FC2ブログ

親子、この不思議で厄介で愛しいもの (「ゴロウ・デラックス」 6/22)

オープニング。
「突然ですが吾郎さん、ご両親のことどれ位ご存じですか?」(外山さん)
「両親?僕が生まれる前のことは…意外と知ってるようで知らないことは多いかも知れないですね。二人とも元気ですけど。」(吾郎)

あなたは自分の親のことをどこまで知っていますか?…普段あまり考えたことがないテーマかも知れません。

ゲストはコラムニストのジェーン・スーさん。ゴロデラには5回目のご出演で、もはや準レギュラーと言ってもいいでしょう。スーさんは女性の生態や本音を赤裸々に綴った「読む女子会」のような本で人気を博してきましたが、今回は一転「家族」というテーマを取り上げました。

課題図書 : 「生きるとか死ぬとか父親とか」 ジェーン・スー (新潮社)

「今聞いておかなければ一生後悔する」との思いから、かつて絶縁寸前までいった父と娘がもう一度向き合う物語です。
「24歳の時に母を亡くして。(母は)母親ってお面をずっとつけたままで終わっちゃったんですよ。だから母じゃない彼女の姿、例えば結婚する前の事とか、母親をやらなきゃいけないというプレッシャーがないところでの話を一切聞けなかったんです。それが心残りで。『お母さんってどんな人だったんだろう』と思ってふと横を見ると父親がもうすぐ80歳になってきて。『このままだと私、もの凄い後悔する』と思ったときに、『お金が無くなった』と父親が言ってきたので『お金払ってあげるからプライベートくれよ』と…。」とこの本を書こうと思った動機を語ったスーさん。更に
「今まで自分の半径5m範囲のことを書いてて、親もそうだと思ってたんですよ。半径5m範囲のことじゃないですか、家族って。だけど話聞いてみたら知らないことばっかりで『たかくくってたな』って。」
「やっぱり取材したら全然知らないことがあったんですね。」(吾郎)
「だから多面的に親を見られるようになりました。ずーっと“親”ということでジャッジしてたんですよ。親として何点、みたいな。でも親以外の面もあって当然だな、と。」(スーさん)
「いち人間としてのね。男として、女としての。」(吾郎)
「憎しみみたいな感情しか持ってなかった時期もあったんですけど…。それが今ではだいぶ許せるようになったし。」(スーさん)
スーさんのお父様がどんな方なのかが分かる一節を吾郎が朗読。

父はコーヒーを飲まず、ロイヤルミルクティーを好む。
ロイヤルホストのドリンクバーには当然、ロイヤルミルクティーなどない。温かいミルクもない。
植物性のコーヒーフレッシュは嫌がるので、私はいつもコーヒーカップを両手に一つずつ持ち、ラテ・マキアート(エスプレッソと少なめの泡立てたミルク)のボタンを押す。最初の数秒だけ温かいミルクが出てくるので、左手のカップにそれを注ぐ。温かいミルクだけが入った左手のカップにはアールグレイのティーバッグを入れ、少しだけお湯を足す。これで簡易ロイヤルミルクティーの出来上がりだ。
なぜ、こんなことをしているかと言えば、それは私が女だからかもしれない。血の繋がった娘の私でさえ、この男を無条件に甘やかしたくなるときがある。
他人の女なら尚更だ。
女に
「この男に何かしてあげたい」
と思わせる能力が異常に発達している
のが私の父だ。

「ええ?どういうこと?!」と少々混乱している吾郎の為にスーさんがラテ・マキアートのくだりを補足説明。「荒野のガンマンのように」コーヒーカップを二つ持ち、一つをエスプレッソマシンに置いてラテ・マキアートのボタンを押す。最初に温かいミルクが出てくるので、出終わった瞬間にもう一つのカップと入れ替える。温かいミルクだけのカップにアールグレイのティーバッグを入れ、それだけでは出ないのでお湯を足してツンツンすると「ほぼほぼロイヤルミルクティー」になるのだそうです。
「牛乳のホットさえロイヤルホストが作ってくれれば私はこんな事はしない。」とスーさん。そしてもう一つのカップには
「めちゃめちゃ苦いエスプレッソが残っているわけですよ。これは飲めないので、ラテ・マキアートをもう一回押すと表面張力ギリギリ位のが出来上がるのでそちらを私は頂く、苦いなあと思いながら。」
「それでも苦いですか?」(吾郎)
「苦いです。人生ですよ。人生並みに苦いですよ。」スーさんの言葉に外山さんは笑い転げました。
「ほんとに私の父親はなんかしてあげたい感じになっちゃうんですよ。なぜだか分からないけど。」(スーさん)
「すごい!男が一番持ってると人生得するもの。魅力ですよね。」(吾郎)
「ほんとにそう思います。」(スーさん)

