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GQを読みながら

表紙の迫力、グラビアの美しさ、充実したインタビュー。おまけに公式HPがアップしてくださる魅力的な動画。
もう何度雑誌を抱きしめたことか!
「GQ JAPAN」は本当に素敵な雑誌です。
特に鈴木政文編集長のインタビューはさりげなく核心に触れる質問もあって、3人の内面を知ることが出来ます。吾郎の「ずっと続くと思っていた」「もちろん皆さんも驚いたと思うけれど僕たちもすごく驚いていた」という発言は重いですね。ここ3年ほどの間の出来事(表に出たことだけでも)を振り返ってみると、本当に大変だったのだと思います。それでも「最後は自分で決めた」と言い切るところが男前です。

今の彼らは大海に小舟で漕ぎ出したようなもの。これからの航海で何が起きるか分かりません。ファンが櫓になったり帆になったりしながら彼らの旅を応援していきたい。
GQを読みながらそんなことを考えています。


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DIYのすすめ (「ゴロウ・デラックス」 11/24)

今日はロケです。外はちょっと薄曇りですが吾郎も外山さんも嬉しそう。
「今日はDIYで夢のマイホームを建ててしまった芸能人の方がゲストです。」(外山さん)
「自分でこだわりの家を建てるなんて僕らじゃ考えられない、出来ない。」(吾郎)
「はい。今回の課題図書はこちらです。」(外山さん)

課題図書 : 「家は自分の手でつくる。自然素材を使って」 主婦の友社

吾郎が門のインターフォンを押すと玄関のメタルの引き戸を開けて男性が元気よく出てきました。
「一応吉本で芸人をさせて頂いております、バッファロー吾郎の竹若と申します。よろしくお願いします。」とご挨拶。
「バッファロー吾郎さんっていうとやたら親近感が湧くんですよ。ずっと気になっていたんです。」と稲垣の吾郎さんは言いました。
お笑いコンビ、バッファロー吾郎のお二人は2008年にキングオブコントの初代王者になり、そのマニアックなネタはファンのみならずお笑い芸人の間でも絶賛されている実力派。
竹若元博さんは、ご自宅の内装のほとんどをご自分で手掛けて約500万円もの建築費を節約し、こだわりのマイホームを実現しました。今回はそのDIYの秘訣やこだわりをたっぷり伺います。

さてここからは吾郎と外山さんのお宅探訪です♪
玄関を入ると「面白い!」(吾郎)「ほんとだ!」(外山さん)「かわいいね」(吾郎)と声を上げる二人。階段以外はほぼ竹若さんが手作りしたという土間の玄関です。京都出身の竹若さんは小さい頃から土間のある玄関に憧れていたそうです(子供の頃の住環境の影響は大きいですよね)。
「京都の通り土間みたいなのではないんですけど…」(竹若さん)
「なかなか見ないよ…」と吾郎は吹き抜けの天井を見上げ「入った瞬間に開放感が。気持ちいいよ。」
「素敵。ご近所の方がここに来て座ってお喋りしたり…」(外山さん)
「そうです、靴脱ぐまでもなく、この辺(上がりがまち)に座って会話したりとか。」(竹若さん)
「この壁とかも塗られてる?」(吾郎)
「そうなんですよ。壁紙を貼って接着剤の匂いがプンプンする家にしたくないなと思って。まあ、コスト削減ということもあって、自分でやればやるほど安くなるので。」(竹若さん)
「壁塗るの大変じゃないですか?」(吾郎)
「1回だけ文化教室に通いましてすごく褒められて、一丁やってやろうかということでやりました。」(竹若さん)
「でも教室でだとそんなたくさん塗らないじゃないですか。これ(実際の壁)上もですよね?」(外山さん)「全部ですよね?」(吾郎)
「そうですね、天井も、はい。」と言いながら竹若さんは写真を出して説明しました。「これは塗っているところですね、上のロフトの部分ですけれども。こんな感じで。」「大変!」と外山さんは感心しました。
そもそもなぜ竹若さんはDIYでマイホームを作る決意をしたのでしょうか。その部分を吾郎が朗読。

子供が大きくなってきたら手狭になって。
友達も呼べないし、昼間から電気をつけるくらい暗いしで、家を建てようかという話になったんです。
ただ、都心は土地が高いから、住まいへの理想がどんどん削られて、結局不満しか残らないんじゃないかと。
どうせお金かけてるならガマンはしたくないと、郊外に住む決心をしたんです。


「でも仕事を続けながらこういう作業って大変だったんじゃないですか?」(吾郎)
「ええ、仕事は都内でやってますんで、仕事終わったらこっちに来てやれる事やって、次の日の仕事まで近くのスーパー銭湯や漫画喫茶に泊まってまた朝一で戻って作業して、昼から仕事行った。そんな感じです。」(竹若さん)
「へえ、それは大変ですね。」(吾郎)
「どれ位で作ったんですか?」(外山さん)
「家が完成するまでが大体10ヶ月なんですね。大工さんに基礎とか電気屋さんに配線とかしてもらって、さあ一緒に作業して下さい、と言われるのが5~6ヶ月前。実質5~6ヶ月間、毎日通ってやってる感じでした。」(竹若さん)
「お一人でやられたんですか?」(外山さん)
「最初は奥さんも手伝うと言ってくれたんですが、子供が小さかったので、お願いするよと言われて。ほぼほぼ一人でやりました。」(竹若さん)
吾郎は驚きながらも「でも夢がありますよね、自分の城という。自分の好きなように出来る。」と言いました。竹若さんの笑顔は自信と満足に満ちています。
「マンションでもドアがこうだったら良いなとか思うことありますもん。なぜここのコンセントがこうなんだろう、とか。」(吾郎)
竹若さんは笑いながら「ありますあります」と同意しました。
次にキッチンを拝見。ここは愛妻家の竹若さんが奥さんの希望をすべて実現させたというこだわりの空間です。今回は顔出し無しの条件で奥さんにもお話を伺いました。
竹若さんが一番こだわったのはキッチン(流し台)の高さ。吾郎が立ってみると随分低いです。でも外山さんは
「友達の家に行ってお皿を洗おうとすると(キッチンが高くて)背伸びして洗う感じなんですよ。この高さいいですね!」と大興奮。確かに引きの画で見ると竹若さんの奥さんと外山さんは身長が同じ位です。
「これ鉄にしてるの?珍しいですね。普通ステンレスですもんね。」吾郎が水回りの調理台に触りながら訊きました。
「そうですね、これも奥さんのアイディアで。普通は錆に強いステンレスですけど。」(竹若さん)
「まあ、錆もちょっとあるんですけど、それも味ということで。」と奥さんが言いました(奥さんも家にかなりのこだわりをお持ちの様です)。
そして調理台の上にはちょこんと小さな金ダルマが。ゴロデラのシンボルはいつも一緒です。
コンセントも、テーブルの上で鍋が出来るようにつけられています。
一方奥さんが一番こだわったのはガスコンロ周りのレンガの壁。レンガが油を吸収するので飛び散った油がそのままレンガの柄になるのです。油汚れを気にしなくてすむから良いですね。

続いては奥さんの家事の負担を少なくする工夫を凝らしたというサニタリースペースへ。入り口の木のドアは街の道具屋さんで見つけて買っておいた物で、磨りガラスが入っていて昔懐かしい味があります。「これいい!」と外山さんは感心しましたが竹若さんは「でも基本、ドアを出来るだけ減らしてコストを削減しようと。ドアはすごくお金がかかる。ドアと、ドアの上の壁と、両方のお金がかかるんです。」と説明。「で、このドアが実は重要な意味合いもありまして…。奥に進んでみて下さい。」
吾郎が先頭になって奥へ進むと曲がったところにお手洗いが。しかし
「ドアがない!ドア欲しい!」(吾郎)
「でもやっぱドアはお金がかかるので。そこでさっきのドアが合図というか。あそこが閉まっていると”声かけましょうよ”という。」(竹若さん)
「お客様は?」(吾郎)
「最初はビックリされますけど、2階に個室のトイレがあるので。」(奥さん)
ここで竹若さんが一番こだわったのは「動線」だそうです。
「奥さんが洗濯をする、物干しに行く…というのが大変なので、一カ所でパッパッパとできるように考えてあります。」と竹若さん。
「さっきから『奥さんが奥さんが』ってずっとねぇ…。良いご主人とめぐり逢いましたね。」と外山さんが奥さんに声をかけました。
「家で作業するのは奥様だからね。」と吾郎も納得です。
サニタリースペースから外に出るとウッドデッキが広がっています。奥さんが洗濯を済ませてそのまま干しに出られるようにと、竹若さんが1ヶ月かけて完成させたのだそうです。
「気持ちいいですね」(吾郎)「広い!」(外山さん)
「ウッドデッキ大変ですよね?」(吾郎)
「そうですね。ビスを打つのも、普通だったらそのままズドンと打てるんですけど、すごく堅い木なので、まずリード穴を開けて、次にビスが三角なので、それに合わせた、先が三角のドリルでネジ山の部分だけを掘るんです。でようやくビスを…。」(竹若さん)
「そんなに大変なんですか?!」(吾郎)
気の遠くなるような根気のいる作業ですね。すると吾郎がこんな話を始めました。
「実はうちのベランダがこれと同じウッドデッキで、この間マンションの修繕工事で一回全部取っ払って塗り直してくれたんですよ。すごい時間がかかって”なんでこんなに時間がかかるんだろう?”と思ったんですけど、ビス1本でこんなに大変なんですね。」しかも
「次に入れてもらったらドア(サッシ戸)が開けにくくなっちゃった。」
サッシ戸下の枠ギリギリにウッドデッキが入ったため網戸が開きにくくなり
「ウッドデッキが一カ所反っていたので網戸が引っかかっちゃって。すぐクレーム出しましたけど(笑)。それぐらい難しいんだなって、プロの方がやってもね。」
竹若さんによると、長い木を発注して自分で裁断すればコストを抑えられるそうですが
「そうするとどうしても反りがあるので、万力でギューッと修正しながら張っていくんです。」微妙な調整が必要なんですね。

