FC2ブログ

華やかな渋谷にも漆黒の闇にもオザケンが流れていたあの頃 (「ゴロウ・デラックス」 10/13)

吾郎の顔がすっきりしてアイドルらしい感じに戻ってきました。髪と髭を伸ばして大人のワイルドな色気を漂わせていたのも素敵でしたが、アイドル然とした吾郎も大好きです。

オープニング。
「今回はデビュー作が7万5000部の大ヒットになっている、twitter発の作家さんがゲストです。」(外山さん)
「twitter発というのは今の時代ならではですね。外山さんもやってるんでしょ?」(吾郎)
「やってます。知らないうちにフォロワーが1万人いるんですよ。」(外山さん)

いつも通り席に着くと吾郎が訊きました。
「何でtwitterやってるの?」
「ラジオの番組でやってそのままになってるだけなんですよ。」(外山さん)
「あまり更新してないんでしょ?」(吾郎)「全然!」(外山さん)
「1万人が待ってるんだよ?」(吾郎)
「そんな事よく言いますよね。」(外山さん少し動揺)
いやいや、あなたのtwitterは34万人が待っているんですよ、吾郎。
それはともかく、
「この方すごいんですよ。本も面白くてさらっと読めた。」と吾郎は楽しそうです。

課題図書 : 「ボクたちはみんな大人になれなかった」 燃え殻

燃え殻さん、43歳。デビュー作「ボクたちはみんな大人になれなかった」が発売1カ月で7万5000部という異例のヒットとなり、糸井重里さんや堀江貴文さんなど各界の著名人から絶賛を受けるなど大きな注目を集めています。
しかし本職は作家ではなく、テレビの美術製作スタッフなのだそうです。
「燃え殻さんの会社にはゴロウ・デラックスも大変お世話になってるんですよ…ほらこれ!」と外山さんが言うと画面が変わり、歴史上の人物の等身大パネルが。「日本史有名人の身体測定」(2016年5月5日放送)で使ったものです。
「これ?等身大の?聖徳太子がやたら背が高い、っていう…」(吾郎)
「等身大パネルとかイラストとかフリップとか…。今日僕作ってきたんです。」と言いながら燃え殻さんは自己紹介用のフリップを取り出しました。ゲストさんがフリップを手作りしたのはゴロデラ始まって以来初めてです。
「写真も自分で選んだ?」(吾郎)
「ええ、イイやつを選びました。」(燃え殻さん)
「こだわりポイントは何ですか?」(吾郎)
「納期以外はあまりこだわってない。納期が遅れるとぶっ飛ばされるので、納期以外には分かりやすく。」(燃え殻さん)
「色合いは?この番組(のセット)に合わせたんですか?」(吾郎)「はいそうですね。」(燃え殻さん)さすがプロの仕事です。
まず「燃え殻」というペンネームについて。
「twitterを始める時に何も考えていなくて、当時元キリンジの堀込泰行さんの「燃え殻」という曲がすごい好きで、それをハンドルネームに…ほんと申し訳ないんですけど軽い気持ちで。」(燃え殻さん)
キリンジさんはSMAPのアルバムに曲を提供してくださったミュージシャンですから、ここでも吾郎と接点がありますね。
twitterでの巧みな文章が人気を集め作家デビューのきっかけとなりました。そのフォロワー数は14万人を超えています。その中でも人気のツイートを紹介。

『世界3大うるせえよ』といえば、ほぼ毎日ランチ食ってる食堂にいたビームスのバイヤーみたいな2人がヒソヒソ言った『普通の人っていつもコレ食べてんの?』とTSUTAYAのAVコーナーに入ってきたカップルの『やだ~変態』と今、満員電車で『この中で今日、海外行くの私達だけかな?』て男女だ


「はは!」吾郎は上を向いて笑いました。
「『世界3大うるせえよ』というのが面白いですね。」と外山さんも笑いました。
「ビームスのバイヤーみたい、って分かんないよね。」(吾郎)「僕も見た事ないですけどね。」(燃え殻さん)
「TSUTAYAのAVコーナーって、自分もいたって事ですね。」とさりげなく鋭く指摘する吾郎。「まあ、そうですね。よくいますよ。」とあっさり認める燃え殻さん。
「そういう気持ちをよく思い浮かべますね。」(吾郎)
「元々ラジオでハガキ職人をしてたので、それに近いものがある。はがきサイズの中に起承転結をつけなきゃいけない、それとtwitterが似てて、読んでくれた人が何かを感じてくれるとラジオに投稿が採用されたようで嬉しいんです。」(燃え殻さん)