ここでお父様のプロフィールを紹介。ジェーンさんが3歳の時の父娘写真を見ると、お父様は鼻筋が通ったイケメン。そしてスーさんはお父様に似ています。
「ちょっと本木さん、モックンみたい。」(吾郎)
性格は「短気」なのだとか。
「70過ぎてから岩が波に削られるように穏やかになってきましたけど、昔は本当にひどくて。30台半ばからは『親 縁を切る』で何度もグーグル検索するくらい険悪になってました。結局母親っていうのが全ての緩衝材だったんですね。で母が亡くなって父とどう話そうかと思ったら、通訳のいない国際会議みたいなんですよ。文化も違う言語も違う。大事なことを決めなきゃいけないのに何にも分からない。」(スーさん)
「そして随分時間を掛けてインタビューされたという…」(吾郎)
「1年半くらいです。」(スーさん)

スーさんが1年半掛けてお父様にインタビューして分かったこと。
その1。派手な女性関係
まず外山さんの朗読から。

「老い先短いいまになったから思うけど、パンアメリカンのスチュワーデスだった彼女と、『ミス住友』って言われてた年上の彼女はどうしてるかなぁ。死ぬまでにもう一度会いたいんだよねぇ。探してくれない?」
ご勘弁!どれほど投資したのかは知らないけれど、回収するのは頭のなかの思い出だけにしてくれたまえ。
女たちの姿を想像してもまるでイメージが湧かないが、彼女たちが父に会ったら相好を崩し喜んで世話をする姿だけは、なぜかハッキリと頭に浮かんでくる。

「他にもいっぱいいるんですよ、文字数の関係でいくつか省きましたけどね。」とスーさん。先程の話からさぞや女性にモテただろう事は想像できましたが…。
「だいたい終わり際で揉めてるんですよ。で、なぜ揉めるのかよく聞いてみると次が始まっちゃってるからなんですよ。ダメすぎる!」
「すごいね、お父さん!」(吾郎)
「母親が呼び出されたりしたらしいですよ。」(スーさん)「えー!」(外山さん)
「『結婚してるって聞いてなかったんですけどどういう事ですか?』って。」(スーさん)
「お父さんちゃんと言ってなかったんだ…。」(外山さん)
「で呼び出されたので『ウチのがすみません』って出ていく、って言ってました。正妻は強いよね。」(スーさん)
「一人二人ではないですよね。実は沢山いるんでしょうね。」(外山さん)
「そんなゴキブリみたいに…。」とスーさんは笑いましたが
「別れてないってことは(お母さんを)一番好きだったんでしょうね。母も好きだったんだろうと思います。」

その2。お仕事について。
自営業だったお父様は女性だけでなくお金に関しても心配事の多い方だったそうです。
ここで吾郎と外山さんの朗読。

「いいニュースと悪いニュースがあるぞ」
本当にそんな台詞を吐く人がいたなんて、と面喰らう。
「なによ」
「どっちから先に聞きたい?」
「いいから早く」
「まずはいいニュース。借金の整理が付いた。六十万で手が打てる事になった。」
「は?確か四億あったでしょう?」
「それが六十万になったんだよ。すごいだろ」
「確かにすごいわ」
「だが俺はその六十万円が払えない」
「なるほど、悪いニュースだ」
電話がきたということは、幾ばくかの支援を期待されているということ。とは言え、実際に娘からちょっとした額のお金を受け取るのは気が引けるかも知れない。
父に封筒を渡した。
「これなに」
「全額は無理だから、三十万」
こんなにもらえない、そんな無理はしなくていい、恵んでもらおうとしたわけじゃない、などなどなど。
つらい言葉が父の口を突いて出ないよう、大雑把に伝えた。
が、しかし。
敵は何枚も上手だった。父は明るい声で
「ありがとう!」
と言うやいなや、ヒョイと自動改札を抜け向こう側へ行ってしまった。
この人には一生勝てない。勝てるわけがない。
後に、父は言った。
「現実は見栄を超える」
この先、覚えておいて損はない言葉だろう。
命ある限り、図太く生きるしかないのだ。