更に2階には竹若さんの斬新なアイディアが生かされています。
廊下の両側がずっと本棚になっていて、机の様なスペースもあります。廊下が竹若さんの書斎になっているのです。
「色々奥さんの希望を叶えていくと、僕の部屋とか奥さんの部屋とかが必要なくなって。大工さんと相談して廊下の壁を少しだけ窪ませてもらって、後は自分で棚をつけて。廊下をちょっとだけ部屋っぽくしました。」
棚には漫画や色々な本がぎっしり並んでいます。漫画だと高さが揃うから棚も作りやすそうですね。更に奥へ進むと竹若さんのフィギュアのコレクション棚があります。少しだけ窪ませた壁に棚をつけて、たくさんのフィギュアを綺麗に並べるとなかなか迫力があります。
「整列フェチにはたまらない!」吾郎から名言が飛び出しました。

それから子供部屋も拝見。天井が高くて明るい気持ちの良い部屋です。
「ドアが2つありますね」と吾郎。部屋は1つなのにドアが2つ並んでいます。
現在小学生のお姉ちゃんと幼稚園児の弟くんが将来お年頃になった時に2つのスペースに区切れるようにしてあるのです。更に
「もっと大きくなったらロフトの物も片付けて子供達が使えるようにするつもりです。」と竹若さん。お子さんの成長を考えて作った「変化する子供部屋」なのです。
「すごいね。お父さん廊下で頑張ってるのに。こんなに広い子供部屋で。」(吾郎)
お姉ちゃんのスペースには可愛いステンドグラスの小窓がついています。これには
「順番が大切なんです。こだわりの品を先に見つけておくと後からそこにはめ込むことが出来るんです。」(竹若さん)
「好きな物を見つけて自分の部屋にあったら嬉しいですもんね。」(外山さん)
「(自分たちは)何にもやってないよね。何もやってない人いっぱいいるよね。」(吾郎)
「ほとんどそうでしょう。ちょっとどうですか?やってみたくないですか、DIY。」(外山さん)
「やってみたいですよ。でも僕は全く不器用で経験も無いので・・・。」(吾郎)
「何か無いですか、吾郎さんに。」(外山さん)
「そうですね、2階に扉付きのトイレがあるんですけど、その1つ手前にウォークインクローゼットがあって(お客様が)どっちか迷われることがあるんですよ。でトイレの看板というか目印を作ってよ、と奥さんに言われてるので、それだったら吾郎さんでも・・・。」
と竹若さんに言われ、吾郎はDIYに初挑戦することになりました。
「では奥さんの為に頑張ります!」と張り切る吾郎。さてどうなりますか。

ウッドデッキに出てトイレサインの製作開始。吾郎のエプロン姿が可愛いです。
「まず何をしたら良いでしょうか?」(外山さん)
「やっぱりデザインを決めた方が早いと思いますよ。」(竹若さん)
ということで、吾郎は木の板に鉛筆でトイレサインの絵を描き始めました。男性が丸と四角、女性が丸と三角のおなじみのデザインです。
「次にこれで丸い穴を開けます。」と竹若さんが出してきたのはいかにも強力そうなドリルです。吾郎はおっかなびっくりでドリルを自分の描いた丸に当て、スイッチを入れると、
ウィーン!
という音と共にドリルは板にめり込んでいきます。
「うわー!こんなに穴が開くんですか?」と吾郎はビックリ。
「開きます。このまま行きましょう。」と竹若さん。あっという間に頭の部分が丸くくり抜かれました。
もう一つの絵の頭の部分も丸くくり抜いたら次は胴体部分を切ります。これも見たことのない道具でスイッチを入れると大きな音がするので吾郎はちょっと怖そうです。細かく振動する刃を垂直に板に当てて慎重に切っていくのですが、吾郎は
「ちょっと休憩していい?」と早くも息が上がっています。竹若さんは「上手じゃないですか。」と褒めてくれましたが、吾郎は
「切るってすごい難しい。よく作りましたね、この家。」と大変さを実感していました。それでも悪戦苦闘しながら何とか頑張って胴体部分もくり抜き、いらない部分を電動丸鋸でカットしてヤスリをかけ、最後にニスを塗るとめでたく完成しました(よく頑張った!)。
出来上がったトイレサインを2階のトイレのドアに取り付けると
「いい!」(外山さん)
「めっちゃいいと思いますよ。奥さんも大喜びだと思います。」(竹若さん)
と褒められて吾郎は
「嬉しいですね。僕の何かを残せて。」といい笑顔になりました。
奥さんも「わあ、すごいです。味がある感じで。」と喜んでいました。

吾郎の初DIYを竹若さんに満足していただけたところで、AD山田くんの消しゴムはんこを披露。テーマは竹若さんと娘さんとの笑顔の2ショット。
「これ毎週作ってるんだもんね。尊敬するよ。」(吾郎)
山田くんが消しゴムはんこをはじめて4年目にして、吾郎も手作りの大変さが分かったそうです。


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怒濤の情報ラッシュ

またまた新たな情報です。次から次へと出てくるので、もしかしたら抜けがあるかも…。レギュラーのお仕事以外ほとんど何もなかった9月までと比べると、あまりの違いに驚きます。

【雑誌】
12/4 (月) 「日経エンタテインメント! 2018年1月号」 独占インタビュー 稲垣吾郎 (→参考

【CM】
サントリーオールフリー (稲垣吾郎、香取慎吾) (2018年2月中旬よりオンエア)
「新しい地図」トピックスはこちら

12/1発売の「婦人画報」に続き「日経エンタテインメント」にも吾郎が登場します。私の記憶では吾郎は「日経エンタテインメント」には今まであまり登場していないと思うので、とても楽しみです。
それから待望のCMも!来年2月のCMが今発表されるというのは随分早いですね。でも楽しみが長く続くと思えばありがたいことです。「新しい地図」のトピックスには2人のメッセージ動画(YouTubeのサントリー公式チャンネル)リンクが張られているので、お時間のある方は是非そちらも見てください(再生回数が記録されますので)。

これから色々な形で3人を応援できると思うと気持ちに張りが出てきます


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初めての恋愛小説 (「ゴロウ・デラックス」 11/17)

オープニング。心なしか吾郎は緊張しているようです。
「今日は、この雰囲気で分かると思いますが、凄い方がいらしているんですよ。」(外山さん)
「結構極端ですね、このスタジオ。」(吾郎){ホントですね」(外山さん)
「でも今日無事に帰れますかね、僕。」(吾郎)
「心配ご無用といいますか、今話題の10万部を超えている純愛小説を引っさげて小説家としてお越し頂きました。」(外山さん)

課題図書 : 「アナログ」 ビートたけし

「恋愛小説とたけしさんって…」(外山さん)
「ビックリしましたよね。映画だとバイオレンス物とかヤクザ映画とかのイメージが多いから。でも僕好きです。」(吾郎)
「私も!…ではお呼びしましょう、本日のゲスト、小説家のビートたけしさんです。」
と外山さんに呼ばれて金色のカーテンを開け入ってくるたけしさん…ですが普通に入ってくるはずもなく(笑)カーテンで少しもたついてから現われました。そして第一声は
「どうも、小説家です。」さすがボケの間は完璧です。

