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Walking with GORO

稲垣吾郎さんとSMAPと新しい地図と。すべてが好きな主婦の日記 【無断転載禁止】

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2018-02-06 (Tue)  22:36

君たちはどう生きるか。 (「ゴロウ・デラックス」 2/2)

オープニング。
「今日は、2017年のミリオンセラーで大ヒットした方がゲストです。」(外山さん)
「すごいですね」(吾郎)
「実は80年前に発売された歴史的名著を漫画化した方なんですが」(外山さん)
「そんな古い話だったの?」(吾郎)
「そうなんですよ。それが今売れに売れている…」(外山さん)

1937(昭和12)年に出版された児童書「君たちはどう生きるか」は戦後の小中学校の教科書に多数掲載され、池上彰さんや宮崎駿監督の愛読書でもある歴史的名著です。それが昨年、80年の時を経て初めて漫画化されると5ヶ月で170万部の大ヒットとなりました。大型書店の一番目立つコーナーに置かれ飛ぶように売れていますが、買っていくのは大人が多く「漫画だから入りやすい」「子どもに読ませたい」という声が多数。今大人が読みたい、読ませたい本なのです。

課題図書 : 「漫画 君たちはどう生きるか」 吉野源三郎・原作 羽賀翔一・漫画

原作の小説は読んだことがないという吾郎と外山さん。
「子どもの頃に出会いたかった本だね。」と吾郎。この本を初めて読んだ大人は皆そう感じるのではないでしょうか。
今回のゲストは羽賀翔一さん。80年前の名著に新しい命を吹き込んだ漫画家さんです。「もっと年配の方かと思った」と吾郎は言いましたが弱冠31歳。偶然にもあの宮崎駿監督の次回作が「君たちはどう生きるか」だと発表されましたが、羽賀さんは「twitterで知ってびっくりしました。まだ状況がつかみ切れていない。」そうです。

「君たちはどう生きるか」の主人公は中学2年生のコペル君。お父さんを亡くしお母さんと二人暮らしです。そんなコペル君の良き理解者が、お母さんの弟で近所に住むおじさん。いじめなど学校で直面する問題に悩むコペル君におじさんはノートを通じてアドバイスをくれるのです。
この本ではコペル君の経験した出来事は漫画で、おじさんのノートは活字で描かれ、若者達へのメッセージになっています。
「今回は感動的な名シーンをたっぷり朗読させて頂こうと…」(外山さん)
「良いシーンが多いから選ぶのが大変でしたね。」(吾郎)
選ばれたのはいじめを扱ったエピソード。友達のガッチンが上級生達に目をつけられていると知ったコペル君は「一緒に戦う」と約束しますが、数日後上級生達にガッチンが絡まれているのを見て怖くなり動けなくなってしまいます。結局ガッチンは上級生達にボコボコにされ、約束を守れなかったコペル君は学校をサボってしまう…というシーンです。
外山さんがコペル君を、吾郎がおじさんを朗読します。

