【TOP記事】 「稲垣吾郎シネマナビ」書籍化に向けて

町山智浩さんゲストのゴロデラで「要望を出すことの大切さ」を改めて教えられたところ、Kazuyoさんの吾郎ファンブログ「天使の呟き」で「an・anの連載コラム『稲垣吾郎のシネマナビ』の書籍化のお願いを出しましょう」という呼び掛けが上がりました。

詳しくは「天使の呟き」のこちらの記事→吾郎さんの映画コラム「シネマナビ」(an・an)を書籍化へ!

ご存知のようにan・anでの吾郎の映画コラムは15年以上続いていて、毎回映画の魅力を独特の言葉で紹介してくれています。映画(DVD)選びの参考になりまた読み物(ライターさんの書き起こしですが)としても楽しめます。ここは是非書籍化して頂きたいです。
なるべく多くの方のご協力を頂きたいです。どうぞよろしくお願い致します。

《葉書の宛先》
〒104-8003 
東京都中央区銀座3-13-10 
株式会社マガジンハウス  アンアン編集部
稲垣吾郎シネマナビ担当御中



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2作目で恋愛とサッカーを語る ({ゴロウ・デラックス」 5/19)

オープニング。吾郎の髭が少しすっきりしたように見えます。いや髪かも?どちらにしろいい感じです。
「今夜のゲストは待望の2作目を出した方です。」(外山さん)
「日本中が注目してる2作目。」(吾郎)
ゴロデラには2015年5月に初出演しデビュー作「火花」は311万部の大ヒット、文学界のスターとなった又吉直樹さん。今月注目の2作目が発表されました。

課題図書 : 「劇場」 又吉直樹

「こんなにも主人公の事が嫌いになったり好きになったりする小説もあまりないよね。これも又吉さんの仕掛けなのかな。」吾郎はいきなり深い指摘をしました。
外山さんに呼ばれて入ってきた又吉さんは初出演の時に比べるとすっかり落ち着いています。作家としての自信も少し見えます。
「結構出て下さってるんですよね。4回目。」(吾郎)
「(古井由吉さん宅の)ロケも含めると。」(外山さん)「ありがとうございます。」(又吉さん)
「どうですか、2作目ができた今のお気持ちは。」(吾郎)
「ようやく書けたな、という感じですね。僕としては満足いくものが時間もかけて作れたと思ってます。」(又吉さん)
「『火花』で芥川賞を取られて、生活は変わりましたか?」
吾郎は芥川賞・直木賞を取った作家さんには必ずこの質問をしますね。
「いや、僕自身の生活は変わらないですけど、仕事のオファーとかは以前とはまた違ういろんなのが…。」(又吉さん)
「どういう仕事が増えるんですか?」(吾郎)
「バラエティには勿論出てるんですけど、何でしょうか、大人の方と喋る機会が増えた。」(又吉さん)
「色々な方と対談とか、報道の番組とかありそう。」(吾郎)
「そうですね。だからバラエティ番組とかで、『先生』って相方とかにいじられている分には良いんですけど、たまに地方に講演に行った時に本当に楽屋に『又吉先生』って書いてあって(笑)、それは本当に恥ずかしかったです。」(又吉さん)

「今書店では又吉さんが帯を書いた本が本当にいっぱいあって。『あ、これも又吉さん、これも又吉さん』って。溢れ返っているんですけど。」(外山さん)ゴロデラならではの鋭い切り口ですね。
又吉さんが帯を書いた本の一覧表が出てきました。
「えー、こんなにあるの?!」(吾郎)「ほんの一部ですけどね。」(外山さん)
「へえ、村上春樹さんも。」(吾郎)
「ええ、先輩の芸人に『お前のオススメの本を読もうと思ったけど、本当のオススメはどれやねん』って。」これには吾郎も外山さんも爆笑です。
「しかもすごい薦めてますよ。」(吾郎)
「いや、全部オススメなんですよ。」(又吉さん)

「2作目のプレッシャーはやっぱりありましたか?」(吾郎)
「そうですね、いろんな方から『2作目が大事だぞ』と言われて。僕自身はもっと気楽でいたんですけど、それだけ言われると『2作目って本当に大事なんだな』って。」(又吉さん)
「『火花』に対する今までの批評や評価は見ましたか?」(吾郎)
「かなり目を通しました。いろんな人の感想を聞くとそれぞれ矛盾していたり。ある人はここはいい、でも他の人はそこはアカンとか…。みんなの意見を聞くと何も残らへん。難しいな、と最初2作目に向かう時に思ったんですけど、途中ですごく当たり前の事を思い出して。子供の頃から僕、そもそもみんなの人気者じゃなかった(笑)。だからみんなの意見を聞く必要が無い、というか。」(又吉さん)
「参考程度に覗くと良かったのかも…。でもいいよね、又吉さんのこのスタイル。読みやすいよね。相方(ピース綾部さん)も今回は読んでくれるんじゃない?」(吾郎)
「今回はね、『最初の何十ページかを我慢してくれたら前より読みやすい』と言ったんですけど。」(又吉さん)
「我慢したのかな?」(吾郎)
「『読まなきゃな』とは言ってたんですけどね。でもそんな気合を入れて読むものでもないし(笑)。」(又吉さん)
「で、結局綾部さんは『火花』は読んだの?」(吾郎)
「『火花』は読んだと言ってました。」(又吉さん)
「感想は?」(吾郎)「長かった、って。」(又吉さん)「長い?!」(吾郎)「長くないです、中編小説ですから。」(又吉さん)
又吉さんと綾部さんの会話を想像すると面白いですね。

「今回は恋愛小説で…。なぜ恋愛小説を?」(外山さん)
「ぼく今まで、『火花』を書く前にエッセイをいっぱい書いてきたんですけど、自分自身の恋愛についてほとんど書いてこなかったんです。でも少しそれらしきものを書いたのを読んだ編集者の方から『又吉さんの感覚で恋愛小説、長いものを作ったら何か面白いものが立ち上がるかも』とアドヴァイスを貰って。確かに恋愛に詳しい人だけが恋愛小説を書いていい訳ではないので、恋愛に苦手な僕が考えているものはどうなのかなと思って、興味が最初に沸いたんです。」(又吉さん)

「劇場」は小劇団「おろか」を主宰する脚本家・演出家の永田と女優を目指し青森から上京してきた専門学生沙希との不器用な恋愛を描いています。
「本当に振り回されたな、主人公に。でも主人公の事をずっと好きでなくてもいいんですよね。」と吾郎が楽しそうに言いました。
「今回いくつかテーマはあるんですけど、その中の一つとして、共感されにくい人物を書きたかったんです。皆さん『面白い』と『共感』が一緒になっていることが多くて。『共感できた』『共感できなかった』ってことが面白いかどうかにつながっているんですけど、実は共感できなくても何かを感じるってことはあるんじゃないかと思って、その辺を描いてみたいなと思いました。」と又吉さん。「火花」で出演されたときにも感じましたが、自分の視点や描き方を明快に説明する方です。
「ああ、それはもう的中しましたよ、僕は。」吾郎、我が意を得たりとニコニコ。目がキラキラと輝いています。