ビートたけしさんは、タモリさんさんまさんと共に「お笑い界のBIG3」として芸能界に君臨するだけでなく、ヴェネチア国際映画祭で2度賞を獲得している世界的な映画監督北野武でもあります。そんなたけしさんが今年新しく挑戦したのが小説です。自身初の純愛小説「アナログ」を執筆。出版されるとたちまち売り上げ10万部を記録し現在も売れ続けています。
テレビ・映画の世界で頂点を極めた男がなぜ小説に挑戦したのか?
なぜ純愛小説だったのか?
今回は気になるお話を色々伺います。

「普段小説家の方ではないですよね?」吾郎がまず確認しました。
「小説は俺、いっぱい書いてるんだよ、50冊くらいいってるんですよ。」たけしさんは意外なことを言いました。でも恋愛小説は初めてだそうです。
「で、書いたのも初めて。今度は俺が書く、って言ったんだ。あんまり売れ行きが悪いんで自分で書く、って。」
たけしさんが不思議なことを言うので吾郎は狐につままれたような顔になりました。
「え?今までは…書かれているんですよね?」(吾郎)
「今までは手では書いてない、喋ってた。でテープ起こしの原稿を見直して直してたんだけど、あれは駄目だ。細かいニュアンスがちょっと(伝わらない)。でいいよ、って走り読みしてたらこのざまになっちゃって、又吉(直樹さん)に追い抜かれて頭来ちゃった。」たけしさんが面白おかしく喋るので吾郎も笑いました。
「だから『今度は俺が書く』って言ったら新潮社が驚いて『それ言うのやめて下さい』って。『今まで書いてないみたいだから』って。」(たけしさん)
「小説を手で書こうと思ったのは又吉さんがきっかけですか?」(外山さん)
「あれが芥川賞でしょ?で『火花』でしょ?俺『HANA-BI』っていう映画でグランプリを取った事があるんだ。で(『火花』は)漫才の話でしょ。この野郎、ってムカついて読んだら『ほー、芥川賞ってこう書かないといけないのか、すげえなこれ、大変だなあ』と思って。なんか三島由紀夫的というかね、単なる表現を文学的に表現しないといけないんだと思って、『じゃあ自分で書こう』と。…でも(『火花』は)漫才の話なんで、状況説明が上手いと思った。賞取るだけのことはある。」(たけしさん)
「ストーリーも面白かったですか?」(吾郎)
「うん…まあ、漫才のシーンは俺の方が面白いけどね(笑)。だけど全体的に表現の仕方が文学なんだろうね。」
たけしさんは後輩の又吉さんを素直に褒めました。
「小説と言っても恋愛小説じゃないですか。これを書こうと思ったきっかけは何だったんですか?」(外山さん)
「映画はバイオレンスがすごい多いんです。でも今の時代、色々な問題でバイオレンスな映画は海外で人気がない、日本ではどうにかなってるけど。するとよく聞かれるのが『たけしの映画は男と女の話がない。お前そういう映画を撮らないのか?』って。そうだなあ、と思って、脚本があったの「アナログ」的な脚本が。『じゃああれを小説に直そう』ということになったんだけど、映画の脚本を小説に直すのは逆な行為なんで凄い難しかった。」たけしさんは更に
「小説を脚本に直すのは楽なのね、ディテールは映像で撮れるから。(小説は)映像の分を、ト書きを広げるというか…」
「そうか、色々な描写を書いていかなきゃいけないから…。」(吾郎)
「『高速道路を降りて、田舎の道をトコトコ汚い車で走っていく』ってくだりは映画だと10秒撮ればいいわけだ。」(たけしさん)「そうですね。」(吾郎)
「小説になると『東松山の高速の降り口を危うく通り過ぎそうになったから急ブレーキを踏んで』とか、長いのよ。映像だと10秒くらいのが1ページくらいになる。これは大変だなあ、と思って。」(たけしさん)
「これを書く時にはもっと莫大な量があったって事ですね。」(吾郎)
「ノート4~5冊はあったんじゃないかな。」(たけしさん)

ここで「アナログ」を朗読。
主人公はインテリアデザイナーの水島悟。喫茶店でヒロインのみゆきと出会う、最初のシーン。ここで2人はタイトル通りの「アナログ」な約束を交わす。

「すみません」
すぐ横で女の声がした。
驚いて顔を上げると1人の女性が立っている。
「その雑誌、私の物なんです…」
「すいません、店に置いてある物だと思ったので…」
悟はあたふたして雑誌を手渡した。
テーブルの上のグラスは店員が忘れたのではなく、彼女が単に席を外していただけと分かったが、それよりも彼女がすごく品が良く素敵な人なので慌ててしまったのだ。
向かいに座った彼女にドキドキしながらも悟は話しかけます。
「その雑誌に僕の会社が手掛けた店舗が載っていたのでつい手にしてしまって…すいません」
「もしかして、この店のインテリアをなさった会社ですか」
彼女が驚いて聞く。
「実は僕たちが手掛けた店なんです」
「私、この店が好きでよく来るんです。外からの雰囲気もいいし椅子とテーブルの配色も好みで大好きなんです」
と悟に笑顔で言う。
「岩本さんって方は才能があるんですね。この雑誌にも岩本さんの作品がよく載っていますね」
彼女は雑誌の内容をそのまま信じているようだった。
悟は内心(冗談じゃない!俺たちがやったのに全部自分の手柄にしてしまいやがって)と思ったが
「ええ、岩本はセンスがあるから…僕らもいい勉強になります」
と心にもないことを口にしてしまう。
「こういう仕事は頑固な奴が多くてなかなかまとまらないのですが、上司の岩本がみんなの意見を取り入れて、ようやくこんな雰囲気になりました」
と、岩本が全部やったのではなく、みんなの意見でこの店ができたことを遠回しに伝えた。


彼女が悟の話に興味を持ってくれたので、悟は調子に乗って岩本の失敗談をベラベラと喋ってしまいます。それでもそれを笑って聞いてくれる彼女。

悟はふと我に返り、聞いてみた。
「あなたも同じようなお仕事ですか」
「いえいえ、私は単なる売り子なんです…」
売り子という言葉に母を想って親しみを感じたのか、悟はもう彼女を好きになっているような気分だった。
「あの…お名前を聞いてもよろしいですか」
と勇気を出して聞いてみる。
彼女も名乗っていないことに気づいたように、
「すみません、みゆきと言います」と教えてくれた。
「みゆきさんですか。今度またお会いしたら声をかけてもよろしいですか?」
悟は、すぐにでも連絡先を聞きたかった。
聞けばすんなり教えてくれるかも知れない。
しかし、なぜだか連絡先を聞いたら、二度と会えなくなるような気がした。
「私、休みが木曜日なので、何もなければ夕方ですけど、よくここに来ていますよ」
みゆきは笑顔で答えてくれた。
また木曜日にピアノに来て、もう一度みゆきに会う。連絡先を聞くのはそれからだ。
悟の頭の中は、木曜日の夕方のことで占められていた。


読み終わって本を閉じると吾郎は軽く会釈をしました。一方外山さんは
「ご自分でお書きになったものを隣で長々と朗読されるとなんか、居心地が悪そうな…」と言って笑い出しました。
「あのー…自分の汚物を見せられているような…」とたけしさんが言ったので
「なんかモジモジモジモジしてましたよ。」と吾郎も笑いました。
「いやあ、本当恥ずかしいものですね。」(たけしさん)
「なぜプラトニックな恋愛をお書きになったんですか?」(吾郎)
「若い時はプラトニックどころじゃないからね。会った瞬間に裸になってくれる人が一番好きなわけだから。口が重くてケツが軽いのが一番好きで。そんなバカなことばかりやってきたら興味が無くなっちゃったのよ、うん…。で電話なんかをよくしていたんだけど、それも興味なくなった、めんどくさい。でネットとかLINEとかを多用すると自分の時間が無くなる、というか対応するだけで嫌になる。そうすると自分の行動も相手の行動も規制されて、本当に自分の意思がそこに反映しているのか?という…。そうするとデートなんか昔は家の電話しかない頃には、外に出る時に相手に電話連絡出来ない時にイラついたり『明日どうにか時間作らなきゃ、連絡つかないし』とかあったじゃん。あまりにも簡単に『明日行けなくなった』とか『今日ちょっとダメになった』とかいうよりもちょっと考えることが多くて面白いなと思って。」(たけしさん)
「いいね、プラトニックというかアナログな恋愛。」吾郎が目を輝かせて言いました。

