SMAP稲垣吾郎さん大好きな主婦の日記 【無断転載禁止】

役者ー小説家ー役者 (「ゴロウ・デラックス」 2/24)

オープニング。今日の髭吾郎は髪がいつも以上にウェービーなせいか、更にワイルドに見えます。
「今日は、先日芥川賞を受賞されたばかりの方です。」(外山さん)
「出所会見なんて言われて話題になりましたけど、あの革ジャンの方ですね。」(吾郎)
「それではお呼びしましょう。第156回芥川賞、 山下澄人さんです。」(外山さん)
軽く会釈しながら登場した山下さんに吾郎が「おめでとうございます」と花束を手渡しました。ゴロデラ恒例の風景です(芥川賞を取ると稲垣吾郎から花束をもらえます!)
「今着ている革ジャンですね。」(吾郎)「そうです。来て来いと言われたので。」(山下さん)
ゴロデラスタッフはゲストさんの服装にもこだわりがあるようですね(浅田次郎さんには着物で来てほしいとお願いしましたし)。

受賞会見で「僕が芥川賞作家ですよ?! 嘘やろって話だし…。」と話した山下澄人さんは、脚本家倉本聰さんが主宰していた「富良野塾」出身の俳優さん。 4度目の候補で今回芥川賞を受賞しました。

課題図書 : 「しんせかい」 山下澄人 (第156回芥川賞受賞作)

「しんせかい」は富良野塾を連想させる演劇塾に入った19歳の「山下スミト」が主人公の青春小説です。
ここで恩師・倉本聰さんのコメントを外山さんが読みましたが「今回は知り合いがいっぱい出てきてニヤニヤした」とあり、「小説の感想ではないですね。」を山下さんは突っ込みました。「先生は僕の小説を最後まで読めたことがない、と言うんです。難し過ぎる、と。」でも倉本さんは今回の受賞をとても喜んで下さって
「『僕は字は下手だよ』と言いながら」本の題字も書いてくださったそうです。さらに
「何かまた倉本さんと一緒にお仕事を…。」(吾郎)
「たまたま時期が重なったんです、倉本さんが新しいドラマを書いて。それで人が決まってなかったんでしょうね。」(山下さん)
「今撮影中なんですか?」(吾郎)
「受賞会見の翌日に撮影で。」(山下さん)「現場の人ビックリですよね。」(吾郎)
「こいつ誰?って感じでしょう?出ていても。そしたら急に芥川賞取ったから(笑)扱いに困ってるみたいですね。」(山下さん)
そのドラマ、是非観たいですね。

まず外山さんの朗読。演劇塾の入塾式で「先生」が新入生に挨拶する場面です。「先生」は「君たちと僕とはいつか意見が違ってくると思います。だからこそここにいる間は僕の言う事を全部真に受けて下さい」と新入生たちに呼び掛けます。山下さんは眼を閉じてじっと聴いていました。
「…ということを倉本さんが仰ったんですか?」(外山)「そういう風に僕は覚えていますね。」(山下さん)
「高校を出てどうして俳優になろうと思ったんですか?」(吾郎)
「新聞に募集が出ていたんですね。間違って入っていた新聞に載っていて。それ見て行ったんです。」(山下さん)
「もともと俳優になりたかったんですか?」(吾郎)「ブルース・リーと高倉健さんが好きで。」(山下さん)
「先生の事も?」(吾郎)「全然知らなかったです。先生の名前をどう読むかも知らなかった。」(山下さん)
「そんなに簡単に入れるものなんですか?選考とかは?」(吾郎)「ありましたよ。書類選考があって東京に出てきてオーディションを受けて。人がたくさん来ていて驚いた。」(山下さん)
「じゃ結構な倍率で。」(吾郎)「結構な倍率でしたね。」(山下さん)
山下さんは淡々と話しましたが、間違って入ってきた新聞に載っていた広告を見て応募してオーディションに受かるなんてすごくドラマティックですよね。

「富良野塾」とは1984年に倉本さんが俳優・脚本家養成の為私財を投じて北海道・富良野に作った無料の演劇塾です(2010年閉塾)。毎年オーディションに合格した約20人の若者たちが2年間を過ごし芝居について学びます。 その特徴は
「とにかく一合目から歩く。一合目からの歩き方を、農業なんかをやる事によってね、あらゆる社会でそうですけれども、そういう事を身につけてほしい。」(倉本さんのインタビューより)
演劇だけでなく農業や大工仕事なども全部やり自給自足の共同生活を送ります。山下さんはその2期生でした。
富良野塾の映像を山下さんが説明。食事をするレストラン棟はとても立派ですが山下さんが入った時はまだ建設中だったそうです。
「自分たちで作るってすごいね。」(吾郎)「大工仕事やった事ない人も…。」(外山さん)「全員素人です。」(山下さん)
農作業。「これは辛かったです。まっすぐじゃないでしょ土地が。」(山下さん)収穫した人参を仕分けるのも自分たちでやります。
昼寝。「みんな寝てる。」(吾郎)「早く食べてとにかく寝る。昼ごはんの後ですね。1時間休憩だから。」(山下さん)「これは過酷だよ。」(吾郎) 農業は特に大変な様で
「全部自分たちでやるから育たない。農家さんに教わってやるけど。一度メロンを全滅させた。すっごい怒られた。」(山下さん)
そして夜は稽古場で芝居の授業。ご飯の後だから眠くなってしまうそうです。そして学生さん達が動いている映像も。
「これは何をしているんですか?」(吾郎)
「さっき人参をぶちまけてましたけど、ああいうのをダンスにして倉本さんが芝居にしてくれたんです。」(山下さん)
稽古風景では倉本さんが演技をつけている映像も。これで公演もしたそうです。
「これ見ていると楽しそうだけど…。」(吾郎)「楽しかったですよ。」(山下さん)
「富良野塾で一番思い出に残っている事は?」(外山さん)
「高倉健さんが来てくれたんですよ。」(山下さん)「来てくれたんですか!」(吾郎)
「2日続けて来てくれて。2日目には講義をしますと言って、講義と言っても自分の若い頃の話とか…」(山下さん)
「ほんと夢みたいな話だよね。」(吾郎)
吾郎は演劇塾に入った経験はないので。山下さんのお話に興味を引かれたようでした。