そんな燃え殻さんの実体験をもとに書かれた恋愛小説が「ボクたちはみんな大人になれなかった」。1990年代を舞台に当時の流行や世相を織り交ぜながら大好きな彼女との別れまでを描いています。これには燃え殻さんと同い年の吾郎も共感したそうです。
「まさに僕らの世代の小説で、ね?まさにドンピシャなので。」(吾郎)
「年齢だけはピッタリなんですね。」(燃え殻さん)
「でもね、好きなものとかは同じですし…」との吾郎の言葉に「ほんとですか?」と燃え殻さんは身を乗り出しました。
「好きです、僕も小沢健二さん大好きですし、フリッパーズ・ギターも好きでしたし」(吾郎)「へぇ」(燃え殻さん)
「うん、読んでて分かるなぁ、って。(過ごした)世界とか環境は違うけど、サブカルっていうのかな、こういう者に対する憧れが…逆にすごいメジャーな中にいたからこそそういうものに憧れてました。」
「ああ、よかった。」と喜ぶ燃え殻さん。吾郎の話は燃え殻さんには意外なようでした。
「ご自身の恋愛を書くってどうでした?」(吾郎)
「何を書くかって言われたときに、テレビの美術の仕事も…ブラックと言うと悪いですけど、ねぇ(と外山さんと吾郎の顔を見て)、ブラックを通り越して漆黒の闇みたいなもので、そういう時に支えてくれた彼女の話をした時に『それ面白いじゃん』となって、だったらそれとその時自分が感じてた空気感…90年代から2000年位の混沌とした感じを一緒に書けると自分としては書きやすいなと思って、(題材に)選びました。」(燃え殻さん)

燃え殻さんの実体験がほとんどというこの小説は「元カノのFacebookを偶然見つけてしまう」という今の時代ならではのエピソードから始まります。その冒頭部分を吾郎が朗読。地下鉄に揺られながらFBの「知り合いかも?」の所に見覚えのある女性の顔のアイコンを見つけ「ボク」は目が離せなくなってしまいます。

彼女はかつて「自分よりも好きになってしまった」その人だった。
今でも彼女の事を時折思い出す事があった。
最後に会ったのは1999年の夏、場所は渋谷のロフト。
リップクリームが買いたいと出掛けたなんでもないデートだった。
別れ際「今度、CD持ってくるね」と彼女は言った。
それが彼女との最終回になった。
(中略)
マーク・ザッカーバーグがボクたちに提示したのは「あの人は今」だ。
ダサいことをあんなに嫌った彼女のフェイスブックに投稿された夫婦写真が、ダサかった。
ダサくても大丈夫な日常は、ボクにはとても頑丈な幸せに映って眩しかった。


「ボク」は彼女のフェイスブックをスクロールさせ、彼女の「今」を知ります。そして彼女との過去を思い出していきます。

酔った席で思わず熱心に彼女の事を話すと、よっぽど美人だったんだろうねぇと言われる事があるが、彼女は間違いなくブスだった。
ただ、そんな彼女の良さを分かるのは自分だけだとも思っていた。