もう一カ所朗読。主人公悟が最愛の母の死の後みゆきと共に湘南の海へ出掛けるシーンです。ここには恋愛観だけでなくビートたけしさんの女性観も表れています。

三十分でピアノの前に車をつけた。
みゆきが早足で、助手席に乗り込む。
心配したクラッチもあまり気にならず、目黒通りから環八を右に曲がりすぐ第三京浜に入った。
茅ヶ崎から鎌倉方面に向かい、途中の路肩で車を停めて海を見ていた。
知らない人が見たら二人のぎくしゃくした感じから恋人同士には見えなかっただろう。車の故障で困り果て佇んでいる男女に見えたかも知れない。
「すいません。こんな排気ガスとホコリの中で、黒くよどんだ海を見てもつまらないですよね。」
すると彼女は、海をじっと見ながら、
「海が青く光ってなくても、空気が澄んでなくても、道路が車でうるさくても、気にすることないですよ。そのお陰で光る海の美しさや素晴らしさが分かるんですから」
と独り言のようにつぶやいた。
どういう意味なのかはっきりとは分からなかったが、その口調と達観したようなみゆきのつぶやきが悟の心を揺さぶった。
みゆきは母の死を知っている。
高木がピアノに行って俺が行けない事情を伝えたのだろう。
痩せ細った母の姿、泣きはらした高木と山下の顔、介護士の木村さん、仏壇の父の遺影、いろいろな人達への思いが浮かんでは消え、悟は声を出して泣いてしまった。
海を見ていたみゆきがそっと涙に濡れた悟の目元を指先で拭った。
悟は夢中でみゆきを抱きしめ、みゆきの胸に顔を埋めいつまでも泣いた。
今みゆきは、母であり菩薩であり天使だった。


「いいですね。母であり菩薩でありヘルス嬢だった、って…。ふざけるなバカヤロウ!って。思わずお金を払ってしまった、って…。もう駄目だこれは。」
たけしさんのボケに吾郎も外山さんも大笑いです。
「でもいいですよね、母であり菩薩であり天使って。男なら誰でも憧れる女性ですよ。」(吾郎)
「たけしさんにとって女性というのはこういう存在ですか?」と吾郎に訊かれるとたけしさんは一瞬考えて
「俺はね、人からよく言われるんだけど、マザコンだったから。この間同窓会やったんだけど、大分死んでたんだけど、先生が『たけしのとこのお母さん、本当にお前を可愛がってた、遠足までついて来ちゃったからなあ』って言って。『遠足で助かったんだけど他の子の世話までして。お前が可愛かったんだろうなあ、運動会から遠足から何でも来た。』って。『で教室は父ちゃんに言って全部塗り替えたり、全部お前のうちの親がやってくれたんだ』って。…だから母親っていうのは、主人公にとっての母親と結構被ってるんだよね。」
「なんかそうなのかな?と思いながら読ませて頂きました、多分読者の方もそうじゃないかと思うんですけど。」吾郎が言うと外山さんも頷きました。

今回初めて小説を自分で執筆したたけしさん。そのネタを書き留めた創作ノートを持ってきて頂きました。テレビ初披露です。
「大体俺が書いてないとみんな思ってるから、証拠として持ってきた、頭来て。」とたけしさん流の毒舌で紹介して下さいました。
「一番上(紫色のノート)が出だしなんだけど、出だしの部分が書いてある…」たけしさんがページをパラパラとめくるとノートには大きな文字で文章が横書きされていました。
「証拠見せましょう、証拠。」と吾郎も身を乗り出しました。
「で、『アナログ』と書いてある。」とたけしさんは最初のページを見せました。ページの真ん中のあたりに赤い線が引かれ、上半分の真ん中あたりに大きな字で「アナログ」と書かれています。
中には主人公達の会話部分などが書き留められていますが、笑いの要素も盛り込まれていて漫才のネタ帳の様です。
「1,2,3,4…全部で4冊ですか?」と外山さんが訊くとたけしさんは一番下の黄色いノートを手に取って
「…でこれが最終章でこの本の最後のくだりが書いてあるんだけど。書いたんだけどその間の部分が…また思いつくと書いて、こっち(2冊目3冊目のノート)に差し込んでくるから…」
「ああ、だから2のノートにこちらの黄色いノートのページが入ってる…」(外山さん)
「うん、そう。」(たけしさん)
「ノートを切って編集とかしちゃうんですか?」(外山さん)
「そう。思い出したり差し込んじゃったりする。」(たけしさん)
「切れるノートでないと駄目ですね。リングノートでないと。」(吾郎)
こういう執筆の仕方は映画編集とも通じているのでしょうか。
「で『アナログ』が大爆発して売れたら、これを1冊1億円で売ろうと思う。」たけしさんの言葉に吾郎も外山さんも大笑いしましたが、
「でもこんな事おっしゃってますけど、たけしさんはフランスでは大変な方ですからね。」と外山さん。たけしさんはフランス政府から文化功労者の勲章を授けられているんですよね。
「こんな事ばっかり言ってるから日本で相手にされない。日本では何の賞もくれないんだよ。失礼な。文化勲章ぐらいくれれば良いのに何にもくれない。」
たけしさんの毒舌がまた炸裂しました。

最後に、小説とは関係ありませんが、たけしさんにこんな質問を。
「最近吾郎さんが”人生の転機”を迎えまして…」(外山さん)
「僕、”転機”を迎えてしまったんです、色々ございまして。」(吾郎)
「なるほど。」(たけしさん)
「たけしさんから人生の先輩として何かアドヴァイスを…。」(外山さん)
するとたけしさんは「幸福の科学へ行ったらどう?ダメ?」とボケてからこう答えてくださいました。
「あらゆるものは転機…人類だったら死ぬ事なんだけど、遺伝子を遺して次へ…延々と消滅と生まれ変わるのを繰り返すわけで。転機も同じだから、転機はいっぱいあった方が良いと思うよ。亡くなったら転機もないんだから、転機が色々あるって事は、生きていく、進化している証拠だからありがたいと思っちゃった方が良いよ。チャンスというか。で、また転機が来たって良い。脱皮だと思えば良い。蚕から繭になって蚕蛾になっていくじゃない?羽化するまでの、飛び立つまでの段階だと思えば。実に今いいとこ来てると思った方がいいんじゃない?」
「ありがとうございます。」と吾郎は丁寧にお辞儀をして
「いや、嬉しいなあ。」と微笑みました。たけしさんの話を聞いているうちに明らかに穏やかな顔になっていったのが見ていて嬉しかったです。でもそこはたけしさん、
「成功したらお金貸して」
と最後にボケることを忘れませんでした。
たけしさん、温かいアドヴァイスをありがとうございます。

AD山田くんの消しゴムはんこも気に入って下さったようで、「はんこくれるの?」とおっしゃいました。「はい、作った甲斐ががありました。」と山田くんも嬉しそうでした。

今回はたけしさんがちょっと恥ずかしそうにしていたのと、吾郎が終始ニコニコしていたのが印象的でした。
真面目な話の中にボソッと毒舌を交えるたけしさんの話術の面白さは文字にすると伝わりにくいのですが、今回はなるべくそのまま書き起こしてみました。


拍手ありがとうございます

【緊急】「GQ JAPAN 2018年1・2月合併号」及び「GQ MEN OF THE YEAR 2017 授賞式」

突然のお知らせですが、
11/24(金)、つまり明後日、雑誌「GQ JAPAN 2018年1・2月合併号」の表紙に吾郎・剛・慎吾の3人が登場します
GQ_JAPAN DPKSvYjUMAIZUeB
とにかくカッコイイ表紙で、見た途端倒れそうになりました(クリックすると拡大するので是非大きくしてみて下さい)。
特集は「GQ MEN OF THE YEAR 2017」。この中身も気になります。

そしてそれに関連して、
本日19時より(本当に突然ですが)「GQ MEN OF THE YEAR 2017 授賞式」がGQ JAPANさんのtwitterから生中継されます。
3人が登場するかは分かりませんが、チェックできる方は見る方が良いかもしれません。そのため、この記事のタイトルに【緊急】をつけました。
「GQ MEN OF THE YEAR 2017 授賞式」についてはこちら


拍手ありがとうございます

メディア情報

気がついたら色々なメディアに露出することになっているので情報を整理します。
こんなに慌ただしいのは本当に久しぶりです。

【AbemaTV】
11/19 (日) 17:00~25:12 72時間ホンネテレビ未公開シーン&トレンド入りの瞬間7.2時間で全部みせますSP

【新聞】
11/20 (月) 東京新聞朝刊・中日新聞夕刊 稲垣吾郎インタビュー (ゴロウ・デラックス)

【雑誌】
現在発売中 「BRUTUS」 特集 「いまさら観てないと言えない映画」
         「週刊ザ・テレビジョン」 稲垣吾郎・草彅剛・香取慎吾緊急独占インタビュー(72時間ホンネテレビ)
         「週刊TVガイド」 「ゴロウ・デラックス」最新リポート&72時間完全ドキュメント
12/1 (金)発売 「婦人画報」 稲垣吾郎インタビュー

まず驚いたのが19日(明明後日)のAbemaTVです。まだ動画を全部見られていないのに、未公開シーンを配信して下さる。しかも7.2時間(=7時間12分)も!全部見たら月曜日に差し支えてしまいそうなので、これもDVD化のお願い(お礼と共に)をしなくちゃ、ですね。

東京新聞と中日新聞のインタビューは読書の秋にちなんで「ゴロウ・デラックス」についてのインタビューだそうです。楽しみですね。

雑誌の露出も続きます。新たに「婦人画報」の発売情報も加わりました。こちらにも期待です。

これだけ露出があるとありがたいですね。幸せを噛みしめています。


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吾郎、剛、慎吾が日本財団パラサポセンターのスペシャルサポーターに!

