SMAP稲垣吾郎さん大好きな主婦の日記 【無断転載禁止】

フィクションとノンフィクションの間 (「ゴロウ・デラックス」 6/9)

とても面白かったです。30分があっという間でした。

オープニング。吾郎は先週と同じベージュのスーツ。とても上品に着こなしています。
「今日のゲストは日本中を震撼させたある未解決事件をモチーフにした小説が大変な話題になっている方です。」(外山さん)
「どんな方かお会いするのが楽しみですね。」(吾郎)
「本格的なテレビ出演はゴロデラが初めてだそうで。嬉しいですね。」(外山さん)
「そうですか、王様のブランチにやられませんでしたか?」(吾郎)
ゴロデラのライバルは王様のブランチですか?

塩田武士さん、38歳。神戸新聞の記者の傍ら小説を書き続け、2010年将棋を題材にした「盤上のアルファ」で小説現代長編新人賞を受賞し作家デビュー。2016年「罪の声」が一年で最も面白いと評価された小説に贈られる山田風太郎賞を受賞。本屋大賞第3位にも選出され16万部のベストセラーになっています。とてもにこやかで腰の低い方です。
「今回本格的なテレビ出演は初めてだそうで。」(外山さん)
「そうなんですよ。ラジオは結構出させてもらってるんですけどテレビは初めてで。(ラジオに比べると)人数がスゴイなと思って。」と塩田さんは言いましたが
「いやこれすごい少ないですよ。端っこにちょっと…。」と吾郎。テレビに初めて出た人とテレビに出慣れている人との感覚の違いが興味深かったです。
まず、山田風太郎賞の事から話は始まりました。
「ちなみに山田風太郎賞は賞金なんかはあるんですか?」(外山さん)
「賞金は100万円。」(塩田さん)「へえ!」(吾郎)
「遣い道は何に?」(外山さん、現実的な質問を矢継ぎ早に(笑))
「いつの間にか妻に取られてました。」と塩田さんはしょんぼりした顔になりました。「ある日百貨店に連れて行かれて”何か買わされるな”と予感していたら普通に生命保険に入れられました。絶対『売れたら保険に入れよう』とずっと狙っていたと思うんですよ。」
 「でもしっかりした奥さんですね。」「いやいやいいと思いますよ。」と外山さんと吾郎はしっかりフォロー。

課題図書 : 「罪の声」 塩田武士

昭和最大の未解決事件、グリコ・森永事件を題材に、フィクションで推理する社会派ミステリーです。 
現在38歳の塩田さんはグリコ・森永事件の時は4歳でした。
「関西人なので、あの『キツネ目の男』と、おかんに『お菓子食べたらあかん』と言われたのを覚えています。」(塩田さん)
「ワイドショーでよくやっていたのは何となく覚えています。お菓子をこうやって置くところとか…。」(外山さん)
「アレ不気味だったね。」(吾郎)3人にとっては子供の頃のおぼろげな記憶が残っている感じなんですね。
「でも、時効を迎えてしまったんですね。」(吾郎)「2000年に完全時効成立です。」(塩田さん)
「なぜこの事件を題材にしようと思ったんですか?」(吾郎)
「21歳、大学3年の時にグリコ・森永事件についての本を読んでいて、この時初めて”子供の声を録音したテープ”が利用されていたことを知ったわけです。僕と同い年くらいでしかも同じ関西に生まれ育ってる。そう思った瞬間に鳥肌が立って”どっかですれ違っているぞ”というのがあって。この子の人生って一体何だろうということで、この小説を書きたいと思い始めたんです。」(塩田さん)自分と同じ年頃の子供の声が脅迫に使われたと知って、幼い頃のおぼろげな記憶がリアルに甦ったのでしょうか。

が、大学3年生の頃に描いた構想を小説にするまでには紆余曲折があったそうです。
「デビューした2010年に最初の担当編集者にこのプロローグのアイディアを話したんです。そしたら『確かに面白い。ただ今の塩田さんの筆力じゃ書けない。』と言われて。『ただ、このネタは講談社のネタだから他社には絶対言うな』と口止めされて。そこから8作品積み重ねて、2015年にやっと当時の担当編集者と今の担当編集者が『塩田さん、預かっているのをそろそろやりませんか?』と、そう申し出があったんですが、21の時からずっと書きたいと思っていたのでどうしても失敗できない、と怖くなって断ったんです。」(塩田さん)せっかくチャンスが巡ってきたのに尻込みしてしまったんですね。でも
「その2か月後にもう一回来てくれて『僕らも人事異動があります。今だったら講談社が全面バックアップできます。だから今しかないです。』と。人事異動をチラつかせる奥の手ですね(笑)。そこまで言われたら『やります。』と言って、そこから『絶対この作品を書くぞ』って気合が入りましたね。」(塩田さん)
「その思いは伝わったんじゃないでしょうかね。」(吾郎)