山下さんは俳優の経験を生かして朗読会も行っているそうなので、今回は特別に山下さんと吾郎が掛け合い朗読をしました。(こんな超豪華な企画ができるのはゴロデラだけです!)
主人公の山下スミトが『芝居をしたくてこの塾に入ったのに農業ばかりしている 』と同級生に愚痴をこぼしたのを先生に聞かれてしまい怒られるシーン。山下さんが先生役、吾郎がスミト役です。山下さんは微かにに微笑みを浮かべて読み、吾郎の朗読を頷きながら聴いていて、本当の先生の様でした。山下さんは先生役になりきった役者さんの読み方で、吾郎はニュートラルな朗読の読み方だったと感じました。そしてどちらの読み方にも味わいがあっていいなと思いました。
「本当のお芝居みたい、セリフの掛け合いで。」と吾郎も言いました。朗読の中で出てきましたが、「先生が『きみ』という時は相当怒っています。」と山下さん。
「よく怒られましたか?」(吾郎)
「僕は怒られましたね。生意気だって言われました。台本に書いてない事をやって『お、いいね』と言われて調子に乗って、台本に書いてない事をやればいいのかなと思うと、それは違うんですね。」(山下さん)
「今度やり過ぎちゃうと…」(吾郎)「そんなこと書いてねえよ、って。」’(山下さん)

21歳で富良野塾を卒業してから俳優や脚本家として活動してきた山下さんは、舞台を見に来た出版社の人の勧めで45歳の時に小説家デビューしました。すると翌年には早くも芥川賞候補になり野間文芸新人賞も受賞。そして50歳の今年、4度目の候補で芥川賞を受賞して才能が広く認められました。
その執筆スタイルは、スマホで書くというもの。「スマホは分量が分からないから、iPadに飛ばしていじったりはします。」(山下さん) 「スマホって初めて聞きましたね。」(吾郎) 
「スマホのメモ帳に書いてるんですよね。どこでも書けるからですか?」(外山さん)
「そうです。電車の中でも寝っ転がりながらでも書けるから便利かなと思って。」(山下さん)
「(作家さんというと)机に着物で向かって万年筆使って…」(吾郎)
「自分でもそう思ってましたね、小説家って。」(山下さん)
「400字詰原稿用紙で何百枚って世界ですよね、実は大変ですよね。」(外山さん)「ギガ数が大変だよね。」(吾郎)
「いやメモ機能って結構な分量書けますよ」(山下さん)「そこですか(笑)」(外山さん)「ギガ数大丈夫でしょう、今のスマホなら。」(吾郎)「(原稿用紙)200枚くらいいけますよ」(山下さん)と、小説の話からいつしかスマホ談義に(笑)。
「楽だからなんですか?」(吾郎)
「どこでもやれる。ちょっと時間があればできる。やってみて一番いい感じはしますね、今の自分には。」(山下さん)
「気が向いたら携帯をいじっている感じですか?」(外山さん)「あいつ仕事しないでずっとLINEばっかしてるよ!と思われたり。」(吾郎)
「そうなんですよ。喫茶店でずっとやっているから、あのおっさんずっとメールしてるよ、って思われるんじゃないかと。だから一か所に長い時間いないです。1時間か1時間半位で何カ所か回る。」(山下さん)
これには吾郎も外山さんも爆笑でした。

CMに行く前、雪の中で巨大なウサギを「ルールルルル」と呼ぶAD山田くんのシュールな映像が流れました。これが番組のシメの前振りだったとは…。

ところで山下さんのドラマデビュー作は、富良野塾を卒業した直後に放送された「北の国から'87初恋」だそうです。
「チラッとですよ。僕以外分からないと思ったけど、よく探してくれましたね。」(山下さん)
「これ、特に有名な作品ですよね。」(吾郎)
「北の国から'87初恋」は吉岡秀隆さん演じる中学生の「純」と横山めぐみさん演じる「れい」の恋物語。山下さんは「れい」の家族が霜害を防ぐためタイヤを燃やすシーンで「手伝いに来る村の男」役でした。芥川賞作家のドラマ初出演シーンを見ましたが、ほとんど顔が見えず、吾郎の感想も「全く分からなかった」。
「これは先生からのオファー?」(吾郎)
「いや全然。人が足らなかったんです。で電話がかかって来て誰でもいいから一人来てくれって。でその時僕しかいなかった。基本お手伝いです。」(山下さん)
「だって近くにいるんだもんね。じゃ富良野塾の方はよくお手伝いしていたんですか?」(吾郎)
「してましたね。丸太小屋建てたり石の家建てたり。」(山下さん)へー、と吾郎が感心している所へ
「うぉほーい」と太い声を出しながら現れたのは黒板五郎になりきった(つもりの)AD山田くん。田中邦衛さんの物まねで「やるなら今しかない!」と言いながら泥だらけの畳んだ紙を山下さんに渡しました。山下さんがそれを広げると山下さんの顔の消しゴムはんこでした。
「これ、今お話を聞きながら(山田くんが)彫ったんですよ。」と外山さんが言うと「わあ有難うございます」と山下さんは嬉しそうでした。

役者、脚本家、小説家と様々な表現ができる山下さん。いつか吾郎が何かの形で一緒にお仕事ができるといいですね。


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日本ゴールドディスク大賞で2部門受賞♪♪

これも嬉しいお知らせです。

「日本ゴールドディスク大賞2017」で
「SMAP 25 YEARS」がベストアルバム賞
「Clip SMAP!コンプリートシングルス」がベストミュージックビデオ賞
を受賞しました。
おめでとうございます

日本ゴールドディスク大賞2017の詳細はこちら

昨年の複雑な状況の中、この2作品を制作発売して下さったビクターさんには本当に感謝しています。有難うございます。
この賞は2016年1月1日~12月31日に発売された作品が対象なので、12月下旬に発売されたこの2作品が受賞したのは本当に驚くべき事です。
SMAPにまた新たな伝説が加わったのかも知れません。


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猫好きの為の30分 (「ゴロウ・デラックス」 2/17)

今日は2月22日、猫の日です。でもこの記事を今日アップしたのは偶然です

オープニング。
「今日のゲストは猫を撮り続けて40年、世界的動物写真家の方です。」(外山さん)
「猫写真の第一人者ですからね。猫好きなので今夜は楽しみです。」吾郎は最初からゴキゲンです。

今日のゲスト、岩合光昭さんはカメラを持って登場しました。「これを持ってないとカメラマンらしく見えないから。」と冗談を言いながら。岩合さんが微笑むとスタジオに和やかな空気が流れます。
動物写真家を父に持ち子供の頃からその手伝いをして育った岩合さんは、1979年写真集「海からの手紙」で、写真界の芥川賞と言われる「木村伊兵衛写真賞」を受賞。1986年には猫を撮った写真集「おきて」の英語版が15万部超のベストセラーになり、学術誌「National Geographic」の表紙を2回飾りました(2回採用されたのは日本人初)。
現在はNHKで冠番組(「岩合光昭の世界ネコ歩き」)を持ち、一年の半分は海外で撮影しています。猫の撮影のために訪れた外国は30か国以上になります。 
「猫好きでしょ?」吾郎が外山さんに尋ねると「猫好きです。…動物好き。」と外山さん。猫好き同士は分かるのでしょうか。 
「猫を15年くらい飼っていたので…」と吾郎が言いかけると岩合さんは「飼っているなんて言ったら猫に怒られます。一緒に暮らしてる。」とすかさず指摘。これには吾郎も「確かに猫は主従関係よりも、共存している、一緒に暮らしている感じがしますね。」と納得していました。

