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歴史に託す祈り (「ゴロウ・デラックス」 7/27)

オープニング。
「今日はハードボイルド小説の第一人者の方が再び登場です。」(外山さん)
「前回本番中に口説かれてましたね。」(吾郎)
思わず照れ笑いする外山さん。さて、今回はどうなりますか。

今夜のゲスト、北方謙三さんはハードボイルド小説の第一人者として数々の賞を受賞され、直木賞選考委員も務めています。更に執筆期間17年全51巻に及ぶ「大水滸伝」シリーズは累計売り上げ1000万部以上を記録する大ヒットとなりました。
北方さんは前回出演なさった時
「俺がハードボイルドだ。」
「いい女の条件は男が葉巻を吸うことを許容する奴」
「俺は浮気しない。何重にも恋をする。」
とハードボイルド論を展開しましたが、今回は北方さんが挑んだ新たな歴史大河小説について語って頂きます。

課題図書 : 「チンギス紀(一)火眼」「チンギス紀(二)鳴動」 北方謙三

「始まりましたね!」(吾郎)「始まりましたよ。」(外山さん)
「1回始めたら何年かは止められないから。」(北方さん)
「楽しみですよ、このシリーズ。今回なぜチンギス・カンをテーマにしたんですか?」(吾郎)
「チンギス・カンは日本人はみんな知っていますよね。だから書きたい人間の中に入ってはいたんです。で、「大水滸伝」を書いていますから段々北へ行ったり南へ行ったりして、北へ行った人が蒙古に行ったりしているんです。それで時代が20年後位になるとチンギス・カンがいたんだなと思って、物語として書きたいと。」(北方さん)
チンギス・カン(1162?~1227)は巨大な帝国(元)を築いたモンゴルの英雄。彼はモンゴル高原の小さな民族からわずか20年で、中国からカスピ海まで及ぶユーラシア大陸の広大な地域を制圧し、孫の代には世界の1/4を支配したといわれています。
これだけの大人物を描くには余程沢山の資料を調べたのだろうと思いきや・・・
「チンギス・カンという人は40歳くらいまで何の資料も無いんですよ。」と北方さん。
「そうそう、今回参考にされたというものがほとんどこの2冊しかない。」と外山さんが後ろの書棚から持ってきたのは「元朝秘史(上)(下)」(岩波文庫)。チンギス・カンの一代記を中核に中世モンゴルの歴史が記されていますが、いつ書かれたかも作者も不明なのだそうです。
「これを資料と呼べるかは別として、これは説話を集めたものなんです。説話だから本当の事もあるかも知れないけど、まあ、言い伝えがほとんど。」(北方さん)
「何でこれほど偉大な人物の資料が残ってないんですか?」(吾郎)
「字がなかったんです。」と北方さんから明快な返事が。(字って大切なんですね。)
「じゃ、ほとんど想像で書いてるんですか?」(吾郎)
「そうです。40歳までは小説家の領域ですよ。そこから資料も入ってきた小説の領域になるんです。チンギス・カンがどんな人物だったかではなく、今あの時代の英雄を見てどんな人物であって欲しかったか。」(北方さん)
チンギス・カンは、どこで生まれどんな生活をしなぜ死んだかという基本的な事さえ謎に包まれていて、その人物像についても「悪魔のような征服者」とも「神のように優れた支配者」とも言われています。
作家北方謙三は謎の多いチンギス・カンをどう描いたのでしょうか。チンギス・カンが領土を広げ続けた理由についての部分を吾郎が朗読。

モンゴルは、乱れている。
タイチウト氏には、長を名乗る者が何人もいて、足の引っ張り合いをやっている。
キャト氏は、実力はあったのに、長のイェスゲイが死んで、総崩れだ」
「そうなのですか」
「西には、ケレイト王国がある。ナイマン王国もな。メルキト族は強いし、タタル族には、金国という後ろ盾がある。こう分裂しているようでは、モンゴル族の未来はないな。」
大地はひとつなのに、人はなぜ争うのだろうか、とよく考えます」

北方さんは吾郎の朗読を眼を閉じて聞いていましたが、目を開けると
「チンギス・カンが何を考えていたかというと、私は、やはり戦をなくそうと考えていた、と。なぜ戦をしなきゃいけないかというと、非常に観念的で理想的な言い方になりますけど、戦をなくすため。でもそんなことはできるわけがない。戦をなくすために戦をするという、見果てぬ夢を見た男の話です。」と一気に語りました。更に
「だからね、男の夢は叶わないです。戦をなくすなんて地平線ですよ。そこに向かってずうっといくら行っても地平線ですよ。」
「だからこそ抱いていいわけですね、夢は。どうせ叶わないなら。」(吾郎)
「純粋な夢は持っていい。」(北方さん)
「なるほど。ありがとうございます!」吾郎の顔がぱっと明るくなりました。(吾郎の夢がなんなのか気になりますね。)
「こういう夢があってもいいんじゃないか、と言う時の北方さんの目がキラキラって。」と外山さんが言うと
「ドキドキした?」と吾郎が追及しました。
「いやいやいや・・・」と外山さんは笑いましたが、すぐ話題を本題に戻しました。
「これは北方さんの想いでもある・・・。」(外山さん)
「小説というのはある種の祈りみたいな物です。一つ心の中心に(祈りを)持って物語を構成にしないと、小説の意味が少なくなると思います。」(北方さん)
「祈り!」(吾郎)
「これは口では言えません。でも書き手としては一つ祈りだけは持っていたい。」(北方さん)
北方さんのこの言葉に、先日ゲストに来て下さった天童荒太さんとの共通点を感じました。書くテーマや文体は違っていますが執筆の姿勢に似たものがあるように感じたのです。

戦をなくすために戦をしたチンギス・カンですが残酷な一面はなかったのでしょうか。
「40歳くらいから資料があるので戦績などを調べてみると、抵抗した奴は皆殺し。抵抗してなかったら自分の軍に取り入れるんですよ。」(北方さん)
「(40歳くらいから)チンギス・カン自体の祈りは変わってないんですね。やり方は変えていかなきゃいけないけど。」(吾郎)
「やり方はね、抵抗すればお互いに死者がいっぱい出てくる。戦はなるべく少なくしたい。だから抵抗したら容赦なく殺す。その代わり降伏したら許す。」(北方さん)
降伏した国々の人間を取り込むと言っても、国も言語も宗教もバラバラです。それらの人々をどうやってまとめたかというと、
「能力別。足の速い奴とか力の強い奴とか、そうやって軍隊に分けたと私は考えています。いわゆるプロジェクトチームを作ったと。」(北方さん)
「すごいですね。・・・チンギス・カンは人の能力を見抜く才能はずば抜けてあったんですか?」(吾郎)
「それはあったでしょう。人を見る目はあっていろんな所を征服すると、そこにいる有能な人間を家臣にしたりしているんです。ですから考えたことは非常に近代的というか、先進的だった。」(北方さん)
北方さんは更に、チンギス・カンの人物像をこう想像しています。
「色んな人の思考で聞く耳を持ってる人。すなわち優れた人ですね。人間一人の思考なんて大したことは無いですよね。」
「魅力的だね。」(吾郎)
「多分、私の物差しで測りきれない器の大きさを持ってたと思う。すると『私の物差しで測りきれません』というところが書ければ良いわけです。」と北方さんは言うと
「真面目だね、今日は。」と少し照れました。
そして北方さんがキャラクターを描く時、思い浮かべる人物がいるそうで・・・
「全部自分ですよ。例えば卑怯な人物を描く時は、卑怯な心境の一部分が自分だったりするんですよ。」(北方さん)
「そういう自分もいる、と。」(吾郎)
「そういう自分もいる。自分が卑怯だった時のことが出ちゃったりすると、それは自分だと思います。そういう風にして色んな自分が出ているんだと思います。弱さも含めてね。強さは憧れですよ。」(北方さん)
つまり、書くことは自己表現だと北方さんは言います。
「稲垣さんもね、色んな役柄をやるでしょう。その時役柄を通してどっかで自分を表現してる、と思うんです。」(北方さん)
「そうですね。」(吾郎)
「カメラマンもそう。外山くんを撮る時も、被写体は外山くんだけどシャッターを切る瞬間は自分を表現してる。そういうもんですよ。」(北方さん)
「人が生きてるってそういう事ですよね。」吾郎は納得した様子です。
「人っていうのは不思議なもので、だから小説があったり、芝居があったりするんですよ。ただ生きるだけだったら米と水と塩があればいい。なぜ文学とか音楽とかがあるのか、それが人間ですよ。音楽に救われたとか芝居を観て泣いたとか小説があって良かったとか思うのが人間。」
北方さんの話を「うーん」と唸りながら吾郎と外山さんが聞いているのを見て、
「今日いい話ばっかりしてるな」と北方さんはまた照れました。その笑顔が可愛いんですよね。

「チンギス紀」には北方さんの心境を表した部分もあります。そこを外山さんが朗読。

「なあ、ボオルチュ。俺は自分が死ぬだろうと思っていたが、まだ生きている。天が、生きよと言っているのだ。人は、死ぬ時は死ぬ。天が、死ねと言うからだ。天の声は、聞こえはしないが、躰が感じる。いま、俺はなにも感じていない。だから、心配するな。」
「テムジン様」
俺がまだ生きて、やるべきことをやれ、と天が決めたら、俺はなにがあろうと死なん。自分の生き死にについて、俺はそれ以上を考えるのはやめた」

「これは僕の心境ですよ。」(北方さん)
「やっぱり心境ですか。」(吾郎)
「生きるか死ぬかっていう目に2回くらいあってるんですよ。事故だったりね。タクラマカン砂漠で車が5回転して、全部潰れましたけど。みんな死んだと思ったけど僕が立った時びっくりして。その時に『小説の神様っているんだな』と思って。『もうちょっと生きて書け』って言ってるんだな、と思いましたね。」
だから死んだ時は小説が書けなくなったと思ってください、と北方さん。
「書き終わらないで死んじゃうのやめてください」と外山さんが念を押すと
「絶対完結させます。」と北方さんはキッパリと言いました。(←絶対ですよ、約束ですよ!)