「そうか…ガッチンを守るって約束、守れなかったんだね…」
「うん…ほんとにすまないことをしたと思ってるんだ…何度も何度もあの時のことを思い出しては、死んでしまいたい気持ちになる。あの日からずっとずっと後悔ばっかり押し寄せて一歩も身動きが取れないような感じなんだ。」
「だからっていつまでもうずくまっていても、何も変わらないよ…コペル君。」
「…ねぇおじさん、僕の気持ちをおじさんがガッチン達に話してくれない?それを聞いたらみんなは許してくれるかもしれない。」
「そんなの…わからないよ。」
「じゃあもう、ずっとこのままでいる。」(コペル君は布団をかぶる)
「コペル君。なぁ、起きろよ。君の考えは間違ってるぜ。君は勇気を出せずに大事な約束を破っちまったんだろう?上級生のゲンコツがこわくて、君一人だけ皆のところに駆けつけられなかったんだろう?いま苦しい思いをしたから許してもらおうなんて、そんなことを言える資格は君にはないはずだ。君は絶交されたって仕方ないことをしちまったんだ。」
「…じゃあ僕は…いったいどうすればいいんだよっ…おじさん…」
「そんなの、本当はもうわかってるはずさ」
「……」
「コペル君はさっき、後悔ばかり押し寄せるって言ったよね…でも…君がしてしまったことをいくら思い返したって、ガッチン達がどう思っているかをいくら考えたって、それは君に変えられることじゃない。だったら、一度考えるのをやめてごらんよ。」
「考えるのをやめる…?」
「そう。変えられないことを考えるのをやめれば、余計な感情に足を取られない…いま自分がしなければならないことに、まっすぐ向かっていける。同じ間違いを二度繰り返しちゃいけないよ、コペル君。」
「おじさん…僕…ガッチンと水谷君と浦川君に…ちゃんと謝らなくちゃ…」
「ああ…」
僕がしてしまったことを全部おじさんに話した次の日…おじさんから渡されたのは…一冊のノートだった。

コペル君、いま君は、大きな苦しみを感じている。
なぜそれほど苦しまなければならないのか。
それはね、コペル君、君が正しい道に向かおうとしているからなんだ。
「死んでしまいたい」と思うほど自分を責めるのは、
君が正しい生き方を強く求めているからだ。
さあ、コペル君、今こそ答えを見つけよう。
ここには、君が決してゴマ化すことなく考えてきた気づきと発見が記されている。
おじさんのノートを最後まで読んでくれれば、きっと君は、自分を取り戻せる。
あらたな一歩を踏み出すことが出来る。
僕たち人間は、自分で自分を決定する力をもっているのだから。

「うーん…」と吾郎は朗読の余韻を味わっていましたが、突然
「外山さん、少年得意。」と言いました。
「少年役、いいですか?」と照れる外山さんに
「女性役よりイイ!」と失礼な発言を(笑)。
羽賀さんはこのシーンにどんな思いを込めたのでしょう。
「おじさんの手紙の中にある『心が苦しいと感じるのは正しい方向に進もうとしてるから』というのは、悩んでる最中とか渦中にいるとそういう引きの視点で考えられないんですけど、おじさんみたいな存在が一歩引いたところからアドバイスや言葉を贈ってくれるのは、今まさに悩んでる中高生が読むには良いのかな、と思いました。」(羽賀さん)
「ホントだよね…。さっきも言ったけど我々が小中学生の時に出会いたかったよね。」吾郎がしみじみと言いました。
「そうですね…吾郎さんは謝りたいけど謝れなかった人、いますか?」と外山さんに訊かれて吾郎は一瞬考え込み
「あの…僕も小学校1年生くらいの時にさほどそこまで仲良くないけど一緒に遊んでた友達がいたんです。で、ジャングルジムで遊んでて、ふざけっこしてその子を落としてしまったんです。救急車で運ばれて…。でもその後まだ小学校1年生ですから両親同士で解決しちゃった、大人同士で。結局僕はその子に謝ることが出来ずに…ま、ちょっと怖がっている自分もいたのかな、ケガをさせた現実に対して。コペル君と同じですよね、謝る勇気が無くて…。」ととつとつと語りました。
「(そのお友達が)今ご覧になっているかも…」(外山さん)
「そうですよね…。あの時は本当に申し訳ございませんでした。」と吾郎は頭を下げました。でもこれで一つわだかまりが解けたでしょうね。