課題図書 : 「ネコへの恋文」 岩合光昭

「ネコへの恋文」は岩合さん41冊目の猫写真集。猫達への思いを写真と文章で綴った猫愛溢れる一冊です。
ここで吾郎の朗読。ネコは人と会うと「見つかっちゃった」という顔をする。ネコは体に野生を残している。注目すべきはネコの大きなストレッチ。次の瞬間には飛び出せるのだからネコはすばらしい。
「ネコのあのストレッチは準備運動なんですね。」と吾郎。
外山さんは本を見ながら「こんな気持ちいい顔するかね?ってくらい気持ちよさそうな顔していますね。」と楽しそうです。それは猫が前足を延ばしてグーンとストレッチしている写真。「実はここにガードレールがあったんですが、それをよけて地面に這いつくばって撮ったんです。」と岩合さん。
そこへ現れたのは猫の着ぐるみと猫メイク姿のAD山田くん。今回限定キャッツ山田くんが案内したのはスタジオに作られた特設ギャラリーです。吾郎と外山さんはここで岩合さんの猫写真展を拝見しました。
最初は48年前に岩合さんが初めて撮った猫写真。茶色とグレーの猫がピッタリと寄り添っています。これを撮った時岩合さんは大学生でした。
「雨の日に電信柱の前を通ったら下に段ボール箱があって、開けて見ると目の空いてないネコが2匹いたんです。これは保護しなければと家に連れて帰って、写真を撮りました。」(岩合さん)
「猫が好きになったきっかけは何だったんですか?」(吾郎)
「高校の時友達の家に行ったら猫を飼っていて。そしたら友達がその猫を後ろ向きに自分の肩に乗せて僕に背中を向けたんです。で猫の顔が僕の目の前にきて目と目が合ったら、自然に目から涙が…。あわてて手で拭いましたよ、高校生が友達の前で泣くなんて恥ずかしいじゃないですか。でも…美しいものと出会った時の感動ですね。『なんて美しい動物がいるんだろう』と。」(岩合さん)
次に吾郎が手に取ったのは岩合さん最初の写真集です。「最初から猫の写真集だったんですね!」(吾郎)
「雑誌に猫の写真を乗せた時に反響が大きかったんです、他の写真より。それで猫の写真集を出そうと。その時はまだシャム猫などの綺麗な猫を撮っていた。でも自分は猫の自由度というかありのままが好きで、外に出て撮りたいと思った。最初は『普通の猫じゃないか』『しかも汚れてる』と言われました。当時はまだ綺麗な猫を綺麗な部屋の中で撮った写真が好まれたんです。でも、いつかそれは変わると思っていた。」と岩合さん。変わるというよりも岩合さんが変えたのかも知れません。

「岩合流猫の撮り方」はどういうものなのでしょう。
1. だるまさんが転んだ方式 (2匹の猫がじっとこちらを見ている写真を見ながら)
「猫がこっちをじっと見ている時はまだ警戒しているんです。で背中を向けて別の事をしていると、段々猫が寄ってくる。それを時々振り返って見ながら、良い所になった時にパチリと。」(岩合さん)
2. 人の動きがゆっくりするところを探す (猫たちがたくさん集まっている写真を見ながら)
「猫がいる所って分かるんですか?」(外山さん)
「匂いとか、今冬だったら陽だまりとか。あと人の動きがゆっくりになるところですね。坂の上とか。」(岩合さん)
3. 仔猫を撮る時は母猫の許可を得る (猫の親子の可愛い写真を見ながら)
「仔猫はすごく緊張しているんです。で高い所にいる母猫に『可愛いから撮らせてね』と語りかけると『よし』と言ってくれて、そうなると仔猫も安心する。人間と一緒ですね。」(岩合さん)

「僕らも猫を撮りたいね。番組の流れ的にそんな感じしない?」と吾郎が言うと、キャッツ山田くんが3人を猫のいるお部屋のセットへご案内。山田くんの猫コスプレを吾郎はちらりと見て
「その格好する必要あったかな。」クールに一言。低い声に色気があってドキッとしました。
お部屋にはベッドやライティングデスクなど猫が登ったり隠れたりするのにうってつけの家具類がいい感じに置かれ、可愛いフカフカのカーペットも敷かれています。 
吾郎が近づくと一匹の子猫がトトトと駆け寄ってきました。「可愛い!」と声を上げる吾郎。「すごい、近寄ってきた。」と外山さんが驚くと「猫の事は一番分かってるから、君たちより。」と吾郎は上から目線です。

ここで「猫をスマホで可愛く撮る方法」を岩合さんに教えて頂くことに。「スマホがいいんですか?」外山さんが訊くと
「大きなカメラだと猫が警戒する。スマホは普段から机の上に置かれたりしているから多分見慣れているんじゃないかな。」とのこと。
重要なポイントとしては、
先ず状況を確認 
「今4匹いる」(岩合さん)「あの茶色い子がトラブルメーカー」(吾郎)「遊び好き…」(岩合さん)「あ、こっち見たからもう…」(岩合さん)そこで
挨拶
「関心を示すかどうか見ます。この中ですぐに撮れるのは…。」と岩合さんが茶色い子に手を伸ばすと、「来た!」(外山さん)
そして「猫の表情を撮りたいわけだから」(岩合さん)
猫の表情を撮るために這いつくばって猫目線に
「黒い子撮れそう。自分の事を言われているのが分かっている。」吾郎は猫の事をよく分かっているんですね。そこで岩合さんから皿にアドヴァイス。
自意識を捨てる 
「自意識を捨てて猫の事を思う」のが大切なのだそうです。