稼ぎの少ない永田は沙希のアパートに居候することに。二人の関係性がよく分かる場面を吾郎と外山さんが対話する形式で朗読。
永田は沙希の些細な一言で自分のちっぽけなプライドが傷ついたと感じ、言いがかりをつけて沙希を泣かせてしまいます。
「永田酷いやつですね。」(又吉さん)
「それを沙希ちゃんがぐっとこらえて…。心配になってくるんですよ、自分が沙希ちゃんの友達みたいな感じで。」(外山さん)
「女性としてはそういう読み方が多いかもね。」(吾郎)
「そういう読み方も嬉しいですね、もちろん、女性がこれでいいんか、っていう。これが昭和なら男が偉そうにして女性が支えるスタイルってあったじゃないですか。今は男女っていう関係性の捉えられ方が変わってきてて、僕も男女が楽しく過ごせるように移行していくのは大賛成。でも時代って移行していく時に次の日から急に考え方や生活のスタイルが変化するわけじゃない。昔のやり方を引きずっているカップルとか夫婦もいて、もしかしたらみんながそうだった時より現代の新しい価値観の中で昔のスタイルをしている人の方が辛いんじゃないかって。沙希は現代の、みんなが男女のあり方に疑問を持っている中でああいう生活になってる人として描いている。」(又吉さん)
「なるほどねえ…。でも女性を描くんですね、又吉さんは。かわいい女性をね。ちょっと恥ずかしくない?」(吾郎)
「まあ、そこを突っ込まれると恥ずかしいですね。」(又吉さん)
「だって、男が理想とするかわいくて性格の良い素直な女性を又吉さんこんなに描くんだ、とも思って。男がこうあってほしい。女の子の仕草とかさ。」(吾郎)
「だろうなと思った、読んでて(笑)。」と外山さん。どうやら沙希ちゃんは吾郎の好きなタイプの女性の様です。
「壁にさ、背中をくっつけて脚を伸ばして指をくにゃくにゃしてるとことかの、描写とか好き(笑顔)。」吾郎、目を輝かせて話しました。本当にこの小説が好きなようです。

「小劇場を舞台にした理由は?」(吾郎)
「今回恋愛小説を書く時に、恋愛と恋愛をしてる人の仕事って関係あるんじゃないか、と思って。サッカー選手だったらサッカーの出来が恋愛にもこぼれてくるというか。恋愛がうまくいけばそれがサッカーにも反映するしその逆も…。恋愛と仕事両方が影響しあう人の方が多いんじゃないか、と僕は思っていて。で(小説の題材は)何がいいんかなと思った時、演劇って…。演劇も脚本があって誰かが演じて、でも思い通りにならなかったりなったり。恋愛も二人が良いビジョンを持つんですけどその通りになったりならなかったり…そこが似てると思ったし、恋愛と演劇はお互いに良い影響を与えあうんじゃないかなと思ったんです。」(又吉さん)

ここで、主人公永田がサッカーゲームで一人遊ぶシーンを吾郎が朗読。永田は著名な作家たちで自分のチームを作っていて、ゲームの中で作家たちはボールを追って躍動します。高校時代サッカーでインターハイに出場した又吉さんの本領発揮ともいうべき活き活きとした描写がユーモラスで笑えます。
「何ですかこれは(笑)」(吾郎)
「小説家の名前がいっぱい出てきましたね。」(又吉さん)
「『芥川が太宰に駆け寄り』(笑)」(吾郎)
「こういう部分は自分もやってました。」(又吉さん)
そこで登場したのは、サッカー解説でおなじみの選手のポジションを示すボード。但し選手の名前は全員作家。ピッチにはこのシーンの描写通りに作家たちが配置されています。
「作家の作品を読んできた中で、サッカーに置き換えたらポジション的にどこか、という事です。」(又吉さん)
「ああ、そうですか。」(吾郎)
「もちろん谷崎純一郎がセンターバック?と思う人は多いと思いますが…」と又吉さんは話し始めました。
「芥川はスピード感があるのでフォワードに置いておきたいし、太宰も華があっていろんなパターンがあるので(フォワード)。」
「ツートップですね。」吾郎は必死でついていきます。
「サイドはトリッキーな人を置きたいので泉鏡花。相手を惑わす幻想的な作品。そして中原中也ですね。『ゆあーん ゆよーん』と相手を惑わすドリブル。」(又吉さん)
吾郎は思わず下を向いて笑いました。
「で、夏目漱石がセンターなんですよね、ゲーム全体を作る。で三島はこの辺(FW芥川とセンター夏目の間)に置きたいと…。」(又吉さん)
「三島そこですか?」(吾郎)
「そこは意見分かれると思うんですけど。」又吉さんは大真面目です。
「言ってみただけですけど…すみません。」と吾郎は恐縮しました。
「三島はもしかしてサイドでもいいかも知れませんね。というのは三島は太宰との関係が良くないので、近くに置くとコンビネーションが取れない、と。」(又吉さん)
「なんか今が一番活き活きしてますねえ。」と外山さん。
又吉さんの作家サッカー談義が止まらないのでVTRを早送り。
「…トップ下に誰を置くかなんですが…。」(又吉さん)
「川端康成さんとかどうですか?」と吾郎。明らかに思いつきですよね。しかし又吉さんは
「いいですよ♡」と川端の名札をトップ下の位置に置きながら「面白いです。」とにっこりしました。
「何となく知っている名前を言っただけなんです。」(吾郎)
「川端はね、また太宰ともめた経験があるんですよ。」(又吉さん)
「あるんですか!伊豆の踊子。」(吾郎)
「『伊豆の踊子』はすごい移動する小説ですから。ものすごく歩くので、サイドで運動量を期待できる。…太宰との関係でいくと(坂口)安吾なんかいいかもしれない、2~3回一緒に飲んだ事がありますから。」(又吉さん)
又吉さんの作家サッカー構想はまだまだ止まりません。
「相手チームの事は考えなかったんですか?」(吾郎)
「海外文学でチームを作ろうと思ったんですが、読むの大変やなって思って。」(又吉さん)
「そのために読むのもおかしいしね。」(吾郎)
「(課題図書で)このシーン長かったですもんね。早くストーリー進めてほしい(笑)。『又吉さんもう分かったから、この先どうなんの、沙希ちゃんと、ねえ!』って(笑)。」(吾郎)
「だって朝までゲームやってるんだもん(笑)。」(外山さん)
「よかったら(このボード)持って帰ってください。」(吾郎)
「あ、いいですか?有難うございます。お正月これで遊べます。」(又吉さん)
思う存分遊んでくださいね。

また話は変わって。
「『火花』と『劇場』って似ていると思ったんですけど。」(外山さん)
「そうですね。編集の方も『どっちがというわけではないけど『火花』『劇場』はレコードのA面とB面の関係だ』とおっしゃってましたし、僕も『火花』と『劇場』は似ていると思いますね。」(又吉さん)
「『火花』を読んだ方は『劇場』を続けて読むとすごくいいですね。こういうスタイルの作家さんなんだなって。やっと分かった気がして、又吉さんの事が。」(吾郎)
「例えば現実の世界に『火花』の徳永や神谷とか『劇場』の永田がいたとして、ピースの又吉として彼らに飲み屋で会ったら、『それ気にし過ぎちゃう?』とか『相手の事をもうちょっと考えてあげたら?』とか僕は助言するんですけど、それを作者が書く時にしていいのか?という問題があるじゃないですか。そしたら今の僕に似たような登場人物ばっかりになってしまうから、僕とは違う自分勝手な部分とかをちゃんと残したいと思っていて。今はそれが出来るけど、この先書きたくもない、こんなこと考えたくもないって言う時代が来るかもしれませんね。そういう意味では今のうちに書いておきたいなっていうテーマではありましたね。」(又吉さん)
今書けることを書く、又吉さんの意欲が伝わってくる言葉でした。

AD山田くんの消しゴムはんこは劇団「おろか」の公演を再現したもの。山田くんも課題図書をしっかり読んでいるんですね。

今回は吾郎が終始ニコニコして熱心に感想を話していたのが印象に残りました。多分「劇場」が本当に気に入ったのだと思います。そして又吉さんを作家としてリスペクトしているのも感じられました。


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応仁の乱を読み解く (ゴロウ・デラックス 5/12)