今日発売の雑誌もまだチェックしていないのに、大きなニュースが飛び込んできました。情報の流れが速くておいて行かれそうになります。

吾郎、剛、慎吾の3人が日本財団パラリンピックサポートセンターのスペシャルサポーターに就任しました

今日日本財団さん主催のイベント「パラフェス」で発表されたそうです。
詳細はこちら(3人からのメッセージ動画もあります)

去年のあの件ではご迷惑をおかけしたはずなのにこうやってまたご縁を繋いで下さった日本財団さんにはいくら感謝しても足りませんね。2018年3月4日の「パラ駅伝 in Tokyo 2018」には是非参加して盛り上げたいです。


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ドラえもんのポケットの中 (「ゴロウ・デラックス」 11/3、11/10)

「72時間ホンネテレビ」の余韻に浸っていたらすっかり周回遅れになったので、むぎわらしんたろうさんの回を2周分まとめてこちらに上げます。

【前編・11/3】
今回もロケです。
「今日はテンション高いですよ。」(吾郎)
「高いですよ!だってドラえもんですもの。大好き!」外山さんの声のトーンも高めです。
「ドラえもんの世界にやって参りました。」(吾郎)
「タケコプターで飛べそうですよ。」と外山さんは吾郎の頭を指さしました。そう、吾郎も外山さんも頭にタケコプターをつけています。そして二人の傍らにはドラえもんが。
「これ実物大ですよ。129cm。意外と大きいね。」(吾郎)
「ドラえもん、助けてくれよぉ。」外山さんはドラえもんに抱きつきました。のび太くんの声まねが似ています。
「さて今夜のゲストをお呼びしましょう。」と外山さんが言うと、見覚えのある土管の後ろから一人の男性が現れました。」
「のび太くんの将来みたいですね。」(吾郎)「よく言われます(笑)」(むぎわらさん)
眼鏡をかけた実直そうな感じの方です。

漫画家むぎわらしんたろうさんは、「ドラえもん」の生みの親藤子・F・不二雄先生の最後のお弟子さんです。F先生は1996年に亡くなりましたが、その後もドラえもんの新作は続々と誕生しています。そこにはF先生の意志を継いだむぎわら先生の存在があるそうです。
今回は川崎市の藤子・F・不二雄ミュージアムを訪ね、長年アシスタントを務めたむぎわら先生から見たF先生の素顔やドラえもんの秘密を伺います。
F先生の漫画家人生は45年、その間に発表された作品は330作。「F先生の漫画を通らずに大人になった人はいない。」とまで言われるほどです。
最初の原画コーナーから吾郎と外山さんのテンションはハイに。「パーマン」の主題歌を口ずさんで盛り上がります。
「パーマンって1967年って結構前だったんだ。アニメ化されたのが80年代ってこと?」という吾郎に「何度かTV化されているんです。」と説明するむぎわら先生。
(因みに私は第1期パーマン世代です…。)
さらにドラえもんのコーナーへ。「ドラえもんの感じが…」(外山さん)「初期のだと違いますよね。」(むぎわら先生)と話している横で吾郎は身を乗り出して原画に見入っています。「懐かしいなあ、と思って。」
むぎわら先生がF先生のアシスタントになったのは「ドラえもん」連載開始から19年目の1988年。最初は背景などを担当していたそうです。ここで原画を見ながら「ドラえもん」の制作方法についてむぎわら先生が説明してくださいました。
「ドラえもんに縦線が入っていますが、これは定規で1本1本手描きしていくんです。そしてドラえもんはコマによって大きくなったり小さくなったりするので、その大きさに合わせて縦線を引かなきゃいけない。」大変細かい作業ですね。
「ドラえもんってなんで青いんだろうね。」(吾郎)
「なんか青くなっちゃった、っていいますよね。ネズミに噛まれて…。」(外山さん)
「詳しいね。耳が無くなっちゃったんでしょ。」(吾郎)
「で、『ひぇーっ』と言って青くなっちゃった。」(外山さん)「詳しいね。」(吾郎)
「だって大好きですもん、ドラえもん。」
外山さんはご機嫌で展示品を見ています。
「こういう着色は、僕らが小学校で使っていた絵の具で全部…。水彩絵の具を使ってます。」とむぎわら先生。「絵の具って珍しいんですか?」と吾郎が訊くと
「そうですね。今だったらだいたいパソコンで、デジタル作業で。」
さらに進むとガラスケースの中にF先生の絵の道具が展示してありました。
「これ、普通に僕らが使っていた絵の具とほぼ同じものですね。」と吾郎が言うとおり、絵の具は「コープカラー」という普通のもの。
「あの水色がドラえもんの体の色です。のび太とか人物の肌色は朱色を薄く塗って。」(むぎわら先生)
「色も今ほどなかったわけじゃない?今なら機械でいくらでも作れるけど。これだけの水彩絵の具だよ。」吾郎はそこにも感動したようです。

課題図書:「ドラえもん物語 -藤子・F・不二雄先生の背中- 」 むぎわらしんたろう

最後の弟子が綴る藤子・F・不二雄先生との知られざるエピソード、そしてドラえもんのヒミツも書かれている本です。
まずむぎわらさんがF先生のアシスタントになったきっかけの部分を、ミュージアムの中で朗読。むぎわらさん役が吾郎、F先生役はむぎわら先生です。
「あれ、F先生役ですか?」(吾郎)「はい、頼まれて断れなかったです。」(むぎわら先生)
子供の頃からドラえもんが大好きで「漫画家になる!」と決意したむぎわら少年。19歳の時「秋風の贈り物」が藤子不二雄賞の佳作に選ばれ、1987年12月の授賞式で憧れのF先生との対面を果たしました。そしてその数日後…
「藤子先生がコンビを解消する」というニュースに動揺するむぎわら青年。藤子先生を目標に頑張ってきたのに…。専門学校の課題にも身が入りません。そこへ1本の電話が。

「コロコロ編集長平山です。きみ、藤本先生のアシスタントをやってみないか!!」
「え?!ちょっと待ってください、藤本先生って藤子・F・不二雄先生のことですか?」
「そうだ!!ドラえもんの藤子F先生だ!!」
「し、しかし通っている専門学校があと1年残っていて…。」
実戦のほうが力になる!!とりあえず藤子プロへ面接に行こう!!
コンビを解消し独立した藤子F先生は、新事務所「藤子プロ」を設立したばかりでした。
(あっという間に連れてこられちゃったけど…。いったいどうしたらいいんだ…。)
(やっぱり卒業してからもう一度お話を…。)
そこへ現れたのは
「お待たせしました。」
「ふ、藤本先生!!」
「かれがこの間、藤子賞を受賞したむぎわらくんです。」
「わざわざありがとうございます。」「ごらんのとおり、この会社、藤子プロはできたばかりで…、社員もいないのです。」
「は、はい…。」
「そんな中で今月、学年誌のドラえもんを10ページ描かなくてはなりません。」
ここでF先生はニッコリ笑って
「手伝っていただけますか?」
「は、はい!!がんばります!!」
この一言で運命が決まった…。
(神様のような人から「手伝って」と言われたら…断れるわけないじゃないか…。)
その日のうちに専門学校に退学届を出しました。
1988年4月、藤子プロ入社!
「よし、先生のために!!今日から一生懸命働くぞ!!」


