Walking with GORO

SMAP稲垣吾郎さん大好きな主婦の日記 【無断転載禁止】

BLOGTOP » GORO » TITLE … 青年コミックの生みの親 (「ゴロウ・デラックス」 7/22)

青年コミックの生みの親 (「ゴロウ・デラックス」 7/22)

感想を上げるのが遅れている間に関東地方では梅雨が明けました。
周回遅れになりましたが、さいとう・たかを先生回のゴロデラです。

オープニング…なぜかビルの屋上に黒ずくめの男。
一方吾郎と外山さんは
「今日もロケです。」(外山さん)
「夏のロケはダメですよ、僕は。…ちょっとこの湿度が…。」(吾郎)
「でもいいお天気になりましたね。」(外山さん)
黒ずくめの男はアタッシェケースから銃を取り出して構え…なんと照準を吾郎に合わせて引き金を!
「吾郎さん危ない!」(外山さん…棒読みです…)
「うっ……大丈夫だこのお蔭で。」(吾郎、胸ポケットから何かを取り出す)
「課題図書!」(しかし大きい・笑)
吾郎、胸元から銃を取り出し構える(背筋がすっと伸びてかっこいい!)。そして引き金を引くと一枚の布が飛び出してきてそれには
「今回のゲストはさいとう・たかを先生」
と書いてありました…(以上、長めの小芝居でした)

さいとう・たかを先生といえば「ゴルゴ13」。世界最強の殺し屋が主人公の漫画は今迄に181巻発行され売り上げは2億冊以上、しかも48年間休載していません。更に現在はゴルゴ13の他に2本の連載も抱える多忙ぶりです。79歳にして日本の漫画界を牽引しておられる方です。

課題図書 : 「劇画1964」 さいとう・たかを

「今日はゴルゴ13の締め切り日ということでお邪魔する事に…」(外山さん)
「え、まずいじゃないですか!」(吾郎)
前回の祖父江慎さんに続き「ゲストさんがお忙しいのでこちらからお伺いする」シリーズです。しかし原稿締め切り日に収録とは!
「取材は大丈夫、とマネジャーさんにお聞きしているんですが」と外山さん。二人は歩いてさいとう・プロダクションの前につきました。
玄関でマネジャーさんの出迎えを受け、中に入るとさいとう先生は執筆の真っ最中。吾郎は先生に「稲垣吾郎と申します」と丁寧にお辞儀をしました。
さいとう先生の机の上には「ゴルゴ13」の原稿が。しかも第563話!ゴローサン!なんて嬉しい偶然なんでしょう。
すると先生はゴルゴ13の顔を描き始めました。描き始めは眉毛から。「下書きはしないんですね」と吾郎が言うと「下書きすると表情が死んじゃう」とさいとう先生。眉毛だけでもゴルゴ13と分かるからスゴイですが、先生は輪郭や目鼻などをすらすらと描きあっという間にゴルゴを描き上げました。そんな先生に吾郎は、
「都市伝説として言われるのが、先生は(ゴルゴの)目だけしか描いてないって…。」(いきなり失礼な・笑)
「よく言われます、目だけならまだいい方で全然描いてないとか」とさいとう先生は落ち着いて答えました。(よく言われるのでしょうか)
「漫画界で初めて分業制度を作られたそうですね」と吾郎が言うと、先生はまず原稿用紙の束を見せて下さいました。
「これが僕が書いた大元のシナリオ。それを基に僕用のシナリオが出来る。」
さいとう・プロダクションではシナリオを基に、人物担当、背景担当、小物担当など仕事を分担しています。
吾郎と外山さんはアトリエに案内され、そこでアシスタントさん方のお仕事も拝見しました。
「ドラマを考える才能と絵を描く才能は絶対別。」とさいとう先生。だから分業制なんですね。

ゴルゴ13といえば銃。「銃を描く担当の人が集めた銃の資料室です。」とさいとう先生が案内してくださったスペースにはスチール棚が並び銃がたくさん置かれています。300丁ものモデルガンが集められていると聞いて吾郎は大興奮! 一つ一つ手に取りながら
「ワルサーppk。ジェームズ・ボンドですよ。でもゴルゴの銃ではない。」
「南部十四年式。 旧日本陸軍が使っていた銃。(以下私には難しかったので略)」
とガンマニアのスイッチが入って少年のように目をキラキラさせました。これにはさいとう先生も
「詳しいですね」と感心。「こんな調子でずっと喋ってるんですよ。」外山さんも笑っています。
吾郎が1人でずんずん奥に入っていく一方、さいとう先生はカメラの前で「警察が二度来た、本物はないかと。」と裏話を明かしました。すると吾郎が棚を見回しながら、
「そうですね、でもこれOKの範囲ですよ。」と戻ってきました。
(そこまでチェックしたんかい!そして何気に上から目線・笑)

番組後半ではさいとう先生の経歴を紹介しました。
先生は5歳の時に絵を描き始め、小学校の時コンクールで金賞を取りましたがそれをお母様に捨てられてしまい、慌ててゴミ箱からくしゃくしゃの絵を拾ったそうです。
「父親がそういうののなり損ないだったんです、絵描きのなり損ない、役者のなり損ない…。そういう姿をおふくろは見ていたからそういう事(芸術)で男は飯食えん、手に職を持てと。」漫画家になる事を最後まで反対したお母様の写真をさいとう先生は仕事場の壁に飾り、お母様に見守られながらお仕事をしています。
「すごい悪だった」というさいとう先生は12歳の時恩師と出会いました。「中間試験の答案を白紙で出したんです。そしたら担任の東郷先生が白紙の答案用紙を持って僕のところに来て『白紙で出すのは君の意志だから仕方がないが、自分の責任なんだから名前を書け』と言ったんです。」「人間の約束事はそういうもんだと初めて気づかされた。先生がいなかったら今頃どうなっていたか…。」(さいとう先生)
「ね、ゴルゴ13ですよ。」と吾郎。東郷先生の名前を取って「デューク東郷」と名付けたのだそうです。
1960年にさいとう・プロダクション設立し、分業制を確立。そして1964年に今回の課題図書「劇画1964」に収録されているの一連の作品を発表しました。
「ストーリー漫画のはしりです。」(さいとう先生)
「それまではなかった。」(吾郎)
「先生がいなければ青年コミックというジャンルも生まれなかったんですね。」」(外山さん)
「今読んでも面白かったです。」と吾郎は身を乗り出して言いました。ということで課題図書の中から
「香港ルートをたたけ!」という作品を山田くんを交えて朗読。密輸の元締めの男とその愛人(?)、敵対する組織の刺客が争うハードボイルドもので、最後にどんでん返しが待っています。本当に大人向けの漫画(劇画)です。
そして1968年「ゴルゴ13」開始。「どうしてこれを書こうと思われたんですか?」(吾郎)「僕が描く時はとにかく理詰めなんですよ。当時は世界情勢など知られていない時代。そういうものを交えたら面白いんじゃないかと。」(さいとう先生)
「ずっと描き続けられる題材ですよね」(吾郎)
さいとう先生は紫綬褒章を受賞されていますが、「テロリストを描いて賞を貰っていいのかな、と思った。」と笑っておられました。
これからもお元気でダンディなゴルゴ13を描き続けて下さい。


拍手ありがとうございます
スポンサーサイト

*** COMMENT ***

COMMENT投稿

管理者だけに読んでもらう (非公開コメント投稿可能)