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言葉の灯台守 (「ゴロウ・デラックス」 2/9)

オープニング。ロケです♪
「さあ、今日は本の街、神保町にやって参りました。」(外山さん)
吾郎は満面の笑みでカメラに向かって両手を振りました(可愛い!)。
「なぜかというと、なんと10年ぶりに広辞苑が出版されるということで」(外山さん)
吾郎が思いきり拍手をしました(可愛い!)。
「今まで辞書(が課題図書)ってないもんね。僕これ「全部読め」って言うのかなと焦った。」(可愛い!)
吾郎の冗談に外山さんは笑い転げ
「番組特別編ですから今日は。広辞苑の全てを教えて頂こうということで、出版社の岩波書店へ…」
「確かに本の番組なのに、出版社に来ることってないよね。」(吾郎)
「貴重ですよね。」(外山さん)
「じゃあ行きましょうか。」と吾郎が言い、ビルへと入っていきました。

課題図書 : 「広辞苑 (第七版)」 新村出編

「広辞苑」は1955年に初版が発行され、ほぼ10年に一度改訂されています。累計発行部数版は1200万部を突破し、先月には過去最大の25万語を収録した第七版が出版されました。

なぜ「広辞苑」は日本を代表する辞典と言われるのか?
改訂の度に新たな収録語が注目される理由は?


今回は「広辞苑」編集部にお邪魔してそのスゴさの秘密に迫ります。

エントランスで二人を出迎えて下さったのは平木靖成さん。岩波書店辞典編集部副部長で、今回の「広辞苑」編集の指揮を執った方です。広辞苑の編集に携わったのは今回で3回目、辞典編集部に25年勤務する辞典のエキスパートです。
平木さんの案内で二人は辞典編集部へ。ここでは岩波書店から発行される全ての辞典を編集しています。
「すごい、入ったところから辞典がずらっと並んでいますよ。」(外山さん)
国語辞典だけでなくポケット六法や仏教辞典、生物学事典もあります。
「辞典編集部って感じしますね。」吾郎が奥の書棚で見つけたのは「数学入門辞典」です。
「分からない。開いたこともないですね。」(外山さん)
もちろん古い版の広辞苑も全て保存されています。平木さんはその隣を指さしました。
「これが広辞苑の前身の『辞苑』です。」
「へえ、前身のものがあったんだ。」(吾郎)
「しかも『辞』の字が古い。(=辭)」(外山さん)「博物館ものだよ。」(吾郎)
「通常辞典編集部には何人くらいいらっしゃるんですか?」(吾郎)
「その時にどんな辞典を何冊進めているかによっても違いますので…。広辞苑の最盛期には15人以上集まっていました。」(平木さん)
ここから、広辞苑の何がスゴいのか、その秘密に迫ります。

広辞苑のスゴさその1.
「広辞苑は国語辞典+百科事典」

言葉の意味や用例を説明し日本語に関する知識を教えてくれる国語辞典と、あらゆる科目に渡る知識を網羅した百科事典の両方の働きを兼ね備えたのが「広辞苑」です。一つの言葉について非常に細かく説明しているので、その編集には様々な知識を持った人が必要になります。その為改訂の時には岩波書店の各部署から人員を選抜し精鋭チームを結成しているそうです。
「各部署からプロフェッショナルが集まって…面白いですね、そういうやり方なんですね。」(吾郎)
「今は解散しちゃったので寂しいですか?」(外山さん)
「寂しいですね。ガランとして。」(平木さん)

広辞苑のスゴさその2.
「時代に合わせた新語を収録」

広辞苑が改訂される度に話題になるのが収録される新語。その都度時代を反映した新しい言葉が取り入れられています。
「今回の第七版では何語くらい増えたんですか?」(外山さん)
「大体1万項目くらい増やしました。」(平木さん)
「へぇー、1万項目…」と外山さんは感心しましたがふと隣の吾郎の様子に気が付いて
「ちょっと聞いてます?今何調べてるんですか?」と突っ込みました。
「いやいや面白いなと思って…。『フェード』って書いてあって、勿論日が暮れるとかしぼむとか意味もあるんだけど、ゴルフで、右利きの人が打った時にボールが右に行っちゃう事を言うんだけど、左打者の場合は左に行くことって細かく書いてあるのが面白いなと思って。」と少し照れながら話す吾郎に
「聞いててください。」と外山さんが念を押しました。
今回収録された新語の中には「ごち(御馳走の略)」や「がっつり」なども。
「『がっつり』って何だろう?」と考え込む吾郎の隣で外山さんは早速「広辞苑」を開きながら
「早く調べたら?」と笑っています。因みに意味は

がっつり(副)
十二分に。たっぷり。また、思いきり。「―――食べる」


と出ています。
「何か物を食べる時に言わない?いっぱい食べる時とか。」(吾郎)
「”がっつり食べる”という用例を入れています。」と平木さんがここで口を開きました。
「今回は『乗り乗り』も入っている・・・『乗る』なんですね。カタカナかと思ったら。」(外山さん)
「広辞苑の方針として、漢字で書ける項目は漢字表記にして見出しに掲げるので。普通ならカタカナで書くと思いますけど。」(平木さん)
目から鱗が落ちるようなこんな話もありました。

