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世界中の山が自分の居場所 (「ゴロウ・デラックス」 7/14)

オープニング。
「今日は最年少尽くしの冒険家の方がゲストです。」(外山さん)
「そういえば、以前史上最高齢で大冒険した三浦(雄一郎)さんがゲストでいらした…」(吾郎)
「そう、あちらは最年長、今日は最年少ですから。」(外山さん)
多彩なゲストをお迎えする読書バラエティが「ゴロウ・デラックス」です。

探検家グランドスラム。この言葉を私は初めて聞いたのですが、「世界最高峰のエベレストを含む世界7大陸最高峰を登頂しさらに南極点・北極点を踏破する事」だそうです。達成者は世界で50人ほどしかいないそうですが、今年4月史上最年少でこれを達成した日本人女性がいます。その方が今日のゲストです。
南谷真鈴(みなみや まりん)さん、20歳。高校生の時から計画を始め、わずか2年4カ月で探検家グランドスラムを達成しました。普段は普通の女子大生の彼女がなぜ自分一人で道を切り拓き前人未到の記録を打ち立てることが出来たのでしょうか?

課題図書 : 「自分を超え続ける」 南谷真鈴

「私是非お会いしたかったんです。こういう方がいらっしゃるんですね。」(外山さん)
「もうスゴイしか言えないですよね。19歳ですよ、19歳で世界7大陸最高峰…。(僕は)月9を始めてやったのが19歳。楽しみですね。」(吾郎)
入ってきたのはすらりと背が高く白のワンピースに黒のジャケットを着こなしたロングヘアの綺麗なお嬢さん。「はじめまして。よろしくお願いします。」とにこやかに挨拶すると席に着きました。
「山に登っているっていう風に思えないようなしなやかな感じですね。」(外山さん)
「さっきそこでご挨拶した時『わぉ、ゴロウさんやっぱりウェービーヘアー!』って(笑)」(吾郎)
まずは南谷さんの業績を紹介。
1996年(スマスマが始まった年!)12月20日生まれ、現在20歳の南谷さんは、
【探検家グランドスラムを世界最年少で達成。】
【7大陸最高峰制覇は日本人最年少、世界第2位。】
【エベレスト登頂は日本人最年少。】
しかもその探検家グランドスラム達成に要した時間は2015年1月から今年4月までのわずか2年4カ月!
「エベレストに登った時なんかは南極点→カルステンツ・ピラミッド→エルブルース、その2日後にエベレストへ出発して、エベレストの10日後にデナリ、みたいな…。」(南谷さん)
「そんな頻繁に上ってて大丈夫なんですか。ちょっと間を開けないととか?そうじゃないんだ、山は。」(外山さん)
「この本にも書いてあったけど、僕らが今飛行機でエベレストに連れて行かれたらすぐ死んじゃうでしょ。」(吾郎)
「(酸素の量が)今の空気の1/3なので、今吸っているペースの3倍で(ハッハッハッと)ずっと息してないといけない、寝る時も。一番のトレーニングは山を登ることなので。高度順応というのは、こういう東京みたいな所にいると一週間でなくなってしまうので、(なくならないように)次から次へと山に登っていたらこのペースになっていた。」(南谷さん)
オセアニア最高峰のカルステンツ・ピラミッドは標高4884mで最もテクニカルな山と言われています。
「山というと想像するのは草木が生えていてとか雪が積もっていてとかだと思うんですけど、カルステンツ・ピラミッドはもう岩の塊。地面からニョキッと岩が生えているので。」と南谷さん。登頂時の映像が流れると
「怖いよ、怖いじゃん!」(吾郎)「えー!」(外山さん)と二人はびっくり。何しろ上を見ても下を見てもつるんとした岩の壁が続いているだけなのですから。
「こういう山なんですけど、岩と岩の間がすごく離れていて、その間にロープが張ってあって綱渡りしなきゃいけないところがあるんです。」(南谷さん)
「もうこれ山登りじゃないじゃないですか!」と外山さん。
「これ下見たらさ…(カメラが上から下に振られると岩の壁に吸い込まれそうな感じがします)、これ絶対無理!絶対無理!」と吾郎は大騒ぎ。
「でここ、綱渡りが…」(南谷さん)「無理無理無理!!怖くないの?」(吾郎)
「怖いですよ。」(南谷さん)「だってこれもう漫画漫画。ジャッキー・チェンの世界ですよ。」(吾郎)
「帰りは豚の丸焼きみたいに逆さになって(ロープにぶら下がって)行くんですよ、足を引っかけて。」(南谷さん)
そう、行きだけじゃなく帰りもあるんですよね。それにしてもどうやってここにロープを張ったんでしょう?最初にこの山に登った人はどうやって登ったのか気になります。
「マリオとかさ…テレビゲームの世界だよ。」吾郎は信じられないという顔をしていますが、南谷さんは涼しい顔で笑っています。
「でも掴めなかったらどうなるんですか?」(外山さん)「ツルッみたいな(笑)」(いや、笑い事じゃないっすよ、真鈴ちゃん!)
ここでAD山田くんが大きな荷物を持って登場。登山で実際に使う道具を見せてもらいました。大きな黒いリュックを開けるとまず赤いリュックが出てきました。
「このザックでエベレストを登りました。」(南谷さん)
黄色い棒を外山さんは手に取りました。「これは滑落停止の時とかに(使う)」(南谷さん)
「それからこれがエベレストに登った高所用のブーツ。」南谷さんはそれを机の上にドンと置きました。
「あ、固い。」外山さんは甲の部分に触ると思わず声を上げました。一方吾郎はヘルメットをなぜか山田くんにかぶせました。
南谷さんが黒いビニール袋の中身をジャラジャラと机の上にあけると金属製の色々な道具が出てきました。
「これは何ですか?」と外山さんが訊くと南谷さんはその中の一つを手に取り、
「これは、岩場の間を登る時にこれを入れてひっかけて…あの、まあ…、今度山登った時に見せてあげますよ。」外山さん、今度の登山に同行決定でしょうか?
「で、本の中にめちゃくちゃ食べる、って書いてあったじゃないですか。どんなものをどれくらい食べるのか一日の食事を用意しました。」(外山さん)
「お待たせしました。」AD山田くんが色々な食べ物をお盆に載せて入ってきました。
ご飯や卵焼きやチーズなどに交じって目を引くのが辛ラーメン(袋入り)。お湯に入れるのではなく袋の中で砕いてパウダーをかけてそのまま食べるのだそうです。その他にはエナジーバー(10本!)エナジージェル、エナジーグミも必需品だそうです。
「エナジージェルおいしいよ。」いつの間にか吾郎はちゃっかり試食しています。
「飴1個では足りなくてシュンとしてしまう所が(エナジージェルを食べると)1個で1時間半はOK、みたいな。」(南谷さん)「ポパイだ、ポパイ。」(吾郎)食事は本当に大事なんですね。