「これ、初心者にしてはセリフ量が多かったんじゃないですか?」と吾郎が言うとむぎわら先生は思わず苦笑いしました。
「『そんな中で今月、学年誌にドラえもんを10ページ描かなくてはなりません』とか。」
「でもまさにこの通り言われたんですよ。鮮明に覚えてるんですよ。」(むぎわら先生)
「初めて先生が扉を開けて入ってきた姿とか、はっきり覚えてますか?」(吾郎)
「はい。黒のタートルネックで。その通りのものを描かせていただきました。」(むぎわら先生)
この漫画には当時の藤子プロの間取りも詳しく描かれています。
「本当にマンションの一室で。先生の聴く大音量の音楽が僕らの机にまで届いてた。」(むぎわら先生)
「時に落語も。」(外山さん)
「いきなり落語に変わったりするんですよ。落語を聞きながらよく漫画を描けるな、と(笑)。」(むぎわら先生)
「ドラえもん物語」にも登場するF先生の机もミュージアムには展示されています。机の脇には棚が置かれ、その上にはWラジカセ、棚の中にはカセットテープがずらり。「ドラえもん」を執筆した机にはF先生の遊び心が現れています。スタンドの笠には小さなのび太がぶら下がっています。「仕事の合間に自分で描いてくっつけていました。」とむぎわら先生。机の上には恐竜のフィギュアがたくさん置かれていて、F先生の恐竜好きが分かります。さらには本物の恐竜の骨も!
机の上には昆虫図鑑もあります。「見ながら描いていらっしゃったんですか?」(外山さん)
「そうですね。『ウソのものは描いて欲しくない』という気持ちがあったので。トンボ一つ描くとしても図鑑で見て…。」(むぎわら先生)
「ファンタジーの世界だからこそリアリティが大切なんでしょうね。」(吾郎)
机の脇にはゴミ箱もあって、中には紙が捨ててあります。
「ゴミ箱の中まで再現しようと言うことで。先生が失敗した原稿とか惜しげもなく破り捨てていたのでこっそりと持ち帰って喜んでましたけど。僕にとってはお宝なので。」とむぎわら先生は楽しそうに話しましたが、
「シュレッダーとか使ってなかったんですね。」と吾郎。確かに今ならシュレッダーにかけてしまうかも知れませんね。

F先生の机の上は吹き抜けになっていて、その壁4面にはぎっしりと蔵書が収められています。F先生は漫画を描くに当たって細かいことまで調べる大変な読書家だったそうです。
また、毎年12月1日にはスタッフからF先生にお誕生日プレゼントを贈るのが恒例で、ある年むぎわら先生がくす玉を作ったのですが、ひもを引いてもくす玉が割れず、F先生の顔を直撃したことがありました。実際のその瞬間の写真を見せていただいたのですが
「痛かったはずですよ。」と吾郎に指摘されむぎわら先生は恐縮していました。

F先生の作品を自由に読めるまんがコーナーへ移動して、むぎわら先生がアシスタントとしてどんなお仕事をしていたのかを伺いました。
「むぎわら先生が初めてお描きになったコマって覚えてますか?」(吾郎)
するとむぎわら先生は子供用のベンチの下から大全集をすっと取り出してページをめくりました。「入り込みミラー」(1988年)という作品で初めて背景を担当したのです。
「これは入社してどれ位で?」(外山さん)
「その月に。」(むぎわら先生)
「教えてくれる先輩とかいるんですか?」(吾郎)
「そんなに細かくは教えてもらえなかったです。やっぱり過去に描いた作品を見ながら…同じような背景を探して。」(むぎわら先生)
むぎわら先生が自分の仕事用に作った背景専用のスクラップブックを見せていただきました。
例えば野比家の塀のブロックは6段とか、のび太の部屋は何となく2階で押入れが右側にあってとか。その他しずかちゃんの部屋や剛田雑貨店など、主要な場面ごとに分類されスクラップされています。これを見ると背景が正確に描けるというわけです。
「時代によって変わった物とかあるんですか?」(外山さん)
「そうですね。プッシュホンの電話になったりとか。」(むぎわら先生)
「どういうタイミングで変えるんですか?」(外山さん)
「自分の家の電話が変わったという事で。」(むぎわら先生)
「じゃあ、F先生のご自宅の電話が変わると野比家の電話も変わる。」(吾郎)
「そうですね。その辺のことは先生も時代とともに気にし出して。」(むぎわら先生)
「ないとおかしい、ってなっちゃうもんね。」(吾郎)
「吾郎さん、好きな道具って何ですか?」外山さんが訊きました。
「道具?なんだろうね…やっぱりタイムマシンが一番高そうじゃん。」吾郎の答えにむぎわら先生もスタッフも笑いました。
「大人の意見ですね。」と外山さんがフォロー。
「シンプルにタケコプターもいいかも。あの高さからって見られないじゃない?飛行機の高さからとかになっちゃうから。」(吾郎)
「結構怖いと思いますよ。」と今度はむぎわら先生が大人の意見を述べました。
「タケコプターはまあまあ故障しますしね。」吾郎も笑いました。

映画の原作「大長編ドラえもん」はコロコロコミックで連載。現在ミュージアムでは映画原作の原画展も開かれているそうです。
(「ドラえもんxコロコロコミック40周年展」は2018年1月15日まで開催)
そこで3人は「大長編ドラえもん」の原画も拝見。1980年連載開始の第1作「のび太の恐竜」の原画を吾郎は懐かしそうに見ました。
「きちゃだめ!!ぼくらがなんのためにここまでつれてきたと思うんだ。」とセリフを読み「感動するところだよね。」と悦に入る吾郎。それを見た外山さんは
「ドラえもんを演ったら吾郎さんはのび太くんですね。」と言いました。吾郎はちょっと天井を仰いで
「スネ夫でもないか…。僕はずっとそう思ってたよ。ジャイアンにはなれないし、出木杉くんでもない。自分では何にもできないし。」
「のび太くん…」外山さんがしみじみと言いました。
「褒められてるのかな…」(吾郎)「褒めてますよ」(外山さん)「しずかちゃんと結婚できる」(吾郎)「そうそう」(外山さん)
二人は淡々と話しながら原画を見ていましたが、突然吾郎が
「出たー!」と声を上げました。
「のび太の大魔境。これ映画を見に行きましたよ、僕。」
大長編3作目の「のび太の大魔境」は1981年連載開始。アフリカの奥地で独自の進化を遂げた犬の王国でのび太たちが大冒険を繰り広げる物語です。
「最後ジャイアンが優しく…」(吾郎)「そのシーンがそこに」(むぎわら先生)
ジャイアンが涙ぐむコマには吾郎の思い入れがあるようです。すると
「ここに、僕が中学生の時にポスター画コンクールに応募して入選した作品もあるんです。」とむぎわら先生が遠慮がちに言いました。
「ほんとだ、ここに書いてある…13歳。めちゃくちゃうまいじゃないですか!これ13歳が描いたの?」(吾郎)
「ありがとうございます」(むぎわら先生)
「それは描くよね。ドラえもんを受け継いで。」(吾郎)「なるべくしてなったんですよね。」(外山さん)
「ドラえもんの後継者として、むぎわら先生…。認めます!」(吾郎)
「ありがとうございます」むぎわら先生は深々とお辞儀をしました。

「ねじまき都市(シティー)冒険記」の連載途中でF先生は亡くなったのですが、どうして作品は完成できたのか?その秘密は次回で。

【後編・11/10】
今回はドラえもんの秘密とF先生の最期について伺います。

むぎわら先生は「のび太の日本誕生」(1988年)にアシスタントとして初参加、背景などを担当しました。
「アシスタントの方が自由に描いていい部分は?」(吾郎)
「キャラクターの洋服とかはこちらにお任せでやってました。」とむぎわら先生。ただし
「あんまり細かい服に決めちゃうと、締め切り間際になって『誰が決めたんだ!』って事になっちゃいますけどね(笑)」
1994年、むぎわら先生はチーフアシスタントに。任される仕事も増えたのですが、1995年の「のび太の銀河超特急」では…
「『宇宙船を任せます』と先生に言われてこれを描いたんですけれども、先生本人が気に入らなかったみたいで。」
「自由に描いていいって言ったのに。」(吾郎)
「はい。ご自分で描いてこられて、結局これになりました。」(むぎわら先生)
「全然違うじゃないですか。」(外山さん)
連載時にはむぎわら先生の絵が使われましたが、単行本になる時にはF先生の絵になったそうです。
「自分の方がいいと思いませんか?」(吾郎)
「いや全然F先生の方が。」そう言いながらむぎわら先生が俯いたので、スタッフからも笑い声が上がりました。
「絵に対しては厳しかったですか?」(吾郎)
「自分の好きなものに対しては。恐竜とかはディテールにすごくこだわってほしかったらしくて。僕が下書きを描いていたら『その辺からは手は生えていない』と指摘を受けて。『そこに関節があるはずだ』と。」(むぎわら先生)
「恐竜だけ見ると、ドラえもんの世界観の割には…というと失礼だけど、ここだけ劇画っぽくない?」(吾郎)「リアルですね。」(外山さん)
「リアルすぎない?それがこだわりだったのかな。」(吾郎)

