SMAP稲垣吾郎さん大好きな主婦の日記 【無断転載禁止】

これは、喜劇 (「ゴロウ・デラックス」 6/23)

オープニング。3週間ぶりに吾郎の衣装が変わりました。黒シャツに黒タイ、チャコールグレーのスーツ。ベージュのスーツも上品で素敵でしたが、今回はグッと渋いです。
「今日のゲストはドラマ映画バラエティ番組で抜群の存在感を発揮している喜劇役者さんです。」(外山さん)
「役者の方がゲストなのも珍しいんですけど、喜劇役者さんですか。」吾郎は早くも興味津々の様子です。

今最も注目を集める喜劇役者、ムロツヨシさん。独特の強い目力を持ち、映画・ドラマ・舞台・バラエティ番組の司会など幅広い分野で活躍する唯一無二の存在。そのムロさんが月刊誌「プラスアクト」でブレイク前から書き続けた連載をまとめたのが今回の課題図書です。

課題図書 : 「ムロ本、」 ムロツヨシ

400ページを超えるボリュームのこの本には、自身の壮絶な体験を基にした私小説やオリジナルの劇台本、芸能界の交友関係などが書かれていて、ムロツヨシさんのすべてが詰まった渾身の一冊となっています。
「肩書が”喜劇役者”なのはなぜですか?」まず外山さんが訊きました。
「僕らが子供の頃は『喜劇役者って誰?』って聞いたら植木等さんとか渥美清さんとか名前が挙がったんですけど、今『喜劇役者で誰が好きですか?』と訊かれても『喜劇役者って誰の事を言うんだろう?』ってなってる。僕はずっと喜劇を舞台でやりたいと思っていて、それならあえて自分から言うのも良いのかなと思って、恥ずかしいんですけど(喜劇役者と)名乗らせて頂いてるんです。」とムロさん。喜劇に特に思い入れがあるんですね。その一方で
「で『喜劇役者だから笑わせてみろ!』と言われたら『いえ、喜んで劇をする役者なんです』と言い訳も作ってあります(笑)。」とも。
ムロさんと吾郎は今回初共演ですが、
「でもこれを読んでからお会いするから…不思議ですよね。」(吾郎)
「お会いする前に読んでもらっている事と、そこを今テレビカメラたちが写している現状にもう…とち狂ったのか髪結んじゃいました。テレビで髪結んだことほとんどないのに。」(ムロさん)「ちょっとおしゃれですよね。」(吾郎)
ムロさんいわく、「森山未來を意識してる」そうです(笑)。
雑誌の連載をまとめた本なので、
「結構前の連載も多い?」(吾郎)
「はい、一番古いのは8年前ので。まさか8年かけて本になると思わなかったですし。」(ムロさん)
「ムロ本、」では「。」の代わりに全て「、」が使われています。これについては
「初めてパソコンで台本を書いた時に、セリフでよくある「…」をどうやって出せばいいか分からなかったんです。」とムロさんが言ったので吾郎は一瞬きょとんとなりました。
「どうやっても違う記号が出てくる。で「、」を打ったらその通りに出てきたので『もうこれでいいや』と。(吾郎笑い出す)それで始めて…。「、」「。」を使わない人=俺って決めたんです。」(ムロさん)
「でも流れがいいからいいじゃないですか。」(吾郎)
「「。」を使わなくなっちゃったので嘘をついて後付けの理由で『「。」をつけたら終わっちゃう。「、」は続くじゃないですか』って。」(ムロさん)「後付けうまいですね!」(吾郎)
「後付け上手いんです。結構後付けの理由を沢山使っているんですよ。」(ムロさん)
「この『ムロ本、』は喜劇役者ムロツヨシのすべてを書いた台本になっています。この番組ではこの『ムロ本、』の目次に沿ってお話を伺っていきます。」と外山さん。課題図書の目次が本日の番組の台本というわけです。

【ムロツヨシ、―――序章的な】
8年続く連載の中で一番新しいこの章ではムロツヨシさんの日常が描かれています。「序章的な、」という事で、ムロさんが今まで出演した映画・ドラマ・バラエティ番組を振り返りました。AD山田くんがボードを持って入ってくると、
「よく会うんですよ。」と言いました。ムロさんが小栗旬さんと友達で、山田くんが義兄小栗さんの家にいる為よく会うようです。
「この間会ったのは、僕が酔っぱらって帰ってきて小栗さんに40分くらい説教食らってた時でしたね。」(山田くん)
「ちゃんと兄としての説教でしたね、人生の先輩としてこれは良くないんじゃないか、と。」(ムロさん)
「酔っぱらってたんで何も覚えてない。」(山田くん)
「お前、(小栗さんが)これ観たらまた怒られるよ!」(ムロさん)山田くんは焦りまくりでした(笑)。