オープニング。
「吾郎さん、『ひとのよむなし』って知ってますか?」(外山さん)
「あれでしょ?1467年、応仁の乱。」(吾郎)
「さすがですね!」(外山さん)「いや台本に書いてあった。」(吾郎)
「今夜はですね、その応仁の乱がテーマです。」(外山さん)

課題図書 : 「応仁の乱」 呉座勇一

「応仁の乱」は歴史ジャンルでは異例の35万部以上を売り上げている話題の本です。
応仁の乱とは1467年京都で勃発し西軍と東軍に分かれて11年続いた大乱で、日本史に重大な影響を与えました。しかし応仁の乱の詳しい内容を知っている人は歴史好きの中でもごく少数。登場人物が多く人間関係が複雑なので、始まった理由でさえ専門家によって解釈が違うそうです。その分かりづらいイメージを変えたのがこの課題図書。教科書ではほとんど触れられないある人物を軸にすることで今までとは違う新しい解釈を示したのです。
室町時代が分かるようになれば歴史がさらに面白くなるという、応仁の乱の魅力を学びます。

「ちょっと頑張ればぐいぐい引き込まれていく。でも頑張んないと。半分くらいまで頑張ろ。」(吾郎)「はい…(笑)」(外山さん)
吾郎の口ぶりからは、今回の課題図書と格闘した様子がうかがえます。
「でも応仁の乱って教科書でも一部しか教えてくれなかったですよね。」(外山さん)「そう、教科書でもこんなに人物が登場しなかったし。」(吾郎)「いろいろお話を伺いましょう。」(外山さん)
「よろしくお願いします。」と登場したのは真面目で穏やかな感じの好青年です。呉座勇一さん、36歳。2003年東京大学文学部卒。現在国際日本文化研究センターに所属する中世日本史研究の第一人者です。 
「私この本を読んだ時におじいちゃんが書いた本だと思ったんですが、若い方ですね。」(外山さん)
「引き込まれていきますね。」(吾郎)
まず応仁の乱の概要をおさらい。大きなボードが用意されました。

【学校で習う応仁の乱】 
将軍足利義政の息子足利義尚と将軍の弟足利義視(よしみ)の後継者争い に
幕府No.2細川勝元山名宗全の争い が絡んだ戦い。

「学校で習うのはこんな感じですね。」(外山さん)「ああ、日野(富子)さん!(義尚の)お母さんね!」(吾郎)
「ところがこれだけの事になぜこんな大きなボードかというと、これだけじゃないんです…。吾郎さんめくるの手伝ってくれますか?」(外山さん) 吾郎と外山さんが二人がかりでボードを隠していた大きな紙をめくると…細かい字で人の名前がぎっしり!
「こんなに複雑なんですねえ!」(吾郎)
「実際はもっと多いわけですが、私が書いたこの本では登場人物は300人位。」と呉座先生。ちなみにこの本のボリュームは321ページあります。
「もうちょっと端折ろうとは思わなかったんですか?こんな複雑なものを。」(吾郎)
「いやそうなんですけど!『なんでこんなに難しいんだ』という意見も結構あって、『もっと簡単にしろ』みたいなネットの意見もあったんですけど、これだけ複雑で多くの人が絡んでるというのが、応仁の乱の最大の特色なんです。あまりに複雑なものを単純化し過ぎると意味がない。応仁の乱を理解した事にならないんですね。そこは『お手軽、3分間で分かる』というのは良くない。」(呉座先生)
「申し訳ございません。」(吾郎)
「これだけ複雑な応仁の乱ですが、この本が35万部売れた理由というのは?」(外山)
「逆説的な言い方ですけど、スターがいない、英雄がいないというのが逆にウケたと思っています。僕は応仁の乱って映画「シン・ゴジラ」の前半みたいな話だと思っているんです。何か想定外の出来事が起きて、偉い人たちがどうしようどうしようと慌てふためいて何も決まらなくて時だけが過ぎていく。で、そのままでは映画にならないので「シン・ゴジラ」では後半でみんなで力を合わせてゴジラを退治するんですが、応仁の乱ではその後半は無し、前半だけ。」(呉座先生)
「ああ、あの感じかあ…」(吾郎)
「「シン・ゴジラ」って実は前半が面白いんじゃないかと思うんです、あのドタバタが。あの感じです。」(呉座先生)
30分(実質21分!)ですべてを理解するのは難しいですか、今回は呉座先生に応仁の乱特別授業をして頂きます♪
「嬉しい」と吾郎も興味津々です。

呉座先生の授業内容は以下の3点です。
1.応仁の乱の原因となった人物は?
2.応仁の乱が11年続いた理由
3.応仁の乱のその後の影響

【1.応仁の乱の原因となった人物は?】
先ず応仁の乱の原因となった人物について吾郎が朗読。実はこの人物については教科書ではほとんど触れられていません。

応仁の乱はなぜ起こったのか。(中略)関東統治の政策対立もあったと思われるが遠隔地の利害対立は調整が比較的可能である。在京大名にとって関東で反乱を起こした足利成氏よりも幾南で暴れまわる畠山義就(よしひろ)の方がはるかに切実な問題だったと思われる。よって直接的な要因は畠山義就の上洛である。


「この人知らないよね!教科書に出てこない。」(吾郎)
「私の考えですけど、実は一番重要なのは畠山義就ではないかと。キーパーソンです。この人がこの時代最強の武将であると言われていた。大和(奈良)や河内(大阪)で暴れまわっていたんです。」(呉座先生)
「重要な人物ですね。ここは抑えとかなきゃ。」(吾郎)
応仁の乱の直前、畠山義就は親戚の畠山政長と大和や河内で壮絶な後継者争いをしていました。そこへ将軍家の後継者争い(足利義視対足利義尚)が勃発。1466年、足利義視が将軍義政に謀反を疑われ、山名宗全と細川勝元に泣きつきました。
「そりゃ泣きつくわな。味方になってほしいわな。」(←吾郎のこの言い方が珍しくて萌えました♪)
「足利義視が謀反を起こそうとしているとして、将軍足利義政が義視を殺そうとするんですね。義視は殺されたくないので助けを求めるんですが、力のある人に助けを求めなきゃならない。当時の幕府で将軍以外に力のある人というと山名宗全と細川勝元だったので、二人、主に勝元に助けを求めた。で、結局義視は無実だったという事で、この問題を解決した細川勝元が幕府の実権を握るという形になります。」(呉座先生)
「そうなると山名さんは面白くない。で山名さんはこう考えました。『あの暴れん坊の畠山義就を味方につければ政権奪還できるかも…。』」(外山さん)
「ああ~、危ない。危ない危ない。乱が始まる。」(吾郎の声が今週はセクシィです)
「出てきましたね、畠山義就。」(外山さん)
「これまでの話は京都の中の事なんですね。ところが畠山義就は京都にいたわけじゃない。大和や河内、つまり奈良や大阪で暴れまわっていた。でこの暴れまわっている怪獣をわざわざ京都に呼んだ。」(呉座さん)
「にゃるほど…。(←この舌っ足らずな言い方もかわいい♪)…分かった!畠山義就は…ゴジラなんだ。」(吾郎)
「そういうことですか?」(外山さん)
「そういう事です(笑)。ゴジラが京都に来ちゃったんです。」(呉座先生)
「面白くなってきたねぇ。」(吾郎)
上洛した畠山義就は京都でも政長と激しい後継者争いを続け、ここに山名宗全(義就を後押し)、遅れて細川勝元(政長を後押し)が参戦し、応仁の乱が勃発。それに将軍家や大名たちも巻き込まれる形で戦いは激化していきました。