猫の撮り方を教えて頂いて、いよいよ撮影開始。
吾郎は部屋のセットの中にそっと入っていきます。「声をかけて下さい」と岩合さんに言われ、
「にゃー。写真撮らせてください、可愛いでちゅねえ。」と赤ちゃん言葉になる吾郎。仔猫に後ろから近づくと「こっち向いてください、後ろのカメラマンの方邪魔ですよ。」と可愛い声で言ったので外山さんは大笑い。「後ろのカメラマンさん」はすぐどいてくれました。
おもちゃや猫じゃらしを駆使して猫を連写する吾郎。黒猫に声をかけながら静かに撮る岩合さん。床に這いつくばって夢中で撮影している吾郎を見て「私、こっちから猫を撮っている吾郎さんの動画を撮りたいんだけど」という外山さん(←ファン目線でナイス!) 猫を撮る流れで岩合さんも撮る吾郎、自由です。3人共本当に思い思いに楽しそうに撮っています。すると
「こういうおもちゃは僕あまり使わないんですよ。」と岩合さんが言いました。
「そうなんですか?」と驚く吾郎に「これに夢中になっちゃうから。するとその顔しかしなくなる。やはり猫の自然な表情を撮りたいから。猫の動きの中から発見する。」と真面目に説明する岩合さん。が、「と言いながらも…」とねこじゃらしを手に取り黒猫に構い始めました。
「使ってるじゃないですか!ずっと使いっぱなしじゃないですか!」と吾郎は笑ってツッコみながらも、岩合さんがねこじゃらしで黒猫を引き付けている間にすっと近寄りスマホを黒猫に向けます。「この子は難しい。この子の黄色の目をちゃんと入れるのは…。」と吾郎が悪戦苦闘する脇で外山さんは「きゃ~わい~い」と甘い声で白い猫に話しかけながら写真を撮っています。「こういう時手(前足)も入れてあげるといいんですよ。」と岩合さんがアドバイス。確かに手まで入れるととても可愛らしい姿になります。
吾郎は「君懐くね~」と言いながらベッドの裏にいた仔猫を抱き上げました。仔猫と自分の2ショットを自撮りしようという訳です。吾郎の腕の中で猫がバタバタ動き回りなかなか撮れない所に岩合さんがスマホを向けました。その瞬間吾郎はちゃんとカメラに目線を。さすがアイドルを28年やっているだけの事はあります♪

3人が夢中になり過ぎて企画の趣旨を忘れそうなので(笑)撮影終了。「面白かった」と吾郎は満足げににっこり。
「それでは皆さんのベストショットを見てみましょう。」と外山さんが言っても吾郎は自分のスマホのチェックに夢中です。それを見て外山さんは「顔!」と言いながら笑いました。本当に吾郎が嬉しそうなんですもの。
先ずは岩合さんのベストショット。仔猫が穴から顔を出しています。悪戯っぽい表情が可愛いです。もう一枚はベッドに前足をかけ立ちあがっている写真。「仔猫の成長が見えるような。」と岩合さん。
次は外山さんをベストショット。同じ仔猫の可愛らしい表情を捉えています。しかし吾郎は「もういいから」と外山さんのスマホを取り上げようとします。「僕のも評価してもらいたいの!」と甘えた声で笑う顔が可愛すぎます!猫っぽい!
そして吾郎のベストショット。茶色の猫と白い猫がじゃれている写真です。「なんか良くないですか?男と女みたいで。」と吾郎は自画自賛。
「これはスーパーショットですよ。構図がよく出来てるし猫の動きも捉えてるし、また手が少し見えているのが…猫パンチを繰り出す感じ。」と岩合さんも感心すると「それからもう一枚評価…」と吾郎が食い下がったので外山さんは大笑いしました。
もう一枚は白い猫が伏せて少し横を見ている写真です。「これも良いですね。猫の次の動きを予測しながら撮ってるでしょ。猫の事がよく分かっているんですね。素晴らしい。」と岩合さんに褒められ「有難うございます」と得意満面な吾郎。
「恐れ入りました。動きの中から可愛さを発見するのは素晴らしい。」と感心する岩合さんに「本当に好きで15年飼っていたので。」と吾郎は嬉しそうに言いました。

恒例の消しゴムはんこのコーナーですが、キャッツ山田くんがスケッチブックを持って登場しても「吾郎さん全然興味ない」(外山さん)。はんこは沢山の猫に囲まれた岩合さんでした。
「これから100冊くらいを目指して頑張ってください。」と吾郎。これは岩合さんへのリクエストでしょうか。
おまけで吾郎の猫写真の凄い口のショットも。今回は猫好きさんにはお宝のゴロデラでした。 


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家庭画報4月号に吾郎が登場!

また嬉しい雑誌のお知らせです。

3月1日発売の「家庭画報」4月号に吾郎のブラビア&インタビューが掲載されます。

詳しくはこちら

〈2017年春夏最新コレクションでもっと輝く オーラを放つ時代の主役たち〉というタイトルに惹かれます。篠山紀信さんが吾郎のどんな表情を撮って下さったのか期待が高まります。そしてインタビューも楽しみです。家庭画報と吾郎ってすごく相性が良さそうな気がします。
私は嬉しくて、地元の本屋さんに取り置きを頼みました。確実に手に入れるためには予約がお勧めだそうです。上記のHPからも予約できます。


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ザ・テレビジョンのインタビュー

現在発売中の「週刊ザ・テレビジョン」にSMAP5人のグラビアとインタビューが載っています。
「SMAP」という名前ではなく「中居正広 木村拓哉 稲垣吾郎 草彅剛 香取慎吾」と書かれていますが、表紙にこの5人の名前が並んで乗っていると嬉しいです。

木村くんは「A LIFE ~愛しき人~」
剛は「嘘の戦争」
吾郎は「ゴロウ・デラックス」
慎吾は「Sma STATION!!」
中居くんは「ナカイの窓」

それぞれがそれぞれの場所でしっかり前を向いて誠実に自分のお仕事に向き合っているのが伝わってきます。(去年うんざりするほどばらまかれた中傷記事で描かれた人物像とは大変な違いです。どうしてこんなに違うのでしょう、不思議ですねぇ。)それと、それぞれメンバーカラーが使われているのも嬉しい所です。
この時期にこういう形で記事にしてくれた事は本当にありがたいです。P.97のアンケートを出して感謝の気持ちを編集部に伝えようと思います。

どのグラビアも楽しいですが、吾郎ファンとしては、吾郎がネコと戯れながら写真を撮っている写真がとてもツボです。ゲストは動物写真家の岩合光昭さん。今夜放送なので楽しみです。


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アイドルから梨園の妻へ (「ゴロウ・デラックス」 2/10)

オープニング。
「今日は、人気アイドルから一転歌舞伎界に嫁がれた梨園の奥様です。」(外山さん)
「梨園の奥様とお話するってめったにないですよ。(外山さんを見て)絶対できないよね(笑)。」(吾郎)
「え?私ですか?言うまでもないですよ。」(外山さん)
相変わらず遠慮のない吾郎と堂々と受け流す外山さんです。