続いては地球の端っこ南極点の話(2016年1月に制覇)。元々南谷さんは探検家グランドスラムではなくエベレスト登頂を目指していて、その予行演習の為に南極最高峰のビンソン・マシフを登ったのですが、そこから予定を変更して南極点へ向かいました。その理由は、
「ビンソン・マシフに登頂して、南極大陸にいるんだし南極点に行かないとこのチャンスは一生来ないかもしれない。って。」
というあっさりしたもの。
「最初は思ってなかったんですよね、南極点に行こうと思ってビンソン・マシフに登ったわけじゃないんだよね。これがすごいよね。下りてきてから思ったんだよね。ここすごくない?ここのくだり。」(吾郎)
「南極点に到達した後に(あれ?北極点も行けば探検家グランドスラムが達成するんじゃないか?)って…。」(南谷さん)
「どうせなら、ってみたいな…。ハチ公も見たからドン・キホーテも寄っていこうかな、って。」(吾郎)「その感覚がすごい…」(外山さん)
「あ、中目黒のドン・キホーテも行ったら渋谷区のドン・キホーテ全部行った事になる。」吾郎のユニークな例えに南谷さんは思わず笑いました。「そういう事でしょノリ的には。」(吾郎)
ここで南極点の映像も流れました。「360度何にもない、全部雪。」と南谷さん。

