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プロフィール

はちミツ

Author:はちミツ
【注意:当ブログの内容の無断転載は禁止します。】

稲垣吾郎さん大好き、SMAP大好き!の主婦。
吾郎ファン歴は25年目になります。
彼らがいつかまた集まりたいと思った時そうできるように、彼らがそれぞれ今いる場所で益々輝いていってほしいと願っています。
だから「SMAP大好き」という気持ちも「新しい地図の3人の活動を応援する」気持ちも私の中では同じ一つの思いなのです。
神奈川県在住。

近況
①毎週水曜日は「an・an」の「稲垣吾郎のシネマ・ナビ」をチェック!。
②「ゴロウ・デラックス」(TBS)もお見逃しなく!
③「稲垣吾郎オフィシャルブログ」、twitterアカウント @ingkgrofficial も必見!

メールは↓へ。
walkwithgoro☆hotmail.co.jp
(☆を@に変えて下さい)

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「新しい地図」1周年おめでとうございます!

2018/09/22
category - 新しい地図
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「新しい地図」発足1周年おめでとうございます!

吾郎・剛・慎吾の3人が新しいスタートを切ってから1年経ちました。
1年前の朝、新聞の見開き広告に驚き、ネットニュースに興奮し、一抹の心細さも感じながらNAKAMA入会の手続きをしたことを思い出します。
それからの1年は怒濤のごとくで、72時間ホンネテレビ、パラ駅伝、ななにー、映画と息つく間もない展開で付いていくのが大変でした。SMAPが解散してからの9ヶ月間は何もなかったのとは対照的です。
今、慎吾の初個展がパリで開かれていて吾郎と剛も行っています。吾郎はこれから舞台「No.9」、映画「半世界」などが控え、剛も映画「まく子」があります。楽しみがこれからもあるのは本当に幸せなことですね。ありがとう
YouTubeの新しい地図チャンネルで新しい動画が公開されました。1年前「新しい地図」立ち上げの時の3人の様子です。今見るとまた胸に迫る物がありますので、是非ご覧下さい。

そして!
つい先程「新しい地図」のHPで発表されたのが
「NAKAMA to MEETING Vol.1」
つまりファンミーティングです!!
来年の2月から4月までの間に、東京・名古屋・大阪・仙台・福岡で計12回開かれます。
詳しくはこちらをご覧下さい。
(3人のパリからのメッセージもあります)


拍手ありがとうございます

                
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「半世界」が東京国際映画祭に出品決定!

2018/09/20
category - 映画
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嬉しいお知らせです。

吾郎主演映画「半世界」が第31回東京国際映画祭(TIFF)(10/25~11/3)のコンペティション部門に出品されることが決定しました。
阪本順治監督とレッドカーペットを歩く姿を想像すると今からワクワクします。映画祭の核になるコンペティション部門というのもとても嬉しいです。一般公開は来年なので、多分ここが最初に観られる場になるのでしょう。

詳しくはこちら (マイナビニュース)

阪本監督とプログラミング・ディレクターの矢田部吉彦さんのコメントも載っていますので是非読んでみて下さい。


拍手ありがとうございます

                                 
                                      
            

3人が語る「クソ野郎と美しき世界」

2018/09/20
category - 映画
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「クソ野郎と美しき世界」のブルーレイが届きました

早速特典映像から拝見。
メイキング映像は確か「クソ野郎」のポップアップショップで流れていた物だと思いますが、落ち着いて見られなかった(時間で外に出されてしまった)ので、今回収録されて良かったです。インタビューは初めて見るものかもしれません。
吾郎のメイキングでは園子温監督の楽しそうな様子が印象的でした。明るいテンションに俳優みんなを巻き込んでいくようで、こういう映画の撮り方をなさる方なんだと思いました。吾郎はスタンバイ中はにこやかにしたり、真面目な顔で1人台詞をつぶやいて確認したりしていて、様々な表情が見られるのはお得な気分です。

次は吾郎・剛・慎吾の3人によるコメンタリーを見ました。これが本当に楽しいです!
イントロダクションのブランドフィルムから始まり、エンドロールが終わるまで、3人が色々な話をしてくれます。3人の会話を聞きながら本編を見ているような贅沢な気分を味わえるので、これは必見です(皆さんもうご覧になったかと思いますが)。
撮影の裏話は勿論、画の撮り方や共演者や演技やストーリーについてそれぞれ感想を言い合っていて興味は尽きません。エンドロールの意味については「なるほどそういう解釈か」と気づかされました。
最後に「クソ野郎」の続編についても少し話しています。といっても、このコメンタリーを収録している時点では何も決まっていないそうです。吾郎は「もう少し時間をかけてやりたい。でもこのスピード感も僕たちらしいのかも。」と言っていますが、どうなるでしょうか。
時間を作ってまた(出来れば何度でも)観たいです。


拍手ありがとうございます
                                 
                                      
            

芥川賞、直木賞、ワイドショー (「ゴロウ・デラックス」 9/14)