「この方すごいよねえ。」と吾郎は席に着くなり言いました。
「すごいですよ!大変だけど疲れ切っている姿を全く感じさせない。」と外山さんも絶賛です。
今回のゲストは三田寛子さん(51歳)。1981年15歳の時「2年B組仙八先生」でデビュー。翌年レコードデビューしアイドルブームを牽引しました。25歳で中村芝翫(当時橋之助)さんと結婚。今年結婚25周年を迎えるとともに歌舞伎界初親子4人同時襲名を支える多忙な毎日を送っています。歌舞伎界のしきたりの中で奮闘する梨園の妻の日々を綴ったのが今回の課題図書です。

課題図書 : 「銀婚式」 三田寛子

三田さんは春を先取りしたような淡い色合いのお着物で登場しました。立ち居振る舞いも優雅な梨園の奥様です。
「芸能界は「学校」で教えてもらうことが多かったんですけど、歌舞伎界は「会社」ですね。成駒屋という会社の新入社員。知らないことばかりで一から教えていただく感じでした。」と三田さんは言います。
芝翫さんとは映画などでの共演で出会い愛を深めていきましたが結婚に至るまでには苦労がありました。
 「『結婚を前提にして真面目にお付き合いしたい』と言われたんですが、まだ若手の歌舞伎役者だった為、結婚してもいい、と周りに言ってもらえる環境になるまではご両親に紹介してもらえなかったんです。家の近くまで車で送って行っても家には入れてもらえなかったですね。結婚まで3年半かかりました。」(三田さん)
「長いよね、3年半かかるんだね。」(吾郎)「まだ21歳でしたから。」(三田さん)

ここで吾郎の朗読。梨園の妻としての心構えについて。新しい世界になかなかなじめず苦労していた時お父様に言われて心に残っている言葉は「つらあかりから舞台側は役者の仕事、つらあかりから客席側はあなたの仕事です」。つらあかりとは舞台の一番前にある照明で舞台と客席との境目にある。舞台でいい芝居をするのが役者の仕事で、客席側の事を全て取り仕切り役者がいい芝居ができるよう支えるのが妻の仕事。夫がいくらいい芝居をしても私に粗相があれば夫や成駒屋の看板に泥を塗ることになる。夫を支える責任の重さを痛感した。
「今までとは逆の立場ですよね。今迄は舞台に出る側だったんですものね。」(外山さん)
「そうですね。今迄は周りの方が全部色々な準備をしてくれて最後に「寛子がんばれ!」と背中をポンと押してくれて舞台に出ていって一生懸命やる感じだったんですが、結婚してからは今まで自分がやってもらっていた分プラス、歌舞伎界独特の、女の人が男の人を支えるいろんな役割を肝に銘じて支えていかなきゃいけない。」180度逆の立場になったんですね。
「夫がすごく頑張っている姿を目の当たりにするんですよ。すると自然にヨイショと腰が上がって、「私も何かしてあげたい」と動こうというエネルギーがみなぎってくるんですよ。男尊女卑とかではなくて、何でしょうね、愛情でしょうかね。」(三田さん)
「それだけ歌舞伎役者さんって大変なんだね。」(吾郎)
ここからは本の内容に沿って梨園の妻のしきたりを見ていきます。
梨園の妻の習わし1. .「亭主関白は当たり前」
「例えば男の人は荷物一つ持たない。次の日の芝居に差し障るといけないから、女の人が荷物を全部持つ。夫は普段は優しい人なので二人だけの時は持ってくれるんですけど、(人目がある所では)『君が悪く言われるといけないから、周りの人が見ているから、ここは君が持った方がいいと思うよ。』と渡されるんですね。」(三田さん)
「芝居について意見やアドバイスするのもいけないんですよね?」(吾郎)
「それはもうタブーですね。(結婚してすぐの頃)私が軽い気持ちで、帰ってきた夫に「どうだった?」「あそこはこれでこれでこういう風にした方がいいかな~?」と言ったら夫が「ん~」と暗くなって。翌日お母様にその話をしたら「バカね、そんな事言っちゃダメよ。私も男の子二人を役者に育てたけど、芝居の話をしたら素人は黙ってろ!と言われたのよ、そういうもんよ。だから素人のあなたが口を出しちゃダメ。」と教えて下さって。だからその日から私は何も言わない。」(三田さん)
梨園の妻の習わし2. 「劇場への送迎も妻の役目」
三田さんはそれまで事務所の車で送迎してもらっていたので、結婚当初は「え?私が運転?」と驚いたそうです。
「でもこれには理由があって。行くまでに声出しとかしたいから、タクシーや電車ではダメなんです。でも私の運転が余程怖かったのか、夫は結婚してから免許を取って自分で運転するようになりました(笑)」(三田さん)
「運転怖そうですもんね。」吾郎、そこは突っ込まない方が…(汗)。

ここで外山さんがフリップを取り出しました。結婚当初の三田さんの一日を円グラフにしたものです。
「本当に多忙を極めていたんですよね。だって夜3時に寝るでしょ、で7時に起きる。」と外山さんが説明すると
「3時?3時?!」吾郎の声が思わず裏返りました。
「劇場に4回行ってる!その往復だけでも…。」(外山さん)
「ご飯をちゃんと食べる暇もないくらい。でもお母様がやっているのを脇で見てますからね、『私にはできません』とは言えなかったですね。『やるしかないんだ!』と。」(三田さん)
そして昨年親子4人同時襲名という大仕事に取り組みました。ごひいき筋へのあいさつ回りから記念品やパーティの準備その他、襲名披露の準備は命を削ると言われるほどの激務です。しかも同時に4人も!
「親子4人同時襲名というのは多分歌舞伎界で初めてじゃないかと言われました。お着物にしても、季節をまたぎますから、夏物、合物、冬物と4着くらい必要で、それが4人分ですから全部で16着…。もうどうなるんだろうと思いました。」(三田さん)それを聞いただけでも目が回りそうです。

