに返信してやろう、と。『ここにいるよ』と。」(山田さん)
吾郎も外山さんも思わず笑いました。(吾郎も外山さんもtwitterをやっているので特にウケたのかも。)
高木さんは、街頭インタビューで答えている人の所にいきなり本人が現れるようなスター感を期待して驚かそうとしたらしいのですが、返ってき反応は
「皆驚きもせずに『結局、お前ヒマだな!』。傷ついたらしいです、初日に。でも『ちょっとやっていこう』と思って、エゴサーチして『ジョイマン消えた』と言っている人を見つける度に全部に『ここにいるよ』『生きているよ』『消えてないよ』と、全部にですよ、返信を始めた。それが話題になって5年6年続けていくうちに、高木くんに『ここにいるよ』って返信してもらいたくてわざと『ジョイマンどこいった?』『消えた』とつぶやくようになった。」(山田さん)
「なるほどね。」(吾郎)
今では承認待ちのツイートがずらっと並んでいるような状況になり、
「それで仕事もそのときちょっと盛り返したらしくて。あとジョイマンのSNSを使った活動としては『“客ゼロ”シリーズ』。サイン会を開いたんです、ジョイマンの二人が・・・。」と山田さんが話し始めると吾郎が先を読んでニヤリと笑いました。
「この辺でやっぱりニヤリとしてしまいますよね(笑)。ジョイマンがサイン会を開いたんですけど、そこにお客さんが一人も来なかった、というシンプルな話なんですよ。他の芸人だったらキャパ100人の所に3~4人しか来なかったのを『客がゼロだった』とネタにしますけど、ジョイマンの凄いところは、誇張でなく本当にゼロなんです。でその様子を写真に撮ってtwitterに上げる。」(山田さん)
「ホントに?!」吾郎が叫ぶと同時にそのツイートが画面に映し出されました。本当にお客さんがいません!他に2つの地方営業の画像が映し出されましたが、全然お客さんがいなくてリハーサルかと思う程です。
「なんでいないの?!誰かいていいでしょう?」(吾郎)
「最初のサイン会の(画像)が発端なんですけど、お笑い界で凄く話題になりまして、なんやこれ面白い、と。」(山田さん)
「でも“一発”以降ですよね、もちろん。」(吾郎)
「そうです。一発ポーンと売れて、落ち着いて、その後ですね。」(山田さん)
「でもここまで“客ゼロ”になるんですか?売れる前なら分かりますよ、新人の頃なら。・・・なるんですか?」(吾郎)
「なるんです」と山田さんは落ち着いた声で言いました。「これが“一発”の底なし沼。恐ろしい所なんですよ。」
「もしかしたら新人の方が、売れる前の方が逆に“客ゼロ”はないかも。何だろう、ってちょっと興味を持ってもらえて。一発売れて落ちた後っていうのは・・・」(吾郎)
「どういう心理状態か分からないですけど、仰るとおり『ジョイマンか・・・いいや』ってなる。ジョイマンだとは分かる。ナナナナーの人だ・・・いいか、ってなっちゃう。不思議な状態ですね。僕たちも“客ゼロ”はないけど『今日地元のショッピングモールに髭男爵がきてるの前通ったわ見たわ。まあ、私はスルーだけど。』って。髭男爵をスルーすることで自分のコミュニティで地位を上げようとする奴がいる。」山田さんの話が面白くて外山さんは大笑いしています。
「そういう心模様はありますよね、twitterって。」(吾郎、さりげなく爆弾発言)
「そうですよね。面白いっちゃ面白い。ジョイマンの凄いところは・・・心が軽いというか受け入れるんですね。普通“客ゼロ”になったらすごい落ち込みますよ。あれを見たらイベンターの方だって『こいつら集客力全然ない』ってなりますよ。それでも『面白いでしょ』の方が勝つ。それで彼らを出す。出したら話題になる。だから素晴らしい。」(山田さん)
「芸人さんですよね、真の。」(吾郎)