こん-かつ【婚活】
(「就活」になぞらえた造語)
結婚相手を探すための活動。「――パーティー」


「就活は就職活動(の略)じゃないですか。婚活は結婚活動で良いんですか?」(外山さん)
「婚活は結婚活動の略ではなくて”婚活”という言葉として出来たと思うんです。」(平木さん)
「略じゃないんだ」(外山さん)「面白いね」(吾郎)
そして外山さんからこんな質問が。
「【上から目線】ってアナウンサーとしてあまり使ってはいけない言葉だと思っていたんですが、広辞苑にも載ったのでこれからバンバン使おうかと思ってるんですけど、それは日本語として合っているんですよね?」

うえから-めせん【上から目線】
他人を見下すような、自分を上位に置いた尊大な態度。


「合っているというか、使っていいかは場面ごとですから。こういう言葉が日本語として定着して使われています、ということです。」(平木さん)
「これ以上は責任持てません、と(笑)。広辞苑的には使っていいかどうかの場面までは保証できない、と。」(吾郎)
広辞苑に収録されると日本語として認められた感じがしますが、収録される新語はどういう基準で選ばれるのでしょうか。
「よく使われるからという基準ではなくて、日本語として定着したかどうかを一番大きな基準にしています。」(平木さん)
その例として平木さんが挙げた新語が「卒乳」。
「子育てをしている親御さんの間でよく使われる、でも他の人達はあまり知らない。こういう場合には定着したと判断します。」

そつ-にゅう【卒乳】
(哺乳を終えることを卒業になぞらえた語)
乳離れ。離乳。


「なるほど。意外とシンプルな言葉ですね。」(吾郎)
「これはいいんじゃないか、という人が何人いたら載せるとか(基準は)あるんですか?」(外山さん)
「ないです。例えば10人の会議で1人しか『これは入れたい』という人がいなかったとしても、その人の説得力にみんなが納得すれば『なるほど、その分野ではそういう風に定着しているんだ』となって『じゃあ入れましょうか』ということもあります。」(平木さん)
多数決ではなく、その言葉が日本語として定着しているかどうかを一つ一つ検討しながら収録するかを決めていく…気の遠くなるような作業ですね。

今回の第七版では「スピルバーグ」「マイケル・ジャクソン」などの人名も収録されました。実は広辞苑では人の名前を追加する場合あるルールに基づいているそうです。
「私、今回嬉しかったのが、永さん、永六輔さんが載ったの…」(外山さん)
「すごいことですよね。…これ日本人の場合は亡くなられてから載るんですよね。」(吾郎)
広辞苑では、日本人の場合故人のみ掲載しています。
「だから、”本当にいなくなっちゃったんだ”と思うと同時にでも”広辞苑に名前が載った”と思って。」(外山さん)
「永さん、嬉しいでしょうね。…どうなのかな。恥ずかしがってるかも。」吾郎もしみじみと言いました。永さんがゴロデラに出演されたときのことを思い出していたのでしょう。
因みに「永六輔」ではなく「永」の項目に載っているそうです。外山さんはその項目を声に出して読むと
「立川談志さんと同じタイミングで永さんが載ったのが個人的には楽しい。」と言いました。
「あれ?イシグロカズオさんはまだご存命…」と吾郎が指摘すると、
「外国の方は御存命でも入れます。」と平木さん。
カズオ・イシグロさんの項目はこんな説明になっています。

イシグロ【Kazuo Ishiguro】
長崎生まれのイギリスの小説家。
記憶や過去にまつわる不安や違和感を精緻で端正な文体で描く。
作「日の名残り」「私を離さないで」など(1954)。


「ノーベル文学賞だから載ったんですか?」(外山さん)
「じゃないんです。英文学の専門の方がノーベル賞を取る前から『イシグロさんを載せた方が良い』と選んでくださってたんですよ。残念ながらノーベル賞の時には(校了がほぼ終わっていて)間に合わなかったので、ノーベル賞受賞の事は書いてないんです。」(平木さん)
次の第八版ではイシグロさんの項目にノーベル賞受賞の事も載るはずです。

広辞苑のスゴさその3.
昔の言葉や意味も全て載っている

改訂の度に新語を増やす広辞苑ですが、他方で古い言葉の削除はあまりしないそうです。
「広辞苑は古語も載せてるんです、源氏物語にしかない古語とかもあるので。今使わなくなったから削る、という考え方はしないんです。ですから【フロッピーディスク】も載ってます、今使われなくなっても。」(平木さん)
「【フロッピーディスク】も【VHS】も。」(吾郎)
「誰かが引くかも知れないですものね。」(外山さん)
「はい。その時代のものを読んでいたら出てくるので。」(平木さん)
「必要になる人もいますよね。」と吾郎も納得しましたが突然こんな事を言い出しました。
「ねえ、【ぶら下がり健康器】ってまだある?ぶら下がり健康器って今になって良いなと思って、この間ネットで注文して。まだ売ってるんですよ、ぶら下がり健康器。今ウチにあるんですよ。」
「へぇー…」と外山さんは広辞苑をめくって
「うーん、ない…ぶら下がりからの懸垂運動、はある(笑)。」と言いました。
「ぶら下がり健康器って知らない人いないじゃん。」(吾郎)
「フラフープならありますね。」と広辞苑を引きながら外山さんは言いました。
「だったら同じくらいだよ、ぶら下がり健康器だって。」(吾郎)
「そんなに熱弁されてもねえ。」外山さんは笑いましたが
「説得力あるので、【ぶら下がり健康器】をひとつ…」と平木さんに頼みました。
すると平木さんは
「第六版で【ナウい】という言葉を入れたんです、10年前に。」と話し出しました。
「10年前ですか?」(外山さん)「30年くらい前(の言葉)ですよね。」(吾郎)