そして次の朗読には羽賀さんも加わって頂きます。
「羽賀さんが一番緊張するところだ!」と吾郎は悪戯っぽく笑いましたが、
「描いてる時も読むでしょ?声に出して。」と訊きました(←これは役者の視点ですね、きっと)。
「そうですね。全部ではないですけど、台詞として違和感ないかとか…読むことはあります。ネームという、下書きの段階で直してる時に。」と羽賀さん。貴重な裏話ですね。
「ブログを始めたので、こういう気持ちなのかなと思って。ブログも間とかあるじゃないですか、スクロールしていって。何センチくらい空けた方がこのセリフって伝わるかなとか。」(吾郎)
「同じだと思います。漫画もめくりで驚かせるとか」(羽賀さん)「あと絵の大きさとか」(吾郎)「そうですね」(羽賀さん)
「比べるのもアレなんですが、ブログって面白いなと思って。」(吾郎)
「へぇー」と感心する外山さんに「見てないの!?」と突っ込む吾郎。
「見てます見てます」と外山さんは大慌てです。「更新すごくしてますよね?」
「一応始めたばっかりだし…」(吾郎)
「ダメですよ、最初それやっちゃうとずっとやらないと…」(外山さん)
「良いじゃないですか!!」(吾郎)「ダメ!」(外山さん)
(外山さんはブログについて何か思うところがあるのでしょうか?)

紹介するのは、コペル君が学校を休みがちな友達の浦川君の家を訪ねるエピソードです。

「浦川君、そんなに字を詰めて書いちゃ読みづらいんじゃない?」
「だって…うちはそんなに何冊もノートを買えるわけじゃないからさ…。おとっつぁんさえ帰ってくれば。」

貧富の差を初めて知ったコペル君が家に帰りその事をおじさんに話すシーンを朗読。実は漫画版のこのシーンには原作にはなかったある仕掛けが施されているそうです。

「なるほど。それでそんなに刺激を受けてるわけか…」
「もし僕が浦川君の立場だったら、ひょっとしたら投げ出しちゃってるかもしれない。勉強も家の手伝いも…。でも浦川君は学校でも家でも逃げない…!!どれだけ向かい風が吹いたって一歩一歩すすんでる。」
「うん。ちょっと外に出ようか、コペル君。おじさんもじっとしていられなくなってきた。」
(コペル君とおじさんは家を出て、外をズンズン歩いて行く)
「おじさんも…浦川君に刺激を受けた?」
「…いや、浦川君からだけじゃない…君からもまた刺激を受けた。」「…」
「コペル君は浦川君の家の貧しさを知って驚きはしたかもしれないけど、ばかにするようなことは少しもなかった。浦川君にしてあげられることを君なりにやったんだ…!!君だって浦川君のように、どんな状況でも向き合って立ち向かえる…!!」
「…うん。あのさおじさん…」
「お父さんが亡くなったあとも君は立派に頑張ってるんだから…!!」
「おじさん。ちょっと速すぎ…」
「この程度で疲れちゃうとは情けないぞ」
「…うるさいなあ」
「なあコペル君。自分じゃまだ気が付いてないかもしれないけど、君はある大きなものを日々生み出している。」
「…僕が?」
「それはなんだと思う?」
「…」
「あっ本田君、ここにいたっ…」
「浦川君…!!」
「君ん家行ったらいなくて…ずっと探してたよ。」
「うん…ごめん、どうしたの?」
「これ。さっき電報来たんだ。」
(電報の文面:「ハナシツイタ コンヤカエル」)
「お父さん?」「うん」
「やったーっ」
僕は浦川君がまた学校に行けるのが嬉しくて、おじさんが投げかけた質問の事はすっかり忘れてしまった。