続いて紹介する一発屋芸人さんはムーディ勝山さん。
「右から左に受け流す・・・」は吾郎も知っています(私も知っています)。2007年にムード歌謡風のネタでブレイクしたムーディ勝山さんを
「一発屋界の発明家」
と山田さんは評しています。
その発明の一つ目は
「一発屋芸人の自虐トーク。皆さんが『え?』と思うくらい自然に広まった発明です。それまではテレビに出ても『最近お前ヒマやろ?』『そんなことない勘弁して』位だったんですよ。そこから『いやこの間ね・・・』と仕上がった漫談を披露する、これはムーディさんが始めたんです。」(山田さん)
「あ、そうなんだ。」(吾郎)「へぇー!」(外山さん)
「最初は『家族に仕事がないとバレたくないから公園に行って鳩に餌をやってる』といった面白悲しい話から始まって。それを見て『ああいうやり方あるんや』と(他の芸人さんが)黙って真似した。最初に始めたのはムーディさんです。」(山田さん)
他の発明は「ロケバスの運転手」。「え?」と吾郎は戸惑っています。
ロケバスはタレントさんが乗ってロケに行く為のマイクロバスのことですが、
「ムーディさんに取材して伺ったんですが、そもそもはフットボールアワーの後藤(輝基)さんを中心とした仲良しグループがあって、何となくノリで『みんなで旅行に行くとき便利やから誰かマイクロバスの免許取りいや、あんなん運転できたら面白いやろ』というようなことを仰ったらしいんです。その時ムーディさんは既に一発屋になってたんですけど、その場にまだ全然売れてなくて時間もいっぱいあるような後輩が沢山いたにもかかわらず『知名度がある俺がやった方がオモロイんちゃうか?僕やります。』と手を挙げて中型の免許を取ったんですね。それから『僕ロケバスの運転手になりました』ってネタをやり始めたんです。それで一発屋で仕事が無かった時期に何とか露出をゲットできたという。」(山田さん)
ほぉー、と吾郎は感心しています。
「ここまで覚えて下さいね。それで事件が起こります。こちらです。」(山田さん)
画面が切り替わると「今日は着物でドライバー。」というツイートが大写しに。しかしその画像でバスのハンドルを握っているのは・・・
「天津の木村さんですね。」(外山さん)
「“エロ詩吟”でブレイクした天津の木村くんですね。これが一発屋界を騒然とさせた“バスジャック事件”です。」(山田さん)
そのバスジャック事件とは・・・
「最初に『僕ロケバスの運転手になりました』というネタをムーディさんがやっていたんです。そしたら、木村くんの方が先輩なんですが、ある日木村くんからムーディさんに電話がかかってきて、『俺もロケバスの運転手やっていいか?』と言ったそうです。つまりネタを取りに来たんですね。『俺もやっていいか』と先輩から電話がかかってきたので何となく釈然としないけれど『・・・はい』みたいな感じで。その時ムーディさんは『“ロケバスの運転手”って言い方はしないでください』と釘を刺した。これが話の肝なんです。」(山田さん)
ムーディさんが取得した中型免許では、マイクロバスを運転できますが商業目的で乗客を乗せて運転はできません。
「つまり、ムーディさんは中型免許の取得を“ロケバスの運転手”という面白い言い方にしていたんですね。で木村くんは“ロケバスの運転手”はムーディ勝山の発明だから言えない、それは納得してくれたんです。でもそうなると『僕もムーディと同じ中型の免許取ったんですよ』って言い方になるからさほど面白くないですね。仕事も来なかった。それでもどうしてもロケバスの運転手のネタをやりたかったので、執念の男木村くんはロケバスの運転をする会社に本当に就職しようとするんですよ。」(山田さん)
「え?木村さんが?」(外山さん)
「で実際就職された。」(山田さん)「えー!」(吾郎)
「実際に業務で運転するために大型2種の免許を秋田県の教習所まで取りに行って『僕もガチのロケバス運転手になりました』というネタを始めたんです。これならムーディさんが禁止したことには抵触しない。で今でも働いていらっしゃるんです。」(山田さん)
「えー?!じゃ僕らのロケの時にももしかして…。」(吾郎)
実際の仕事中の写真を見ると「芸人のカケラもない」と山田さん。
「このネタをやりたいが為にここまでやったんですよ。僕は木村くんもすごいなと思うんです。」(山田さん)
「すごい戦いですね。すごい!」(吾郎)
「芸人としてのマインドというか、面白いと思ったネタや話題に対する執念。ムーディさんもそれを許しましたしね、最後は。」(山田さん)
「いろいろあるねえ。」吾郎は感心したようです。
「こんなに稲垣さんに一発屋のことを説明できて良かった。」と山田さんは満足げです。「こんな機会無いですもん。」
「いやあ、(一発屋芸人さんに)会いたいですもん。」吾郎も楽しそうに言いました。