「罪の声」はテーラーの曽根俊也と全国紙の記者阿久津英士の二人を軸にして展開する物語です。まず衝撃的なプロローグを吾郎が朗読。
テーラーを営む曽根俊也はある日実家で父の遺品の黒革のノートとカセットテープを見つける。カセットを聞いてみると幼い頃の自分の声。しかし俊也には録音した記憶はなかった。

「きょうとへむかって、いちごうせんを……にきろ、ばーすーてーい、じょーなんぐーの、べんちの、こしかけの、うら」


紙が変色したノートにはびっしり英文が書かれていたが、俊也はその中に【ギンガ】【萬堂】という言葉を見つける。自分が幼い頃関西で起きた有名な「ギン萬事件」を思い浮かべた。…これは自分の声だ。
「これいきなり掴まれちゃうね。この『ばーすーてーい、』というのは…。」(吾郎)
「これは実際の声です。警察がこのテープを記者に公開したんですが、子供の声が聞こえてきた時びっくりしたって(当時の記者が)言ってましたね。こういう事件だと絶対男の声だと思うじゃないですか。まさか子供を使うとは、という。」(塩田さん)
「しかもこの小説ではそれが自分の声だった、って。」(外山さん)まさに衝撃的です。

ここで人物関係図のフリップを見ながら塩田さんが小説の設定を説明しました。
「曽根俊也というこの人の家からテープが見つかって、それが、この小説では”ギン萬事件”としていますが、グリコ・森永事件に使われた物だと気づく。自分の身内がギン萬事件に関わっていたのではないかと、それが彼。そしてもう一人、全国紙の文化部記者の阿久津英士。彼は文化部で普段からテレビ局なんかも担当しているんですが、社会部の鬼事件デスクに呼び出されて、過去の未解決事件をやるから手伝えと言われる。そこから取材を始めて、それぞれの視点から物語が展開していくんです。」
「(主人公を)テーラーにした理由は?」(吾郎)
「そうですね、最初静かな職人の日常の作業の描写から入って、テープを聞くことで一気に非日常に突き落とされる。この静と動の落差を表現したくて、それには職人がいいな、と。」(塩田さん)
「もう一人(の主人公)は記者。これはご自身の経験で…?」(吾郎)
「そうです。これは勝負作なので自らを出来るだけ投影しようということがあって。で、なぜゴリゴリの事件記者ではなく文化部かというと、文化部だから事件について何も知らなくて自分が調べていく毎に知っていくのは読者目線なんですよ。読者もグリコ・森永事件を知らない。だから阿久津と一緒に学びながらこの事件を追っていくという事なんです。」(塩田さん)
「いつか突然、(この小説に)夢中になっている…」(吾郎)
「はい。ホントにこんな事件があった、ホントに未解決なんだ、という所にどんどん引き込まれていくんです。」(塩田さん)
「やっぱり一人にはしなかったんですね、主人公は。」(吾郎)
「そうですね。やっぱり追う者と追われる者という設定をする。ただ追う者と追われる者だけだと過去と現在の話で終わってしまう。『昭和の未解決事件をなぜ平成の作家が書くんですか?』という事は編集者との話し合いでずっと言ってて。編集者に『なぜ塩田さんが書くんですか?平成の作家が昭和の事件を書いても仕方がない、今の視点を入れるからこぞ面白い。』と言われて、なるほどその通りだと思った時に”未来”というのがハッと閃いて。過去に目を奪われがちなんですが、未解決事件は未解決がゆえに未来を描けるんじゃないか、と。そこで追う者追われる者だった関係が共に追う者に変わる構成が浮かびました。」(塩田さん)
その熱を帯びた語り口に「へえ…」と外山さんは圧倒されたようでした。

山田風太郎賞選考委員の京極夏彦さんは、この小説のすごい所は「ノンフィクションとフィクションの境目が分からないところ」だ、と絶賛しました。
塩田さんがその象徴的なシーンとして選んだ部分を外山さんが朗読。あるドキュメンタリー番組の映像の描写です。
高速道路の捜査は大阪府警が仕切っていたにもかかわらず、滋賀県警がサービスエリアやパーキングエリアに極秘潜入捜査していた。滋賀県警の捜査員はいわゆる『キツネ目の男』を発見、行動を確認。