そして今年1月2日の大阪松竹座襲名披露公演での三田さんの仕事ぶりを撮影してきて頂いたので、スタジオで拝見しました。
襲名披露公演での梨園の妻の務めは
1. お弁当を準備し共演する先輩方へ配る。口上に出て頂いた先輩方の楽屋へ行ってご挨拶。
2. お客様へのご挨拶。ロビーへ出て総支配人や劇場関係者の方々にもご挨拶。「襲名の受付が端っこにありますので、そこで切符をお渡ししたり」(三田さん)。もちろん終始笑顔。
それから劇場内の売店では公演関連グッズを売っていますが
3. グッズのデザインや手配・発注。今回の襲名披露公演では、三田さんは成駒屋のタオルをデザインしました。その他にもカレンダーや飴やマグカップなど、色々なグッズを用意しています。
そして襲名披露で欠かせないのが「お祝い幕」。通常の公演では「定式幕」という3色の幕が使われますが、襲名披露公演では「お祝い幕」という特別の幕が御贔屓筋から贈られます。そこで
4. 役者・デザイナーと「お祝い幕」のデザイン決め。
「今回は佐藤可士和さんにお願いしました。去年10月・11月の東京公演と今年1月の大阪公演とでは違うものをデザインして頂いてます。」(三田さん)
「ひと月ごとに変えるんですね!」(外山さん)
「ええ。ひと月使っているとボロボロになるんです。佐藤可士和さんは同年代でプライベートでも仲良くさせて頂いているので、どんなものが良いでしょうと相談に行ったら、佐藤さんが議長のようになってみんなのアイディアを集めて膨らませてこういう物を作って下さったんです。皆さんに斬新だと言って頂けて…。」(三田さん)
「歌舞伎では見た事ない色使いですよね。」と吾郎が言いました。佐藤可士和さんと言えばSMAPもCDジャケットなどのデザインで大変お世話になりましたね。ちょっとつながりを感じて嬉しかったです。

話は変わって。
「本のタイトルが『銀婚式』なので、三田さんに内緒でご主人の芝翫さんにアンケートを…。」と外山さんが言うと
「大丈夫かなあ。」と三田さんは少し照れました。

Q. 結婚生活25年を振り返り、夫だからこそ知る妻三田寛子さんはどんな方ですか?
A. 25年前、敦子(本名)と2人で出発しました。なかなか子供に恵まれず、妻は随分と辛い思いをした時期もありましたが、後に長男が生まれ、次男、三男と子宝に恵まれ、その子供たちも歌舞伎俳優として舞台に立たせて頂けるようになりました振り返れば休む間もなくずっと、走り続けながら私たちを支えて来てくれました。常に明るく、前向きな敦子にいつも助けられ、励まされています。この襲名を機に子供たちと共に大きく飛躍できるよう精進してまいりたいと思いますので、これからもよろしくお願いします。
Q. 直して欲しいことはありますか?
A. 特にありませんが、睡眠時間が少ないのが心配です。特に一昨年秋の襲名発表以降、準備に終われ、徹夜を繰り返している事も多かったようですし、公演中の今も寝ている所をあまり見ないので、とにかく健康の為にも睡眠をしっかり取って下さい。

外山さんが読むのを頷きながら聞いていた吾郎は「お人柄が伝わってきますね。」とにっこりしました。
「主人は口下手だし、普段こういう事は言わない人なので…。」三田さんはしみじみとしています。
「じゃ、こういうメッセージは久々?」(吾郎)
「初めてじゃないかな。(アンケートを)よく受けてくれましたね。…ありがとうございます。」三田さんは嬉しそうでした。

「で、昨年世間を騒がせる事があって、三田さんが「あとがき」を急遽直された…?」と外山さんがまた話題を変えました。(本の内容に関わる事ですが、あえてそこに触れるんですね…。)
「この本の最終入稿の時にああいう形で世間をお騒がせする事になって(苦笑)、あとがきだけでも書き直させてくださいと言って気を引き締めて全部書き直したんですけど。主人は舞台の上で精進して皆さんに可愛がって拍手していただける役者にならなきゃいけないという思いは尚一層強まったと思いますし。」(三田さん)
「ねえ、お子さんたちも楽しみだね。」と吾郎が優しく言いました。
途中で「歌舞伎見たいなぁ」とも呟いた吾郎。歌舞伎からも新しいことを吸収できるといいですね。

AD山田くんがスケッチブックを持って現れると「いつも拝見してます」と三田さんは明るく声をかけました。そう言ってくださったゲストさんは初めてかも知れません。三田さんと成駒屋の家紋を並べた消しゴムはんこを見て「すごーい!密かに楽しみにしてたんです。」と三田さんは喜んでいました。「ゴロウ・デラックス」を見て下さっているんですね。

番組の最後で、後日届いた吾郎宛てのお礼状が紹介されました。達筆です。番組出演のお礼、収録が楽しかった事、吾郎への労いなどが綴られていて
「良き春をお迎えになられます様お祈り申し上げます」
という言葉で締めくくられていました。
細やかな心遣いにあふれたお手紙で本当にありがたかったです。三田さんありがとうございます。


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ビクターのSMAP特設サイトで衣装展示中♪

昨年12月から今年の1月まで全国のCDショップでSMAPの衣装展示が行われていましたが、今日「SMAP25YEARS」の特設サイトにその衣装全20着の写真がアップされました。

遠くて見に行けなかった方、見に行ったけれど背景等が映りこんできれいに写真が取れなかった方、皆さん必見です♪

SMAP25YEARSの特設サイトはこちら

今年になってもSMAPに心を寄せ、ファンに出来る限りのサービスを提供して下さるビクターさんには本当ん位感謝しています。
是非皆さん見に行ってください!


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映画「少女」が待望のDVD化!

待望のお知らせです。

映画「少女」のブルーレイ&DVDが4月5日に発売されます♪
詳しくはこちら
孝夫さんにまた会えるのが嬉しいです。特典DVDも気になりますね。

私が気になっているのが、孝夫さん土下座シーン。それを撮影する「チョーうける」の声が紫織の声に聞こえるので、買ったらしつこくリピして確認したいです。


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情念とハッタリの映画人生 (「ゴロウ・デラックス」 2/3)

オープニングは岩に砕け散る波の映像に三角マーク、その中に「ゴロウデラックス」の文字。東映のマークのパロディですね。しかも縦にノイズが入っていて芸が細かい!
「今夜のゲストは日本でただ一人の、あるジャンルの研究家です。吾郎さんはこのジャンルの経験者ですね?」(外山さん)
「何作品かあります。この方の知識はすごいですよ。なにしろこのジャンルでは日本一ですから。」(吾郎)

今日のゲストは春日太一さん。日本でただ一人の時代劇研究家です。吾郎より背が高くがっちりとした体形の方です。
「時代劇と僕といえば三池監督の『十三人の刺客』…」(吾郎)
「あれは評判良かったですね。」(春日さん)「ありがとうございます」(吾郎)
「よく褒められますよね、『十三人の刺客』。」(外山さん)
「芸能生活やって来て僕一番褒められたのが多分『十三人の刺客』。」(吾郎)
「十三人の刺客」は」本当に今でも褒められますよね。春日さんにも褒めて頂けて光栄です。そしてここの会話のBGMが「十三人の刺客」のサントラだったのも嬉しかったです。
春日さんはお父さんの影響で子供の頃から時代劇が大好き。日大芸術学部大学院では時代劇を研究し、その為に太秦の撮影所に半年間住み込んで取材をしました。それを基に書いた著作は10作以上になります。