仕事と株の失敗で作った4億の借金、そして母以外の女性の影。スーさんはこれまでお父様のことを「とんでもない人」だと思っていましたが、今回取材して仕事人としての意外な一面を知ったそうです。
「父の仕事のことで今回初めてきちんと話を聞いて、『この人と一緒に仕事してみたかったかも』と思ったんですよ。」
「へぇー!」(吾郎)
「いままでは“滅茶苦茶な親”という印象と、借金を作ったひどい経営者っていう印象だったけど、昔の仕事っぷりを聞いたら『あ、この人の働き方意外と好きかも』もしくは『私影響されてるかも』って。父の働き方ですごく参考になったのは、『気に入られる』っていうのはおべっかを使うとか何でもハイハイと言うことを聞くこととかではなくて『与えられたものを期待以上のスピードと正確さと成果で出す』こと。一所懸命やると向こうの信用を少しずつ勝ち取れるよ、って事は教えてくれて。いわゆる爪痕を残そうっていうんじゃないんですよ。それってある時人の場を崩すじゃないですか、爪痕を残そうとする人が入ってくると。」(スーさん)
「ああ、その時だけのね。」(吾郎)
「そうそう。そうじゃなくて、今日の現場がいつも以上に上手く回るための一つの歯車として機能するということを、父はたぶん徹底してやったんですね。」(スーさん)
「すごい上品だよね、そこは。」吾郎は感心していました。

ここで話題は外山さんのお母様のことに。
「母はアナウンサーだったんですよ、ラジオの。」(外山さん)
「そうだったんだ!…やっぱ知らないこと多かったなあ…」(吾郎)
「だって言わないもん!(笑)」(外山さん)「何年も一緒にやってるのに…」(吾郎、ちょっと淋しそう?)
「…じゃあ、親と同じ仕事に就いたの?!」(スーさん)
「すごい!そんな話があるんだ!」(吾郎)
「意識して?」(スーさん)
「意識はしたくなかったですね、出来ればね。」(外山さん)
「いい話じゃない。目頭熱くなってきちゃった。」(スーさん)
「いやあ、全然良くないの、これが。永さんのラジオを聞いて、電話で『あんなに失礼なことを言うなんて』とか『あなた言った事あるわよ、なんであんな事も知らないの』とか色々うるさくて。」外山さんは興奮して声がいつもより高くなりました。プロの目でチェックされてしまうんですね。
「もうそれがいやだったけど。今はもう『聞かないで』って言ってます。」(外山さん)

そして話題は吾郎と親の関係性へ。
「友達みたいな関係かな?親戚ぐらいな感じ?」と吾郎は自問自答。
「稲垣さんは大人になるのが誰よりも早かったから」(スーさん)
「中2って子どもですよね。」(吾郎)「子どもですよ!スーパー子ども。」(スーさん)
合宿所に入っていた時期もあったけど実家から通っていたのでホームシックにはならなかった、と吾郎。でも
「僕だけちょっと違うところにいる感じ、芸能界に入っちゃったから。だから(この本を読んで)色々感慨深かったし…。そろそろですよね、向き合っておかないと。」更に自分の父親について、
「父はクールすぎて…。シャイなところもあるし…。僕もそういう所があるんだけど…。分かるんですよね、父のことが。自分のことは喋らないし家では無口だし。わがままでちょっとイラッとする事が多いし。マイペースですね、ウチの父。だから似てきているのかも知れない。だけど僕はタレントになっちゃってものの見え方も変わってきちゃってるから。タレントになってからの人格ってあるじゃないですか。芸能界に入ってなかったら人格も違ってたと思うし、もっと父に似てたかも知れないし…。もっとクールになってたかも…。だから歩み寄りにくいんですよね、未だに。」ととつとつと語りました。
「クール・マイペース・無口って完全に稲垣さんの形容詞だと思いますけどね。」とスーさん(←そうそうその通り!)。でも吾郎に言わせると「父の方がもっとクール。」若い頃の吾郎のイメージに近いとか(←それ、すごくかっこよくないですか?)。
それからこんな話も。
「そんなクールな父でも…僕、20代の時に半年くらい仕事を休んで実家に帰った時期があるんですけど、親と一緒に半年いて、もう仕事復帰してもいいということになってまたバラバラに生活するとなったときに、父がふと『吾郎も明日からいなくなるのか、淋しくなるな』ってボソッと言ったんですよ。」
それを聞いた途端スーさんは涙ぐみました。
「そんなの聞いたことなかったのに。」(吾郎)
スーさんは何か言おうとしましたが涙声になってそのまま俯きました。
「そんな風に思っていたとも思えなくて。その一緒にいた半年間だって喋ってなかったし。向こうから歩み寄ることなんか昔も今もないのに。ただあの、ボソッと言った一言だけは忘れられないですね。」(吾郎)
「…ってことは楽しかったってことですよね、一緒にいて。」スーさんが涙で潤んだ目で言いました。「…やだあ、ちょっとジーンときちゃった。」
「だからこっちから歩み寄る…っていう言い方でいいのか分からないけど、お父さん、って行かなきゃいけないんでしょうね。」(吾郎)
「向こうからは来れなかったんでしょうね、今までも。」(スーさん)
「これからもそうって事ですよね。」(吾郎)「そうです。」(スーさん)
「ちょっと恥ずかしいですけど。」(吾郎)
今この時期にあの時の話を吾郎から聞けて良かったと思います。本当に色々なことを乗り越えたからこそ今があるのだと改めて思いました。

