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10年先の約束 (「ゴロウ・デラックス」 10/23)

オープニング。
吾郎はやや緊張の面持ちです。「番組史上最年長の方をゲストにお迎えするんですよね」
「御年104歳ですよ」(外山さん)
本当によくいらして下さいました。

課題図書 : 「10月4日104歳に104句」 日野原重明

10月4日に104歳を迎えた日野原先生の俳句集です。先生が俳句を始めたのは6年前、98歳の時とか!
「昨日104歳のお誕生日を迎えられたそうで、おめでとうございます。」と吾郎から花束がプレゼントされました。
2000年に出版したエッセイ「生きかた上手」がベストセラーになった日野原先生ですが、現在も現役の医師です。
「音を聞くのが得意でね、他のお医者さんより聴診器の使い方が上手い」と言うと先生は聴診器を取り出して吾郎の胸に当て(うふ)心音を聞くと
「規則正しく打ってるけど、緊張しているから少し早いね」と言いました。吾郎も「本番だから緊張してます」と認めましたが、何年もやっている番組でも緊張するんですね。続いて外山さんの心音を聞いた先生は「雑音はないね。音はきれい。心臓の音は若い。」とさりげなく毒矢を飛ばしました(笑)。
日野原先生は日本初の「人間ドック」を開設し、「成人病」という言葉に代わって「生活習慣病」という言葉を提唱するなど、予防医学の大切さを普及させた方です。
「はいっ、僕も人間ドックへ行ってます。年2回きちんと行ってます。」と吾郎が元気よく手を挙げると
「それはいいね、長生きするよ。」と先生も嬉しそうでした(私も嬉しかったです)。

日野原先生は1911年生まれ。経歴を振り返ると激動の時代を生きてこられたことが分かります。特に驚いたのは1970年の「よど号ハイジャック事件」に乗客として乗り合わせていた事。でも緊迫した時でも「人間としての触れ合いをなくしてはだめだ」とハイジャック犯たちと様々な会話を続けていたそうです。
また1995年の地下鉄サリン事件では、聖路加国際病院の院長として陣頭指揮を執り被害者の受け入れと治療に当たりました。外来診療を休止し640人の患者を受け入れました。少しでも多くの患者を救うため病棟建設の時に廊下にも酸素と吸引の設備をつけておいたので廊下でも治療が行えたのです。

そんな日野原先生は10年手帳というものを使っています。スタジオに持ってきて下さいましたが、ご自分の誕生日や美智子皇后のお誕生日の行事の予定などが10年先まで書きこまれています。
「10年先の予定を書くっていいですよね。10年先の自分との約束みたいで。」と吾郎が言いました。
朗読された日野原先生の俳句も「時間」をテーマにした句が多い気がしました。これからの自分を見据えた明るく力強い句です。

私は10年先の自分なんて想像もつきません(だからダメなんだろうな…)が、吾郎の言葉を聞いて、10年先は無理でも5年先の自分と何か約束をしようと決めました。
ですから日野原先生もこれからもずっとお元気で。


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