「これも実話なんですよね。」(吾郎)
「ええ…Facebookで「知り合いかも?」で出て来ません?」(燃え殻さん)
「分かります。LINEとかでもね。始めたころに出て来ました。」(吾郎、さりげなく爆弾発言)
「知り合いどころか…、って感じで出てきたんです。」(燃え殻さん)
「へぇ…。ブス、ブス言ってますけど、誰に似てるんですか?有名人で言うと。」(吾郎)
「これは彼女自身が言っていたんですけど、『バカ殿に私似てるよね』って。」(燃え殻さん)「えー!」(外山さん)
「似てた」(燃え殻さん)
「彼女自身が『私、ブスなんだよね』って言う子だったんですよ。でも僕にはすごい自信満々に見えて、僕自身がカルチャーに弱い人間だったので、彼女から勧められる映画とか音楽とか、そういうものにすごい影響を受けて、『私ブスなんだよね』って堂々としているのが最強に見えたんです。」(燃え殻さん)
「『男は過去の自分に用がある、女は未来の自分に忙しい』ってありますけど。」(吾郎)
「それは実感なんですけど。そうじゃない人もいると思いますけど、僕は今すごい好きな事とか、自分の口癖とか、本とか今でも追いかけちゃう映画とか、彼女の影響が強くて過去を少し見ながら生きてるような気持になるんですね。で、彼女のFBを見た時に彼女が未来に向かって生きてるような気がして、『あっ、置いていかれてる』という気持ちになったんです。」(燃え殻さん)
「女の人ってそうなんですか?」と吾郎が外山さんに訊きました。「男は過去にこだわったりひきずったりとか…。」それを聞いて外山さんも「男の人はそうですね」と同意しました。
「女の人はスパッと…?」(吾郎)「うん、まあ過去は過去。」(外山さん)というやり取りを聞いていた燃え殻さんが「全員じゃないですけどね。」と補足しました。
「全員じゃないけど、この元カノは燃え殻さんの中に足跡を残せたというのがね…。」(外山さん)
「それだけ残せたって本人も分かってない。」(吾郎)「思ってないですね。」(外山さん)
すると吾郎は自分の事を話しだしました。
「僕もその世代の時に、お付き合いはしてなかったんだけど、憧れる女性がいて、2つくらい上でカメラマンのアシスタントをやってたんですよ。すごく影響が大きかったですね、その人が言ってる写真集とか」
「買って読んだりとか」燃え殻さんも共感しました。
「はい。映画もそうですし音楽の影響もそうですし…だからそこの共感もすごくできて。影響を与えてくれる人って存在として大きかったのは分かります。」(吾郎)

「ボクたちはみんな大人になれなかった」の特徴は90年代のサブカルチャーがふんだんにちりばめられている事。読者からも当時を懐かしむ感想がたくさん送られてきています。
そんな当時を思い出させる彼女との文通シーンを外山さんが朗読。

仕事が休みだった次の日の朝、無印良品に便箋を買いに急いだ。
無印良品はその頃のボクにとって、おしゃれの代名詞だった。
文通コーナーに手紙を出すのは初めてで、手紙の内容はさんざん考えた挙句
「小沢健二、好きなんですか?」
しか思いつかなかった。
返事はすぐにきた。
仲屋むげん堂の無料で配られる新聞をきれいに折り畳んだ封筒に入っていて、便箋はインドのお香のにおいがぷう~んとした。
彼女の手紙の文章も一行だった。
「小沢健二は私の王子様です。」
便箋には一緒に単館映画館に置いてあるチラシを何枚かコラージュしたものが、のりで貼り付けられている。
顔も知らない彼女にボクはもう惹かれ始めていた。
その匂い立つサブカル臭、ボクの知りたい興味の先を行っているような印象にすっかりやられてしまっていたんだと思う。
2回目の彼女への返信は丁寧に書いた。
フリッパーズ・ギターからいかにずっと小沢健二を聴き続けてきたか、オリジナル・ラブやコーネリアス、電気グルーブに対する愛についてもくまなく書いた。
彼女からの便箋も文通を繰り返すごとにどんどん枚数が増えていく。
主に、いかに渋谷系を偏愛し、大槻ケンヂの影響でインドに思いを馳せているかが書かれていた。
気付くと、彼女からくる手紙を読む事が休憩室での一番の楽しみになっていた。


この朗読のBGMが小沢健二さんの「Life」だったのが良かったです。小沢健二、フリッパーズ・ギター、コーネリアス、電気グルーブ、等のくだりでは吾郎はにっこり頷きながら聞いていました。
「小沢健二さん。芸能界でお会いする機会は少なかったんですけど、夜とか遊びに行ったり、クラブとかで…お会いすることが何度かあって。」と吾郎が懐かしそうに言ったので
「吾郎さん、クラブとか行ってたんですか?」と外山さんが訊きました。
「だって当時ってディスコが終わってクラブとかが出始めてきて、友達の影響もあったからしょっちゅう…」と吾郎が言うと燃え殻さんが
「僕、吾郎さんに本当に聞きたいことがあって。クラブとかに行って、小沢健二さんにも会ってしまう、そういう吾郎さんと僕は同い年なんですけど、僕の90年代って酷いんです。その90年代に吾郎さんはどうだったのか、それを詳しく聞きたいと思って、フリップを作ってきました。」とまたフリップを取り出しました。

題して「日向のゴロウ&日陰の燃え殻 ボクたちの90年代ライフ!」
同い年の燃え殻さんと吾郎がどれだけ違う生き方をしてきたのか、という表です。
(いや比較する対象が特殊すぎる、と思いますが…しかしフリップの出来は見事です。)