先週に引き続き今週も
課題図書 : 「ドラえもん物語 -藤子・F・不二雄先生の背中-」 むぎわらしんたろう

1996年、むぎわら先生の元に届いたF先生突然の訃報。原作者が亡くなったにもかかわらず「のび太のねじ巻き都市冒険記」はなぜ完結することができたのか?
キャラクターまではF先生がペン入れをし、その他の背景は先生の下絵を基にアシスタントが描く、というのが普段のスタイルでした。しかし晩年のF先生は体調を崩し、仕事場ではなく自宅で執筆していました。
1996年に連載が始まった「のび太のねじ巻き都市冒険記」でF先生から届いたのは表紙を含む冒頭のカラーページ4枚。しかし後は下絵だけだったのです。そして
「ペンも入れて下さい」
というのがF先生の指示でした。
ここで今回は特別に、むぎわら先生がF先生から受け取った原稿の下絵を見せていただきました。コマの中の大まかな絵と余白に細かく書かれた指示を基にむぎわら先生は漫画を完成させていきました。ドラえもんやその他のキャラクターも、いつもならF先生がペンを入れていたのですが、今回はむぎわら先生が描いたのです。
「大変なプレッシャーじゃないですか?訳が違うよね、キャラクターを描けと言われると。」吾郎がそう言うとむぎわら先生は唇をキリッと結んで頷きました。
「ちゃんと描いて欲しいところは密に入れてあるんですが、よく出てくるところは結構簡単な下絵だけ。」(むぎわら先生)
「だってほら、このジャングルの中で佇む男性なんて…。」(吾郎)
人らしき形と「シーン」という擬音しか描いてありません。
「まったくこの辺は、人がなんとなくいる、って感じだけですもんね。」(外山さん)それをむぎわら先生は、うっそうとしたジャングルの中で男性が佇む絵に仕上げました。
「今までやってきたんだからこれだけで描けるでしょう、と…。これ実際にペンを入れてみて先生の反応はどうでしたか?」(吾郎)
「描き終わってF先生にコピーを渡すんですけど、普段原稿を描いて見せてもただ『ありがとうございます』という返事しか返ってこなかったんですけど、そのコピーに”今後のドラえもんをもっとこうして欲しい”という事がいっぱい書かれていて。」(むぎわら先生)
「普段口数の少ないF先生がその思いを…。それがこちらですね。」(吾郎)
F先生から届いたのはびっしりと指摘の入った原稿、そしてスタッフに宛てた手紙でした。ここで吾郎がその手紙を朗読。

藤子プロスタッフの皆さんへ
毎日ごくろうさまです。今回は特に大変だったと思います。深く感謝しております。
感謝しながらこんなことを言うのは申し訳ないのですが、欲が出たと言いますか。この機会に徹底的に僕の理想像を聞いて欲しいと思うのです。
言いたいことはコピーへの書き込みを見れば解って貰えるでしょう。
欠点ばかり指摘した結果になりましたが、今後少しづつでも理想像に近づいていけばと思います。
総集編。単行本化。二度の機会にできる範囲で改訂して下さい。
漫画家がベテランになると絵やアイディア創りのコツが解ってきます。
この時が一番の危機なのです。ついつい楽に仕事しようとする。こうなるとあっという間にマンネリの坂を転げ落ちることになります。
自戒の意味も込めて言うのですが、漫画は一作一作、初心にかえって苦しんだり悩んだりしながら描くものです。お互いガンバりましょう。
「藤子プロ作品は藤子本人が書かなくなってからグッと質が上がった」と言われたら嬉しいのですが。
藤子・F・不二雄

むぎわら先生は吾郎の朗読を一言一言噛みしめるように聴いていました。これはF先生の遺言ですよね。
「きっと今までこういうことはスタッフの皆さんに言葉では伝えていなかったんでしょうね。」と吾郎も言いました。でもむぎわら先生は
「なぜこんなこと言うんだろう。」と思ったそうです。
「託されるのは嬉しいけど、ずっとF先生に描いていてもらいたいから、なんでこんなこと言うの?って気持ちに…。」吾郎がそう言うとむぎわら先生は深く頷きました。
「でも嬉しい言葉ですよね。喝を入れてくれる…。」吾郎が優しく言うと
「OBの描いてきたドラえもんの世界観をそのままなぞるように背景を描いてきたので、先生は『のび太はだらしない性格なのでもっとおもちゃが散らばってて欲しい』と。そういったことをすべてこの紙に書き込んできたんです。」とむぎわら先生。

先生からの指摘が書き込まれた実際の原稿のコピーも見せていただきました。
原稿の余白には描写の指摘がびっしり。中には「座布団は2枚あります」という書き込みも。
「細かいっちゃ細かいんだけど、大切なんだろうね。こういう細部ってストーリーを追ってる時は感じるだけじゃん。いちいち見ないじゃん、あ、ここにアイスが落っこってる、なんて。でも、何となく入ってくる情報って大切なんだろうね。」(吾郎)
「字で書かなくてもキャラクターの性格が表せる、ということを言いたかったのだと思います。」(むぎわら先生)
F先生の指摘を踏まえて第2回もむぎわら先生がペン入れをしました。
「で、その時の反応はどうだったんですか?先生の。」(吾郎)
「それ以降は『申し分ない』と…許してくれた感じでした。」(むぎわら先生)
「本当の意味で認められた…。」(吾郎)
「F先生は『これだけ描けるのならもっといろいろまかせればよかったよ』って。1回目に指摘を受けたことを思い出しながら2回目を描いてそれを先生のところに持って行った後の言葉ですよね、これ。」(外山さん)
「はい。」(むぎわら先生)
「でもそれが、F先生から頂いた最後の言葉になったわけですね。」(吾郎)
連載第2回が完成した直後の1996年9月23日、藤子・F・不二雄先生は62歳で亡くなったのです。
「のび太のねじ巻き都市冒険記」は未完で終わってしまう、誰もがそう思ったのですが…。
ここで課題図書からの朗読。
先生のご葬儀から1週間後、先生のお嬢さんから藤子プロへ電話がかかってきました。

「父の机の上になにか描いてある原稿があるんです…。まだ誰も手をつけていないので、ちょっと見に来ていただけますか?」


むぎわら先生はF先生のご自宅に駆けつけました。F先生は仕事机で意識が無くなり帰らぬ人になったのです。そしてその机の上には原稿が…。

「私たちにはよくわからないから、どうぞ手に取って見てあげて。」
「こ、これ、ボクわかります!!『ねじ巻き都市冒険記』第3回目の下絵ラフです!!こ、これ、最初のページだけでなく…、第3回目の下絵ラフが全ページ入っています!!」
先生は意識が無くなる直前まで筆を握り、この原稿を描き上げたのです!!
その迫力に鳥肌が立ちました。


「…ほんとドラマみたいな話だね。」(吾郎)
「いやあ、これを見た時は?」(外山さん)
「本当に鳥肌が立ちましたね。」(むぎわら先生)
「机の上に一番上のページが見えていて、お嬢さんもご家族も机の上に手を触れていない状態だったんです。それで僕が行って『どうぞ触って下さい』と言われて原稿を出した時に全ページ下絵が入っていまして。」(むぎわら先生)
「すごい…。」(外山さん)
「びっくりしましたけど。」(むぎわら先生)
「で、先生の机に遺されていた第3話の原稿とアイディアノートを見せて頂けるということで。」(外山さん)
「それもあるの?凄くない?全国放送じゃない?今夜」(吾郎←そう、全国放送にしなくちゃもったいない!)

そしてF先生の最後の原稿とアイディアノートを、むぎわら先生が完成させた「のび太のねじ巻き都市冒険記」と付き合わせながら見せて頂きました。が…
「全然解らないよ、これ。」と吾郎が言うのも無理はありません。原稿にはうっすらとした線で大まかな形が描いてあるだけです。
「これで(F先生が)何をお描きになりたかったのか解るんですか?」(外山さん)
「そうですね、だいたい。」とむぎわら先生が冷静に言ったので吾郎も外山さんもビックリ。
「字は何となく…」(吾郎)「字はうっすらと…」(外山さん)「字は何となく解るので、こちらのアイディアノートと照らし合わせながら作っていきました。」(むぎわら先生)
「えー?!こちらの方がもっと解らないよ、普通の人は。」と吾郎はさらに驚きました。
原稿にうっすらと描かれた形と似たものがあるかアイディアノートの中を探してロケットだと判断し、むぎわら先生はロケットを描き上げました。
「ここに『すぐに出』って書いてある。こっちには『本物』って…。」(吾郎)これはのび太達の吹き出しのセリフでした。
「大体話の流れで…」(むぎわら先生)「すごーい!」(外山さん)
「それから、ここはスモールランプで照らしているんです。」(むぎわら先生)「どうして解るんですか?」(外山さん)「ここに『ピカ』って。」
むぎわら先生に説明されてよく見ると原稿に辛うじて『ピカ』らしき字が見えます。
「感動的ですね。F先生が伝えようとしたことが全部解るって凄い。」(外山さん)
「これ番組でちゃんと伝えなきゃだめだよ。」(吾郎)
でも中にはむぎわら先生が作った部分もあるとか。
「F先生も見せるために描いてないよね。『これを解読しろよ、むぎわらくん』とは思ってないよね。」吾郎がちょっと先生っぽい口調で言ったのでむぎわら先生も笑いました。
「心に寄り添っていくことって事ですよね、先生の。これ見ただけじゃ解らないもん。視覚的なものだけじゃないよね。」と吾郎はしみじみと言いましたが、突然
「分かった!何で分かったか。」と大声を出しました。
「何ですか急に。」(外山さん)
「あそこだ、あのゴミ箱だ!」と吾郎はF先生の机の脇のゴミ箱を指さしました。
「いつもこれくらいの状態の原稿を持って帰ってたんだ!」(だからF先生の原稿が解読できた、という意味ですね。)
「金田一さんみたいになってますが大丈夫ですか?(笑)」(外山さん)
「いえいえ…いっぱい拾いましたんで。」とむぎわら先生は苦笑していました。

AD山田くんの消しゴムはんこはF先生とむぎわら先生が微笑んで並んでいるデザイン。とても温かみがありました。
今回はみんなが知っているドラえもんの知られざるエピソードやF先生のお人柄を知ることができて良かったです。
むぎわら先生ありがとうございました。


拍手ありがとうございます

大人の再出発

「an・an」を買ってきて読みました。
インタビューの一言一言が胸に響きました。
やはり今回の決断には色々な感情があったのだと…その中には不安もあったのだと…それでもファンの応援を支えに行動を起こしたのだと、知りました。
「新しい地図」の最初の動画のキャッチコピー「逃げよう」には色々な意見もあったようですが、今回のインタビューを読んで、吾郎達は決して逃げていないのだと確信しました。何があっても、必要なら環境を変えてでもファンの前に立つ覚悟がそこには表れています。そして「72時間ホンネテレビ」でそれを実行してくれました。インタビューを読みながら、吾郎のファンでいてよかったと改めて思いました。
そして今回の記事ではとにかくグラビアが素晴らしい!「大人の男」の魅力が漂っています。さりげないのに眼が離せません。まだ見ていない方はお早めに本屋さんへ!

それから、今週の「TVガイド」にはゴロデラの収録風景の記事も2ページあります。ついにあの方がゲストに来て下さるんですね!今から楽しみです。


拍手ありがとうございます

興奮が収まりません (「72時間ホンネテレビ」 11/5)

本当に吾郎と剛と慎吾はやり遂げたんですね。その余韻で今も興奮しています。

午後の模擬結婚式企画は正直微妙でしたが、最後の72曲ライブは圧巻でした。色々な制約がある中で、今までの彼らに所縁があり、今の彼らを表現する曲を選んで精一杯歌ってくれました。私はSMAPの曲は5人で歌ってほしいと思っているので、今日の選曲には満足しています。
そして私はやはり歌う彼ら、歌う吾郎を求めていたのだと改めて気づきました。

そして最後に吾郎が見せた涙には彼が背負ってきたものの大きさを感じました。あれを見たら吾郎について行く!と誰でも思うでしょう。応援していくからね!と。

今回の「72時間ホンネテレビ」を制作したAbemaTV、1000人(!)のスタッフ、出演してくださったタレントの皆さんには本当に感謝しています。これからの3人の活動にもお力添えをお願いします。

吾郎、剛、慎吾。72時間の長丁場をしっかり勤め上げたあなたたちは最高です。ありがとう!ゆっくり休んでください。

興奮しすぎて感想らしき感想になりません。ごめんなさい。
おやすみなさい。皆さんもよい夢を。


拍手ありがとうございます

二日目 (「72時間ホンネテレビ」 11/4)

吾郎、剛、慎吾が頑張っている72時間テレビも丸2日が過ぎて残りは21時間程になりました。大分疲れが見えますが最後まで無事に走りきれますように。

今日の朝は「インスタ映えばえ運動会」そして午後は浜松オートレース場で森くんと感動の再会。
実は私、今日はほとんど見られていなくて今森くん部分のリプレイを見ているのですが、ノーカット版の為おそらく全部見ると朝になってしまう(全部で5時間くらいあるそうです)ので、途中で寝ざるを得ません。公式YouTubeで後から見るしかなさそうです。
でもtwitterや吾郎のブログに上がった画像を見ると、森くんも3人も再会を本当に喜んだのが伝わってきます。会えて良かった、話せて良かった、それをネットテレビで流せて良かったと心から思います。
森くんと吾郎だけで話した部分はリアルタイムで見られたのですが、その中で吾郎が「(自分たちの)曲名を言うとものすごく怒られる」と発言したので驚きました。やはりというか…。本音を言えない所にこそ彼らのホンネがある、と言う事がうっすらと見えてきましたね。

とはいえ、彼らが動いている姿を見ると幸せになります。明日は都内某所でファン720人を招待して何かをするようです。明日参加される皆さんおめでとうございます。思い切り楽しんできてください。


拍手ありがとうございます

一日目 (「72時間ホンネテレビ」 11/3)

始まりました、72時間ホンネテレビ。
この日の為にAmazonのFire TV StickをTVを買ってTVに装着し、PCを買い換え(最近クラッシュしたせいもありますが)、自分でも驚くほど楽しみにしていて、吾郎も剛も慎吾も生き生きと頑張ってくれています。

最初テーマソング「72」が流れてきた時は思わず涙が出ました。また歌ってくれるとは思っていなかったので。曲調も歌い方もSMAPだ!と思いました。CDにしてほしいです。
そして番組に出られるって本当にいいですね。しかもtwitter、ブログ、インスタグラム、YouTube、と色々なSNSを使って彼ら自身の気持ちも発信してくれる。今年の初めにはこうなるなんて想像もしていませんでした。

勿論これからの3人が順風満帆に行くとは限りません。一般の人からは好奇の目で見られたり誤解されたりすることもあるでしょう。それでも自分の思いを誠実に伝えてまっすぐに仕事に取り組みで結果を出す、その姿勢を示す彼らは私にとって「憧れのアイドル」です。

「トレンドで世界1位を目指す」事に意味があるのか、初めは分からなかったのですが、「twitterのトレンド」や「Yahoo!の検索キーワード」は地上波のニュース番組やWSで取り上げられる事もあるので、ネットをやっていない視聴者にも浸透する可能性がありそうです。

深夜のゴルフで7.2mのパットを決めた吾郎は格好良かったですし、三谷さんのショートフィルム(と言っていいですよね)で真剣に演技する3人にときめきましたし、一心不乱にキャラ弁を作る吾郎も愛しかったですし…本当に楽しいです。

AbemaTV公式YouTubeにも番組の一部が上がっているのもありがたいですね。昨夜遅くの3人のホンネトークは特に必見です。


拍手ありがとうございます
 

雑誌情報

11月になりました。
明日からいよいよ「72時間ホンネテレビ」が始まるのでワクワクしています。
文化放送のフリーペーパー「フクミミ」の配布も始まり手に入れられた方もいらっしゃるでしょう。私の所にもつい先程文化放送さんから届きました。
フクミミ 20171101_162603
いよいよ吾郎も動き出すようで久しぶりに嬉しいです。

ここでさらに嬉しいお知らせが!「フクミミ」だけでなく雑誌にも吾郎が登場します。

11/8 (水)発売 「an・an」 特集「焦がれてやまない大人の男。2017」
11/15(水)発売「BRUTUS」 特集「いまさら観てないと言えない映画」

大人の吾郎を堪能できそうですね♪


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プロフィール

はちミツ

Author:はちミツ
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稲垣吾郎さん大好き、SMAP大好き!の主婦。
吾郎ファン歴は26年目になります。
彼らがいつかまた集まりたいと思った時そうできるように、彼らがそれぞれ今いる場所で益々輝いていってほしいと願っています。
だから「SMAP大好き」という気持ちも「新しい地図の3人の活動を応援する」気持ちも私の中では同じ一つの思いなのです。
神奈川県在住。

近況
①毎週水曜日は「an・an」の「稲垣吾郎のシネマ・ナビ」をチェック!。
②「稲垣吾郎オフィシャルブログ」、twitterアカウント @ingkgrofficial も必見!
③「ゴロウ・デラックス」再開熱望!

メールは↓へ。
walkwithgoro☆hotmail.co.jp
(☆を@に変えて下さい)

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