ムロさんが最初に本格的に映像作品に出演したのは「交渉人 真下正義」(2005年)。しかし吾郎は
「観たよ…いた?」と首を傾げました。「結構いい役で。」(ムロさん)「犯人?」(吾郎)
「あれ犯人出ない映画ですから(笑)。…実は僕、真下(ユースケ・サンタマリアさん)の隣にいるんですよ、階段で室井管理官とすれ違うシーンとか。よく見て下さい、僕いますから。」(ムロさん)
「えー、絶対見てるはずだよね。」(吾郎)
「よく見ている作品が多いですよ。」(外山さん)確かに作品リストには「ガリレオ」などの有名ドラマもあります。しかし、
「ワンシーンもない、ワンカット(だけの出演)。自分の事を”ワンカット役者”って呼んでましたから。」とムロさん。
「僕らはいつ知ったんでしょうかね、ムロさんの事を。いつの間にか…。」(吾郎)
「僕はいつも必死なんですけど、すべてに爪痕を残そうと(笑)。でも多分『勇者ヨシヒコと魔王の城』という深夜ドラマをやった時に『あの人誰?』って感じになって、役名で街で呼ばれるようになりました。今までそういう事はなかったので大きな転機だったのかな。」(ムロさん)
「街で呼ばれるのって役者にとって…びっくりだよね。」吾郎の言葉には実感がこもっていました。
「あと、世間の皆さんが知ってくれたのは『ごちそうさん』というNHKの朝ドラで。それが年上の世代の方に覚えて頂けるきっかけになりました。」(ムロさん)
「朝ドラってびっくりするぐらい人に声かけられますよね。」(吾郎)「かけられます。」(ムロさん)
「僕も人生で初めてドラマに出たのが朝ドラなんです。」と吾郎が言うと
「え!そうなんですか?」とムロさんは身を乗り出しました。
「平成元年、15歳の時に。」(吾郎)
「すげー…」ムロさんは尊敬のまなざしで吾郎を見ました。
「現代版の朝ドラだったんです、『青春家族』っていう。びっくりしましたよ、ハワイに行って気付かれたましたから。…朝ドラすごいですよね。そう思いませんでした?」(吾郎)
「すごいです、おばあちゃんに話しかけられたりとか。『何で見て下さったんですか?』と訊いたら『ごちそうさん』で観た、って。」(ムロさん)
この朝ドラトークでムロさんと吾郎が一気に打ち解けた感じがして嬉しかったです。
しかしそこまで有名になっても
「まだバイトされてたんですか?」(吾郎)
「バイトしていたのが30歳までですよ。この頃ユースケさんによくご飯に連れて行ってもらっていて。29歳の時に『ムロくんいい加減バイト辞めなさい。』と言ってくれて。『バイトをやってたら君の性格ではのらりくらり食べていけちゃうから、とにかく(役者に)絞りなさい、バイト辞めなさい。』と言ってくれて。で30歳の誕生日の前の日までやって30歳からピッと止めるようにしました。」(ムロさん)「のらりくらり君は出来ちゃうから、って、良く分析してますね。ムロさん確かに器用でできそうですもんね。」(吾郎)

ムロさんはバラエティ番組にもたくさん出演されていますが、
「舞台でお客さんが入るには知ってもらわなきゃいけない、僕と言う存在を。そこでバラエティ番組で『ムロツヨシです』と連呼させてもらって『何なんだよこいつ』って覚えてもらってから『舞台やってるんだ、じゃ1回観に行ってやろうかな』となるためにバラエティ番組に出させてもらっている気持ちはあります。もちろん番組に一生懸命貢献したいと思いますが。ユースケさんや大泉洋さんといった先輩を見ているので『観てて楽しい、でも役者が本業』と、いつか逆転すればいいんだと思って。バラエティ番組ではまず覚えてもらおうと。」バラエティ番組ではまず自分を知ってもらおうというスタンスです。
そして舞台活動をずっと続けているムロさん。それについて吾郎が
「贅沢だけど僕はそういう経験をしてきてないからそういう人にしかできないお芝居ってある。そういうのは絶対羨ましいなっていうのはある、自分には出来ないことだし。でもそれにこだわり過ぎてもいけないと思うし。まあ、道が違ったと思えば。」と言うと
「はい、そうですね。」とムロさんは深く頷きました。
違う道を歩んできた事をお互いに認め合う役者同士の会話が素敵でした。

【数、ある記憶の中から―――自伝的な】
この章は、ムロさんが自身を「数」という主人公に置き換えて幼少期から今までの経験を赤裸々につづった短編小説集です。

父親と母親は喧嘩ばかりしていた。
祖母がそれを止めている。
布団を被って、終わるのを待った。
喧嘩が終わると母親が布団に入ってきて笑いかけてくる。


両親の離婚や役者としての転機など、今まであまり語られてこなかったムロツヨシの過去とは?