そして1年半の取材を終えて、スーさんが行き着いた「親子」のあり方について吾郎が朗読。

母が鬼籍に入って二十年。しっちゃかめっちゃかだった父と娘は、ときに激しくぶつかり合いながら、友達のような、年の離れた兄弟のような疑似関係を築くことでなんとかやってきた。
生きていようが死んでいようが、ときに緩衝材であり、通訳であり、思慮の浅い父娘を繋ぐ綱が母だ。
父を見る視線の中間地点には、常に母が立っていた。
視界がぐるりと回転する。
記憶のなかに母を見やると、母と私の間に父が立っていた。
いままでで一番、父が父親らしく見えた。
禍福はあざなえる縄の如しというが、親子は愛と憎をあざなった縄のようだ。愛も憎も、量が多いほどに縄は太くなり、やがて綱の強度を持つようになるのだろう。
お母さん、我が家もようやく、父と母と娘の三人家族になりました。

「いやあ、染み渡りますね。」(吾郎)
「二十年かかりましたからね。」スーさんは潤んだ目で笑いました。
「お父さん、本読んだんですか?」(外山さん)
「1日2行ずつ読んでいるそうです。」スーさんはそう言ってスタジオを笑わせました。
「私びっくりしたんですけど、十中八九父に都合の悪いことを書いてるじゃないですか。で、私言ったんですよ、『十中八九あなたに都合の悪いことが書いてあるから、今回はこういう事で人が褒めてくださるから有頂天になってるけど、人に渡すときは自分が読んでからの方が良いぞ』って言ったのに、読んでないうちにバンバン色んなとこに渡して自分の恥部をどんどん晒してる。何をやってるんだ!と思って。」(スーさん)

AD山田くんの消しゴムハンコはお父さんとお母さんと幼いスーちゃんのほのぼの3ショット。
「今回は見ている方も両親について色々考えたんじゃないでしょうか。」という吾郎の締めの言葉には説得力がありました。


最後になりましたが、大阪北部地震で被害に遭われた皆さんにお見舞い申し上げます。地震の瞬間、皆さんは通勤通学で離れ離れになったご家族の事をまっ先に思われたのではないでしょうか。私は東日本大震災の翌日、家族全員が帰ってきた時本当にほっとしたのを思い出しました。家族への思いを力にしてがんばりましょう。


拍手ありがとうございます

スポンサーサイト



プロフィール

はちミツ

Author:はちミツ
【注意:当ブログの内容の無断転載は禁止します。】

稲垣吾郎さん大好き、SMAP大好き!の主婦。
吾郎ファン歴は26年目になります。
彼らがいつかまた集まりたいと思った時そうできるように、彼らがそれぞれ今いる場所で益々輝いていってほしいと願っています。
だから「SMAP大好き」という気持ちも「新しい地図の3人の活動を応援する」気持ちも私の中では同じ一つの思いなのです。
神奈川県在住。

近況
①毎週水曜日は「an・an」の「稲垣吾郎のシネマ・ナビ」をチェック!。
②「稲垣吾郎オフィシャルブログ」、twitterアカウント @ingkgrofficial も必見!
③「ゴロウ・デラックス」再開熱望!

メールは↓へ。
walkwithgoro☆hotmail.co.jp
(☆を@に変えて下さい)

カレンダー
05 | 2018/06 | 07
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
FC2カウンター
現在の閲覧者数:
ブログパーツ
クリックで救える命がある。
リンク集
リンクなさる方はお声をかけて下さい♪
情報リンク
こちらもどうぞ♪
/div>
QRコード
QRコード
RSSリンクの表示
検索フォーム
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる