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SMAP稲垣吾郎さん大好きな主婦の日記 【無断転載禁止】

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一人の時間を大事に生きる「孤独」という豊かな人生 (「ゴロウ・デラックス」 7/7)

オープニング。
「今日のゲストはこちらに並んでいる本の著者の方です。」と外山さん。机の上にはズラリと本が並んでいます。
「ノンフィクションの作家さんですね。僕はご一緒させて頂いた事があるんですよ。面白いロケをした事がありまして。」そう、吾郎は以前「マイ・フェア・レディ」でご一緒した事がありますね。あの時もとても面白かったので今回も楽しみです。

課題図書 : 「孤独という名の生き方」 家田荘子

「まさに…僕たちの事ですね。」と言って吾郎は外山さんを笑わせました。
今回のゲストは家田荘子さん。1986年出版した「極道の妻たち」は何度も映画化され興業総収入70億円の大ヒットを記録。その後も歌舞伎町の人々、エイズ患者、女子刑務所などを取材し、社会に一石を投じる作品を精力的に書き続けています。
「以前ロケのゲストに来ていただいて。歌舞伎町のディープな夜を探検、みたいなロケだったんですけれども。」(吾郎)
「中華料理を頂きましたね。」(家田さん)
「そうですね。それからドン・キホーテに行ったりして。面白いロケだったんですけれども。」と吾郎。8年ぶりの共演です。

まずは家田さんの経歴を紹介。家田さんはどうやってノンフィクション作家になったのか?
1982年、ノンフィクション作家の原点といえる取材記者としてスカウトされる。
そのきっかけは自分が出演した映画を一人で売り込んでいたことでした。女優さんだったんですね。
「『女優としては色気と身長が足りない。』と言われてなかなかプロダクションが採ってくれなくて。」(家田さん)
「あ、プロダクションがないから自分で売り込むしかない?」(吾郎)
「はい。自分でいろんな会社に売り込んでて、その果てに雑誌社へ行ったら『何が流行ってるの?』と訊かれたんです。少女売春がありましたし、薬物を医大生たちがいっぱいやってましたし、そういう事を喋ったら、『それ書いてみてよ』と言われて。当時は”風俗”を書く人がいなかったんですね。」(家田さん)
「だってまだ当時は20代の女性ですもんね。」(吾郎)
そして色々取材して記事を書いているうち、ある作品が生まれます。
1986年、「極道の妻たち」を出版し大ヒットとなる。
「これ、20代の時だったんですね!」(吾郎)「私もこれ、びっくりしました。」(外山さん)なんと23、4歳くらいの頃だったそうです。
1985年、暴力団間の抗争が激化。家田さんは女性目線で極道の生活を書く事を思いつき、暴力団幹部に直談判し自宅に住み込み取材をしました。
「1年8カ月取材期間があったんですけど、全国レベルで取材していたので一つの暴力団にだけ行っているわけじゃなかったんです。全部の暴力団に住み込みしていると、胃痙攣と神経性胃炎で髪の毛は白髪になって後ろはハゲちゃって。」(家田さん)
「ええ?!それは気を遣って、ですか?」(外山さん)
「抗争の最中ですもん。いつどこからピストルの弾が飛んできてもおかしくないですから。」(家田さん)
「日本ですけどそこまで?」(吾郎)
「あの当時は全国で抗争が起こってて、火炎瓶が投げ込まれたりとかダンプカーが突っ込んできたりとか、いろんな事がありました。」(家田さん)
「へえ…でも白髪になっちゃったりとか後ろがハゲちゃったりとかしたら、途中で止めちゃおうと思いますよね、若かったら。」(外山さん)
「そうですねえ…でも『愛した男がたまたま極道だった』というセリフを聞いた時にこの言葉を世に出したいと思ったんですよ。そのためには連載をしないといけなくて、もっともっと多くの方に会って取材しなくちゃと思ったんです。」(家田さん)極道の妻たちの思いを社会に伝えたいという熱意で取材と執筆をやり遂げたんですね。
1991年(30代)「私を抱いてそしてキスして」で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞、後に映画化される。
「エイズに関してはすごく偏見を持たれている時だと思うんですが、家田さんによって払拭されましたね。」(外山さん)
「ええ、日本では『受話器でエイズが移る』とか『握手でエイズが移る』とか、言われて…。」(家田さん)
「平気でそういう事言う人いましたよね。」(吾郎)
「そういう誤解を解くには私がエイズを理解して報道することだと思ったんですが、私の心の中にも偏見があるのでなかなかうまくいかなかったんです。でちょうど良い事に当時の夫がアメリカ本土に転勤になったので一緒について行って、アメリカではエイズが身近な事に驚いて。そこでボランティアをさせて頂いて取材をさせて頂いたんです。」(家田さん)
「相手の方はすぐに心を開いてくださったんですか?」(外山さん)
「私がお世話させてもらった方は女性で、エイズと分かった途端に家を追い出されたんですね。『死にたくない」と言って泣きながら抱き着いてきた時もあったし、喧嘩して『帰る』と言って帰ってきた時もありましたし。」(家田さん)
「アメリカの時もそうですけど、取材の時には必ず一人で行かれるんですか?」(吾郎)
「はい、私一人で。その方の心の中に入っていかないといけないので、私がその方と会って、感情を分け合っていかなければいけないですね。」(家田さん)
「そこまでの取材をしないと、こちらもそれだけの事は受け取れないよね。自分もそうやって身を削って。」(吾郎)
「本当に向き合わないと。」(外山さん)
1998年(40代)「三浦和義氏からの手紙 ― 「ロス疑惑」心の検証」を発表
「このきっかけは何だったんですか?」(吾郎)
「三浦和義さんはロズ疑惑の人ですけど、”どういう人かな?”という疑問から。私の顧問弁護士のひろなか先生が三浦和義さんも担当されていたので『どういう人なの?』と訊いたら『自分で手紙書いてみたらいいじゃん』と言われまして。それでコンタクトを取って4年間やり取りをしました。あとは向こうからお手紙を頂くこともありまして。逮捕されてまだ懲役とか判決が決まっていない方たちは拘置所から自由に手紙を出せるんですね。私の場合は出版社に届きますので。」(家田さん)
「へえ…。これは作品にはされていないですよね。」(吾郎)「してないです。」(家田さん)
「やはり自分の中で整理付かないですよね。」(吾郎)
「はい。手紙を読んで(この言葉さえなければ)と思う事があるんです。でも本にするために書いていく上でそこだけを書かない、とかこの言葉さえなければ…とか思いながら書きたくないので。」(家田さん)
「その場合は書かない。」(吾郎)
「はい。」家田さんはきっぱりと言いました。
「その中でも何か救いになる光があればいいなぁと思って行くんですか?最初はだって怒りの方が強いじゃないですか。」(吾郎)
「はい。”何故この事件を起こしたんだろう?”という所から始まりますよね。それでそうせざるを得なかった。(語気を強めて)人殺しや人を傷つける事は絶対しちゃいけませんけれども、でもそうせざるを得なかった理由を聞きたい、と思うんですね。」(家田さん)
「色々危険な目にも遭ったりしてそうですね。」(外山さん)「危ないよね。」(吾郎)
「取材対象者と信頼関係を築いていくんですね、何回も何回もお会いして。だから危険な目はないんですけど、でも駆け出しの頃薬物の取材をしていた時に、当時政治家がやってるという話があって、それをやろうとしたら脅しがきました、裏世界から。」(家田さん)
「こわっ!…怖いですね。」(吾郎)命がけの取材ですね。

「今日は家田さんを作家としてお呼びしているんですが、もう一つの肩書があるんですよね。」(外山さん)
「はい、僧侶でもあります。得度(入門の儀式)をしたのは1998年なんですけど、修行して伝法灌頂という僧侶になるための儀式を受けたのが2007年です、」(家田さん)
「じゃ10年前ですね。僧侶になられて書くものが変わったりはしましたか?」(吾郎)
「ノンフィクションの目をつける所は変わってないです。」(家田さん)

ここからいよいよ今回のメインテーマへ。
課題図書は”孤独”とうまく付き合えない現代人に”孤独”との向き合い方を指南する本です。
「外山さん、孤独を感じるときあります?」(吾郎)
「病気になって2日人と話さないとちょっと寂しいなと思いますね。」(外山さん)
「私一週間平気!口数少ないので。」(家田さん)
「朝ご飯とか独りだとちょっと寂しくない?」(吾郎)
「あ、朝ご飯ね。吾郎さんそれ言いますよね。」(外山さん)
「朝って食卓を家族でしていた(囲んでいた?)イメージが強いから。」と吾郎が言うと家田さんも外山さんも納得したようです。
「朝ご飯作られるんですか?」(家田さん)「はい、作ります。」(吾郎)「すごいですね!」(家田さん)
「作ってまでやってると意外と独りだとね…。」と吾郎がボソッとこぼすと
「作るからですよね」(家田さん)「ねえ」(外山さん)とあっさり言われ
「作った方が体にはいいんですよ。」と反論しました。
「あとある?夜独りで飲みに行くの平気でしょ?」(吾郎)「平気です。」(外山さん)
「家で独りでいるのも?」(吾郎)「基本独りですし。」(外山さん)
「独りで…散歩とか?」(吾郎)「それは当たり前…(笑)」と家田さんが突っ込むと、
「いや、僕も独りで散歩しているんですけど、近所の公園を散歩する時は話し相手がいてもいいかなとたまに思うんです。」吾郎が説明しました。
「そういうカップルも羨ましいというか、ほのぼのしてていいですね。」(家田さん)
「で、たとえカップルであっても僕の場合散歩は出来ないんですよ。」(吾郎)
「ああ、写真とか。」(外山さん)「大変ですよね。」(家田さん)
「そうなんですよ。だからお忍び旅行とかお忍びレストランとかはあってもお忍びお散歩とかないじゃないですか。」(吾郎)
「お忍び旅行行かれるんですか?」と家田さんはすかさず身を乗り出して訊きました。
「お忍び旅行は…最近は行ってないですけどね。以前行ったことはありますけど(苦笑)。」(吾郎)
「どういう所に行かれるんですか?」家田さんは畳み掛けます。
「お忍び旅行は…(上を向いて考え込むふりをする)取材上手いですね。(笑)」(吾郎)
家田さん、下を向いてくっくっくという感じで笑いました。

ここで吾郎の朗読。僧侶・家田荘子が考える孤独との向き合い方について。

「孤独」というと最近では「孤独死」とか「孤独生活」といったマイナスのイメージで捉えられがちです。
(中略)
でも「孤独」の本当の意味は違うのではないでしょうか。「孤独な人」というのは独りで過ごすことの楽しさも知っている人、ひとりの時間を自分らしく過ごすことのできる、味のある人ではないかと私は思うのです。
(中略)
孤独を受け入れられる人というのは、人に媚びず自分自身をよく理解したうえで、ひとりでいる時間を大切に生きている人だと私は思います。


「そう言って頂けるとちょっとホッとするというか。」(外山さん)
「今思ったんだけど、僕の周りにいるお友達もみんなそうですね。ヒロ君とかしのぶ君とか皆独りでいる事が上手ですね。だから付き合いやすい。じゃあ今日は一緒に会おうか、って。」(吾郎)
「孤独というのは社会生活を拒否しているわけでもないし、人と一緒に過ごすことから離れてるわけでもなくて、社会生活をちゃんとした上で、しているからこそ自分の時間を大切にできるんです。」(家田さん)
「そうですよね、世の中を捨てているわけではない。」(吾郎)
外山さんも頷いています。
「なんで孤独って言われちゃうんだろう。かわいそうな人、みたいに。特に女性はすごくそういうのあるよね?」(吾郎)
「言われますよね…。なんか性格に問題があって独りなんじゃないか、って。それもあるかも知れないけど、ほっといてくれよ、って思いますね。」(外山さん)
「頑張っている女性に限って余計そう言われませんか?」(家田さん)「言われますね。」(外山さん)
「その孤独に着目したのはなぜですか?」(吾郎)
「今ね、65歳以上で1週間誰とも喋らない、そういう環境の人がとても増えているんです。私みたいに喋らなくても平気な人じゃなくて、喋りたくても人と話す機会がない人が。でもそこで自分に閉じこもってしまうとどんどん追い込まれてしまうので、自分が何をしたいのか、自分を見つめて考えて一歩前に出なければいけないと思うんです。”孤独にさせられる”んじゃなくて”孤独は自分で掴んでいくもの”だったら全然寂しくないし辛くもない。」(家田さん)
「そうですよね。僕らは孤独が嫌で孤独をやっているわけではなくて、僕らは孤独を掴んでいるわけだから、どっちかというと。」(吾郎)
「そうですね。一人でいる時間って大切ですね。」(外山さん)
「人といると麻痺しててね。淋しくはないというか満たされる事はあるんだけど、あっという間に時間が過ぎてしまって振り返る時間がなくなってしまったり。」(吾郎)
「ストレスを背負ってまでみんなと一緒の事をしなくても、自分の時間を大切にして自分の生き方を大切にして、孤独の時間をどう利用して楽しんでいくか、という事でその人の生き方が出来てくるんじゃないかなと思います。」(家田さん)

家田さん自身も経験した、いわれなき誹謗中傷や偏見に負けない考え方の部分を外山さんが朗読。

「離婚を繰り返すとんでもない女」と陰口だけでなく面と向かって言われたこともありました。
(中略)
言いたいことを言わせておけばそのうちその人たちも飽きることでしょう。
そういう人達の言葉やSNSに一喜一憂していたらストレスだらけになって自分自身がかわいそうです。
誰に何と言われようと、その人たちは私の人生を背負ってくれるわけではありません。
人それぞれの人生に答も正解も一つではありません。