学生時代に半年間太秦に住み込み時代劇の現場を見て、春日さんはスタッフの情熱に打たれたそうです。
「クランクインからクランクアップ迄テレビシリーズの現場を見続けてスタッフの力の大きさを感じました。主演の内藤剛志さんが鳥居をくぐるシーンで、監督が『くぐって出てきた時に頭に蜘蛛の巣をつけたい』と言うと、スタッフは慌てることなく、一本の糸をさっと手でほぐして作るんです。作品にはそういうスタッフの創意工夫が生きている。」(春日さん) 
「太秦って面白いよね。怖い所かと思ったら、何年ぶりかで行っても『おお、久々~』と覚えていてくれたり。」(吾郎)
「僕も京都へ行くと『お帰りなさい』と言ってくれる。」(春日さん)
「じゃ、かよって通って…。」(外山)
「珍しかったんでしょうね、大学院生が東京から来るのが。最初は邪魔だ、とか怒鳴られましたけど、空いた時間にスタッフに『これはどうなってるんですか』とか色々質問していったら皆喜んでくれて。」と春日さん。そうやってスタッフの中に受け入れられ取材していく過程で『これ持ってったら』ともらい受けたのは昔の時代劇の台本でした。見せて下さったのは貴重な「鬼平犯科帳」の第1話の台本。
「あと、これは稲垣さんにも関係ある…『十三人の刺客』のオリジナル版、53年前の方の台本ですね。」
「すごーい!」と吾郎は身を乗り出しました。
貰った台本は段ボール箱10箱分ほど。「家はどうなっているんですか?」と外山さんが訊くと「一部屋が台本部屋になってます。」と分かりやすい答えが返ってきました(笑)。中には「柳生武芸帳」(1965年のテレビドラマ)の様に「映像が残っていないのでこういうもので知るしかないんですね。これを見てどういう作品か分かるという。」大変貴重な資料もあります。
「すごいねー。」と吾郎は感心しきり。
「今夜の課題図書なんですが、これだけ沢山ある春日さんのご本の全作品に共通して出てくる方がいるんですね。」(外山さん)
「はい、五社英雄監督。これを書くために今までやってきたと言っても過言ではない。」(春日さん)

課題図書 : 「鬼才 五社英雄の生涯」 春日太一

五社英雄(1929~1992)は任侠・アクションものを得意とした名監督。その一方で拳銃不法所持で逮捕されるなど、その人生は映画に負けないくらいスキャンダラスで波乱万丈でした。有名なエピソードとしては映画「陽暉楼」撮影中に
「一切組織に頼らず生きていく、という覚悟を決めるために背中に彫り物を入れてしまった。二度と堅気の世界に戻らないという意味で。映画作りといういわばやくざな世界でたった一人でやっていくわけですから。」(春日さん)
「何もかも極端…」(吾郎)
そんな極端な五社英雄監督の生き方に春日さんは惹かれました。
ここで吾郎が朗読。五社監督の人物像について。五社はその作品だけでなく、彼自身でも人を楽しませようとしていた。人を楽しませるために自分自身も脚色していた。この本はそんな「全身エンターテイナー」五社英雄の虚実ハッタリの入り混じった生涯の物語である。

