稲垣吾郎さんとSMAPと新しい地図と。すべてが好きな主婦の日記 【無断転載禁止】

情念とハッタリの映画人生 (「ゴロウ・デラックス」 2/3)

オープニングは岩に砕け散る波の映像に三角マーク、その中に「ゴロウデラックス」の文字。東映のマークのパロディですね。しかも縦にノイズが入っていて芸が細かい!
「今夜のゲストは日本でただ一人の、あるジャンルの研究家です。吾郎さんはこのジャンルの経験者ですね?」(外山さん)
「何作品かあります。この方の知識はすごいですよ。なにしろこのジャンルでは日本一ですから。」(吾郎)

今日のゲストは春日太一さん。日本でただ一人の時代劇研究家です。吾郎より背が高くがっちりとした体形の方です。
「時代劇と僕といえば三池監督の『十三人の刺客』…」(吾郎)
「あれは評判良かったですね。」(春日さん)「ありがとうございます」(吾郎)
「よく褒められますよね、『十三人の刺客』。」(外山さん)
「芸能生活やって来て僕一番褒められたのが多分『十三人の刺客』。」(吾郎)
「十三人の刺客」は」本当に今でも褒められますよね。春日さんにも褒めて頂けて光栄です。そしてここの会話のBGMが「十三人の刺客」のサントラだったのも嬉しかったです。
春日さんはお父さんの影響で子供の頃から時代劇が大好き。日大芸術学部大学院では時代劇を研究し、その為に太秦の撮影所に半年間住み込んで取材をしました。それを基に書いた著作は10作以上になります。

学生時代に半年間太秦に住み込み時代劇の現場を見て、春日さんはスタッフの情熱に打たれたそうです。
「クランクインからクランクアップ迄テレビシリーズの現場を見続けてスタッフの力の大きさを感じました。主演の内藤剛志さんが鳥居をくぐるシーンで、監督が『くぐって出てきた時に頭に蜘蛛の巣をつけたい』と言うと、スタッフは慌てることなく、一本の糸をさっと手でほぐして作るんです。作品にはそういうスタッフの創意工夫が生きている。」(春日さん) 
「太秦って面白いよね。怖い所かと思ったら、何年ぶりかで行っても『おお、久々~』と覚えていてくれたり。」(吾郎)
「僕も京都へ行くと『お帰りなさい』と言ってくれる。」(春日さん)
「じゃ、かよって通って…。」(外山)
「珍しかったんでしょうね、大学院生が東京から来るのが。最初は邪魔だ、とか怒鳴られましたけど、空いた時間にスタッフに『これはどうなってるんですか』とか色々質問していったら皆喜んでくれて。」と春日さん。そうやってスタッフの中に受け入れられ取材していく過程で『これ持ってったら』ともらい受けたのは昔の時代劇の台本でした。見せて下さったのは貴重な「鬼平犯科帳」の第1話の台本。
「あと、これは稲垣さんにも関係ある…『十三人の刺客』のオリジナル版、53年前の方の台本ですね。」
「すごーい!」と吾郎は身を乗り出しました。
貰った台本は段ボール箱10箱分ほど。「家はどうなっているんですか?」と外山さんが訊くと「一部屋が台本部屋になってます。」と分かりやすい答えが返ってきました(笑)。中には「柳生武芸帳」(1965年のテレビドラマ)の様に「映像が残っていないのでこういうもので知るしかないんですね。これを見てどういう作品か分かるという。」大変貴重な資料もあります。
「すごいねー。」と吾郎は感心しきり。
「今夜の課題図書なんですが、これだけ沢山ある春日さんのご本の全作品に共通して出てくる方がいるんですね。」(外山さん)
「はい、五社英雄監督。これを書くために今までやってきたと言っても過言ではない。」(春日さん)

課題図書 : 「鬼才 五社英雄の生涯」 春日太一

五社英雄(1929~1992)は任侠・アクションものを得意とした名監督。その一方で拳銃不法所持で逮捕されるなど、その人生は映画に負けないくらいスキャンダラスで波乱万丈でした。有名なエピソードとしては映画「陽暉楼」撮影中に
「一切組織に頼らず生きていく、という覚悟を決めるために背中に彫り物を入れてしまった。二度と堅気の世界に戻らないという意味で。映画作りといういわばやくざな世界でたった一人でやっていくわけですから。」(春日さん)
「何もかも極端…」(吾郎)
そんな極端な五社英雄監督の生き方に春日さんは惹かれました。
ここで吾郎が朗読。五社監督の人物像について。五社はその作品だけでなく、彼自身でも人を楽しませようとしていた。人を楽しませるために自分自身も脚色していた。この本はそんな「全身エンターテイナー」五社英雄の虚実ハッタリの入り混じった生涯の物語である。