【2.応仁の乱が11年続いた理由】
「早く終わらせよう、戦。」と吾郎。吾郎は争い事が好きじゃないんですよね。
「そんな中こうなります。1472年(開戦から5年)、山名宗全と細川勝元が『もう戦はイヤ』と言い出す。」(外山さん)
「なんでその二人が?」吾郎はすかさず突っ込みました。「そもそものキーパーソンなのに。」
「応仁の乱が始まるまでは、山名と細川はそんなに仲は悪くなかった。むしろ手を結んでいたんですね。山名宗全の養女が細川勝元の奥さんなんです。つまり山名宗全は義理の父親で細川勝元は義理の息子。むしろこの二人は仲が良い方だったんです。ここも応仁の乱を分かりにくくしている。」(呉座先生)
「なるほど。」(吾郎)
「じゃあなぜこの二人が喧嘩する事になったのかと言えば、要は畠山の問題なんですね。勝元はずっと政長を応援してきて、宗全はそれを知っているにもかかわらず義就を応援したので、それで二人は喧嘩別れをしてしまったんですけど、逆に言えば畠山の問題さえなければ二人は仲直りできる。」(呉座先生)
「確かに。」(外山さん)
「畠山問題はもういいよ、どっちが勝ってもいいじゃないか、という事にしてしまえば二人は仲直りできるんです。」(呉座先生)
「最初からそうすりゃ戦争にならずに済んだのに。」(吾郎)
「そうなんですけど…(笑)、そうですよね。」(呉座先生)
応仁の乱勃発から8年目、こうして東軍総大将の細川勝元と西軍総大将の山名宗全が隠居し戦から撤退しました。
「この二人が抜けた事で戦が終わるのかと思いきや、思いもよらないことが起きてしまいます。」(外山さん)
なんと畠山義就が『俺は絶対戦争やめないぜ』(とこう言ったかは分かりませんが)と主張したのです。
「いやいやいや…また出てきた、畠山さん。なんで継続を主張したんでしょうね?」(吾郎)
「失うものがない人で、むしろこの応仁の乱で頑張って畠山の家督を取ろうとした。ずっと政長が家督という形で京都にいて、義就の方が不利だったんです。それが京都に呼ばれて活躍することで畠山の家督を取れる可能性が出てきた。つまり義就にとっては応仁の乱は大チャンスなんですよね。ここで引いたら政長の勝ちになってしまう。だから西軍が勝つまで戦うという事になります。」(呉座先生)
しかし、盟友たちが次々と撤退を決め、西軍の勝ちがなくなったと判断すると畠山義就は自分も退却、11年続いた応仁の乱は終結しました。

【3.応仁の乱のその後の影響】
「畠山義就は京都から撤退する、と。…で、その末路がどうなったか気になりますよね。こうなりました。」(外山さん)
1477年、畠山義就は河内で大暴れし「河内独立王国」を築きました。
「また大暴れ?」(吾郎)
あはは、と外山さんは笑って「戦うのが好きだなという気がしますが。どういうことなのか朗読させて頂きますね。」

畠山義就にはそもそも幕府の命令に従うという発想がない。(吾郎思わず苦笑)大乱が始まる前から彼は幕府の大軍を向こうに回して河内で孤軍奮闘していたのである。山名宗全に誘われて上洛したため、幕府内の権力闘争に巻き込まれることになったが、彼の本質は幕府の権威に頼ることなく自力で領土を拡張する独立独歩の姿勢にある。(以下略)


外山さんが読み終わると吾郎は手元の資料を見ながら少しの間考え込んでいましたが
「なるほど…。畠山義就は…シャアでもあるね。」と言ったので呉座先生も外山さんも笑いました。
「結局戦いが好きだった。」(吾郎)「ホントですね。」(外山さん)
「応仁の乱が終わった終わったと言いますけど問題は何も解決していなくて、まさにゴジラで、京都で暴れていたのが河内や大和に移ってきただけなので、そういう意味では何も問題は解決していないんですね。」(呉座先生)
「へええ…。これもっと取り上げても良かったね、畠山さんの事ね、歴史の教科書でね。」(吾郎)
「それで応仁の乱って後世にも影響はあったんですか?」(外山さん)
「これはものすごく影響があったんですね。山名も細川も畠山も、もちろん将軍家も、こういう有力者たちは京都で生活してます。地方に領地を持っているけどほとんど行かないで自分たちは京都にいて、地方からは年貢などの収入を受け取っているだけ。その構造が応仁の乱をきっかけに崩れるんですね。今まで京都で暮らしていた有力大名たちが半分そこを引き払う形になって、自分たちの領地に戻って独自の勢力を築いていく。それがいわゆる戦国大名につながっていく訳です。戦国大名は自分が地方にいてその国を治めるんですね。そう大きく変わっていく。で勿論将軍家の力も落ちて、戦国大名が台頭して戦国時代になる。」(呉座先生)
「そうか…。つながっているんですね…。」(吾郎)

「今日は特別授業だよね。すごい面白かった、分かりやすくて。」吾郎が弾んだ声で言いました。呉座先生も嬉しそうです。
「でももしこれが映画化されるとしたら、ゴロウさんはどの役だと思いますか?」と外山さんが訊きました。
「そうですね、あくまでもイメージなので怒らないで頂きたいんですが…、強いて言うと細川勝元…だと思いますね。」と呉座先生。
「勝元って頭も切れて教養人。和歌とか絵も得意な文化人、マルチタレントです。ところが…ところが、先ほどもちょっとお話しましたけど、元々二人の畠山が喧嘩した時、将軍の義政に『お前ら援軍を送るなよ、畠山同士1対1で戦わせろ、絶対に加勢するなよ』と言われて、将軍の命令だからと何もしなかった。でも山名宗全はそれを無視して義就に味方した。これで畠山政長が負けたので勝元はメンツを潰されて『細川勝元は味方を見捨てた』と評判を下げちゃったんですね。」
「でも将軍の命令を聞いただけですよね。」(外山さん)
「だからまあ、稲垣さんが本当はどういう方か分かりませんけれども…分かりませんけれども、自分の得になるよう動くみたいな器用なことが出来ないで、馬鹿正直に言う事を聞いてその結果損をする…。そういう所が近いんじゃない、かなー…。」呉座先生は遠慮がちに言いました。しかし、
「ははは…僕の何を知ってるんですか!」と吾郎が吼えたので
「いやいやいや、だから最初に言ったじゃないですか!」と呉座先生は大慌て(笑)。

3人が笑っているとAD山田くんが登場。スーツ姿の呉座先生が腕組みをしているカッコイイ消しゴムはんこを披露しました。
「すごいですね。先ほど足利義政の話をしましたけど、義政って政治家としてはイマイチでしたけど、銀閣寺を作ったりとか芸術的なセンスはすごかった。そういう意味でこれを見ると、人間だれしも何かしら取り柄がある、と。」
呉座先生が最後にまさかの毒舌!これには山田くんも大笑いでした。


「複雑なことを単純化し過ぎると意味がない。」という呉座先生の言葉は、何でも簡単に分かりやすいのが良い事だという今の風潮に苦言を呈しているように聞こえました。そしてそんなに難しいなら挑戦してみようという気になり「応仁の乱」を買ってきました。
高校では世界史選択だったのでハンディがあるかも知れませんが、吾郎の言う通り頑張って読んでみます。


そして吾郎が演じる細川勝元を見てみたいですね。


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独身バンザイ?! (「ゴロウ・デラックス」 5/5)

オープニング。
「今夜のゲストとかけまして、新品のメガネと解きます。」(吾郎)
「なぞかけですね?そのこころは。」(外山さん)
「焦点(笑点)がぴったり、視界(司会)も良好です。(ドヤ顔)」(吾郎)
「これは…座布団2枚くらい上げたいところですね(笑)。」(外山さん)「中途半端ですね(笑)。」(吾郎)
そういえばゲストさんはメガネをかけた方です。