「羽賀さん良いじゃないですか!」と浦川君役の朗読をした羽賀さんを吾郎は褒めました。
「グングン歩くシーンは、原作ではコペル君だけが歩くんですが、漫画版ではおじさんも歩かせようと思って。というのも、おじさん自身もコペル君と一緒に前に進んでいく、変化していくのを原作よりも漫画版では強調したかった。おじさんも変化したりだとか葛藤だとか、前に進もうとしているのを強調することで、上から下にベクトルが行かないようにと意識して描いていました。」と羽賀さん。それが原作にない仕掛けだったんですね。
「これ、活字ブロックは原作と全く同じなんですか?」(吾郎)
「ちょっと省略されている部分もありますけどほぼ原作のままです。」(羽賀さん)
「確かに活字の文章から感じるおじさんのキャラクターよりも、羽賀さんが描いた漫画ブロックのおじさんの方が好きでした。活字の(おじさんの)キャラクターって威厳のある説教ムードの強い…。だから(小説版の)おじさんが漫画の中にも登場してると僕らは読みづらかったかもしれないし入りづらかったかもしれない。それが狙いだったんですね。」(吾郎)
「そうですね。(活字部分で)しっかり締めるところは締める。親近感を持ってもらえるように可愛げのある部分を漫画で。そのバランスを見極めるのが難しかった。」(羽賀さん)
「それがよかったんだよね。それが今回一番響いたよね。」(吾郎)
ここで外山さんが気になる指摘をしました。
「(『君はある大きなものを日々生み出している。それはなんだと思う?』という)問いかけのシーンがあるじゃないですか。答えが…」
「描かれてないんだ、最後まで。原作もそうなんですか?」(吾郎)
「具体的な答えは書かれていなくて、ちゃんと答えを後半のシーンで描いた方が良いのか編集者と悩んだんですけど、この本は『君たちはどう生きるか』というタイトルですけど『こう生きなさい』という本ではないと思って。あえてここは質問を投げたままにして、読んだ人が考えたり想像できたりする余白として残しておこうと、こういう形にしました。」(羽賀さん)
今は何でも分かりやすいのが良いと思われていますが、あえて説明しない、答えを示さないのが80年前の原作の良さなのかもしれませんね。

一躍人気漫画家の仲間入りをした羽賀さんですが、ここまで来るには苦労もありました。
「完成までどのくらい時間がかかったんですか?」(吾郎)
「2年くらいですかね。最初は『1年で』って言われてたのが…1年遅れちゃったんです。」(羽賀さん)
「1年遅れるって?!かなり遅れましたね。」(吾郎)
「どういう風に漫画化するかというところで、原作の概要を伝えるガイドブック的な漫画ではなくて、漫画としてちゃんと面白いものにしようと思ったので。自分の力量不足もあって遅々としか進まなかったんですけど、でも時間をかけたからこそ描けた部分もあるので…。」(羽賀さん)
「この本をプレゼントしたい人が思い浮かぶもん、いっぱい。」(吾郎)

今後の展望については
「自分のオリジナルのストーリーも描きたいと思ってますし、『宇宙兄弟』という漫画のアシスタントもしていてその小山宙哉先生とのコラボもこれ(「君たちはどう生きるか」)の発売前から進めていたので、それをしっかり描き終えてから、またオリジナルを発表していきたいです。」(羽賀さん)
「『宇宙兄弟』では今でもアシスタントを?」(吾郎)「してます」(羽賀さん)
「小山先生はなんですって?」(外山さん)
「めちゃくちゃ喜んでくれていて」(羽賀さん)
「まさにおじさんとコペル君みたいな関係ですね。」(吾郎)
羽賀さんは本当に嬉しそうです。

AD山田くんの消しゴムはんこはコペル君と羽賀さん。温かみのある作品です。
「漫画は描かれないんですか?」と羽賀さんに訊かれ
「漫画は描かないです。机にそんなに向かえないです。」と正直に答えていました。


私はこの原作本を読んだことがあります。小学校5年か6年の時担任の先生が「とても良い本だから」と言って、クラス全員に読ませたのです。素直に感動しました。
この本が説いているのは「自分の目で見て、耳で聞いて、自分の頭で判断して、行動する大切さ」だと思います。だからこそ80年経った今も多くの人に感銘を与えているのでしょう。でもこの本が発表された1937年は日本が戦争へと突き進んで全体主義に覆われていった時代。この本は時代の流れに迎合しない普遍的な価値を追求したのだと思います。
今回昔この本を読んだ時の気持ちを懐かしく思い出すと共に、今の自分が読んだらどう感じるだろうかと考えました。
また読んでみようかな。


拍手ありがとうございます
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最終更新日 : 2018-02-06

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