そして男は屋外のベンチに座り、一目で犯人だとわかるような行動をとる。
捜査員は「一所懸命何かを貼っている状態が確認できた」と言っている。
だが実際指示書が貼り付けられていたのは、いわゆる「観光案内板」の裏だったのだ。
このズレは何だ―――。
キツネ目の男は二人いたのではないか―――。


「うーん、ここからですよ…。えーとこれはノンフィクション?」(吾郎)
「実際に怪しい人間を大阪府警の特殊班も見ているが極秘潜入していた滋賀県警の刑事も見ていたんです。滋賀県警の人はキツネ目の男がベンチの下に貼ってたと言うんですが、1984年11月14日というのは、キツネ目の男の似顔絵が警察内部でもまだ公開されてないんですよ。つまり大阪府警しか知らん可能性が高い。滋賀の人も知ってたかもしれないけど知らん可能性が高いんじゃないかと思うんです。そうなるとあの男は本当にキツネ目の男だったんやろか、という疑問が浮かんで、じゃあ”2人いたんじゃないか?”というのが小説家的な視点です。」(塩田さん)
「へえ…これ、本当の事実関係は分かってないんですか?」(吾郎)
「分かってないです。本当にキツネ目の男かも知れないし、もしかしたら違うかも知れないし。」(塩田さん)
「確認のしようがないですね。」(吾郎)「そうなんです。」(塩田さん)

「読みながら感じましたけど、取材…大変…。今だって何年何月何日ってすっと出てくるくらい読み込んでるってことですよね。」(外山さん)
「これくらい大きな事件になるとかなりの公開情報があるんですね。公開情報ではあるんですけど大体みんな見てなかったりとか忘れられてたりするんです。それを全部読んで、当時の地図を国会図書館でコピーして聞き込みに行ったりとか。」(塩田さん)
今回その資料を塩田さんが持ってきて下さいました。頑丈なキャリーバッグを重そうに開けるとファイルや書類がぎっしり。
「これ見ちゃって大丈夫ですか?」(外山さん)
「ええ…。これは全部脅迫状と挑戦状です。コピーさせてもらって。」塩田さんが紙の束をめくりながらサラリと言ったので吾郎と外山さんは「ええーっ!」とびっくり。
「こういうのは大体捜査資料です。」(塩田さん) 
「記者の方ってスゴイね、こうやってやるんだね。」(吾郎)「取材ってこういう風にするんですね。」(外山さん)
「これはもう厚かましくお願いします、お願いします、って。」(塩田さん)
「でもこれはやっぱり記者時代のさ…だって僕初めて見た、警察の捜査資料なんて。怖かったもん。」(吾郎)
「これは当時の記者はすごく見たかった資料だと思いますよ。」と塩田さんはちょっと得意げでした。

取材以外にも単行本になるまでには大きな試練が待ち受けていました。元々「罪の声」は連載小説だったのですが、
「連載が終わって打ち上げをする予定だったんです。でも編集者の様子がどうもおかしい。なんかしんどそうな顔をしている。(なんでかな?)と思って、でも『楽しみですね発売!』と言ったら『塩田さん、発売できません。この原稿大手術が必要です。…書き直しです。』と言われて。」(塩田さん)
「ええーっ?!」(吾郎・外山さん)
「『全然納得できない。』と僕が言ったら『過去の3人の編集者がエンピツ(=添削)を入れます。それを見てもらえませんか?』と。そう言われたから『じゃあそれ送ってくださいよ。』と言ったら本当に3部届いた。ドン、ドン、ドン、と。」
その3部の原稿もスタジオに持ってきてくださいました。ページ全体にびっしりとダメ出しが書きこまれています。
「とにかく全編直せ」「プロローグが長過ぎる」から始まって
「文章のブラッシュアップ」なんていう基本的な指摘も。更には
「『旅行ガイド/紀行文的な要素は読者はこの本に求めていないと思います。別作品でぜひ。』…こんな冷たい言い方あります?そもそも『別作品でぜひ』はいらんやろ!」(塩田さん)
「ぜひ、は要らないね。」吾郎は笑いましたが
「どう思ったんですか?届いて。」と訊きました。
「最初はひどい会社やな、と思いましたね。それでも(苦笑)、それでも情熱をすごい感じて…。」(塩田さん)
「ご自身としてはそれで書き直したものはやっぱり正しいやり方だった?」(吾郎)
「連載原稿が生まれ変わった瞬間もうこれはイケると思いました。」塩田さんは胸を張りました。その苦労が実ったんですね。