今回のゲスト、春風亭昇太さん。私、以前から好きでした。さわやかな笑顔と朗らかな声でテレビの画面を明るくしてきた昇太さんも今年57歳。いつまでも若々しいです。そして最近では笑点の司会で活躍。先輩方をいじりつつ、自身は独身キャラでいじられています。

課題図書 : 「楽に生きるのも、楽じゃない」 春風亭昇太

1万円の高級メロンを一人で食べ尽す、一人で雪見鍋、など、昇太さんならではの楽しい独身生活をユーモラスに書いた本です。
「面白く読ませていただきました。」「面白かったですね。」と吾郎と外山さんは口々に言いました。二人とも笑みがこぼれています。
昇太さんは嬉しそうです。「分かるなー、ってところありました?」
「あります、あります。一人鍋でそういう時間を楽しむ、とか。」(吾郎)「幸せな時間ですよね。」(昇太さん)
「外山さんも分かるよね?」(吾郎)「分かります。」外山さんも楽しそうに笑っています。
「一人鍋は悲しいって事になぜ世間ではなっているんだろう。」3人のホンワカした空気の中で昇太さんは言いました。
「最高ですよ。この3人は近いものを持っていますね。」と吾郎も同意しました。今回は盛り上がりそうな予感がします。

昇太さんが笑点の司会になったのは約1年前ですが、大喜利メンバーに抜擢されたのは10年前でした。その当時の心境の部分を吾郎が朗読。

笑点に出る前よく、早く笑点に出るようになってね、とか、笑点に出たいでしょう、とか言われ、「笑点に出ることが落語家としての成功」のように思われていたが、実はそんな単純な話ではない。笑点メンバーになるということは必ずその中で何かのキャラを背負うということであり、その為に落語がやりにくくなる可能性もある。日本のテレビ史に残る長寿番組「笑点」に飲み込まれてしまっては元も子もないのではないか、と悩んだが、結局出した結論は「出る」というものだった。


「笑点の人にならなきゃいけないんですね…。」と吾郎がしみじみと言いました。自分もグループ内である種の立ち位置を背負っていた事を思い浮かべたのでしょうか。
「でも親孝行だな、と。こんな親孝行ないですよ」と昇太さん。やはりご両親から見れば笑点レギュラーは落語家としての成功なんですね。
「で去年の5月に司会に」(吾郎)
「びっくりですよ…。笑点が高年齢化してきちゃってるから。」(昇太さん)番組若返りの為の抜擢だったんですね。
「1年やってみてどうですか。」(吾郎)
「あのね、本当に言う事を聞かない(笑)。」と昇太さん。
「どなたが?」(吾郎)
「黄色!(=林家木久扇師匠)なんかね、不思議な生き物を見ている感じですよ。」(昇太さん)
「黄色の次には誰が大変?」(吾郎)
「えーと、ピンクかな?(=三遊亭好楽師匠)ものすごいマイペースなんですよ。今から言うのか?みたいなことも普通に言ってくるし。お酒飲みながらやってる感じかな。」(昇太さん)周りは全部先輩だから大変でしょうね。

ところで昇太さんは多趣味の人でもあります。その多趣味ぶりについて外山さんが朗読。

僕は多趣味である。というと聞こえが良いが、目の前に面白そうなことが現れるとすぐに飛びつき、しばらくすると別の面白そうなものに飛びつく、つまり飽きっぽいのである。でも飽きっぽいというよりは多趣味の方が聞こえが良いし、確かに多趣味ではあるのでそれでよしとしよう。面白いことを見つけると後先考えずにお金を遣ってしまうので、人並みに働いているはずなのに銀行の口座残高を見ると淋しくなる。

 

「考えてみると僕の趣味ってお金のかからないものばかりなんですよ。」(昇太さん)「ホントですか?」(吾郎)
「ではこちらに昇太さんの趣味一覧をまとめました。」と外山さんが言うと、AD山田くんがボードを持って入ってきました。
「こっちの山田くんの方がいいね。うちの山田くんは座布団しか持ってこないから。」としっかり笑わせる昇太さん。
昇太さんの趣味は50種類にも及び、楽しすぎて57歳独身でもちっとも寂しくないのだそうです。
「お金かからない趣味が多いですよ。(家庭菜園の)ネギやショウガやミョウガなんて作るのにお金かからないじゃないですか。一人で暮らしてるとネギを買ってきておそばにいれても余っちゃうでしょ。自分で育てていれば生きてるから先をちょっとだけ切って使える。」(昇太さん)
「ベランダでバジルとか育ててたらついたくさん食べちゃう、美味しくて。」と吾郎が言うと「少しだけ不愉快になった。」と昇太さん。
「バジルとかローズマリー、タイムとか。」と吾郎は笑いながらパブリックイメージ通りのキャラを発揮しました。
「この中で一番新しい趣味は何ですか?」(外山さん)
「これ。グループサウンズですね。」と昇太さん。さらにボードには「トロンボーン」とも書いてあります。
「六角(精児)さんとバンドを?」(吾郎)「エレキギターできるんですか?」(外山さん)
「そう。それでトロンボーンは(三遊亭)小遊三師匠がトランペットやってて、音が出たらしくてバンドやりたいって言いだして。で「昇太お前トロンボーンな」と指名されて。六角くんとやってるのは…僕演劇によく出てるんですね。で「ザ・フルーツ」っていう舞台があって、時代に乗り遅れたグループサウンズのバンドの話だったんです。舞台で弾かなきゃいけない。でお芝居以外でもやるようになった。」(昇太さん)
「へえ!いいですねえ。」(外山さん)
と、吾郎が他の趣味に目を止めました。
「日本陸軍の中型戦車(プラモデル)って言うのが気になる。」「あはははは!」と昇太さんは大笑い。
「これ普通ドイツ軍に行くわけです。ソ連の戦車とか。」吾郎は語りたくてうずうずしています。(そしてここでの「普通」の意味が私には分かりません・笑)
「国の雰囲気が出るんですよね。」昇太さんも目を輝かせて身を乗り出しました。同好の士を見つけて嬉しいのが画面から伝わってきます。「ロシアの戦車ってなんか冷たい感じなんですよ。分かるでしょう?(「分かる分かる」と小声で吾郎) ドイツ戦車はいかにもドイツ。で、日本の戦車ですよ。」
「日本陸軍の戦車って第2次世界大戦の時のでしょう?」(吾郎)「はい、そうですね。」(昇太さん)
「左右非対称なんだよね。なぜかわかんないけど。」(昇太さん)「分かる、そういうのある。」(吾郎)と二人が戦車談義を始めたので置いてきぼりになりかけた外山さんが
「何が本職の人だか分からなくなってきた。」と笑い、
「じゃあ、この中で最も熱中しているものは何ですか?」と話題を変えました。
「それは…」(昇太さん)「プラモデルじゃないんですか?!」(吾郎)
「すみません、プラモデルじゃないんですよ、プラモデルも好きですけど。」(昇太さん)
「なあんだ…。」今度は吾郎が置いてきぼりになってしまいました(笑)。