「虚実ハッタリの入り混じった」五社監督の生涯を春日さんに解説して頂きながら振り返ります。
五社英雄監督は1929年東京生まれ。25歳でニッポン放送に入社、更に29歳の時、フジテレビの発足に伴いテレビドラマ演出家の道へ進みます。黒澤明監督が「七人の侍」などで時代劇に革命を起こしていたのを見て、五社監督は「俺もやってみたい」とフジテレビへ出向したのだそうです。そこで手掛けたのが「三匹の侍」(1963年)でしたが、この時に五社監督は得意のハッタリをかましました。
ハッタリその1. お試しなのに連ドラと言い張る
「五社監督はヤンチャな演出をしたり予算を使ったりして上司に目をつけられていた事もあり、企画は通りにくかったんです。で、まず1本パイロット版みたいなのを作ってスポンサー向けに試写をする。それでスポンサーがついたら連ドラにする、という「サンプル」という作り方がありまして、これなら五社の企画も通る可能性がある。ということで「三匹の侍」を作ったのですが、この時脚本家にもスタッフにも「連ドラだ」と噓をついてしまうんですね。「連ドラの第1話だ」といって一流の脚本家に何人も声をかけてコンペをやらせる。みんな「連ドラだから」と最高のテンションで集まったんですが…。これは五社監督にとっては賭けですね。もしスポンサーがつかなかったらみんなから訴えられるレベルな訳です。」(春日さん)随分無謀なやり方ですが、試写の結果は大喝采で連ドラとなり、最高視聴率は42%を記録しました。その結果、翌年には映画版「三匹の侍」が制作される事になりましたが、
「五社監督はテレビ局の職員で初めて映画を撮った人なんです。当時は映画界がとても強い時代で映画とテレビは仲が悪かった。五社監督にとっては大変なアウェイ戦です。しかも松竹の京都の撮影所では助監督たちが「なんでテレビの奴の下で助監督をやらなきゃいけないんだ」と猛反発していた。」(春日さん)そんな反発を受ける中、五社監督がどうしたかというと
ハッタリその2.監督は伊達男!毎日白スーツで登場
「撮影所に白スーツで現れるんですね。で監督は立ち回りとかの演技をつけるので白いスーツがどんどん汚れるんです。それから女優さんが泥だらけの所を歩けないとなると上着をさっと脱いでそこに敷いて歩かせたり。で泥だらけになるんですが翌日はまた真っ白なスーツで現れる。つまり何着も白いスーツを用意してそれを着てた。それだけ反感が来ることが分かっていたので、ここは一発ハッタリかましてやったれ、という訳で。」(春日さん)
「へえ、面白い。本当にハッタリですね。」(吾郎)
「でもそうやって監督がどんどん泥だらけになっていくのをスタッフが見て、ああこの人本気で時代劇を作っているんだな、と思うわけです。スタッフも映画を作るのが大好きな人達ですから、最初は反発していたのがだんだん仲良くなって、最後打ち上げの時には肩を組んで一緒に演歌を歌ったという(笑)」(春日さん)
五社監督は時代劇の新しい演出も生み出しました。
「刀の合わさるカンカンカンという音。あれは五社監督が開発したんです。それまではなかった。」(春日さん)
「三匹の侍」のビデオを見ると刀と刀がぶつかり合うチャン!カキーン!という音が迫力を生んでいるのが分かります。吾郎も熱心に映像を見ていました。五社監督はこの後「人斬り」「御用金」とヒット作を生み出し順風満帆に見えたのですが…。
1970年代になるとフジテレビで左遷され、妻が借金を残して失踪し、一人娘が交通事故で危篤に陥るなど、次々と不幸に見舞われます。、更に1980年には知人から預かった銃を不法所持したとして銃刀法違反容疑で逮捕され、フジテレビをクビになってしまいました。
「この時期は借金は抱えるわ、娘さんは事故で大変なことになるわ、逮捕されて仕事は失うわで、五社英雄はボロボロになっていった」(春日さん)
「本当にすごいよね、この10年は。」(吾郎)
しかし1982年に映画「鬼龍院花子の生涯」を監督。高知一の侠客、鬼龍院政五郎の壮絶な生涯を描いた作品です。
「これは地に落ちた人の復活戦ですから、本当に並々ならぬ覚悟で臨んでいった。」(春日さん)
「これは伝わるよね、この作品は。」(吾郎)
春日さんは茶色く変色した台本を取り出しました。
「『鬼龍院花子の生涯』の撮影台本です。監督は生前これを棺に入れて焼いてくれと言っていたそうですが、娘の巴さんが貴重なものだからと取っておいたんですね。これを見るともう表紙から大変な書き込みの量で。」
確かに台本の活字が読めないくらい沢山の書き込みがされています(しかも達筆)。
「もう全部のページに書きこみがされていて、この人がどれだけこの作品に力を入れていたかが分かる。」
自分を鼓舞する言葉が書かれていたり、「勝負」と書かれていたり、「映画は賭けだよ楽にいこうぜ」と書かれていたり、スタッフ表のページに大きく「仲間」と書かれていたり…。
「すごい気迫だよね。」と吾郎は唸りました。
しかし、ヒロイン松恵のキャスティングが難航。「そんな時ある女優さんとの運命的な出会いがあるんですよね。」と外山さんが言ってそのくだりを朗読しました。
ある夜、五社監督のもとに電話がかかってきた。電話の主は夏目雅子。「私はモデル上がりの女優の卵ですが、松恵の役をどうしてもやりたいのです。是非私にやらせてください。今からそちらに伺います。」と言い、10分後には五社邸に現れた。五社監督は直接のオファーを受けない方針なので「帰れ」と言おうとしたが、それより早く夏目は「鬼龍院」の台本を玄関の土間に置き、その上に正座して両手をついた。「この本に乗りました。」その迫力は五社に考える暇を与えなかった。
「夏目雅子さんとの出会いですね。」(外山さん)「まるでドラマの様な。」(吾郎)
この時の夏目さんの行動は五社監督のハッタリと通じる所があったのではないでしょうか。
「鬼龍院花子の生涯」は大ヒット、一番の見どころ夏目さん演じる松恵の名台詞
「なめたらいかんぜよ」
は流行語にもなりましたが、春日さんが調べてみると意外な事実が判明。
「台本を調べて驚いたのは、あの『なめたらいかんぜよ』という台詞、有名になりましたけど、書かれてないんです。現場で監督が付け加えたんですね。五社監督はアクションもの(荒事)でやってきた人で「鬼龍院」は情念の文芸的ドラマなので、五社には撮れないだろうと言われ、五社を降ろそうという動きもあった。相当屈辱的な思いもしているしいつ降ろされるか分からないし状況も良くない。そんな中で『なめたらいかんぜよ』と脚本家の高田宏治さんに電話する度に言っていた。だから心からの叫びでもあったんですね。」
「すべてが生きたものだよね。」(吾郎)
その気迫から生まれた「鬼龍院花子の生涯」は五社監督にとっても夏目雅子さんにとっても代表作になりました。