ところで北方さんには、ちょっと意外な趣味があります。小説を書くためだそうですが・・・。
「いつ20歳の青年を主人公にした小説を書かなきゃいけないか分からないから、若い人が聴く音楽だって聴きます。ロックのコンサートにも行きます。」
「若い方と?」(外山さん)
「一人で。変装して。」(北方さん)
「気づかれてますよね?」(吾郎)
「気づかれてるには気づかれてる(苦笑)。凄い格好して行くんですよ。それでモッシュっていう頭の上を泳いでいくのを・・・。」(北方さん)
「やったんですか?」(吾郎)「やったんです。」(北方さん)
「やるぞー!って言ったら周りのみんなに持ち上げられて、『落とすなよ、落とすなよ、ジジイだから落とすなよ』って。」(北方さん)「へぇー!」(外山さん)
「俺は『ジジイは余計だ!』って言ってたんだけど(笑)。」と語る北方さんは楽しそうです。
「今、ハマっているアーティストの方はいらっしゃるんですか?」(吾郎)
「今は小柳ゆきが良いと思うね。あとSuchmos。Suchmosは誰も知らない時から聴いていたら段々人気が出てきたんですよ。」(北方さん)
その他クリープハイプ、BLANKEY JET CITY、THEE MICHELLE GUN ELEPHANT、9mm Parabellum Bulletなど(私の知らないバンドばっかり・・・)。
「結構ハード系ですね。」(吾郎)
「自分のヘッドホンで聴いてハネてる。」と北方さん。お若いですね。
「何で(他の人たちが)知らないうちに聴くんですか?」(外山さん)
「まあ、アンテナを伸ばしておいて『斬新な音楽があったら教えてくれ』って・・・。」(北方さん)
「あ!それってまさか・・・?」吾郎の目が悪戯っぽく輝きました。
「それって情報収集のために・・・?」と外山さんも突っ込みます。
「メル友じゃないですか?40歳年下の。」吾郎が言うと北方さんは一瞬絶句し
「・・・なんで具体的なことを言うわけ?」と言い返すのがやっとでした。
「だいぶ脱線しちゃいました、すみません。楽しくなっちゃって。」と吾郎は冷静に話を戻しました。いやあ、ここの吾郎の切り込み方は見事でしたね。

ここで、北方さんがモンゴル取材中に飲み「チンギス紀」にも登場する馬乳酒を試飲することに。モンゴルの騎馬民族の衣装を着たAD山田くんが持ってきてくれました。馬乳酒は馬の乳を発行させたお酒で、カルピスのヒントになったとも言われているそうです。
吾郎は一口飲むと
「酸っぱい!」
と叫んで顔をしかめました。「・・・ヨーグルトを10倍酸っぱくした感じ?」
外山さんも一口飲んで
「こんなに酸っぱいものなんですか?ヨーグルトにレモンを入れたような感じ。」
北方さんはさすがに慣れた感じで飲み
「これ、色んな家で出してくれたんだけど、家によってはホントに酸っぱくて、酢酸飲まされたんじゃないかって思う程。・・・酔っ払ってきましたけどね。」
そして、酔っ払った北方さんからある授賞式の時のエピソードが飛び出しました。
「記者会見をやったんですよ。そしたら観月ありさと小栗旬が後ろに立ってる。それでワイドショーとかがいっぱい来てるわけ。で『どういう時にお酒を飲みたくなるんですか?』って質問されて『人を殺した時だ』って言ったんです。」
吾郎は思わず吹き出しました。
「私は小説家ですから。レトリックがある。『人を殺した時だ。ただし紙の上でな。』って言ったんです。」(北方さん)
「カッコイイじゃないですか。」(吾郎)
「カッコイイでしょう?そしたら『ただし紙の上でな。』がカットされてた。」(北方さん)
「それ、ただのアブナイ人じゃないですか。『人を殺した時だ。』だけじゃねぇ。」(外山さん)
「ねぇ!テレビって怖いんだ。」北方さんはスタジオのカメラの方を指さして言いました。
「いや、この番組は上品に・・・」と吾郎がフォローしようとすると、
「前にもそんな思いしたことあるよ、トーク番組に出た時。“銀座の女と付き合う時は『2万円でも3万円でもいいからパンツの中に突っ込んでおけ!』と先輩が言った”と言ったんです。川上宗薫さんって、亡くなった人ですが、その人が言ってたって。そこまで喋ったのに、『銀座の女と付き合ったらパンツの中にお金入れてる』ってそれだけが流れた。」と北方さんは訴えました。
「北方さんが言ったみたいな・・・」(吾郎)
「で、銀座に行ったらみんなに責められたね。」(北方さん)
「この話も北方さんが『銀座でパンツにお金を入れてる』って編集しますからね。」(吾郎)
「だよなー!だから怖いんだよテレビはさ!」(北方さん)
みんな笑っていましたが、これ、文字通り「ほんとにあった怖い話」ですよね。

始まったばかりの「チンギス紀」は全部で11巻か13巻か15巻くらいになる予定だそうです。
「どうして11とか13とか15なんですか?」(外山さん)
「人生割り切れてないから。」と北方さんの答えはハードボイルドでした。

そして最後に北方さんから嬉しい御言葉が。
私もね、あなた方がきちんと読んで下さってるから話し甲斐がありますよ。また呼んで下さいよ」と。
著者の方にそう仰って頂けると本当に嬉しいですよね。
これからも長く「ゴロデラ」を続けて欲しいです。


拍手ありがとうございます

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諸々

ええと、色々なお知らせが次々に来て忘れてしまいそうなので、こちらに書き出しておきます。もし漏れがあればコメント欄で教えて頂けると有難いです。

【TV】
8/1 (水) 3:10~3:50 (=7/31深夜) TBS 「アカデミーナイトG」 (「No.9 -不滅の旋律-」) (関東ローカル)
8/3 (金) 16:50~18:00 NHK総合 「シブ5時」 (「FREE TIME SHOW TIME 君の輝く夜に」)
8/18 (土) 21:00~23:10 フジ系 「ほんとにあった怖い話」

【雑誌】
発売中 「GLOW」 稲垣吾郎の大人男子ライフ
8/1 (水) 「週刊TVガイド」 56周年記念号
8/1 (水) 「家庭画報」 アクティブレスト・今月の人
8/2 (木) 「シアターガイド」 (対談 : 鈴木聡 X 稲垣吾郎)

【インターネット】
8/3 (日) 17:00~0:12 AbemaTV 「新しい別の窓」 京都より生放送

これだけ露出が多いのは本当に有難いですね(しみじみ)。特に「ななにー」の京都からの生放送はワクワクします。舞台の空気を何となくまとっている吾郎が生で見られるのは嬉しいですよね。人狼ゲームを京都のお寺でやるというのもユニークですし、吾郎が女性と密会(明らかに誤解される表現・笑)するのも勿論気になります。そして何より1週間後には舞台が始まるんですね!今年の夏は盛り上がりそうです。


舞台と言えば、皆さんは「No.9」のチケットは取れましたでしょうか。私はお陰様で東京と横浜で1回ずつ観られることになりました。
東京のチケットは後日郵送なので手に入るのはまだまだ先ですが、横浜分は今日入金して発券してきました。来月の京都分の発券もまだなのに、5ヶ月先のチケットを持っているという・・・。無くなさいように気をつけないといけませんね。


拍手ありがとうございます


今年もほん怖♪♪

このお知らせを待っていました。今年も「ほん怖」がやってきます!

8/18 (土) 21:00~23:10 「ほんとにあった怖い話 夏の特別編2018」

正直に言うと、この番組が今年もあるのかどうか今まで通り続けられるのか気がかりだったので、このお知らせは本当に嬉しいです。
テレビの前で「ほん怖クラブ」の子ども達と一緒に「はい!吾郎さん!」と叫びたい気持ちです。

「ほんとにあった怖い話」オフィシャルサイトはこちら
応援メッセージなどを是非お送りください。


拍手ありがとうございます

「雨あがりのステップ」寄付贈呈式の動画公開中 (7/28まで)

6月末までチャリティ販売されていた「雨あがりのステップ」の売上金寄付贈呈式の動画がYouTubeにアップされています。
地上波のWSでは放送されなかった3人全員のコメントや、3人がボッチャに挑戦する姿も見られます。

ケーブルテレビ品川公式チャンネルで、28日までの期間限定で公開されています。今日を含めてあと4日ですね。

ケーブルテレビ品川さんのイメージキャラクター「シナガワン」が大人の事情を蹴散らして公開してくれたようなので、是非見に行って再生回数を上げてください(長さは4分超です)。


動画はこちら


拍手ありがとうございます

稲垣吾郎、運命に出会う。 ~ウィーン ベートーヴェンの旅 (7/22)

本当に良い番組でした。

歴史あるウィーンの町並みやハイリゲンシュタットの輝く緑の中に吾郎が違和感なく溶け込んでいたのは、2015年に演じたベートーヴェンが吾郎の中に残っていたからだと思います。その吾郎が実際にベートーヴェンが暮らし作曲をした場所を巡って、自分の内なるベートーヴェンと対話している感じが良かったです。
ピアニストの清塚信也さんとの対話も弾み、ベートーヴェンの音楽を分かりやすく解説してくれました。
最後、ベートーヴェンの時代に建てられたというフォルクス劇場の舞台に立った時、吾郎の中にベートーヴェンの魂が入ってきたような感じがして見ていて震えました。
演出の白井晃さん、劇作家の中島かずきさん、指揮者の佐渡裕さん、そして剛からのコメントも嬉しかったです。

今回の旅で吾郎の中のベートヴェンが更に深みが増し、それが11月からの舞台に表われると思うと楽しみでなりません。

BS-TBSさんには感想とDVD化のお願いを出しました。
BS-TBS ご意見・ご感想→ www.bs-tbs.co.jp/inquiry/


拍手ありがとうございます

一発屋芸人達にルネッサーンス!!! (「ゴロウ・デラックス」 7/13、20)

【前編】 (7/13)
オープニング。
「今回は、話題のニュースや社会問題を扱った記事に贈られる雑誌ジャーナリズム賞を受賞した方です。」(外山さん)
「意外な方が受賞されたんですよね。」(吾郎)

課題図書 : 「一発屋芸人列伝」 山田ルイ53世 (新潮社)

雑誌編集者113人の投票で選ばれる「雑誌ジャーナリズム賞」。先日発表された第24回の作品賞を受賞したのが今回の課題図書です。そしてこの本の作者は「ルネッサーンス!」で一世を風靡した「髭男爵」の山田ルイ53世さん。一発屋芸人が一発屋芸人を取材し、その素顔とブレイク後の人生を描いた異色のルポルタージュです。
「面白かった。笑っちゃうけどジーンとくるものもあって。」(吾郎)
「一人一人の方を好きになりますよね。」(外山さん)
「取材もすごいなと思った。しっかり書かれているので。」(吾郎)
そして山田ルイ53世さんが登場。軽く会釈をしながら小さい声で「ルネッサンス」と言いながら入ってきました。
「一応言った?(笑)」(吾郎)
「このしっとりした空間に大声は似合わないかと思って(笑)」(山田さん)
山田ルイ53世さんは2008年に「髭男爵」として「貴族のお漫才」でブレイクしましたがその後テレビなどの露出は下火に。しかし2015年自身の半生記「ヒキコモリ漂流記」でその文才が話題になり、今年「一発屋列伝」が受賞して今作家として再ブレイク中なのです。
因みに今回テーブルに置かれた飲み物は貴族らしくワインです♪
雑誌ジャーナリズム賞作品賞を受賞したことについて「過去の受賞記事と比べて非常に違和感がある」と山田さんは謙遜しますが
「でも、読むと分かる。だってジャーナリストですもん、ちゃんと取材して。」と外山さんが言うと、
「素直にうれしかったですね。取材させていただいたのはリスペクトしている方ばっかりで、その方々の事も認められたかな、と。」と山田さんはにっこりしました。
ここで吾郎の朗読。「そもそも一発屋芸人とは何なのか?」

多くの人々に愛され、真似をされた一発屋達の芸。
学校や居酒屋、メールやSNS上でのやり取り…あらゆる場所で、彼らのギャグやフレーズが飛び交い、一発屋達の衣装を模したコスプレに身を包み、忘年会や新年会の余興を切り抜けるものが続出した。
程度の差はあれど、一発屋達は皆一様にお茶の間の人気者となり、その内の何組かは、“社会現象”と評されるほどの大ブレイクを果たし、時代の寵児と持て囃された。
そうして…僕達は消えた。
お伽噺であれば、
「末永く幸せに暮らしましたとさ…」
「めでたしめでたし…」
とその絶頂期に幕を引くことも出来るだろうが、現実はそうはいかない。
人生は続く。
本書で描かれるのはサクセスストーリーではない。
一度掴んだ栄光を手放した人間の、“その後”の物語である。

「ありがとうございます。」(山田さん)
「…という本ですよね。」(吾郎)
「一発屋一発屋って言いますけど、そもそも“一発屋”ってどういう意味なんですか?」(外山さん)
「現代の一発屋は昔の『あの人は今』みたいなのではなくて、まだ芸能界を辞めてないんですよ。たまにテレビにも出る。その中で負けている様を見せることでエンターテインメントに昇華してるという…ちょっと特別な枠の人たちだなという事もあります。あと、自分で一発屋だと言わないと周りも一発屋いじりしない。人に言われるものじゃないんです。レイザーラモンHGさんは“自首”って言うんですけど、自分で自首してこないと一発屋にはなれない。結構葛藤もあるんですよ。」(山田さん)
「そりゃそうですよね。」(吾郎)
「ドカーンと売れて、ピターッと止まって、お仕事がなくなっていく中で『いや俺は一発屋じゃない、まだまだやれる、負けてない』という葛藤が一年二年位あって、観念して負けを飲み込んだ人が真の一発屋ですね。」(山田さん)
「…ということは髭男爵も一発屋芸人…?」(吾郎)
「もちろんもちろん。正確に言うと0.8発屋なんですけど。」(山田さん)
「0.8?!1まで行かないの?」(吾郎)
「ダンディ坂野さんを1とすると、我々髭男爵とか、ジョイマン、クールポコ。は0.8発屋。これは一発屋の中で決めたんです。小島よしおくんやHGさんは二発屋ですね。」(山田さん)
「2ですか!だいぶでかいですね。」(吾郎)
「小島くんなんて、切手になったんですよ。HGさんは売れてる時仕事が詰まり過ぎて間に合わないから…稲垣さんはこれあるのかなあ…ヘリコプターで移動。」(山田さん)
「いやさすがにないですね。」(と吾郎は言いましたが、27時間テレビの生ビストロの時木村くんとヘリで岩手に行きましたよね。覚えてませんか?)
「ないですか?じゃあの一瞬だけHGさんは稲垣さんを超えた。」(山田さん)(←すみません、だから実は超えてないんです…。)

ここから一発屋芸人の素顔とブレイク後の人生を見ていきます。
まずテツandトモのお二人。
「おお、懐かしい!」と吾郎が素直な反応をしたので山田さんはのけぞって笑いました。(でもテツandトモさんは「笑点」に時々出ていらっしゃいますよ。)
テツandトモが「なんでだろう」でブレイクしたのは2003年。山田さんはこのコンピを「一発屋界のアダムandイブ」と呼んでいます。その理由は
「いわゆる一発屋に起こる定番の出来事、これは大体テツトモさんから始まってるんですよ。まずはこれ、流行語大賞にノミネート(さらに年間大賞も受賞)。これをきっかけに、その年に大活躍したお笑い芸人のフレーズが流行語大賞にノミネートされるノリができたんだと僕は思います。」(山田さん)
もう一つ、
NHK紅白歌合戦に出演。これももう風物詩というか、毎年定番の『応援枠』になりましたね。最初にテツトモさんがはなわさんと『佐賀県なんでだろう』というコラボソングみたいなので出場されたんです。そこに当時とても人気のあった『爆笑オンエアバトル』の若手芸人が何人か応援に駆けつけて。これが芸人が紅白に出た始まりなんですよ。」(山田さん)
それ以降、その年流行った芸人が紅白に出演するようになったそうです。
「そうか、それまではなかったか…」吾郎は思い出すように言いました。
「若手芸人が出演したのはテツトモさんが初めて…。」(山田さん)
「大体皆さんソワソワしてますよね、廊下のところで。分かりますよ。」と吾郎が言ったので山田さんは爆笑。
「稲垣さんは毎年のようにそれを眺めてたんですね。」
因みに髭男爵も2008年に紅白に出演しました。自然な流れで紅白の思い出話が聞けたのが良かったです。
「アダムとイブのおかげで、我々のような0.8発屋でも出演できたんです。」と山田さん。
そしてテツandトモさんの一番すごいところは、テレビではなく営業で大活躍していること。実は今芸能界屈指の営業本数を誇ると言われているのです。テツandトモさんの営業に密着した映像(2015年当時)でもお二人は大忙しです。
「キラキラしてますよね。」(吾郎)「楽しそう。」(外山さん)
「全然暗さとかないですよね。取材した時点での営業本数は年間180本。」(山田さん)
「すごいですよね!」(吾郎)
「すごいです。一発屋と言われて10年以上経っても年間180本仕事があるという事は、知名度だけじゃないですよ。一番特徴的なのが、ご当地のあるあるネタをする。他のお笑い芸人もその土地のおいしいものをネタにしたりとか多少はするんですけど、テツトモさんの場合は正式な仕事として主催者を呼ぶんですね。そして取り調べみたいな感じで本当に取材をきっちりして。会社のパーティだったらその会社の営業の部下の○○さんのお弁当の「なんでだろう」とか。細かいところに肉薄していくんですよ。」(山田さん)
「それこそジャーナリズムですよね。…嬉しいよね、また呼びたくなっちゃう。」(吾郎)
「テツトモさんはリピート率がめちゃめちゃ高いです。」(山田さん)

続いてはレイザーラモンHGさん。
「フォー!」とHGさんの写真を見た途端吾郎は叫びましたが、
「トーンが違いますね。」と山田さんにダメ出しされてしまいました(笑)。
HGさんがハードゲイネタで一世を風靡したのは2005年。この頃からコウメ大夫さんや波田陽区さんなど強烈なキャラクターの芸人さんたちが次々と登場しました。
山田さんはHGさんを「一発屋界の添え木」と呼んでいます。
「本当に僕たちの心のセーフティネットというか…。『一発会』という一発屋が親睦を深める集まりがあるんですけど、東京駅か品川駅の周辺の居酒屋で行われるんですね。みんな地方営業に行っているものですから、営業終わりに新幹線の駅の近くで集まりやすい所で、ということなんです。とにかく明るい安村、髭男爵、クールポコ。、HG、テツandトモ、ダンディ坂野、小島よしお、スギちゃん、それとだいたい毎回一人ぐらい新たに自首してきた若い一発屋の方が…」(山田さん)
「受け入れるんですか」(吾郎)
「『ようこそ』と。『ようやく葛藤を飲み込んだか』と。その会を始めたのがHGさんやムーディ勝山さんや小島よしお君で。HGさんが決めてるのは、ネガティブなことは言わない。愚痴っぽいことではなく胸を張って堂々とポジティブなことを言っていこうと。」(山田さん)
「いいですね。」(吾郎)
「名言の数々があるんですね。まず『一発屋は面白いからブレイクした』。」(山田さん)
「まあ、確かにそうですね。」(吾郎)
「ネットでつい、エゴサーチとかしてしまうんですよ。すると『死んだ』とか『消えた』とかいうつぶやきが目に入ってしまう…それだけならまだしも『面白くない』と書かれると反論したくなるんですね。『いやいや違うわ』と言いたいけれどなかなか立場上強く言えない時期が続いてたんです。それをHGさんがとうとうおっしゃった。『卑下することはない。面白いからブレイクしたんや。誇りをもって生きていけ。』と。」(山田さん)
最近のバラエティの一発屋企画は「久しぶりに見ると面白い芸人」といった優しい目線になってきているそうで、「HGさんの発信が関係しているんじゃないかと思います。」と山田さん。さらにHGさんは
「自分の生み出したキャラに誇りを持て」ともおっしゃったそうです。
「伝統芸にしていけばいい、と。」(山田さん)
「アツいなぁ。」(吾郎)
「アツいですよ。本当にHGさんのハードゲイの芸は、そちらの界隈のお店に働きに行って、本当の方々はどういう言葉を言っているのか、それこそ取材して。かつそれをそのままやるのは失礼なので、そちらの界隈の大御所の方に筋を通しに挨拶をしにいく。」(山田さん)
「そうなんですね!」(吾郎)
「そうやって5年かけて作り上げた芸が『フォー!』」(山田さん)
「ハリウッドの性格俳優みたい。何年かけて役作りしました、みたいな。視聴者には見せない部分だし。(本に)書いてくれてよかった。」(吾郎)
「そうなんですよ。自分では絶対言わないですから。それを『こんなにすごい人たちなんですよ』というのを残したかった。」(山田さん)
「なるほどねぇ…」(吾郎)
ところでそのレイザーラモンのお二人が今どうしているかというと…なんとスーツ姿!写真を見た途端吾郎は笑いだしました。
「HGさんと相方のRGさんは今正統派漫才に転向されておりまして。マイク1本での喋りの漫才に転向されています。」(山田さん)
「どう思いました?」(吾郎)
「最初は『裏切者!』と思いましたよ(笑)。」(山田さん)
「だってねえ、『伝統芸にしていけばいい』とか言いながら…」(吾郎)
「そう言ってたでしょう!と思いましたけど、でもやっぱカッコいいんですよ。コスプレキャラ芸人からもう一度正統派に戻って、しかも賞レースで結果も出してるんです。コンテストで決勝まで行ったりして、すっかり認められてるんですね。このリカバリー、再ブレイクの仕方が本当に理想。藤崎マーケットもそれは成し遂げてるんです。関西の方で賞を獲ったり。『ラララライ』もあの衣装も脱いで。」
山田さんの一発屋芸人への眼差しはとても温かいのです。

【後編】 (7/20)
山田ルイ53世さんの一発屋芸人さんたちに対する熱い思いは止まりません。
後編最初に登場する一発屋芸人はジョイマン。
「ご存じですか?」と山田さんに訊かれ自信なさげに「ナナナナー・・・」と歌ってみたけれど「運命」のメロディになってしまい「若干音程が違います」と言われた吾郎。
「まだベートーヴェンが身体の中に・・・冬に舞台やるんで。」
北京オリンピックが開かれた2008年に意味の分からない“脱力系ラップ”でブレイクしたのがジョイマンのお二人でした(でもすみません、私はこのお二人を全然知りません・・・)。山田さんによれば現在のジョイマンは「SNSを駆使した新世代」だそうです。
「彼らはtwitterを使って色々話題を呼んでいるんです。まずは『生存確認』。ジョイマンの高木(晋哉)くんなんですが、エゴサーチをしていて、『ジョイマン消えた』『ジョイマン死んだ』『ジョイマンどこにいる?いないな』みたいなつぶやきを山程見つけてしまった。その日の夜はちょっとお酒も召し上がっていたんでしょうが、驚かそうというテンションで、それに返信してやろう、と。『ここにいるよ』と。」(山田さん)
吾郎も外山さんも思わず笑いました。(吾郎も外山さんもtwitterをやっているので特にウケたのかも。)
高木さんは、街頭インタビューで答えている人の所にいきなり本人が現れるようなスター感を期待して驚かそうとしたらしいのですが、返ってき反応は
「皆驚きもせずに『結局、お前ヒマだな!』。傷ついたらしいです、初日に。でも『ちょっとやっていこう』と思って、エゴサーチして『ジョイマン消えた』と言っている人を見つける度に全部に『ここにいるよ』『生きているよ』『消えてないよ』と、全部にですよ、返信を始めた。それが話題になって5年6年続けていくうちに、高木くんに『ここにいるよ』って返信してもらいたくてわざと『ジョイマンどこいった?』『消えた』とつぶやくようになった。」(山田さん)
「なるほどね。」(吾郎)
今では承認待ちのツイートがずらっと並んでいるような状況になり、
「それで仕事もそのときちょっと盛り返したらしくて。あとジョイマンのSNSを使った活動としては『“客ゼロ”シリーズ』。サイン会を開いたんです、ジョイマンの二人が・・・。」と山田さんが話し始めると吾郎が先を読んでニヤリと笑いました。
「この辺でやっぱりニヤリとしてしまいますよね(笑)。ジョイマンがサイン会を開いたんですけど、そこにお客さんが一人も来なかった、というシンプルな話なんですよ。他の芸人だったらキャパ100人の所に3~4人しか来なかったのを『客がゼロだった』とネタにしますけど、ジョイマンの凄いところは、誇張でなく本当にゼロなんです。でその様子を写真に撮ってtwitterに上げる。」(山田さん)
「ホントに?!」吾郎が叫ぶと同時にそのツイートが画面に映し出されました。本当にお客さんがいません!他に2つの地方営業の画像が映し出されましたが、全然お客さんがいなくてリハーサルかと思う程です。
「なんでいないの?!誰かいていいでしょう?」(吾郎)
「最初のサイン会の(画像)が発端なんですけど、お笑い界で凄く話題になりまして、なんやこれ面白い、と。」(山田さん)
「でも“一発”以降ですよね、もちろん。」(吾郎)
「そうです。一発ポーンと売れて、落ち着いて、その後ですね。」(山田さん)
「でもここまで“客ゼロ”になるんですか?売れる前なら分かりますよ、新人の頃なら。・・・なるんですか?」(吾郎)
「なるんです」と山田さんは落ち着いた声で言いました。「これが“一発”の底なし沼。恐ろしい所なんですよ。」
「もしかしたら新人の方が、売れる前の方が逆に“客ゼロ”はないかも。何だろう、ってちょっと興味を持ってもらえて。一発売れて落ちた後っていうのは・・・」(吾郎)
「どういう心理状態か分からないですけど、仰るとおり『ジョイマンか・・・いいや』ってなる。ジョイマンだとは分かる。ナナナナーの人だ・・・いいか、ってなっちゃう。不思議な状態ですね。僕たちも“客ゼロ”はないけど『今日地元のショッピングモールに髭男爵がきてるの前通ったわ見たわ。まあ、私はスルーだけど。』って。髭男爵をスルーすることで自分のコミュニティで地位を上げようとする奴がいる。」山田さんの話が面白くて外山さんは大笑いしています。
「そういう心模様はありますよね、twitterって。」(吾郎、さりげなく爆弾発言)
「そうですよね。面白いっちゃ面白い。ジョイマンの凄いところは・・・心が軽いというか受け入れるんですね。普通“客ゼロ”になったらすごい落ち込みますよ。あれを見たらイベンターの方だって『こいつら集客力全然ない』ってなりますよ。それでも『面白いでしょ』の方が勝つ。それで彼らを出す。出したら話題になる。だから素晴らしい。」(山田さん)
「芸人さんですよね、真の。」(吾郎)

続いて紹介する一発屋芸人さんはムーディ勝山さん。
「右から左に受け流す・・・」は吾郎も知っています(私も知っています)。2007年にムード歌謡風のネタでブレイクしたムーディ勝山さんを
「一発屋界の発明家」
と山田さんは評しています。
その発明の一つ目は
「一発屋芸人の自虐トーク。皆さんが『え?』と思うくらい自然に広まった発明です。それまではテレビに出ても『最近お前ヒマやろ?』『そんなことない勘弁して』位だったんですよ。そこから『いやこの間ね・・・』と仕上がった漫談を披露する、これはムーディさんが始めたんです。」(山田さん)
「あ、そうなんだ。」(吾郎)「へぇー!」(外山さん)
「最初は『家族に仕事がないとバレたくないから公園に行って鳩に餌をやってる』といった面白悲しい話から始まって。それを見て『ああいうやり方あるんや』と(他の芸人さんが)黙って真似した。最初に始めたのはムーディさんです。」(山田さん)
他の発明は「ロケバスの運転手」。「え?」と吾郎は戸惑っています。
ロケバスはタレントさんが乗ってロケに行く為のマイクロバスのことですが、
「ムーディさんに取材して伺ったんですが、そもそもはフットボールアワーの後藤(輝基)さんを中心とした仲良しグループがあって、何となくノリで『みんなで旅行に行くとき便利やから誰かマイクロバスの免許取りいや、あんなん運転できたら面白いやろ』というようなことを仰ったらしいんです。その時ムーディさんは既に一発屋になってたんですけど、その場にまだ全然売れてなくて時間もいっぱいあるような後輩が沢山いたにもかかわらず『知名度がある俺がやった方がオモロイんちゃうか?僕やります。』と手を挙げて中型の免許を取ったんですね。それから『僕ロケバスの運転手になりました』ってネタをやり始めたんです。それで一発屋で仕事が無かった時期に何とか露出をゲットできたという。」(山田さん)
ほぉー、と吾郎は感心しています。
「ここまで覚えて下さいね。それで事件が起こります。こちらです。」(山田さん)
画面が切り替わると「今日は着物でドライバー。」というツイートが大写しに。しかしその画像でバスのハンドルを握っているのは・・・
「天津の木村さんですね。」(外山さん)
「“エロ詩吟”でブレイクした天津の木村くんですね。これが一発屋界を騒然とさせた“バスジャック事件”です。」(山田さん)
そのバスジャック事件とは・・・
「最初に『僕ロケバスの運転手になりました』というネタをムーディさんがやっていたんです。そしたら、木村くんの方が先輩なんですが、ある日木村くんからムーディさんに電話がかかってきて、『俺もロケバスの運転手やっていいか?』と言ったそうです。つまりネタを取りに来たんですね。『俺もやっていいか』と先輩から電話がかかってきたので何となく釈然としないけれど『・・・はい』みたいな感じで。その時ムーディさんは『“ロケバスの運転手”って言い方はしないでください』と釘を刺した。これが話の肝なんです。」(山田さん)
ムーディさんが取得した中型免許では、マイクロバスを運転できますが商業目的で乗客を乗せて運転はできません。
「つまり、ムーディさんは中型免許の取得を“ロケバスの運転手”という面白い言い方にしていたんですね。で木村くんは“ロケバスの運転手”はムーディ勝山の発明だから言えない、それは納得してくれたんです。でもそうなると『僕もムーディと同じ中型の免許取ったんですよ』って言い方になるからさほど面白くないですね。仕事も来なかった。それでもどうしてもロケバスの運転手のネタをやりたかったので、執念の男木村くんはロケバスの運転をする会社に本当に就職しようとするんですよ。」(山田さん)
「え?木村さんが?」(外山さん)
「で実際就職された。」(山田さん)「えー!」(吾郎)
「実際に業務で運転するために大型2種の免許を秋田県の教習所まで取りに行って『僕もガチのロケバス運転手になりました』というネタを始めたんです。これならムーディさんが禁止したことには抵触しない。で今でも働いていらっしゃるんです。」(山田さん)
「えー?!じゃ僕らのロケの時にももしかして…。」(吾郎)
実際の仕事中の写真を見ると「芸人のカケラもない」と山田さん。
「このネタをやりたいが為にここまでやったんですよ。僕は木村くんもすごいなと思うんです。」(山田さん)
「すごい戦いですね。すごい!」(吾郎)
「芸人としてのマインドというか、面白いと思ったネタや話題に対する執念。ムーディさんもそれを許しましたしね、最後は。」(山田さん)
「いろいろあるねえ。」吾郎は感心したようです。
「こんなに稲垣さんに一発屋のことを説明できて良かった。」と山田さんは満足げです。「こんな機会無いですもん。」
「いやあ、(一発屋芸人さんに)会いたいですもん。」吾郎も楽しそうに言いました。

番組はエンディングへ。山田さんがこの作品に込めた思いを綴った部分を外山さんが朗読。

本書に最後までお付き合い頂いた皆さんに、一つお願いがある。
記憶の玩具箱、そこに詰め込まれた一発屋達を、「消えた」「死んだ」と捨て去る前に、もう一度、目次のページを眺めて欲しい。
(中略)
ズラリと並んだ芸人達のなが諸君の目に未だ、戦没者リスト、あるいは、墓標の様に映るのであれば、それは筆者の力不足。潔く諦め、降参しよう。
しかし、もしそうでないのなら・・・・・・
グラスを酒で満たし、祝杯を挙げさせて頂く。
手前味噌で申し訳ないが、勿論、祝杯の発声は、
「ルネッサーンス!!!」
フランス語で「再生」「復活」を意味する言葉である。
掲げられた杯は、彼ら一発屋の復活の狼煙、再生の幕開けとなるだろう。

「恥ずかしいですね。確かにかっこよく書いちゃいました。」と山田さんは謙遜しましたが、格調高い文章には惹きつけられます。
「本当に一章一章、最後の何行かがすごく心に響くんですよね。」(外山さん)
「そう、心に響く。長さもちょうど良くて読みやすいし。」(吾郎)
「最高ですね今日は。」と山田さんは本当に嬉しそうです。そして
「多分普通にテレビを観ていらっしゃる方も、人生の中で大きい小さいはあれ、“一発”はあったと思うんです。飛び込みで営業案件取れたとか、かけっこで一番になったとか。でもこの本に登場する芸人さん達は大きな“一発”はあってもそこで人生は終わらないですよね。そこからずっと続いていく。いろんな良いこと悪いことあるけど、負けてるし溺れてるかも知れないけど、その中で毎日生き続けていくんだというところが響けば良いなと思います。」と力を込めて言いました。
「共感する方沢山いると思いますよ。ずっといい人なんていないわけですから。」吾郎のこの言葉にも説得力がありました。
「だからね、『消えた』とか『死んだ』とかtwitterで打ってるヒマがある方はこれを読んで!」と外山さんはちょっと怒りました。
「本当にここまで取材して・・・。書き続けて下さい。」と吾郎が山田さんに声をかけると、
「お仕事ください」と山田さんはカメラに向かって頭を下げました。

AD山田くんの消しゴムハンコはワイングラスの代わりにペンを掲げた山田ルイ53世さん。「山田くんはまだタレントやってるの?」と吾郎に振られ「やってないです。ハンコ彫ってるだけです。」とボケた山田くん。
「台本に山田とたくさん書いてあって『今日は出番が多いな』と思ったら・・・」と自虐トークをする山田くんに、
「それは同じ山田として謝るよ、折角そのハンコ良いなと思ってたのに・・・。」と山田さんがフォローしました。

そして最後はお約束のアレ、山田さんの
「ルネッサーンス!!!」で3人は乾杯。BGMは勿論ベートーヴェンの「歓喜の歌」。
一発屋芸人達に愛を込めて。


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「No.9 -不滅の旋律-」イープラス先行抽選のお知らせ& 雑誌情報

「No.9」のNAKAMA先行抽選の発表(21日)をドキドキしながら待っていますが、イープラスでも一般向け先行抽選の受付けをしています(東京・大阪公演のみ)。
詳しくはこちら
締切は22日(日)18時なので、NAKAMA先行の結果を見て申し込むこともできますね。チャンスが多いのは有難いことです。

それから吾郎の雑誌露出がまだまだあります。
7/21 (土) JUNON
8/1 (水) 家庭画報
最近主婦(マダム?)向けの雑誌にも登場するようになって露出の幅が拡がった感じがします。家庭画報は写真も紙質も良いので要チェックだと思います。


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「Hibiki」を読みながら

サントリーホールさんから送って頂いた「Hibiki」を読みました。
吾郎がインタビューで自分と音楽との関わりについて色々話しています。
坂本龍一さんとの出会いやショパンの足跡を追った番組のロケのこと、普段聴いている音楽、そして「自分たちも音楽をやっていた」こと・・・などなど。今までやって来たことが全部繋がって今の吾郎になっている事を実感します。
「Hibiki」は3ヶ月ごとの発行で、吾郎のインタビューは今回も含め4回にわたって掲載されます。こんな密度の濃いインタビューを一年掛けて読めるなんて、とても贅沢なことですね。サントリーホールさんありがとうございます。

そしてこれを読むと11月からの「No.9 -不滅の旋律-」再演への期待が更に高まります。吾郎演じるベートーヴェンがどのように進化しているか楽しみですね。(その前にチケットが・・・)

22日(日)BS-TBSでのベートーヴェン特番は10:00~10:54です。吾郎久々の海外ロケなのでこちらも見逃せませんね。


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登場人物を生きながら書く作家 (「ゴロウ・デラックス」 7/6)

オープニング。
「吾郎さん、突然ですが、痛いのって好きですか?」(外山さん)
「いやいや、痛いのが好きな人なんていないでしょう。・・・痛みには強い方かも知れない。」(吾郎←ほんとかな?)
「痛みには強い方ですか?」(外山さん)
「くすぐったいとかそういう方が苦手ですね。」(吾郎)
「へぇ・・・苦手そう!はははは・・・・・・。」と外山さんは吾郎の顔を見て笑いましたがすぐ真面目な顔になって
「今夜は人の痛みを書く直木賞作家の方がゲストです。」

席に着くと
「なんかすごい世界で、自分があまり体験したことがない世界で、見たことのない世界だった。この番組に出て頂けるなんて本当に光栄です。」と吾郎。
「バラエティ番組は初めてだそうで。」(外山さん)
「バラエティ番組初めて?!どうしよう、大丈夫かな?」(吾郎)。

ゲストは天童荒太さん。とても背が高い方で、身長は182㎝あるそうです。
1986年のデビュー以来、数々の話題作を世に送り出してきました。問題を抱える家族を描いた「家族狩り」シリーズや虐待を受けた子供を描いた「永遠の仔」はベストセラーとなり、2009年には死者を悼みながら旅をする青年を描いた「悼む人」で直木賞を受賞しました。人が抱える痛みに寄り添いながら社会問題をセンセーショナルに描く大ベストセラー作家がバラエティ番組に初登場です。
「こういう番組のご出演が初めてという事なんですけれども…大丈夫ですか?今のお気持ちは。」吾郎が慎重に話しかけると、天童さんは
「いや、でもあの…ずっと拝見していて、バラエティというよりは今一番しっかりした教養番組のように思ってますので。」とおっしゃいました。
「うれしいじゃないですか!」吾郎の顔がパッと輝きました。「ちゃんとやらないとね。」
「いつもやってますけどね!」外山さんがすかさず笑顔でフォローしました。
天童さん、本当に嬉しいお褒めの言葉を有難うございます。

課題図書 : 「ペインレス」 天童荒太 (新潮社)

この小説のテーマは「無痛」。爆弾テロの後遺症で体に痛みを感じなくなった青年・森悟(しんご)と森悟の体に興味を示す心に痛みを感じない麻酔科医・万浬(まり)の濃密な関わりを通して「人間にとって“痛み”とは何なのか?」を追求していく物語です。
「今回“痛み”をテーマにされた理由は?」(外山さん)
「物語の始まりはまず22~23年前だったと思うんですが、社会全体が自分の痛みに対してすごく敏感である割に他人の痛みに対してはだんだん鈍感になる時代の始まりの頃に、“痛み”って何だろう?と。その“痛み”を通して社会や世界の成り立ちを見るような主人公の物語にしたら新しい何かが生まれてくるのではないかと発想したんです。そしたら実際に肉体に痛みを感じない方がいらっしゃるという話を聞いたので、そこを軸にして進めていくうちに、さらに厳しい…薬も効かないのは心の痛みではないのかと思って。で、心に痛みを感じない人間がいたとしたら、その主人公を通してこの世界の構図はもっと何か深く・・・人間という存在が一体どういうもので成立しているかが見えてくるのじゃないかと思って、どんどん積み重ねていったということです。」(天童さん)
「(構想を)考えてから完成までに23年かかったんですか?」(外山さん)
「はい」(天童さん)「23年間!」(吾郎)
「体に痛みを感じない人間(無痛症)は実在するのである程度(人物像を)作っていくこともできるけど、心に痛みを感じない人を積み上げていく、あるいはリアリティを持たせるためにはどうしても時間が必要だったんですね。」(天童さん)
天童さんは淡々と語りますが、お話の内容は深く重くて、吾郎と外山さんは言葉が出ません。
そして、天童さんがどうしても書きたかったという、心に痛みを感じない女医・万浬がセックスを通して無痛の体の森悟を診察する場面を、吾郎と外山さんで朗読。
「深夜ならではですね。」と吾郎は緊張の面持ちです。

下着一つになった彼が、ベッドに仰向けに倒れ込み、両手を組んで頭の下にやる。
「さあ、お好きなように」
「ものわかりのいい患者さんには、助けられます」
万浬は、彼のからだをまたいで腰の両側に左右それぞれの膝をつき、首の両側に手をついて、彼を見下ろした。背中から流れ落ちた髪が、彼の鼻先から唇の上で揺れる。
「これまで病院や研究施設で、無痛となった状態でのセックスについて、調べられました?」
「いや、正直、調べてほしい想いと、そこまでは踏み入らないでほしい想いが半々で、自分からは言い出せなかった。相手も興味はあったろうに、誰も口にする勇気はなかったみたいだ」
「くすぐったさについては、お聞きしました。性的な快感はどうなんです」
「試してみて」
万浬は、身を屈めて、髪の毛で彼の頬を撫で、さらに下がって、彼の右の乳首に唇をつけた。指でしたのと同じことを、舌の先でおこなう。
「感じるよ、きみの舌の感触を。柔らかさ、ざらつき、湿り気。気持ちいいよ、確かに……けど、くすぐったさと似た感じで、微妙に深みがない」
万浬は、唇の上下で彼の乳首をはさみ、軽く吸いながら、舌で愛撫する。
「いいんだ、本当に。でも……薄いという気がする。いわば、水面を漂うばかりで、底のほうまで沈んでいかない感覚かな」
万浬は彼の乳首を軽く噛んでみた。
反応はない。
もう少し強く噛む。
「噛んでるね……それはわかるんだ。でも、痛みはない」
左の乳首も、同じように唇ではさみ、吸い、舌で愛撫し、歯を立てて噛む。
「痛くないし、快感は深くまで達しない。けど抱きたい、きみが欲しい。」
「肉体的な快感が薄いのに、わたしが欲しい、という欲望は……女を自分のモノにするという、所有欲や征服欲と結びついた精神的な悦び……あるいは、他者の性器内に射精するという、肉体的かつ本能的な達成感や解放感を求める想いから、発しているのでしょうか」
「この状態で、そんなことまで考える余裕はないよ。これまで会ったなかでも飛び切り美しい、でも飛び切り変わっている女(ひと)が、裸でおれをまたいで、おれの乳首を吸ってる……興奮しない方がおかしいだろ」
「目を閉じてください。わたしを見ずに、できるだけからだの感覚に集中してほしいの」
万浬は、腰を下ろしてゆき、自分の裸の股間を彼の下着の盛り上がりに重ねた。彼のからだにわずかにふれる程度の間合いを保ち、ゆっくりとからだを前に動かし、彼の盛り上がった肉の形を捉えて、盛り上がりの切れ目を感じ取ったところで、また後ろへからだを戻してゆく。
彼の吐息が速くなる。
「……拷問だなぁ」
目を閉じたまま、彼が苦笑気味につぶやく。
万浬は、もう少し互いの肉が押し合う程度に腰を下ろし、彼のしかめる眉、ぴくぴくとふるえるまぶた、舌先で唇をなめる様子を見つめながらからだを前後に動かし続けた。

天童さんはじっと聞いていましたが朗読が終わると、
「最高のところを朗読していただきましたね」とにっこりしました。
「なんか、体の中が熱くなってきました」と吾郎もにっこり。
「基本的に映像不可能な部分ですから。こういう風に聞かせて頂いて感激です。」(天童さん)
「ありがとうございます。イメージ崩してないですか。」(吾郎)
「とんでもない、嬉しかったです。」(天道さん)
「すごいセックスの描写が圧巻で…ここからさらに激しい描写も、ね。」(吾郎)
「本当に体の痛みを感じない人がどう感じるのかを、純粋に知りたいわけじゃないですか、万浬は。このシーンを書きたかったのはどうしてなんですか?」(外山さん)
「表現者にとって“エロス”というのは一番チャレンジしなければいけない部分ですね。人間にとって一番大事な生と死、表現者がそこをどう表現するのか、あるいはその人独自のエロチシズムや死の感覚を描けるかどうかで表現者としての真価が問われると思ってきたんです。だから自分がもしエロチシズムに挑戦するなら誰も書いたことがない、いわゆる官能小説とか言われるものではなくて、世界の誰も書いていない性愛のものにチャレンジしたかった。心に痛みを感じないということは、ハートブレイクがないので愛を理解できない。肉体に痛みを感じないということは、性には痛みに裏打ちされた部分での快感がきっとあるから、深みを感じない。その二人の性愛は、世界初のエロスの表現になるだろうと思ったので、どうしても挑戦したかったんです。」(天童さん)

番組後半では、天童さんの執筆ルールについてお話を伺いました。
「無痛症の方に直接取材することもあるんですか?」(外山さん)
「自分の小説のスタイルとして決めてるんですけど、当事者には会わない。小説は人間を表現するものなので、いいことだけを書くわけじゃなくて、登場人物のズルさだったり、時にはセックスを表現することもあるし、悪いことを表現することもあるかもしれない。例えば虐待を受けた子をもし僕が取材して、あまり書かれたくないことまで書かれたらすごい嫌じゃないですか。協力したのになぜ、って。あと、1~2度会っただけで本音を言うかな?本当の事なんてまず言わないと思うんです。それを分かった気になって書くのは道を誤ることだし。ですから当事者には会わない。会わないでそういう症状を抱えている人の文献などをすごく勉強して、履歴を作ってその人になりきって、嘘なくその人物を作っていく。」(天童さん)
「すごい・・・」(吾郎)
「心に痛みを感じない人を創る時には、生まれたときからどういう過ごし方をしていくだろう、とノートに履歴を作っていくんです。自分は“その人になって書く”という表現のスタイルを取るので、『永遠の仔』だったら虐待された人となる事を徹底してやる。しかも(万浬は)女医なので、医療用語を知っていないわけがない、という状態にまで持って行かないといけない。・・・例えばピンセットを取る「ペン立て」みたいな物があるとしたら、この道具の名称が普通の医療用語には載っていないんですよ。そういうのを調べるんですが、出てこない。これは「セッシ立て」というんですが・・・。そういう細かいところを詰めないとリアリティが保てない。」(天童さん)
「だってすごかったもん、描写が。病院のドアを開けてから・・・主人公の生活とか。」(吾郎)
「ちゃんとスケジュールが・・・ね、休みがいつでいつジムに行って、とか。そういう準備が。」(外山さん)
「ね、気になりますね。」(吾郎)
そこで今回は
「ゴロウ・デラックスさんのために特別に。」(天童さん)
ということで、「ペインレス」の創作ノートを持ってきてくださいました。
もちろんテレビ初公開。天童さん、本当に有難うございます。

「これが(万浬の勤める)ペインクリニックの間取図です。」天童さんがノートを開きました。
「え?間取図?」(吾郎)「え?それも書くんですか?」(外山さん)
まるで家を建てるときの設計図のように精密に書かれています。処置用のベッドや机、従業員のロッカーまできちんと配置されているのです。
「そしてこちらにはクリニックのシフトがあって、誰が勤めていて、その給料も・・・」(天童さん)「えー!」(外山さん)
「クリニックを経営するんですよ。」(天童さん)「院長・・・(笑)」(吾郎)
「何時から何時までやってて、というのは当たり前で、どういう看護師さんたちが働いていてお給料まで…」(外山さん)
「そうすると、クリニックの規模が分かって、彼女がどんなシステムで働いて、休める日も全部分かっていくので、そこで働いている人の名前もある程度の性格も決めていく。」そう言いながら天童さんはノートの別のページを隣に座った外山さんに見せました。
「これは万浬の履歴」(天童さん)「細かーい!」(外山さん)
万浬の年表は一年ごとに起きた出来事がぎっしり書かれています。当然誕生日もあります。
「こんな!えええ!!ここまで?!」吾郎は叫びました。「自分の年表だってここまで覚えてないよ。」
「これ、全部覚えちゃうんですか?」外山さんが訊きました。
「入れちゃうんです。入れちゃって、書く時にはもうその人になってる。自然と(登場人物に)なるところまで自分を追い詰めていく。そうするとプロットを忘れても自然とその人として表現が動いていくんです。登場人物同士が動いていく。」(天童さん)
だから書いていると自然と登場人物のセリフが出てくるそうです。
「自然と出てこなかったら何かがおかしい。なり切れていないから。もっと履歴が足りないか、何かなり切れるものが少ないか。なって書いてるので自然と(セリフが)出てきます。」(天童さん)
「その時は天童さんじゃないんですか?」(外山さん)
「ないですね」と天童さんは即答。天童さんが出てきたら自分が物語を歪めてるのだそうです。
「こんな風になってくれたらもっと簡単に(物語が)一冊で終わるのにな…という時があるんです。それは自分が歪めてるから。万浬や森悟ではなくなっているので。ああ、そっちに行ったら長くなるのにな…と思いながら、それがその人たちなので…。」(天童さん)
吾郎はじっとノートを読んでいましたが顔を上げると、
「全員を演じてるっていうか、なりきってるっていうか。」と言いました。
役者としての吾郎にとってもきっと興味深いお話だったと思います。

なぜ、天童さんはここまで作り込むスタイルになったのか。
それは「永遠の仔」で虐待を受ける子供を描いたのがきっかけでした。
「『永遠の仔』を表現した時に、虐待をされた人々を外側から描いたら、それは自分が小説の為に利用したようになってしまうから、本当のこの人達の涙や辛さやため息の一つ一つを掬い上げていくように書かなければ本当にこの人達の表現にならない。そう思って3年4年と続けて表現したんですね。そうしたら、虐待を受けた方々や虐待でなくても傷を受けた方々から『ありがとう』という感謝のお手紙をたくさん頂いたんです。その時に軸足が決まったんですね。」(天童さん)
「ああ…こういうスタイルで…」(吾郎)
「自分はこういう辛い思いをしている人たちのために表現者になろうと。たくさんの物語を書いて読者に喜びを与えてくださる小説家の方はたくさんいらっしゃるので、それはその方々にお任せして、自分は他にはない物語で喜びを感じたり救いを得たりする方々のために表現する作家でいいじゃないか、と。」(天童さん)
「すごいなあ…作家さんという商売をしているんじゃないですね。アスリートみたいだよね。こうやっとけばいいでしょう、じゃないもんね。」(吾郎)
「すごいとしか言いようがないです、天童さん…」(外山さん)
吾郎も外山さんも天童さんのストイックな姿勢に圧倒されたようでした。吾郎は「アスリート」と表現しましたが私は宗教家か役者に近いのではないかと思いました。

AD山田くんの消しゴムはんこは注射器を手にした天童さん。何となくユーモラスで吾郎もほっこりした笑顔を見せました。

今回特に朗読が良かったです。吾郎の役者の読み方と外山さんのアナウンサーの読み方が森悟と万浬のキャラクターにぴったり合っていたと思いました。久しぶりにドキドキした朗読でした。


拍手ありがとうございます



吾郎がベートーヴェンの足跡をたどる!

またまた嬉しいお知らせです。

7/22(日) 10:00~ BS-TBS 「稲垣吾郎“運命”に出会う。~ウィーン ベートーヴェンの旅~」

舞台「No.9 -不滅の旋律-」を前に、吾郎がベートーヴェンの足跡をたどる番組です。しかもウィーン!海外です!
吾郎とクラシック音楽と海外といえば、ショパンの足跡をたどった番組がありましたが、今回もきっと素晴らしい番組になるのではと期待しています。気鋭のピアニスト清塚信也さんと前回公演の指揮指導をしてくださった佐渡裕さんのスペシャル対談も見逃せません。
録画予約とBS-TBSさんのHP訪問を忘れずに、ですね。


拍手ありがとうございます


朝、目が覚めたら

「朝、目が覚めたら有名になっていた」とイギリスの詩人バイロンは書いたそうですが、それ位の勢いで毎日何か動きがありますね。
朝起きて色々なニュースに驚いたり喜んだりできるのは幸せなことです。

1.映画「クソ野郎と美しき世界」がAmazonプライムで配信中です。
・・・実は私はまだ会員登録をしていません。完全に出遅れています(苦笑)。会員登録して、Fire TV stick の設定をすればTVの画面で見られるんですよね?頑張ります。

2.「No.9 -不滅の旋律-」のティザー動画が公開されました。
吾郎のベートーヴェンが更に神々しくなっています。舞台への期待が益々膨らみます。
公式YouTubeのURLを貼りますので時間を見てなるべく沢山再生して下さい。チャンネル登録もよろしくお願いします。
No9-stage(舞台『No.9 -不滅の旋律-』公式)


3.「新しい地図」の新聞広告が第66回朝日広告賞(広告主参加の部)を受賞しました。
おめでとうございます!
去年の9月22日に新聞を開いたときの感激は多分一生忘れないと思います。青い空に浮かんだ3人の手書きの文字が一筋の光のように輝いていました
これからも応援していきますよ


拍手ありがとうございます

剛、お誕生日おめでとう!

剛、44歳のお誕生日おめでとう!

ななにーやYouTubeであなたが生き生きしているのを見るのが嬉しいです。
特にクルミちゃんへの溺愛ぶりが微笑ましくて・・・。
でもあまり無理はしないでくださいね。
映画「まく子」も楽しみです。

身体に気をつけて頑張って下さい。素敵な一年になりますように


拍手ありがとうございます

加速する夏

こんにちは。
早いもので今年も半分を折り返して7月になりました。

吾郎のミュージカル「FREE TIME, SHOW TIME 君が輝く夜に」が1か月後に迫り、色々な雑誌に露出しています。
現在発売中の「サンデー毎日」「25ans」、12日発売の「HERS」…と矢継ぎ早に出るので買っても読むのが間に合わないほどです(笑)。しかもどれもグラビアが美しくて記事も読みごたえがあります。吾郎は今充実しているのが伝わってきます。これから演劇雑誌にも出るかもしれませんから、要チェックですね。

そして、早くも次の舞台「No.9 ~不滅の旋律」の先行抽選発売が始まります。
詳しくは新しい地図topicsをご覧ください。
日程を見ると大阪と横浜に希望が集中しそうですね。私も今回は東京と横浜で見たいと思っていますが、前回が大変好評で再演が望まれていただけにどれくらいの激戦になるのか見当がつきません。チケットが取れますように。

今月のななにー(「新しい別の窓」)は全体にまったりとした雰囲気で楽しめました。視聴者の好奇心を煽る企画よりも、3人が純粋に楽しめる企画だった気がします。「リアル脱出ゲーム」はスマスマで収録したものの放送されないまま終わってしまったゲームですよね。3人が額を寄せ合って一生懸命問題を考えている画が嬉しくて、Abemaビデオでまた見ようと思います。剛と市原隼人くんのツーリングもただただ楽しそうで癒されました。

去年の今頃は、1年後にこんな怒涛の展開になるなんて想像もつきませんでした。本当にありがたいと思います。


拍手ありがとうございます

ドラえもんと綾辻行人さんと筋肉少女帯と (「ゴロウ・デラックス」 6/29)

オープニング。
「今日は2018年本屋大賞受賞者の方がゲストです。歴代の受賞作の中で断トツの最高得点だったそうで。」(外山さん)
「楽しみですね。」(吾郎)

課題図書 : 「かがみの孤城」 辻村深月 (ポプラ社)

学校での居場所をなくした中学生7人が鏡の中の不思議な城で出会い、“なんでも願いが叶う鍵”を探すという物語です。
「どうでした?」(外山さん)
「僕大好きです」(吾郎)「私も!」(外山さん)と二人は早くも興奮しています。
「もうまた好きな本が増えました。」(外山さん)
「そう。登場人物はみんな中学生だけど、世代を超えて色んな方に愛される小説なんじゃないかな。」(吾郎)
「私最後の方はずっと大号泣でした。」と外山さんが本のページをめくりながら言うと
「僕だってそうだよ。」と吾郎が唇をとがらせて言いました(←そこで張り合ってどうする・笑)。

辻村深月さんが登場すると吾郎が「本屋大賞おめでとうございます」と花束を手渡しました。ゴロデラ恒例になったこのシーンはいつ見ても良いですね。
辻村さんは2004年「冷たい校舎の時は止まる」でメフィスト賞を受賞し作家デビュー。2011年「ツナグ」が吉川英治文学新人賞を受賞し松坂桃李さん主演で映画化されました。更に2012年「鍵のない夢を見る」で直木賞を受賞。そして今年4月、全国書店員が「いちばん!売りたい本」に授与される「本屋大賞」に選ばれたのが「かがみの孤城」です。

「本屋大賞を受賞された感想はいかがですか?」(吾郎)
「私、本屋大賞は4回目のノミネートだったんですけど、書店員さんたちがより身近になって。別格に遠いと感じていたのが実はアットホームな賞だと思いました。」(辻村さん)
「それはノミネートだけでは気付かなかった事なんですか?」(吾郎)
「ですね。本屋大賞はノミネートを喜ぶものだと思っていたので…。」辻村さんははにかみました。授賞式当日書店員さんたちが持ってきてくださった手作りのPOPは辻村さんの宝物になったそうです。
「書店員さんたちが売りたい本を選ぶ賞なんですけど、もっと言えば『この本を必要とする人がいる』と書店員さんたちが思ってくださったんだなあ、と思って、この本の主人公たちに良かったなあ、って気持ちになりました。」(辻村さん)
「かがみの孤城」の主人公はある事がきっかけで不登校になってしまった中学生、こころ。まずはそのこころの心情が描かれた部分を吾郎が朗読。

たとえば、夢見る時がある。
転入生がやってくる。
その子はなんでもできる、素敵な子。クラスで一番、明るくて、優しくて、運動神経がよくて、しかも、頭もよくて、みんなその子と友達になりたがる。
だけどその子は、たくさんいるクラスメートの中に私がいることに気づいて、
「こころちゃん、ひさしぶり!」
と挨拶をする。
周りの子がみんな息を呑む中、
「前から知ってるの。ね?」
と私に目配せをする。
みんなの知らないところで、私たちは、もう、友達。
トイレに行く時も、教室移動も、休み時間も。
だからもう、私は一人じゃない。
真田さんのグループが、その子とどれだけ仲良くしたがっても。
その子は、
「私はこころちゃんといる」
と、私の方を選んでくれる。
そんな奇跡が起きたらいいと、ずっと、願っている。
そんな奇跡が起きないことは、知っている。

吾郎は読み終わるとはぁ、と息を吐いて「ここ、大切なところですよね。」といいました。
実は不登校の描写には、辻村さん自身の10代の頃の体験や葛藤が活かされているそうです。
「学校が楽しくて楽しくてなんの憂いもなく毎日行けていた、という人はあまりいないと思うんです。みんな行きたくない日があって当たり前だし嫌いな教科もあるし。そんな中で一日一日積み重ねていったものが365日になってるという人が多いんじゃないかと。その子達を描くことによって、学校というものが持ってる窮屈さとか楽しいばかりじゃないところを描けるのではないかと思って、不登校の子を主人公にしました。」(辻村さん)
「辻村さん自身はどんな中学生だったんですか?」(吾郎)
「私自身は不登校の経験はないですし、友達もいたし、楽しそうに映っている写真もいっぱいあるんですけど、だけど、中学時代が一番辛かったです。小学校の頃はまだ大人の言うことを無条件に信じられる。信じている方が守られると思うんですね。で高校生になると自由になって大人に反発するというのも分かりやすくなるんですけど、中学って大人と子どもの境目で、当時作家になりたいと思っていたんですが、作家なんて見たこともないし、自分が将来どうなってるかも分からない、一番複雑だった時期でした。」(辻村さん)
「僕は中学2年生だったから、仕事始めたの。行けなかったんですよ、忙しくて。ある意味不登校なんだけど。」(吾郎)
「ああ、でもいいですね、そういう子も作ればよかった、行きたくても行けないっていう。」(辻村さん)
「ははは。でも独特だったなあ。午後からちょこっと行けたりして校庭を一人で歩いている時とか。門を入って行くとみんなに見られたりして、(テレビに出始めて)ちょっとザワザワし始めてた時なので。ちょっとした優越感もありながらもこっぱずかしさもあって…だから自分の中学生の時のことも含めて色んな事を思い出しちゃった。」(吾郎)
「そうですね。」外山さんも辻村さんも興味深そうに聞いていました。

自分の部屋に引きこもり続けるこころに、ある日事件が起こります。その一節を外山さんが朗読。

こころの部屋には、大きな姿見があった。
自分の部屋をもらってすぐにつけてもらった、ピンク色の石が枠を囲った、楕円形の鏡。
音のほとんど聞こえないテレビの放つ光が、今日はやけに眩しい。
テレビを消してしまおうと、ふっと、何気なく顔をあげたその時、こころは
「え?」
と息を呑んだ。
テレビは、ついていなかった。
その代わりに部屋で光っていたもの、それは入口近くにある鏡、だった。
嫌だ、怖い、と思った次の瞬間、体が光に包まれた。
「ねえ、起きて」
「ねえ、起きてってば」
狼の、顔。
縁日で売られるような、狼の面をつけた女の子が立っている。
城が建っている。
立派な門構えの、まるで西洋の童話で見るような城が。
「おっめでとうございまーす!」
「安西こころさん、あなたはめでたくこの城のゲストに招かれましたー!」

「他の世界に行く時に鏡を使ったのはなぜなんですか?」(外山さん)
「まずこころの気持ちを考えた時に、周りがみんな敵だらけで外に出て行くの怖いだろうなと思ったんですよね。で中学生の日常って学校と家の往復くらいで、他はせいぜい塾くらい。だから昼間学校に行かないという選択をしてしまうと、どこにも行ける場所がない。そこからどうしようかと思ったら、怖いんだったらもうこっちから迎えに行こうと。鏡だったら誰の家にもあるので、だったら鏡を光らせてそこから迎えに行こう、と考えました。」(辻村さん)
光る鏡のお陰で、実生活の悩みから離れ冒険の世界へ行くことができるこころたち。これには辻村さんが学生時代にあるものに救われた経験が活かされているそうです。
「辻村さんは元々本を読むのが好きだったんですか?」(外山さん)
「中学時代自分の居場所がないと感じた時に、私の部屋の鏡は光らなかったけれど、代わりにあったのが本の存在なのかなと思っていて。いろんな所に本に連れて行ってもらいました。」(辻村さん)
そして一番好きで影響を受けた本は、藤子・F・不二雄先生の「ドラえもん」だとか。
「へぇー、ドラえもん!」(吾郎)
「ドラえもんはもう、嫌いな人はいないじゃないですか。」(外山さん)
「でも意外っちゃ意外だよね。一番が漫画って。」(吾郎)
「今日は辻村さんの執筆部屋の写真があるんです。」外山さんがそう言って写真が映し出されると、
「ああ!」(吾郎)
「ほら、ドラえもんが沢山あるんですよね!」(外山さん)
本棚にはドラえもんと藤子・F・不二雄先生の作品がずらりと並び、ドラえもんやドラミちゃんのフィギュア(?)もいくつも置かれています。
「色紙もありますね。」(外山さん)
「むぎわらしんたろう先生に、直木賞を獲った時に頂いたものです。」(辻村さん)
因みに、今回の本屋大賞のお祝いとして、むぎわら先生から新しいドラえもんの色紙をプレゼントされたそうです。良かったですね。
2005年に出版した「凍りのくじら」では各章のタイトルをドラえもんのひみつ道具にしたほど、辻村さんのドラえもん愛は深いのです。
「これは私のデビュー三作目だったんですけど、ドラえもんが好きって言っている作家さんたちを見て、私もそろそろドラえもんの事が好きだって分かる作品を書こう、と。」(辻村さん)
「ドラえもんの事が好き、って言ってる作家さんが羨ましかったの?(笑)」(吾郎)
「ドラえもんについて答えてる作家さんがすごい憧れだったんです。こうやってドラえもんについてテレビでしゃべれる立場になるなんて、って。」(辻村さん)
「ドラえもんのどんなところが好きなんですか?」(吾郎)
「かがみの孤城もそうなんですが、すごい影響を受けているのは日常と不思議が地続きなところですね。畳の裏が宇宙だとかタイムマシンの入り口が引き出しだとか。日常のすぐ近くにファンタジーやSFの世界があって不思議なことがあるかもしれない思えるところが大好きだし。ドラえもんはみんな大好きで、たぶん家の思い出と結びついてることが多いと思うんですよ。毎週金曜日に見る時にこんな食卓だったとか。」(辻村さん)
「あー!思い出した!ちょっとほろ苦いお父さんのビールの香りとか。」吾郎が唸るように言いました。
「あー分かります。」と辻村さんは頷いて「それからドラえもんのカップで歯磨きしてたとか、初めて観に行った映画が『ドラえもん』だったとか。」
「ああ、それもあるね。」今度は吾郎が頷きました。
今思い出しても色んな思い出がくっついてくる、と辻村さん。そこに国民的漫画の底力を感じるそうです。

学生時代に辻村さんが救いを受けた本もあります。
それは綾辻行人さんの「十角館の殺人」。ある孤島を訪れた大学のミステリー同好会のメンバーが次々と殺されていくミステリー小説です。
「小学校6年生の時の読んだんですけど、真相が分かるところで驚きすぎて本を手から落としてしまって。すごいものを読んだと思って、隣の部屋にいた妹にいきなりネタバレで全部喋るという(笑)。」
辻村さんはこの時初めて「驚きって感動になる」ことに気付いたそうです。
「これ(かがみの孤城)だってねえ、真相を知って何人の人が感動したか。」(吾郎)
「あ、嬉しい。」と辻村さんはにっこり。
それ以来綾辻さんの大ファンになり、ペンネームも
「綾辻さんの『辻』の字を勝手に頂いて、『深月』も綾辻さんの小説(『霧越邸殺人事件』の登場人物から頂いたんです。」
「ああそう、完全にペンネームなんですね。」(吾郎)
「で勝手に頂いたんですけど、デビューする前後くらいに綾辻さんから『まあいいでしょう』と言われたので、それを勝手に了承だと思って今まで活動してきたんです。」(辻村さん)
「いや、嬉しいと思いますよ。」(吾郎)
「あまりに大好きだったので、高校生の時に綾辻さんのサイン本が当たります、という…綾辻さんに一言メッセージを送ってくれたら抽選で3名様にサイン本が当たるという企画があって、サイン本があったらそれをお守りにしてこの先作家になりたい自分が頑張れるんじゃないかと思って100枚ハガキを出したんです。100枚ハガキを出したらサイン本を無事にもらえたんですけど、その時がちょうど世の中に“ストーカー”という言葉が出始めた頃で(私ストーカーみたいだな)と我に返って、今思うとダメ押しなんですけど、出版社に「私はストーカーではありません」と手紙を出したんです。」(辻村さん)
「不安になっちゃったんですね、ストーカーだと思われたらどうしよう、って。」(外山さん)
「でも綾辻さんは『よくもこんなにたくさんのハガキを、とは思ったけど、ストーカーだなんて思ったことなかったですよ』と言って、お仕事場の住所を教えてくださって『本の感想とかあったらこちらまでどうぞ』って言ってくださって。それからお手紙のやり取りを何回かさせてもらったんです。」(辻村さん)
「へぇー…」(外山さん)「嬉しい…」(吾郎)
「でも最初にお返事を頂いたときに見た文面が短いものなんですけど、私がそれまで本の世界で見ていた綾辻さんの後書きとかエッセイとかで書かれている文体と同じで、短い文章の中でもこの作家さんが自分に書いてくれたものだと分かる。これが作家性なんだと思って。」(辻村さん)
「出るんでしょうね。」(吾郎)
この体験を通じて、今まで身近に感じることのなかった作家という存在が「現実にいるんだ」と思えたという辻村さん。それから小説を書いていくときに、綾辻さんからお手紙を頂いたことがすごく励みになったそうです。
「それはデビュー前ですよね。それから小説を書く上でどんな影響を受けたんですか?」(吾郎)
「今回の『かがみの孤城』もジャンル分けが難しいと思うんです。単なるファンタジーではないし、ミステリーとかSFという一方向じゃないし、じゃあ青春小説かというとそれ以外の部分もあるし。ただこういう形になっているのは、私が綾辻さんが大好きなので何を書いてもミステリーになってくる、そこは影響を受けているところですね。綾辻さんのミステリーとドラえもんからもらった少し不思議の世界観がきっと私の基本の部分にあるんだろうなと思います。」(辻村さん)

ここでまた辻村さんの執筆部屋の写真を拝見。CDがたくさん積み上げられています。
「執筆中に聞いている音楽の写真です。」(辻村さん)
「筋肉少女帯?!」(外山さん)「意外ですね。」(吾郎)
「私大槻ケンヂさんが大好きで、綾辻さんとかドラえもんと同じくらいに大槻さんの歌詞世界とか小説が大好きなんです。大体大槻さんの筋肉少女帯か特撮の曲がかかってる。」(辻村さん)
「結構激しい曲ですね。」(外山さん)
「そうですね。音楽をかけるとテンションが入ってくる感じなので執筆中に音楽はあってほしいです。」(辻村さん)
一見おとなしそうな辻村さんが激しい音楽がお好きとは意外ですね。

AD山田くんの消しゴムはんこは本屋のPOP風。「全ての戦う人に捧げる」というキャッチフレーズが付いています。真ん中の鏡の中のお城が沖縄の首里城なのが山田くんらしかったです。

番組後半では辻村さんが自分の好きなものについて熱く語ったのが素敵でした。好きなものがたくさんあると活き活きしますよね。
それにしても「屍人荘の殺人」の今村昌弘さんも綾辻行人さんが大好きとおっしゃっていて、綾辻さんに興味がわいてきました。


拍手ありがとうございます

吾郎表紙のサンデー毎日は明後日7/3発売!

月に一度のお楽しみ、7月の「新しい別の窓」(ななにー)まであと45分になりましたが、忘れないうちに一つお知らせを。

吾郎表紙&インタビュー掲載の「サンデー毎日」が明後日7/3に発売されます。私の記憶の限りでは「サンデー毎日」には初登場だと思うので(間違っていたらすみません)、とても楽しみにしています。


拍手ありがとうございます


プロフィール

はちミツ

Author:はちミツ
【注意:当ブログの内容の無断転載は禁止します。】

稲垣吾郎さん大好き、SMAP大好き!の主婦。
吾郎ファン歴は26年目になります。
彼らがいつかまた集まりたいと思った時そうできるように、彼らがそれぞれ今いる場所で益々輝いていってほしいと願っています。
だから「SMAP大好き」という気持ちも「新しい地図の3人の活動を応援する」気持ちも私の中では同じ一つの思いなのです。
神奈川県在住。

近況
①毎週水曜日は「an・an」の「稲垣吾郎のシネマ・ナビ」をチェック!。
②「稲垣吾郎オフィシャルブログ」、twitterアカウント @ingkgrofficial も必見!
③「ゴロウ・デラックス」再開熱望!

メールは↓へ。
walkwithgoro☆hotmail.co.jp
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