2018/09/18
category - GORO
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オープニング。まず吾郎の衣装がスゴいです。いつもと違いノーネクタイで黒いシャツのボタンを開けてます!
胸元が!クタッとして!開放的!
そこにばかり目が行ってしまいますが、いつも通りのトークが始まりました。
「今日はゴロウデラックス初、地方局のアナウンサーで今お昼の顔として大人気のあの方がいらしています。」
「地方局のアナウンサーさんがTBSのお昼の顔に抜擢されるというのはスゴい事なんですよね。」

今夜のゲストは石井亮二さん。登場するとまず自己紹介。
「名古屋から新幹線に乗ってやってまいりました、名古屋CBCテレビアナウンサーの石井亮二と申します。」
現在、月曜から金曜お昼1時55分から放送中の「ゴゴスマ」の司会を務めている石井さん、アナウンサーだけにしゃべりは滑らかです。
「しかし、芥川賞直木賞の作家の先生が出演されるようなこの番組に読んで頂いて大変光栄でございます。芥川賞直木賞、私ワイドショーですけど大丈夫でしょうか。」としっかり笑いも取ります。

課題図書 : 「こんにちは、ゴゴスマの石井です」 石井亮二

石井さんがご自分の番組「ゴゴスマ」の裏側を書いた本です。「ゴゴスマ」は2013年、愛知・岐阜・三重の東海三県の地域密着型ローカル番組としてスタート、石井さんの真面目そうで実は面白いキャラクターが受けたこともあり着実に人気と知名度を上げていきました。そして放送開始2年後の2015年、なんと関東(1都6県)でも放送される事に。しかしこの関東進出が悲劇を生んだのです。
「最初はビックリですよね。」(吾郎)
「ビックリどころじゃないです。私はCBCに就職して、愛知・岐阜・三重でしか映らないアナウンサーですから。」(石井さん)
関東1都6県の人口は4000万人。愛知・岐阜・三重の人口は1000万人なので一挙に視聴者が5倍になる計算です。
「誰が決めたんですか、これは。編成ですか?」(吾郎)
「多分そうでしょうね。TBSの編成の方が。」(石井さん)
東京で地方局アナをお昼の顔にするという大博打でしたが結果は
「絶望的な視聴率0.9%を記録」。
「ちなみにこの時、裏番組の『ミヤネ屋』さんは(視聴率が)およそ10倍ですよね。」(外山さん)
「へぇー、『ミヤネ屋』ってすごいんですね。」(吾郎)
ここで、この時のくだりを吾郎が朗読。

2時間まるまる東京にネットすることで、番組内容も完全に「東京向け」にシフトチェンジしなくてはいけない。「ミヤネ屋」さんをはじめとする裏番組と、同じような内容で勝負したところで、まぁ、どうにもなりませんからね。
忘れることができないのは、父親の葬儀の日の生放送。
番組を休んで葬儀に参列することも考えましたが、さすがにリニューアル直後に司会の人間がいない、というのはよろしくないし、父親が「何よりも仕事を優先しろ」という人だったので、もう涙をこらえながら出演しましたよ。
ちょうど番組の放送中に葬儀が始まって、霊柩車で火葬場に向かうという段取りだったんですが、翌朝、視聴率速報を見て、もうビックリです。
「0.9%?霊柩車だけに、0.9か!」

「この話は結構いろんな所でさせて頂いてるんですが、皆さん笑っていいのかわからない、という・・・」(石井さん)
「そりゃそうですよ」と言いながら外山さんは笑ってしまっています。
「笑っていいのか分からないじゃないですか。ちょっと笑って欲しそうに書いてますけど。」(吾郎)「太文字でね」(石井さん)
「・・・でも視聴率って・・・ありますよね。」吾郎が真面目な顔になって言いました。
「吾郎さんって視聴率は気にされるんですか?」(石井さん)
「いやいや、気にしないと言いますけど、気にしない人なんて一人もいないと思う、主演とかやってて。だって良い時って現場は明るくなるし。」(吾郎)
「それ、仰るとおりですね。」(石井さん)
「悪い時暗くなる人はいないよ。スタッフは気を遣ってくれるし。空元気な場合もあるから。」(吾郎)
「それが痛いですよね、胸にね。」(石井さん)
「正直、これ打ち切られるかもしれないと心配しました?」(外山さん)
「はい、すぐ思いましたね、もうダメだ、これは3ヶ月だなと。でもTBSのお偉方の皆さんが踏ん張って頂いた。『いけるかもしれないそ、この先』という可能性に賭けてくださったので感謝ですよね。」(石井さん)
「TBSがやって下さいとオファーしたわけですから、ちょっと我慢して欲しいな、というのはありますよね。急に打ち切るのかよ、みたいな」外山さんがちょっとべらんめえ口調でズケズケと言ったのがカッコ良かったです。
何より吾郎や石井さん達テレビ業界の方の視聴率についての本音が聞けたのが貴重でした。