番組はエンディングへ。山田さんがこの作品に込めた思いを綴った部分を外山さんが朗読。

本書に最後までお付き合い頂いた皆さんに、一つお願いがある。
記憶の玩具箱、そこに詰め込まれた一発屋達を、「消えた」「死んだ」と捨て去る前に、もう一度、目次のページを眺めて欲しい。
(中略)
ズラリと並んだ芸人達のなが諸君の目に未だ、戦没者リスト、あるいは、墓標の様に映るのであれば、それは筆者の力不足。潔く諦め、降参しよう。
しかし、もしそうでないのなら・・・・・・
グラスを酒で満たし、祝杯を挙げさせて頂く。
手前味噌で申し訳ないが、勿論、祝杯の発声は、
「ルネッサーンス!!!」
フランス語で「再生」「復活」を意味する言葉である。
掲げられた杯は、彼ら一発屋の復活の狼煙、再生の幕開けとなるだろう。

「恥ずかしいですね。確かにかっこよく書いちゃいました。」と山田さんは謙遜しましたが、格調高い文章には惹きつけられます。
「本当に一章一章、最後の何行かがすごく心に響くんですよね。」(外山さん)
「そう、心に響く。長さもちょうど良くて読みやすいし。」(吾郎)
「最高ですね今日は。」と山田さんは本当に嬉しそうです。そして
「多分普通にテレビを観ていらっしゃる方も、人生の中で大きい小さいはあれ、“一発”はあったと思うんです。飛び込みで営業案件取れたとか、かけっこで一番になったとか。でもこの本に登場する芸人さん達は大きな“一発”はあってもそこで人生は終わらないですよね。そこからずっと続いていく。いろんな良いこと悪いことあるけど、負けてるし溺れてるかも知れないけど、その中で毎日生き続けていくんだというところが響けば良いなと思います。」と力を込めて言いました。
「共感する方沢山いると思いますよ。ずっといい人なんていないわけですから。」吾郎のこの言葉にも説得力がありました。
「だからね、『消えた』とか『死んだ』とかtwitterで打ってるヒマがある方はこれを読んで!」と外山さんはちょっと怒りました。
「本当にここまで取材して・・・。書き続けて下さい。」と吾郎が山田さんに声をかけると、
「お仕事ください」と山田さんはカメラに向かって頭を下げました。

AD山田くんの消しゴムハンコはワイングラスの代わりにペンを掲げた山田ルイ53世さん。「山田くんはまだタレントやってるの?」と吾郎に振られ「やってないです。ハンコ彫ってるだけです。」とボケた山田くん。
「台本に山田とたくさん書いてあって『今日は出番が多いな』と思ったら・・・」と自虐トークをする山田くんに、
「それは同じ山田として謝るよ、折角そのハンコ良いなと思ってたのに・・・。」と山田さんがフォローしました。

そして最後はお約束のアレ、山田さんの
「ルネッサーンス!!!」で3人は乾杯。BGMは勿論ベートーヴェンの「歓喜の歌」。
一発屋芸人達に愛を込めて。


拍手ありがとうございます
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GORO | コメント(0) | 2018/07/22 23:10
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