ナウ・い《形》
(ナウを形容詞化した昭和末の流行語)
いまふうである。流行の先端をいっている。


「流行語で消えるんじゃないかな、消えるんじゃないかな、と思っていたら、最終的に”死語の代表”みたいになって生き残っているので…」(平木さん)
「確かに。今ナウいって言ったら『古っ!』って言われますもん。」(外山さん)
「でも分かりますよね、意味は。」(平木さん)
「その選んだ基準が面白い。」(吾郎)
「だから次にはぶら下がり健康器も入るようにします。」(平木さん)
「嬉しい。古くないんですけどね、僕にとっては。」(吾郎)

時代と共に意味が移り変ってきた言葉については
「一番古い意味から段々新しい意味に並べる」のが広辞苑の編集方針だそうです。
例えば【優しい】を広辞苑で引くと、

①身も痩せるように感じる。恥ずかしい。

とありますが、
「あ、これ、万葉集からきているんですか!知らなかった。」と吾郎と外山さんはびっくり。
それから
「”穏やかである、素直である”って、これは現代的ですよね。」(吾郎)
「その後が”簡単である”。」(平木さん)
「更に、”悪い影響を及ぼさない”。肌に優しい洗剤とか。これが最後ですね。」(外山さん)
「こう言う風に変わっていくんですね、言葉の持つイメージや意味が。」(吾郎)

広辞苑では新語だけでなく既に収録されている言葉の定義も毎回洗い直し、時代に合わせて改訂してきたそうです。その事が分かる貴重な資料を今回特別に見せて頂きました。
平木さんは先頭に立って資料室へ。そしてドアノブに手を掛け全身を使って飛び跳ねるようにして引くと、分厚いドアが開きました。「こういう動きをする方だとは思いませんでしたね。躍動感がある」と吾郎。中には棚がずらりと並び、ゲラなどの膨大な資料が収められています。
「古いところでは…」と平木さんが見せてくださったのは掌に載るくらいの大きさの原稿用紙の束です。
「多分初版の項目を一つ一つ切り取って(原稿用紙に貼って)、第二版用に『ここを直す』って原稿にした。」(平木さん)
「手作りですね…。これ大変な作業ですよ。これ1枚で1項目ですか?」(外山さん)
「そうです。だからここには20何万枚とある。」(平木さん)
例えば【人類】の説明を第二版の原稿と第七版とで比べると、第七版では広義の人類であるアウストラロピテクスについても説明されていて、より的確に表現するため改訂を重ねていることが分かります。

広辞苑のスゴさその4.
膨大な量の情報が一冊に詰まっている。

第七版は初版と比べると5万語も増えているのですが、歴代の広辞苑を並べてみると、辞典の厚さはみな一緒なのです。ページは増えているはずなのに、どうして厚さが変わらないのでしょうか。
「見た目はほとんど変わらないです。」(平木さん)
「初版から変わってないって事ですか。」(吾郎)「なんでですか?」(外山さん)
「製本の機械が(厚さ)8cmまでしか作れないんだそうで。だからページが増えても8cmに収まるように紙を毎回薄くしてもらっているんです。」(平木さん)
吾郎は第七版をめくってみて
「ああ、もう全然薄いし柔らかいし…」と納得した様子です。
「すごいですね。同じ厚さになる紙を作るって大変ですよね。」(外山さん)
しかも薄くなっても裏写りしないように
「酸化チタンを入れてもらってるんです。そうすると光を反射して裏写りしないんです。」(平木さん)
薄さだけでなく、触ったときの感覚や透け具合までありとあらゆる事にこだわった広辞苑の紙。今回紙の開発だけで2年かかったそうです。

「(広辞苑第七版を)今作り終えてどんなお気持ちですか?」と吾郎が訊きました。
「作り終えたというよりも、また次だな、と。」と平木さんは淡々と答えました。
「八版では"こんな事をやらないといけないなという課題”はもうたまっていますので。」
「ありがたいですね。」(外山さん)「一家に一冊。」(吾郎)

広辞苑の編集は、世の中を行き交う一つ一つの言葉を見守り、交通整理をするような作業なのかもしれません。気の遠くなるような作業を積み重ねて「知の集積」とも言える広辞苑が出来ていると思えば、もっと大切に、もっと頻繁に使いたくなりますね。


拍手ありがとうございます
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