1992年 19歳(日本人宇宙飛行士・毛利衛さんが宇宙へ出発)
【燃え殻:鶯谷の専門学校に通い挫折生活】
【吾郎  :高級車マセラティを乗り回すセレブ生活】
最近ではネタになりつつあるマセラティですが、吾郎は「だって頑張って働いてたもん!」と強調しました。
「まあ、それはそうだと思います。」と燃え殻さんも外山さんも納得です。
「女の子と外でデートも出来ないしさぁ」と吾郎が愚痴ったので燃え殻さんは
「謝罪ですね」とフォローしました。
「それはね、車に行きますよね、お金が。」(外山さん)
「だって…税金対策しなきゃいけないじゃん?」(吾郎)
「やだぁ!そんな未成年!」と外山さんは笑いましたが、真面目な顔になって
「燃え殻さんは何の専門学校に行っていたんですか?」と訊きました。
「広告の専門学校だったんですけど、僕もそうだったんですけど全員やる気がないんですよ。」
「小説と一緒ですね。」(吾郎)
「ええ、小説のまんま。でも専門学校潰れちゃったんです。就職課に行っても”職業”のファイルが数枚しかなくて全然広告の仕事なんて無い。だから、これはどうしたものかな、という…。」(燃え殻さん)
「そうか、僕は同い年の等身大の生活を知らなかったから、今聞いてそうだったんだな、と。」(吾郎)
1995年 22歳(チビTやヘソ出しのファッションがブームに)
【燃え殻:エクレアが流れる工場で労働】
【吾郎  :70年代ソウルが流れるクラブで夜遊び】
「またイメージ悪そうですね…」と吾郎は小さな声で言いました。
「エクレア工場も小説に出てきましたね。(労働時間が)12時間。」(吾郎)
「12時間でしたね。(給料が)1日7000円くらい。」と燃え殻さん。働いているのはほとんどが外国の方だったそうで
「そういう意味では吾郎さんのクラブの夜遊びと近い。」と強引にこじつけました。でも、
「不安で不安で仕方なくて。学校だったら夏休みは8月31日で終わるじゃないですか。でも僕はエクレア工場で一番上の工場長の人に『辞める』って言わなかったら『このベルトコンベアがずっと続くんだろうな…』」と思いながら生きていたそうです。
「そういう若者がいたんだ、同い年で。何やってんだ僕は。」と吾郎はしみじみと言いました。
「いやいや、仕方ないですけどね。」と燃え殻さん。
「忙しいとかはあったけど…」(吾郎)「全然寝れないとかありました?」(燃え殻さん)
「そうですね。ドラマのスケジュールも今よりもタイトだったよね…。不安とか感じる時間もないくらいとにかくずっとキラキラキラキラ…。」(吾郎)
「不安は僕も一緒かもしれない。キラキラは全くないですけど、不安を深く考える時間が無いですよ。」(燃え殻さん)「やらなきゃいけないから」(吾郎)
「そう、その前に納期があるので、その納期の方が不安なんです。」(燃え殻さん)(スタッフから思わず笑い声が起こりました。)
「分かります分かります。」(吾郎)
「深刻に悩む時間が無かったから続けられたのもあったのかなあ、って。」(燃え殻さん)
「環境は違うけれどもお互い一生懸命やってたんだし、間違ってはいなかったから。」(吾郎)
「自分なりの一生懸命で。」(燃え殻さん)
「その結果ここに座らせてもらってる、立たせてもらってるのいうのは嬉しい事ですよね。」(吾郎)
「ありがたいな、と思います。」(燃え殻さん)
「だからすれ違ってるかもしれないですよ、渋谷とか原宿で。」(吾郎)
「絶対ないと思いますけど、あったら嬉しいです。」(燃え殻さん)

今回燃え殻さんと吾郎の会話を聞いていて不思議な感覚になりました。全く違う世界で違う人生を歩んできたのに、二人の間には小沢健二さんとかサブカルとかの共通項がありました。例えて言うなら、二人を隔てていたのは固い壁ではなく薄くて柔らかい膜のようなもので、二人とも好きな時に好きなようにそれに触れてきたのです。同じ時代を生きるってそういうことなのかもしれないと感じました。


拍手ありがとうございます
スポンサーサイト



コメント

コメントの投稿