「これは本当に事実なんですか?」(吾郎)
「はい。自分の最初の記憶って何だろうと考えた時に、両親が喧嘩してるところと産んでくれたお母さんの赤い口紅とかが断片的に…。」(ムロさん)「ねえ、リアルですよね。」(吾郎)
「怒鳴り声、布団を被る、終わるのを待つ、でおばあちゃんが出てきて喧嘩を止めて、お母さんが荷物をまとめて出て行って玄関で泣いて終わる、それが毎回という記憶になっていますね。」(ムロさん)
「ちょっとしんどい記憶だよね。」(吾郎)
「そうなんですよね。両親が離婚した話を中学高校の時にしてたけど、何人かの友達に『不幸自慢になるから止めろ』と言われたんです。自分は事実を話しているだけなのに『俺って不幸でしょ』と聞こえてしまうのかなと思い、言い方を色々変えてきた。字に起こす際も『俺こんな事があったけど今は笑ってます、と思われたいです。』と捉えられるのかなと言う恐怖や不安はあったんですけど、ここは自分に向けてでもいいから書いてみようと思い書かせてもらった部分です。」(ムロさん)
「じゃあ離婚された後にご両親と会う事は?」(吾郎)
「この後母親とは会っておりません。」(ムロさん)
「そっか、うーん…。お父様とも会っていない?」(吾郎)
「21歳で家を出るのと同時にそこから会ってないですね。」ムロさんはおばあちゃん子だったそうで、
「じゃあ、役者になるといったらお父さんおばあちゃんは大変だったんじゃないですか?」(吾郎)
「おばあちゃんがすごく泣いてましたね。僕が役者になるといったら『ツヨシには郵便局員になってほしかった』って。でも僕大学が理学部数学科だったので絶対郵便局員にはならないと思ってたんですけど(笑)、おばあちゃんは大学を出たら郵便局員になると思っていたみたいで。」(ムロさん)

「無名時代に監督直々に指名されて出演が決まった映画があるそうで。」(外山さん)
「はい、『サマータイムマシン・ブルース』です。そのころ小劇場という所で役者仲間同士で舞台を作っていて、それを見に来てくれたのが本広克行監督で。小劇場って本番が終わった後飲みに行くんですね、見に来てくれた方とかと。で『体の大きい人が飲んでるな、あの人誰?』と訊いたら『バカお前、”踊る(大捜査線)”の監督だよ!』と。『そうか、俺行ってくるわ!売り込みに』って行って『モロツヨシです』って連呼したんです。」(ムロさん)「すごい勇気ですね!」(吾郎)
「『お酒美味しいですね、ムロツヨシです。』『お代わり何にします?ウーロンハイですか?…ウーロンハイお願いします、ムロツヨシです。』『僕もそう思います、ムロツヨシです。』…とにかく覚えてもらおうと思って。映画に出られるなんてことはあり得ないと思ってましたけど。そしたら本当に急にプロデューサーさんから連絡があって『夏空いてるの?』『…はい』『じゃ空けといて。監督が指名だよ。』と。他の人はみんなオーディションしてるのに生意気にムロごときが、と言われながら…。だから小さい役だと思っていたんですけど、台本渡されたらメインの役で。」(ムロさん)
「へぇー!」(吾郎)
「びっくりしました。で本広監督に言われたのは『お前の野心は綺麗だ。そこまで言うなら1回使ってやる。自分の思うように出来るか試してみなさい。』。もう期待を裏切っちゃいけないという思いだけでがむしゃらにやって。その時のお芝居を見ると(わぁっ)でなりますけど、この時の全力は(間違いなくこれだな)というのが残っているので、恥ずかしいですけど残せてよかったなと思っていますし、そこの場所をくれた本広監督にも感謝してますし。」(ムロさん)
当時の思い出をムロさんは熱っぽく語り、吾郎は微笑みながら聞いていました。
「『サマータイムマシン・ブルース』の後全くお芝居する場所がなくて。『踊る大捜査線』のスピンオフをやるという噂を聞きつけて本広監督に会いに行って『出させてください!』とお願いしたら『じゃ考えとくわ。』と言ってくれたんですけど。台本を渡してくれたプロデューサーさんが『実は前からあなたが出る事は決まっていて、でも監督から、ムロが絶対出してください!と言いに来るからそれまで待て、と言われてたんです。』と。『こっちから先に出させてやると言ったらあいつ絶対調子に乗るから、言うな、絶対言うな。』と指令が下っていたらしいです。来た来た!って感じだったみたいですよ。」(ムロさん)
「へえ、(ムロさんの性格を)よく分かっていらしたんですね。(笑)」(吾郎)
ユースケさんにしても本広監督にしても、ムロさんは人との出会いに恵まれていますね。そのチャンスを自分で切り開くパワーが素晴らしいと思いました。

最初の朗読は、主人公数が従姉妹の志世と幼馴染の大介に初めての映画出演を報告するシーン。吾郎と外山さん、そして山田くんで朗読します。
「今日はムロさんが来てるから出番が多いんですよ。」(山田くん)
「いいじゃん、出番が多くて。」と吾郎。するとムロさんが
「この収録の前に彼が言ってたことがちらっと耳に入ったんですけど、台本もさっき読んだみたいな…。(山田くん固まる)そういうの聞こえないところで喋った方がいいよ、外山さんに『ダメじゃない、現場に入って読みなさいよ。』と言われてるくだりが聞こえてて、え?まさか俺のその台本の事じゃないよな?と思ったら案の定出てきた。」と山田くんにダメ出ししました。
「何で読まないの?」(吾郎)
「だってあのう…どうせゴロウさんいじってくれないし、(台本に)書いてある通りに言っても誰も拾ってくれないし…。」(山田くん)
「台本ディスった!」(ムロさん)「違う!」山田くんは突っ込まれて大慌てです。
「これ、思い入れのある話だから。」(ムロさん)
「もう止めないでやろう!嚙んでもとりあえず。」と吾郎も山田くんにプレッシャーをかけます。
主人公数が吾郎、志世が外山さん、大介が山田くんです。

数に呼び出された志世と大介。てっきりまた借金の申し込みだと思っている二人に数は出演が決まった映画の台本を見せます。

たった8年、だが、かかった8年。
やはり嬉しい役者8年目の初めての台本。
今の数は思う。
でも、この映画の撮影終わったら、
またバイト生活に戻ってたけどな。
また、スタートライン付近で準備体操してたがな。
甘かない世界ですな。
そして思う。でも、これは喜劇。


「緊張してた?」吾郎が山田くんに訊きました。
「いや、久しぶりに読むなと思って。」(山田くん)
「だって役者さんだよ?!」(吾郎)
「最近何もやってないからカメラが回ると汗かいちゃって…。」と山田くんは首に巻いたタオルで顔の汗を拭きました。しかし
「君の久々に芝居した感想を言う展開じゃないから。」とムロさんは厳しい言葉を。
「志世と大介の二人はもう期待もしてなかったけれど、多分(数が)辞めることはないだろうなと思っていたと思うんです。成功するかどうかじゃなくて辞めないだろうから、仕方ないこっちが何とかするしかない、と。うまくいかなくてもしょうがねえな、とまで思ってくれていた。」(ムロさん)
「おばあちゃんは喜んでくれましたか?」(吾郎)
「おばあちゃんは…。喜んでくれるというよりも『あ、そう』という感じで。とにかく言い出したら辞めないだろうと見抜いていたみたいで、『借金しても何でも身体さえ元気でいてくれれば』と言ってくれていたみたいですね。」(ムロさん)

「最終話はおばあちゃんとの別れですけれども…。」(外山さん)
「育ててくれたお礼として、選んだ職業で成立してる時間を見せられたのが良かったかな、と。偉そうですけれどももう行っていいよ、という話が出来たので。待ってたんだなぁ、と思います。」ムロさんはしみじみと噛みしめるように言いました。
「全部の話が『これは、喜劇』で終わる理由はあるんですか?」(吾郎)
「主人公数は…自分の事ですけど、自分が最後…死ぬ時なのか何か終わる時に喜劇だったなと思いたい。自分が喜劇役者を名乗るのもそうなんですけど、自分の記憶とかこれから作るだろう作品、自分の周りで起こせる事すべてを出来れば喜劇にしたいという願いと、そうあろうという意志を皆さんに伝えさせてもらう為に。そして自分の事を書いたので、両親の別れも猫との悲しい別れも全部喜劇と捉えていますよという意志表示ですね。」ムロさんは自分で自分の意志を確かめるように力強く話しました。

そして次週は役者ムロツヨシと稲垣吾郎の特別朗読公演です。これは見逃せません!


拍手ありがとうございます


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プロフィール

はちミツ

Author:はちミツ
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稲垣吾郎さん大好き、5スマ大好き!の主婦。
吾郎ファン歴は24年目になります。
神奈川県在住。

近況
①毎週水曜日は「an・an」の「稲垣吾郎のシネマ・ナビ」をチェック!。
②吾郎出演映画「少女」は2016年10月8日公開♪
③吾郎出演ドラマ「不機嫌な果実」のDVD、Blu-RayBOXは2016年10月19日発売♪
④「ゴロウ・デラックス」(TBS)もお見逃しなく!


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walkwithgoro☆hotmail.co.jp
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