昇太さんが一番熱中しているのは「中世の城郭」。「お城がもう大好き」とうっとりした声で言いました。でも中世城郭って初めて聞く名前です。
「中世のお城っているのは普通のお城と違うんですか?」(外山さん)
「まず、普通のお城って何か?ってことなんですけど…。お城というと皆さんこういうのを思い浮かべるでしょ?」すると画面に立派な天守閣の写真が出ました。「これは松本城。」(昇太さん)「やっぱり分かるんですね。」(外山さん)「僕が撮った写真だから(笑)。」そして、
「こういうお城は、戦国末期から江戸時代初期にしか作られていない。これは日本のお城のスタンダードじゃない。」(昇太さん)
「えー!」と吾郎はびっくり。
「日本のお城のスタンダードは僕が言ってる中世城郭なんです。」(昇太さん)「分かんない分かんない、どういうの?」(吾郎)
「土で作ってるんですよ。山の斜面とか丘とかを削ってそこに堀を掘って、掘った堀を土を盛って、土塁って言うんですけど、土の壁を作るんですよ。そういうのを組み合わせたのが日本のお城の中心なんです。」(昇太さんの説明を漏らさず字幕にして、それを消さずに画面いっぱいに並べたスタッフさんナイス♪)
中世城郭とは平安時代末期から戦国時代末期にかけて山や丘に建てられた城の事で、天守閣や石垣がないのが特徴。日本に3万~4万あるといわれるお城のうち95%は中世城郭なのだそうです。その中世城郭の中でも昇太さんが一番好きなのが
「(上から撮った写真を見ながら)静岡県三島市の山中城です。で、この上からの写真を覚えておいてね。これを下で見るとこうなります。」次の写真では地面に大きな四角い穴が幾つも掘られ、縁の所に人が立っています。「これ僕なんですけど(笑)、これは障子堀といって中に入った人が横に移動できないようになっている。これは北条氏が得意にしていた掘り方なんです。」(昇太さん)
「堀ですよ、堀。建物を見るんじゃない、遺跡を見るんじゃない、堀。」と吾郎は納得したようです。
「中世のお城は丘や山を削って作るから、元々の地形があるじゃないですか。だから(形が)全部違う。それがまた楽しいんですよ。」(昇太さん)
「ほかにお勧めのお城はありますか?」(外山さん)
「じゃ、小幡城(茨城県北茨城郡)を見てもらいましょうか。ここは素晴らしいですよ。」上から撮った写真では緑の木々に包まれた普通の山に見えますが、「この中に中世のお城の遺構があるんです。」次の写真では男の人が山道に佇んでいます。この山道に見えるところも堀だそうで「この人は立川志の輔さん。敵兵はこの堀の中を歩かされる。すると左右の土塁の上からやっつけられちゃう。敵兵の気持ちになってこの堀の中を歩くんです。実際ここを歩いていると方向感覚が失われる。微妙に曲がってるから。」(昇太さん)
「やっぱりそういう風に作られてるんだ。」(吾郎)
「そう、迷路みたい。400年くらい前に考えられた仕掛けを今実体験できるんです。」(昇太さん)
敵兵の気持ちになって堀を歩く為に、昇太さんは何と甲冑を手作りしました。そしてそれを着て歩くのだそうです。その手作り甲冑がスタジオに登場。
「胴はネットオークションで買って着色は自分でした。あと、肩にかける部分はなかったので自分で手作りした。自分の長襦袢の余布に革を貼って穴をあけて、買ってきたひもを通して。でこれはひっかけるやつなんですけど、これはホテルのヘアブラシの柄の部分を切って着色して穴をあけた。」(昇太さん)
「よく考えましたねえ…。」と外山さんは感心。
「で山に登るから軽くするために胴につける垂れは樹脂で作って…。」(昇太さん)
「本当だ、軽い!」(吾郎)
「これをカチャカチャ言わせながら山道を歩くと気分が上がる。」(昇太さん)
「楽しそう。」(吾郎)「楽しいですよ。」(昇太さん)でも
「これはお仲間がいるんですか?」(吾郎)「まだ一人なんですよ。」(昇太さん)
ここまで凝る方は珍しいかも。

この後話題は結婚の事に。中年独身トリオが番組史上最大の意気投合?!。
テーマは「なぜ私たちは結婚できないのか?」

「ホントに多趣味で独身生活を謳歌されている…。」(吾郎)「謳歌してます。」(昇太さん)
「独身じゃなきゃできない!『あなた何やってんの!』って…。」(吾郎)
「さっきの甲冑でもさ、部屋に置いていたら『片づけてよ!』って言われちゃう。」(昇太さん)
趣味に没頭し過ぎると結婚できないらしいことは自覚しているようです。
「でも僕らも独身者だからね。」(吾郎)「そうですね。」(外山さん)
「こういう番組に出て、今回のケースは嬉しいですよ。他の番組だと『どうして結婚しないんですか?』とか聞かれるじゃない。これ絶対言われないもんね。」(昇太さん)
「僕らが言われる方だもんね。」と吾郎が言うと
「言われます?」と昇太さんは驚きました。「言われます、僕43ですから。」と吾郎の歳を聞くと昇太さんは納得したようで
「言われるね…。」としみじみしました。しかし気を取り直して
「僕らはさ、別に結婚したくないわけでもないし。」(昇太さん)
「そう、無理して(結婚)してないわけでもないし。」(吾郎)「無理してないです。」(外山さん)
「したっていいよ、別に。」(吾郎)
「いい人いたらね。」(昇太さん)「そうですそうです」(吾郎)
「だから縁の問題で。」(昇太さん)
「そうですそうですそうです」と吾郎のボルテージが上がってくると
「嬉しいな今日」と昇太さんはニコニコしました。しかし
「あとは相手なんですよね。」と外山さんが言うと昇太さんは急にしんみりしました。
「振り返ると結婚は勢いですね。勢いが大事なんだな、結婚するうえで。」
「ああ、お付き合いしても結婚に至らなかったんですね。」(外山さん)
「ありますよね、これだけ長く生きていると。僕だってなかったわけじゃないし。あれかな、って。今までもあったし。」(吾郎)(←さりげなく過去を告白)
「今振り返るとあの人で良かったのかな、って言うのがあるわけですよ。」(昇太さん)
「あの人じゃなくてあの人って言ってくださいね(笑)。」外山さんが冷静に指摘したので、
「ありがとう、とてもいいアドバイスでした。」と昇太さんが笑いました。それに対して外山さんは
「これ国民的番組なので。」とさりげなく大切なことをアピール。(外山さんありがとう♪)

「最後の勢いがなかったんですね、最後のスパートが。」(吾郎)
「そう、だから申し訳なかったなと思う事もあるし。」(昇太さん)
「なんか独身の幸せって分かっているじゃないですか。楽しいってのが。結婚した時の幸せとか家庭を持った時の幸せは未知数なんですよ。」(吾郎)
「そう。でそれを知りたい気持ちもあるけど、結婚したら相手の人生も左右するわけだから、こちらによっぽどの心づもりがないと申し訳ないじゃないですか。多分僕はね、世界で一番好きなのが僕なんですよ。」(昇太さん)
「ああ~、いるそういう人!」外山さんはのけ反って笑いました。
「僕も!」(吾郎)「そう!」(外山さん)「僕も!!」(吾郎)
「大切な人がいなきゃだめですよ。」(外山さん)
「僕今のところ自分の事が一番好きだもん。僕も!」(吾郎)「僕も!!」(昇太さん)とすっかり二人は意気投合。さらに
「失敗したくないし。」と吾郎が言えば
「そうなんだよ、もう失敗しづらい状態なんだよ。」(昇太さん)
「僕も『43かあ…ほらやっぱり失敗した!』なんて言われたくないし。」(吾郎)と口々に言ったので外山さんが
「でもそこまで好きな人が出来たってことがすごい事だから、いいんじゃないですか失敗しても。見てみたいです、どんな方なのか。」とフォローしました。
「他人同士で暮らすから面倒なことも多いと思う。だって柴門さんの回見たよ?!」と昇太さんはふいに言いました。
「ああ、『結婚の嘘』。」(吾郎)
「あれとこれを一緒に見てほしい。そうすれば結婚っていうのはプラマイゼロなんだろうなって。」(昇太さん)
ということで昇太さんのリクエストにお応えして恋愛漫画の巨匠柴門ふみさんと昇太さん、吾郎のゴロデラスペシャルメドレーが実現しました。
「結婚したくないわけではない」(昇太さん)「明日したっていい」(吾郎)という二人の発言には
「演出された幸せファミリーに騙されてはいけません。」と柴門さんのキツイ一言が。
「いい人いたらね。縁の問題。」発言には
「休日家族でバスケット持って楽しそうにランランラン♪公園に言って犬がいてね…ないですから。」と柴門さんの厳しい指摘が。
「正直あの人で良かったなと思う事はある。」(昇太)「僕もなかったわけではない。」(吾郎)と過去を懐かしむ二人には
「ママ友とか同級生とかが集まったら旦那の悪口しか喋らない。」と柴門さんの身もふたもないお言葉が。
…うーん、昇太さんと吾郎が結婚できない理由が少し分かったような・・・気がし…ます(苦笑)。