「虚実ハッタリの入り混じった」五社監督の生涯を春日さんに解説して頂きながら振り返ります。
五社英雄監督は1929年東京生まれ。25歳でニッポン放送に入社、更に29歳の時、フジテレビの発足に伴いテレビドラマ演出家の道へ進みます。黒澤明監督が「七人の侍」などで時代劇に革命を起こしていたのを見て、五社監督は「俺もやってみたい」とフジテレビへ出向したのだそうです。そこで手掛けたのが「三匹の侍」(1963年)でしたが、この時に五社監督は得意のハッタリをかましました。
ハッタリその1. お試しなのに連ドラと言い張る
「五社監督はヤンチャな演出をしたり予算を使ったりして上司に目をつけられていた事もあり、企画は通りにくかったんです。で、まず1本パイロット版みたいなのを作ってスポンサー向けに試写をする。それでスポンサーがついたら連ドラにする、という「サンプル」という作り方がありまして、これなら五社の企画も通る可能性がある。ということで「三匹の侍」を作ったのですが、この時脚本家にもスタッフにも「連ドラだ」と噓をついてしまうんですね。「連ドラの第1話だ」といって一流の脚本家に何人も声をかけてコンペをやらせる。みんな「連ドラだから」と最高のテンションで集まったんですが…。これは五社監督にとっては賭けですね。もしスポンサーがつかなかったらみんなから訴えられるレベルな訳です。」(春日さん)随分無謀なやり方ですが、試写の結果は大喝采で連ドラとなり、最高視聴率は42%を記録しました。その結果、翌年には映画版「三匹の侍」が制作される事になりましたが、
「五社監督はテレビ局の職員で初めて映画を撮った人なんです。当時は映画界がとても強い時代で映画とテレビは仲が悪かった。五社監督にとっては大変なアウェイ戦です。しかも松竹の京都の撮影所では助監督たちが「なんでテレビの奴の下で助監督をやらなきゃいけないんだ」と猛反発していた。」(春日さん)そんな反発を受ける中、五社監督がどうしたかというと
ハッタリその2.監督は伊達男!毎日白スーツで登場
「撮影所に白スーツで現れるんですね。で監督は立ち回りとかの演技をつけるので白いスーツがどんどん汚れるんです。それから女優さんが泥だらけの所を歩けないとなると上着をさっと脱いでそこに敷いて歩かせたり。で泥だらけになるんですが翌日はまた真っ白なスーツで現れる。つまり何着も白いスーツを用意してそれを着てた。それだけ反感が来ることが分かっていたので、ここは一発ハッタリかましてやったれ、という訳で。」(春日さん)
「へえ、面白い。本当にハッタリですね。」(吾郎)
「でもそうやって監督がどんどん泥だらけになっていくのをスタッフが見て、ああこの人本気で時代劇を作っているんだな、と思うわけです。スタッフも映画を作るのが大好きな人達ですから、最初は反発していたのがだんだん仲良くなって、最後打ち上げの時には肩を組んで一緒に演歌を歌ったという(笑)」(春日さん)
五社監督は時代劇の新しい演出も生み出しました。
「刀の合わさるカンカンカンという音。あれは五社監督が開発したんです。それまではなかった。」(春日さん)
「三匹の侍」のビデオを見ると刀と刀がぶつかり合うチャン!カキーン!という音が迫力を生んでいるのが分かります。吾郎も熱心に映像を見ていました。五社監督はこの後「人斬り」「御用金」とヒット作を生み出し順風満帆に見えたのですが…。
1970年代になるとフジテレビで左遷され、妻が借金を残して失踪し、一人娘が交通事故で危篤に陥るなど、次々と不幸に見舞われます。、更に1980年には知人から預かった銃を不法所持したとして銃刀法違反容疑で逮捕され、フジテレビをクビになってしまいました。
「この時期は借金は抱えるわ、娘さんは事故で大変なことになるわ、逮捕されて仕事は失うわで、五社英雄はボロボロになっていった」(春日さん)
「本当にすごいよね、この10年は。」(吾郎)
しかし1982年に映画「鬼龍院花子の生涯」を監督。高知一の侠客、鬼龍院政五郎の壮絶な生涯を描いた作品です。
「これは地に落ちた人の復活戦ですから、本当に並々ならぬ覚悟で臨んでいった。」(春日さん)
「これは伝わるよね、この作品は。」(吾郎)
春日さんは茶色く変色した台本を取り出しました。
「『鬼龍院花子の生涯』の撮影台本です。監督は生前これを棺に入れて焼いてくれと言っていたそうですが、娘の巴さんが貴重なものだからと取っておいたんですね。これを見るともう表紙から大変な書き込みの量で。」
確かに台本の活字が読めないくらい沢山の書き込みがされています(しかも達筆)。
「もう全部のページに書きこみがされていて、この人がどれだけこの作品に力を入れていたかが分かる。」
自分を鼓舞する言葉が書かれていたり、「勝負」と書かれていたり、「映画は賭けだよ楽にいこうぜ」と書かれていたり、スタッフ表のページに大きく「仲間」と書かれていたり…。
「すごい気迫だよね。」と吾郎は唸りました。
しかし、ヒロイン松恵のキャスティングが難航。「そんな時ある女優さんとの運命的な出会いがあるんですよね。」と外山さんが言ってそのくだりを朗読しました。
ある夜、五社監督のもとに電話がかかってきた。電話の主は夏目雅子。「私はモデル上がりの女優の卵ですが、松恵の役をどうしてもやりたいのです。是非私にやらせてください。今からそちらに伺います。」と言い、10分後には五社邸に現れた。五社監督は直接のオファーを受けない方針なので「帰れ」と言おうとしたが、それより早く夏目は「鬼龍院」の台本を玄関の土間に置き、その上に正座して両手をついた。「この本に乗りました。」その迫力は五社に考える暇を与えなかった。
「夏目雅子さんとの出会いですね。」(外山さん)「まるでドラマの様な。」(吾郎)
この時の夏目さんの行動は五社監督のハッタリと通じる所があったのではないでしょうか。
「鬼龍院花子の生涯」は大ヒット、一番の見どころ夏目さん演じる松恵の名台詞
「なめたらいかんぜよ」
は流行語にもなりましたが、春日さんが調べてみると意外な事実が判明。
「台本を調べて驚いたのは、あの『なめたらいかんぜよ』という台詞、有名になりましたけど、書かれてないんです。現場で監督が付け加えたんですね。五社監督はアクションもの(荒事)でやってきた人で「鬼龍院」は情念の文芸的ドラマなので、五社には撮れないだろうと言われ、五社を降ろそうという動きもあった。相当屈辱的な思いもしているしいつ降ろされるか分からないし状況も良くない。そんな中で『なめたらいかんぜよ』と脚本家の高田宏治さんに電話する度に言っていた。だから心からの叫びでもあったんですね。」
「すべてが生きたものだよね。」(吾郎)
その気迫から生まれた「鬼龍院花子の生涯」は五社監督にとっても夏目雅子さんにとっても代表作になりました。

1989年、五社監督が60歳の時食道がんが発覚しました。
「『226』という映画のクラックアップ後の飲み会から帰国して病気が発覚したんですが、撮影が終わった後も編集とかダビングとか宣伝活動とかでスタッフ達はまだ動いているんですよね。その時自分が病気だと知られてしまったらやりにくくなるのではないか。スタッフ達が仕事に集中できるようにと、自分が病気であることを隠すんですよね。」(春日さん)。その時使った手段は
ハッタリその3.入院を海外旅行だと言い張る
「何人かのプロデューサーに『俺はしばらくオーストラリアに行ってくる』と手紙を送ってその間に入院した。でオーストラリアにいる知り合いを中継地点にして、プロデューサー達が連絡したい時はそのオーストラリアの人に電話する。するとその人から京都の病院にいる五社監督に連絡が来る。そして監督がまたオーストラリアに電話して…。そうやってるとプロデューサー達は『監督は本当にオーストラリアにいるんだ』と思う。そこまで手の込んだ事をやっているんです。」(春日さん)
「こんな言い方すると失礼だけど、そういう所にも一種のエンターテインメント性を孕んでいますよね。勿論信憑性を持たせるためにやっている事で、周りの人に迷惑をかけない心配をかけない為だけど、やっぱりちょっとおかしみもありますよね。」(吾郎)
「そうですね。そこが面白い所ですね。」(春日さん)
「本当のエンターテイナー。」吾郎は感心してさらに言いました。
「やっぱり新しいものもいいけど古い映画も見直したりとか…。ほとんど見ていないと思うし、若い世代の人とか。」
「新しい発見もあると思いますよ。」(春日さん)
「ありますよ!」(吾郎)
「今と全然違う文化の中で、人間の求めている情念とかワクワクするものってそんなに変わらないと思うんですよ。それをとんでもなく本気でやっている人たちがいる世界ですからそれが人の心を打つと思うんです。だから是非皆さんに観てもらいたいなと思います。」(春日さん)
「熱い思いが伝わってきますね。」(外山さん)
「感動しちゃったよ。」(吾郎)

AD山田くんの消しゴムはんこは武士姿の春日さん。「素敵なはんこだ」と喜んで頂けました。

「また観たい映画が増えちゃった。」(吾郎)
「読むべし!ですね。」(外山さん)
二人の締めの言葉も力強かったです。

そして私はまた吾郎に映画に出て欲しくなりました。


拍手ありがとうございます


 
プロフィール

はちミツ

Author:はちミツ
【注意:当ブログの内容の無断転載は禁止します。】

稲垣吾郎さん大好き、5スマ大好き!の主婦。
吾郎ファン歴は24年目になります。
神奈川県在住。

近況
①毎週水曜日は「an・an」の「稲垣吾郎のシネマ・ナビ」をチェック!。
②吾郎出演映画「少女」は2016年10月8日公開♪
③吾郎出演ドラマ「不機嫌な果実」のDVD、Blu-RayBOXは2016年10月19日発売♪
④「ゴロウ・デラックス」(TBS)もお見逃しなく!


メールは↓へ。
walkwithgoro☆hotmail.co.jp
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