「すごいですよね、ネットはねぇ。僕はあまり見ないですけど。」(吾郎)
「繋がっているようで繋がっていないような…。」(外山さん)
「浅いですもんね。繋がっている人が少ないとかっこ悪いとか恥ずかしいとかいう気持ちがあって、無理して多くの人と繋がろうとする人もいると思うんですね。」(家田さん)
「上手く活用する分にば、SNSとか全然良いものだと思うんですけど。」(吾郎)
「でも…離婚を繰り返すっていうのは…何回…?」外山さんはためらいがちに家田さんに訊きました。
「今4回目の結婚をして、もう15年位経つのかなあ…。」(家田さん)
「4度の結婚で分かった事を教えて頂けますか?」外山さんの口調は慎重です。すると、
「まだ4度しかしていない未熟者ですけど(笑)人は何回でも花を咲かせられると思いました。そしてもし、離婚すると人から色んなことを言われるとか寂しいからと思ってしがみ付いてるとしたら、散っていく花びらを落とすまいと執着するよりは、潔く一回全部花びらを落としちゃってそこから新しいスタートをするのもいいんじゃないですか、と私は思いますね。」
家田さんは吾郎の目をまっずぐに見て言いました。色々な意味のある言葉ですね。
「では今はいい意味で孤独にもさせてくれるし、いい私生活なんですね?」(吾郎)
「はい。お互い仕事を持っているので、隣町に住んでいて別居みたいになっていますが。原稿を書いてる時に人がいるっていうのはちょっと…。」(家田さん)。
「でもまあ、やっぱりパートナーがいた方が…」(吾郎)
「そうですね。一人で解決できない時もありますので、その時はアドバイスを貰ったりします。」(家田さん)
「へえ…。山行とか水行とかには一緒に行かれたりするんですか?」(吾郎)
「遍路は、私はすごくはやいので、ついてこれないんですね。ただ山行は富士山に年3回一緒に行きますし、大峰山にも行きますし、元々大峰山の行で出会った人なので。あと水行もお正月に一緒にやってくれます。」(家田さん)
「水行が大変そうだよ。」(吾郎)
ここで家田さんの水行のVTRが流れました。白い着物に身を包み夜の海に入って行きます。グループで砂浜から海に入っていましたが「普段は独りでいきなり海に入るので。」と家田さん。
「夜の海に独りでだよ。」(吾郎)「飲み込まれそう。」(外山さん)二人は驚いていました。

家田さんがノンフィクション作家として今注目しているテーマは「熟年婚活」だそうです。
「今若い方よりもずっと多いですね。離婚している方も多いし、ストレス社会で早くして亡くなる方も多いので、独りの方がとても多いんですね。そういう方たちの婚活ツアーバスに乗ったりして。」(家田さん)
「乗ってみてどんな感じですか?」(外山さん)
「東京と大阪のツアーバスに乗ったんですけど、大阪はトレーニングウェアみたいな格好で来る方もいるんですが、東京は皆さんオシャレですねえ。」(家田さん)
「へえ、違うんですね。」(吾郎)
「はい、でも会話は少ないです。大阪の方は会った瞬間からワーと盛り上がってる。」(家田さん)
「ねるとん紅鯨団みたい。」と吾郎が言うと、家田さんも外山さんも笑いだしました。
「恋愛したいっていう気持ちが素敵ですね。」(外山さん)
「だから楽しそうですよ。でカップルになった後メールでやり取りしたりして。恋してて楽しそうです。」(家田さん)
「どうぞどうぞ」と吾郎はいきなり外山さんに婚活を勧めました。
「まだもうちょっと先に…。今後の楽しみにしておきます。」外山さんのはにかむ笑顔が可愛かったです。

「さあ、これからどうやって生きていきましょうかね、僕らは。」吾郎が言うと
「え?もう自分らしくそのままでよろしいじゃありませんか?」と家田さんが答えたので
「そうですね。変わらないね。」ご吾郎もすんなりと納得しました。
そこへAD山田くんが登場。
「『孤独という名の生き方』という本なので、僕が部屋で孤独に彫ってるっていう…」と言いながら消しゴムはんこを披露しました。
「この手元を拡大すると家田さんの顔なのね。」(外山さん)
「孤独に、誰にも褒められず、ADで…。」と自虐気味の山田くん。
「でも楽しんでるじゃない。」(吾郎)「はい、楽しいです。」(山田くん)
「それでいいと思います。」と家田さんも認めて下さいました。

最後に吾郎は「気をつけて下さい、深夜の海は。」と家田さんを気遣う言葉をかけていました。


拍手ありがとうございます


(需要は少ない(というか、ない)とは思いますが、「マイ・フェア・レディ」の家田さんと吾郎の歌舞伎町ロケの感想も参考までに出しておきます)




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