「いやあ、今日来て良かったな。こういう番組に来て良かったなと思う事って実は少ないんですよ。『結婚しないんですか?どんな人が好きですか?へえそうなんですか?』とか言われてモヤモヤして帰ることが多いんだけど、今日は良かった。」(昇太さん)
「僕もすっきりしました。」(吾郎)
「一緒に飲みたいもん。」(昇太さん)
「少なくとも50代後半までは大丈夫なんだな、って。」(吾郎←そこで安心してどうする)
何はともあれ昇太さんに喜んで頂けて良かったです。

AD山田くんの消しゴムはんこは昇太さんの「自分が一番好き」発言を受けて「自分と結婚してしまった昇太さん」。教会で結婚式を挙げる新郎昇太さんと新婦昇太さんです。とても良くできたので「山田くん僕のも作っておいて。」と吾郎が言ったほど。
吾郎の作品も見てみたいですね。


PCが立ち上がらなくなってリカバリしていたので、今回はいつも以上に感想を挙げるのが遅くなり、あと3時間後には今週の放送があります。ゲストは。呉座勇一さん。応仁の乱について興味深いお話が聞け層で楽しみです。


拍手ありがとうございます



歌と歩んだ50年 (「ゴロウ・デラックス」 4/28)

オープニング。
「今夜のゲストはデビュー50周年を迎えた方です。」(外山さん)
「50周年!すごいですね。」(吾郎)

課題図書 : 「夢の住家 Sing My Life」 森山良子

歌手生活50周年を記念して、代表曲「さとうきび畑」をめぐる苦悩、従兄弟ムッシュかまやつさんへの思い、母としての素顔など、森山良子さんを作るすべてを書いた本です。
登場した森山さんにご挨拶すると吾郎は
「森山さんの歌を聴きながら読ませて頂きました。」と言いました。そして
「身体によかったです。森山さんがそばでお話して下さっている感じで。」と言ったので森山さんは嬉しそうでした。

先ずは歌手生活50周年について。
「50周年は大変なツアーだったそうで。」(外山さん)「100ステージ近くありました。ほぼ毎日歌ってました。」(森山さん)
特に話題になったのは昨年秋に行った歌手生活50周年記念コンサート。その日の観客からリクエストを募りその日の曲目を決めるという企画にしたのです。
「100曲くらいあるんですけど一応何でもお応えします、という事で。」(森山さん)
「100曲リハーサルしたんですか?」(吾郎)
「1週間位毎日リハーサルしてましたね」(森山さん)
「考えられない!」(吾郎)「普通コンサートって曲目決まってますよね。」(外山さん)
「セットリストって決まってますよね。『今日は特別にこの曲を贈るぜ!』とかいってももう決まってるから。リハーサルしてるから。」と吾郎が言ったので森山さんは(分かる!)という感じで大笑いしました。
(でもSMAPも「Mr. S」のコンサートで、2曲のうちから観客の歓声の大きい方を選んで歌う趣向をやりましたね。懐かしいです。)
どの会場でもリクエストが多かったのは、「星に願いを」「涙そうそう」そして「さとうきび畑」でした。 
「さとうきび畑」は2002年に日本レコード大賞最優秀歌唱賞を受賞し、今では森山さんの代表曲になっています。しかし森山さんがこの曲を初めて歌ったのは今から50年前。それ以来30年間「さとうきび畑」を歌う事への苦悩がありました。その部分を吾郎が朗読。

歌の冒頭に繰り返される「ざわわ」の歌詞が差し示す意味を戦争を知らない自分には想像できなかった。それでも歌っているうちに戦争で亡くなった方々の悲しみが胸にあふれた。しかしそれを表現できていない自分に無力感を覚えた。「ざわわ」を歌い始める時、だめだ私には伝えられない、私の手に負えない歌だ、と感じ、レコーディングはしたがすぐ歌うのを止めてしまった。

「(作詞・作曲者の)寺島尚彦先生が『歌ってみないか、歌って欲しい』と仰ってくださってレコーディングしたんです。でも戦争にまつわる歌は初めてだったので自分にはできないと思った。」と森山さん。スタッフの強い勧めで1969年のセカンドアルバムに収録されましたが「一種のトラウマになっていた」そうです。
「その「さとうきび畑」をまた歌ってみようと思ったきっかけは?」(吾郎)
「湾岸戦争の時、自衛隊が派遣されたり色々あったんですけど、その時私のコンサートを見た母が『こんな時代に愛だの恋だのばかり歌っているなんてちゃんちゃらおかしいわ』と鼻でせせら笑うように言ったんです。それで(そうだ私逃げてる、ずっとこの歌から逃げていたけれど今こそ歌う時が来たんだな)と。で「さとうきび畑」に立ち向かって歌おうと決めた途端に、「さとうきび畑くん」が『大丈夫だよ』と肩をポンポンと叩いて『そんなに難しく考える事ないの、ただこの詞とメロディーをお客さんに伝えればいいだけ』そう言われた気がしたんですね。歌って長く歌っていくとどんどん人格を持って1人の人の様な感じになる。上手くそりが合わないけれども、つかず離れず生きていく事で『一緒にお互い進んで歩んできたね』と歩み寄れるのかな、と思います。」(森山さん)
「面白いですよね。でも何十年もブランクがあったというのも珍しい話ですね、」(吾郎)

そして全ての会場で1位だったのは息子・直太朗さんとのコラボも話題になった「涙そうそう」。そこで話題は直太朗さんの事に。
「どんな気持ちですか?不思議ですよね。」(吾郎)
「すごく楽しいんですけどめちゃくちゃ緊張する。それとそんなにいつも一緒にステージをやっているわけではないので、私がこういったらどう動く?どうステージを使ってくれるのかな?というのが気になったんですけど、一回一緒にやってみたらすぐに分かったみたい。」(森山さん)
「直太朗さんもう40歳なんですよね。」(吾郎)「同年代ですよね」(森山さん)
「僕43です。で、彼が多分初めて「さくら」をテレビで歌った時に、他局のミュージックステーションだったんですけど、僕偶然ご一緒したんです。Mステ初登場で生で歌って、僕その時すごく感動したんですよ。なんかすごく緊張されてて、手が震えるくらい。」(吾郎)
「ええ見てました。」(森山さん)
「あの時僕らも出演していたんです。で(直太朗さんが)歌い終わった時に感激してみんなで「君すごい!素晴らしいね!」って。なんか上目線で申し訳ないけど。」(吾郎)
「それは本人から聞きました。すごく嬉しかった、って。凄く励みになったと思います。」(森山さん)
そのMステの事は私も鮮烈に覚えています。凄い新人が現れた!と感動しました。そしてその時SMAPが歌ったのは「世界に一つだけの花」。この年(2003年)は一年中どこへ行っても「さくら(独唱)」と「世界に一つだけの花」が流れていた気がします。