20歳で探検家グランドスラム達成は常識破りの偉業です。彼女を突き動かしたものは何でしょうか。
南谷さんは父親の仕事の関係で生後1年目からマレーシア、中国の大連、香港などで暮らしました。4年に一度は国を変え、2年に一度は学校を買える慌ただしい生活だったそうです。
「日本人という事でちょっと嫌な目に遭ったりという事はなかったですか?」(外山さん)
「そうですね、私が通っていた中国の現地の学校ではものすごい反日教育を行っていて、私自身『自分って誰なんだろう』『日本人って何なんだろう』って思う事が良くありましたね。小学校でも高学年の子から『竹島返せ』って言われたこともありましたし…。その中で自分の中のアイデンティティがどんどん失われていった。」(南谷さん)
外国で暮らし「自分は誰なのか?」と葛藤する中、出会ったのが香港の学校の授業で登った山でした。
「自分の居場所を探している時に、山は私にとって自問自答する場所でもあって、山を一歩一歩登りながら、自分の心の中の大きな山も一緒に登れる気がしたんです。山は『私の足が自分の靴に入ってるところが居場所なんだ』と教えて下さった先生のような存在です。」(南谷さん)
そして14歳の頃ネパールのアンナプルナへ登った時、ひときわ高くそびえる美しいエベレストを見て、いつか必ずこの山に登頂すると決めたのだそうです。
南谷さんがエベレスト登頂を具体的に計画するきっかけになった出来事の部分を外山さんが朗読。
香港で友達を家に招んだ時に起きた小さな事件から、ご両親の関係が完全に壊れてしまったのです。
「そういう家族の事情もあって日本に帰国しなくてはならなくなって、(私はどんなに自分の人生においてコントロールがないんだろう)と改めて思って。で17歳の時に両親が離婚して自分で自分の人生を設計しなくてはならない、と。それで14歳のあの時決めたエベレストに登るという夢を今叶えようと思ってプロジェクトにしたんです。」
南谷さんの言葉を吾郎は真剣に聞いていました。そして「夢をかなえたんだもんね。」と一言。
「他の人が持つ自分のイメージを生きようとしてもがき続けてきたけれど、そんな事なんて必要ないんだ、って。」南谷さんは自分に言い聞かせるように言いました。

高校生の時たった一人で動き始めた南谷さん。だんだん多くの人の共鳴を得て数々の苦難を乗り越え昨年5月、夢だったエベレスト登頂に成功しました。
「もう本当に大変でしょ?色々な挑戦を次々と達成していったんですけど、一番ほっとするのはやはり自宅だという事で、なんと!お宅にお邪魔させて頂きました!ありがとうございます!」(外山さん)
「あのさ…スタッフ間違えてない?ドサクサに紛れてだよね?」(吾郎)
VTRを見始めると、吾郎はさっそく「誰?この男」と一言。取材に行ったのは男性スタッフだったのです。
それはともかく南谷さんのお部屋はまるでモデルルームのように綺麗。いかにも女性大生のお部屋という感じですが、その中にマナスル登頂時の記念写真やエベレスト登頂証明書が飾ってあったり、トレーニング用のダンベルや登山用具が置かれていたりするのが探検家グランドスラムらしいです。南谷さんは7大陸全部を一緒に登ったというスキーのポールを見せてくれて
「ずっと同じ道具で遠征するのが好き。思い入れのある道具を使いたい。」とにっこり。
その一方で棚にはコウモリの剥製も飾られています。「実家にはダチョウの卵もあって…。こういうものが好きなのでコレクションしていきたい。」とも。
自宅にいる時はごろごろするのが一番好きという事で、南谷さんは最後ベッドに入ってバイバイしてくれました。

「魅力がギュッと詰まってますよ。」(吾郎)「ほんと可愛らしい。」(外山さん)
「ほんとにおっしゃってますか?」南谷さんはテーブルをドンと叩いて吾郎の方に乗り出しました。
「ホントに言ってるよ。」と吾郎が答えると「嬉しい。」と南谷さん。
「(吾郎さんは)嘘つけないので。」と外山さんが言うと「分かってますよ、同じ射手座なので。」と南谷さんはにっこりしました。

2017年4月北極点に到達し、探検家グランドスラムを達成した南谷さん。今何を思うのか、その部分を吾郎が朗読。

山を通して私の心は結構厚みを増しました。つらい事があるたびに弱い部分に泣きながらバンドエイドを貼り、それでもつらければそこにもう1枚バンドエイドを貼り、そうやってどんどん弱い心を分厚くしていきました。
夢の邪魔をするのは自分の情熱不足だけれど、自分を信じてあげる事が自分を守るバンドエイドになるのかもしれません。

私はこれからどんな私になっていくのか、まだわかりません。
でも今と同じように、心から笑って心から泣いていたいと思います。
いつもどんな時でも、弱い自分も強い自分もすべて自分だと受け入れて。


「そして今…。」(吾郎)
「そうですね。『自分って何だろう』と言っていたけど『自分になれた』っていう…。」(外山さん)
「自分になれたんだったら、今はもうプロローグじゃない?これから始まるんじゃない?」(吾郎)
「そうですね。」と南谷さんは嬉しそうに笑いました。
「楽しみだね。だってまだ20歳だし。もうお父さんの気持ちだよ。」(吾郎)
そこへAD山田くん登場。
山の上から手を振る南谷さんの消しゴムはんこでしたが「実際にお会いしたらおきれいだったのでね…女性はおきれいになってくるので…難しいです…」と言いながらスケッチブックを背中の後ろに隠してしまいました。

国籍や家庭環境に左右される事なく自分の夢をよりどころにして世界中の山を自分の居場所にした南谷真鈴さん。これからも注目したい方ですね。


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