1989年、五社監督が60歳の時食道がんが発覚しました。
「『226』という映画のクラックアップ後の飲み会から帰国して病気が発覚したんですが、撮影が終わった後も編集とかダビングとか宣伝活動とかでスタッフ達はまだ動いているんですよね。その時自分が病気だと知られてしまったらやりにくくなるのではないか。スタッフ達が仕事に集中できるようにと、自分が病気であることを隠すんですよね。」(春日さん)。その時使った手段は
ハッタリその3.入院を海外旅行だと言い張る
「何人かのプロデューサーに『俺はしばらくオーストラリアに行ってくる』と手紙を送ってその間に入院した。でオーストラリアにいる知り合いを中継地点にして、プロデューサー達が連絡したい時はそのオーストラリアの人に電話する。するとその人から京都の病院にいる五社監督に連絡が来る。そして監督がまたオーストラリアに電話して…。そうやってるとプロデューサー達は『監督は本当にオーストラリアにいるんだ』と思う。そこまで手の込んだ事をやっているんです。」(春日さん)
「こんな言い方すると失礼だけど、そういう所にも一種のエンターテインメント性を孕んでいますよね。勿論信憑性を持たせるためにやっている事で、周りの人に迷惑をかけない心配をかけない為だけど、やっぱりちょっとおかしみもありますよね。」(吾郎)
「そうですね。そこが面白い所ですね。」(春日さん)
「本当のエンターテイナー。」吾郎は感心してさらに言いました。
「やっぱり新しいものもいいけど古い映画も見直したりとか…。ほとんど見ていないと思うし、若い世代の人とか。」
「新しい発見もあると思いますよ。」(春日さん)
「ありますよ!」(吾郎)
「今と全然違う文化の中で、人間の求めている情念とかワクワクするものってそんなに変わらないと思うんですよ。それをとんでもなく本気でやっている人たちがいる世界ですからそれが人の心を打つと思うんです。だから是非皆さんに観てもらいたいなと思います。」(春日さん)
「熱い思いが伝わってきますね。」(外山さん)
「感動しちゃったよ。」(吾郎)

AD山田くんの消しゴムはんこは武士姿の春日さん。「素敵なはんこだ」と喜んで頂けました。

「また観たい映画が増えちゃった。」(吾郎)
「読むべし!ですね。」(外山さん)
二人の締めの言葉も力強かったです。

そして私はまた吾郎に映画に出て欲しくなりました。


拍手ありがとうございます


 
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プロフィール

はちミツ

Author:はちミツ
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稲垣吾郎さん大好き、SMAP大好き!の主婦。
吾郎ファン歴は25年目になります。
彼らがいつかまた集まりたいと思った時そうできるように、彼らがそれぞれ今いる場所で益々輝いていってほしいと願っています。
だから「SMAP大好き」という気持ちも「新しい地図の3人の活動を応援する」気持ちも私の中では同じ一つの思いなのです。
神奈川県在住。

近況
①毎週水曜日は「an・an」の「稲垣吾郎のシネマ・ナビ」をチェック!。
②「ゴロウ・デラックス」(TBS)もお見逃しなく!
③「稲垣吾郎オフィシャルブログ」、twitterアカウント @ingkgrofficial も必見!

メールは↓へ。
walkwithgoro☆hotmail.co.jp
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