ところで森山さんはこの春から娘婿のおぎやはぎ小木博明さんと二世帯住宅での生活を始めました。
「小木さんいるんですか?家に」(吾郎)
「いますね。でもドアは2つありますから。例えば、私がお風呂上がりで汚い寝間着来て『う~』って言っている所は気持ちが悪いから見たくない、って小木が設計士さんに言ったんです。うちに勝手に上がり込んで居候していた分際で今更な話ですよね、私から言わせれば。(笑)」(森山さん)
そこで番組では、小木さんにアンケート。その答えを外山さんが紹介しました。
1.「ドアを分けたのに、結構な割合で我が家に来ちゃってる」
「豚汁作ったから食べない?とかシャンパン飲まない?とか」(森山さん)「言いながらドア開けちゃうんですね(笑)」(吾郎)
2.「年齢や仕事の事を考えて断酒をしたと聞いたのですが、いつも片手にゴキゲンです。断酒の意味は分かってますか?酒は飲むのか飲まないのかはっきりしてください。」
「……飲む。」(森山さん苦笑)
「お母様との旅行記でお二人でワイン2本空けたと書いていて、こんなにお酒を飲まれる方なんだ、と思って。その割にはお酒の話が全然書いてなくて。」(吾郎)
「実は私の人生にはお酒が欠かせなくて『お酒の章』というのをすごくいっぱい書いたら全部カットされた(笑)。(編集者から)『ページ数が多くなりました』って。」(森山さん)
「なぜ断酒されたんですか?」(吾郎)
「62歳か63歳までめちゃくちゃお酒飲んでたんです。打ち上げで『イェーイ』って感じで。そしたらある時『イェーイ』ってしようとしたらグラスが重かった。そして(え、今日もお酒飲むの?)と思う自分がいて。で定期健診でお医者様に行ったら何かの値が悪かったみたいで『お酒は1滴も飲んじゃだめ』って。それで2年間ぴったりお酒を止めたんです。みんなが日本酒飲んでる時にはお猪口とお水を貰って飲んで。それで1年くらい経ったら…お酒って飲まなくても生きていられるんだって。知ってます?(外山さんの方を向いて)お酒って飲まなくても生きていられるんです。昔は毎日お酒を飲んでいたけど今ではお酒を飲まない日もあります。」(森山さん)
「良かったですね。じゃあ良いお酒との付き合い方になったということで。解禁という言い方も変だけど。」と吾郎はニッコリしました。解禁して3~4年経つそうです。
「楽しそうなお酒ですけど、何か失敗はないですか?」(外山さん)
「失敗を言ったらキリがなくて。ある番組の打ち上げで、慎吾さんとご一緒したんです。ザキヤマさんも。」(森山さん)
「おじゃmapか…。」(吾郎)
「そう、その打ち上げでスタッフの方が一人ずつ『お疲れ様でしたー!』とお酒を持っていらっしゃるんです。それを次々飲み干していくうちにすっかりリラックスしちゃって、私は覚えていないんですけど、ペットボトルのお水か何かを、それも覚えていないんですけど、ザキヤマさんの頭にザーッとかけて『ヘッドスパ♪』とやったらしくて。」(森山さん)
「覚えていないんですか?」(吾郎)
「常に覚えていないです。で翌日ザキヤマさんに『何か酷い事をしてしまったみたいでごめんね』と謝ったらザキヤマさんも『僕も覚えていないですから』と言ってくださって良かったなぁと。」(森山さん)
「それ、絶対覚えてますよ!」(吾郎)
思わぬところで「おじゃmap」の裏話が聞けて嬉しかったです。それにしてもザキヤマさんお疲れ様でした。

従兄弟でミュージシャンの故・ムッシュかまやつさんのお話も。外山さんがムッシュさんが森山さんの家で静養した時の話を朗読しました。

ムッシュが長い入院生活を終え退院する時、家族会議で話し合い、うちで静養することにした。入院中食欲がないというムッシュ。好きなものを食べて体力をつけて下さいとお医者様に言われていたので「フォアグラ持ってこようか?」と冗談半分に言うと「食いてえ!」と答える。その他にもハム、ベーコン、ウナギ、焼き鳥…といろいろ食べたいと言う。「鴨のコンフィは?」「本気かよ、食いてえ!」と好きな物を並べると俄然食欲が出てくる。

「とにかく食べることが好きで、普段から『何を食ってる?』とか『俺はこれを食ってる』」とか食べ物に興味がありました。でもオシャレなものをたくさん知ってるはずなのに、その割に普通のものが一番嬉しい人だった。私がレタスチャーハンを作っていると「レタスは炒めるもんじゃねえよ、レタスはそのままバリバリ食うもんだよ!」とか、意外性も一緒にいて分かった。ムッシュの妹が時々東京に来て私がツアーに行っている間はそばにいて。兄妹も結婚するとバラバラになるけど、最後はみんながそばにいられたので良い時間だったなと。」(森山さん)
「笑いが絶えないお家の様なのでいて楽しそう」(外山さん)
「ホントだね。僕らとは全然違うね(笑)」(吾郎)
そこからまた話題は変わって。
「お独りなんですよね」(森山さん)「ずっとお独りですよ…。直太朗さんも独身でしょ?」(吾郎)
「だから言いますよ。淋しいとか思わない?」(森山)
「朝ご飯を食べてる時とか少し寂しいですよね。」と吾郎が答えると外山さんが鋭く突っ込みました。
「でも吾郎さんは大変だと思うんですよね。女の人も『この人完璧な人じゃん}って思っちゃう。絶対パンツ一丁で家の中歩けないでしょう?」
「やだやだ。パンツ一丁でドアに自分が映ったらイヤじゃない?」(吾郎)
「そこが?自分を見た時に?でも子供の時とかパンツ一丁でお風呂上がりに『いぇーい!』とかやらない?」(森山さん)
「『いぇーい!』とか人生でやった事ない、仕事以外では。おかしいでしょ、『いぇーい!』『いぇーい!』とか」(吾郎)
「でも今『いぇーい!』とやってみて気持ち良かったから繰り返したんでしょ?」(←外山さん鋭い!)
「今のは気持ちよかった。…でもそういう人イヤだもん家にいたら。穏やかでいたい。フラットに。」(吾郎)
「じゃ柔らかい人…。幾つくらいの?」森山さん、吾郎の事を心配して下さっています。
「なんかお母さんみたい(笑)…分からないですよ。」(吾郎)
「明日結婚したい、となるかも知れないし。」(森山さん)
「そうですよ。だからこの本を読んで自分には無理だとは思わなかったし。羨ましいなと思ったし、楽しそうだなと思ったし。」(吾郎)
「私もね、ムッシュが来て物凄い楽しかった。毎日がパーティみたいに楽しくて、『いぇーい!』と思ってたのに(笑)。」(森山さん)
「『いぇーい!』って言いなれている感じですもんね…。お母さん僕は何とかするから自分の事は。」(吾郎)

と言いつつも「楽しかった」と締めた吾郎。AD山田くんの消しゴムはんこはギターを持った森山さんをスケッチブックいっぱいに沢山押した楽しそうな作品でした。


拍手ありがとうございます

プロフィール

はちミツ

Author:はちミツ
【注意:当ブログの内容の無断転載は禁止します。】

稲垣吾郎さん大好き、5スマ大好き!の主婦。
吾郎ファン歴は24年目になります。
神奈川県在住。

近況
①毎週水曜日は「an・an」の「稲垣吾郎のシネマ・ナビ」をチェック!。
②吾郎出演映画「少女」は2016年10月8日公開♪
③吾郎出演ドラマ「不機嫌な果実」のDVD、Blu-RayBOXは2016年10月19日発売♪
④「ゴロウ・デラックス」(TBS)もお見逃しなく!


メールは↓へ。
walkwithgoro☆hotmail.co.jp
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