「実はですね、塩田さんからゴロウさんに今回お願いがあるそうで…。」(外山さん)
「はい。僕新聞記者の経験をしてて、当時上司にすごいプレッシャーをかけられていたのを忘れつつあるんです。それじゃダメじゃないかと思って。もう一度厳しくしつけてもらおう、と。で稲垣さんに鬼デスクを完璧な関西弁でやって頂き…」
「ははは!」(吾郎)
「完璧な関西弁でないと当時の僕に帰れない、反省できないんです。」(塩田さん)
「ははは…大丈夫ですか?完璧な、ですよ。」(外山さん)
「大丈夫ですよ。当たり前じゃないですか。」(吾郎)
「で掛け合いをさせて頂きたいと…。」(塩田さん)
「プロですからこっちは。」(吾郎)
「じゃあ、ダメなところがあったらビシビシと…」(外山さん)
「プロと伺ったのでこの原稿を直した編集者のような目で…。」(塩田さん)
…ということで鬼デスクに阿久津がバリバリの関西弁でお説教されるシーンを吾郎と塩田さんで朗読したのですが…
「さすがプロですね…全編やり直しです。」と塩田さんにバッサリ言われ吾郎は爆笑。
「ダメってどのあたりが…。」(外山さん)
「どのあたりがダメって全部だよ。分かんないんだもん関西弁。…でもいずれさ、そういう役が来た時に大変ですよ。」(吾郎)
「そうですよ。だってこの話だって映画化されるかもしれないですよ。」(外山さん)
「いや、原作者の方にこれを見せたら、絶対ないでしょそんな話。」(吾郎)
「関西弁はここから頑張りますから。」と外山さんはフォローしようとしましたが、半笑いしているのを吾郎と塩田さんに突っ込まれていました。
それにしても最近外山さんは「もしかしたらこの本も映画化されるかもしれないし、そうしたらゴロウさんも…。」という発言をよくしますね。なんだか吾郎のマネジャーさんみたいです。

塩田さんは新聞記者時代から小説を書いていましたが、新聞社は兼業禁止の為、会社には内緒にしていたそうです。しかし
「(2010年に)賞を獲って、文化部の部長に言って、編集局長に事情説明に行く事になって。その時に『どっちかにしろ』と言われたら辞めようを思って内ポケットに辞表を入れていたんです。でも本当に理解のある編集局長で『両方頑張ってくれ!頑張れよ!』と言ってくれて『ありがとうございます!』となってああ良かったとホッとしていたら、帰りのエレベーターに乗る時に文化部の部長に『塩田、受賞記事自分で書いて。』と言われて。『え?自分の受賞記事を自分で書くんですか?』『そうや』『なんでですか?』『お前が一番詳しいからや。』と言われて。それで僕本当に自分の記者パソコンで
『本社塩田記者受賞』
と打って、分からないところは講談社に電話して
『すみません、神戸新聞の記者で今回受賞者の塩田と申します。(スタジオ内爆笑)この賞の成り立ちについてちょっと質問したいんですが…。』と質問して自分で記事を書いて。デスクから『絶対訂正出すなよ』と言われたので、生まれて初めて自分の名前を自分の免許証で確認させられて(笑)、よしこれでいこう、と(原稿を)出して。」
その時の記事も画面に出ましたが
「塩田さん、って自分で言ってますよ(笑)。」(吾郎)「ほんとだー!(笑)」(外山さん)
「これ全部自分で書いたんですから。」(塩田さん)「面白いね。間違ってない?」(吾郎)
「そうですね。これ以上正確な報道はないんですけど、ただ…いいんか!」と塩田さんは自分で自分に突っ込みを入れました。

塩田さんはテレビ初出演とは思えないくらいお話の面白い方でした。書く事への情熱も伝わってきました。

今回、吾郎の本にオレンジ色のマーカーで所々線が引かれているのに初めて気付きました。一所懸命読んでいるんだと思って萌えました(⬅所詮ファン目線)。


拍手ありがとうございます

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プロフィール

はちミツ

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稲垣吾郎さん大好き、5スマ大好き!の主婦。
吾郎ファン歴は24年目になります。
神奈川県在住。

近況
①毎週水曜日は「an・an」の「稲垣吾郎のシネマ・ナビ」をチェック!。
②吾郎出演映画「少女」は2016年10月8日公開♪
③吾郎出演ドラマ「不機嫌な果実」のDVD、Blu-RayBOXは2016年10月19日発売♪
④「ゴロウ・デラックス」(TBS)もお見逃しなく!


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walkwithgoro☆hotmail.co.jp
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