しかしこの絶望的な状況でも諦めず、「ゴゴスマ」は番組改革に取り組みます。
「こちらが1(%)で『ミヤネ屋』さんが9。パイは同じですからこちらが2になればあちらは8、こちらが3になればあちらは7になる。で、こちらが4になったらあちらは6・・・、4%と6%ではどうですか?そんなに差はないでしょう?」(石井さん)
「戦いですね、怖い敵ですね。」(吾郎)
「それで行こうと。ちょっとずつ上げていけば4対6になれる、と。」(石井さん)
スローガンは「ミヤネ屋に近づけ!」。その為にやった事とは・・・
1. 宮根さんをいつの間にか完コピ
「『ミヤネ屋』が相当視聴率を取れるのはなぜか。家に帰ると録画をまるっと2時間見るんですよ、毎日。最初から最後まで見る。そうすると気づいたら自分のお喋りも宮根さんみたいな完コピになってて、ネットでも『なんだコイツ宮根さんの真似してる』とか『小ミヤネ』とか書かれたんです。」(石井さん)
「宮根さんと面識はおありなんですか?」(吾郎)
「実は去年の5月に宮根さんとご飯を食べさせて頂いて。その時に言われたんですよ『石井君フリーになったりとか考えてないの?』って宮根さんに。」(石井さん)
「似てますね、宮根さんに!」(吾郎)「似てる!」(外山さん)
「いやいや全く考えてないです、と。逆に僕がフリーになると言ったら宮根さんどうですか?フリーの先輩として教えて下さい、と訊いたんです。そしたら『まあ、2年やなあとな。2年頑張って知名度上げて、またフリーになりたい気持ちがあったら俺の所にもう一回相談に来て。』とおっしゃって。かっこいい、と思って。そっから1年2、3ヶ月経ちますけど。」(石井さん)
「じゃそろそろフリーに?」(吾郎)
石井さんは思わず噴き出して「全くないです」と否定しました。
「編成の方にカメラを通じて感謝を述べたばっかりなんで。」(吾郎)
「そうです、そうですね。」(石井さん)
2. 地方局ならではのハンデを逆手に取る!
「ハンデありますか?やっぱり。」(吾郎)
「やっぱり東京、中央の情報をスタッフが毎回新幹線に乗って取材に行くわけにいかないので。人手もカメラの台数も足りない。だからこういうボードが生まれた。朝からの情報をボードに集約すると(ハンデを)超えられるんじゃないかと。でこれを元にコメンテーターの先生に話してもらって深みを増そうという、そういうことですね。」(石井さん)
私も最近「ゴゴスマ」を見るようになったのですが、巨大なボードに文字がぎっしり書かれているのが他のワイドショーと違うなあ、と思っていました。それにはそんな意味があったのですね。
「東京だと色んな情報が集まってくるので、ついつい、2時間で4つ5つの情報をいきたくなるじゃないですか。それが難しいので1つの話題を深掘りしようという、逆手に取って。」(石井さん)
そして東京に進出して2年後の2017年、改革が実り、わずかながら『ミヤネ屋』の視聴率を上回る5.4%を記録したのです。
「ありがとうございます。」(石井さん)「すごい!」(吾郎)
「0.9から6倍になって。わずかながらも上回ったんです。」(石井さん)
その事について書かれた部分を吾郎が朗読。

初めて関東地方で「ミヤネ屋」さんの視聴率を上回った日は、本当に感動しました。放送日はまさに父親の命日だったからです。
その前の日曜日に三回忌法要をやった時、母親から「あんた、最近、ネクタイをしてテレビに出てるでしょ。お父さんのいいネクタイがたくさん残っているから持っていきなさい。」と言われたんです。たしかにいいネクタイがいっぱいあって、その中から高級そうな1本を選んで「じゃあ、これを命日に着けてみるわ」と。父親の形見を身につけて、それでもいつもと変わらぬ自然体で番組をお届けしました。
そして、翌朝。
発表された関東での視聴率は5.4%!2年前、父親の葬儀の日に叩き出した0.9%の実に6倍です!
わずかながら「ミヤネ屋」さんの数字を超えていることを確認した時、ボクは静かに泣きました。
諦めずに続けてきてよかった――――
この日の感動は一生忘れないでしょう。

「いやあ、良かったですね。」(吾郎)
「しかもお父様の命日に。」(外山さん)
「そんなことあるんだねぇ。・・・全部お父さんの仕業かもね。」吾郎がほん怖めいた事を言いました。
「そうなんですよ!2年前お葬式に行かずに最低視聴率0.9%。2年後、命日にミヤネを初めて超える、しかも形見のネクタイをして。なんだろう・・・。」(石井さん)
「泣きますよね。」(外山さん)
「お父さんも嬉しかっただろうね。」(吾郎)
「スタッフの方もずっと一緒なんですか?東海三県の時から。」(外山さん)
「ほぼ一緒です。」(石井さん)
「それはもう、感動ですね。」(外山さん)
「そうですね。まず一人で静かに泣いて、それからスタッフルームに行って『やった!』って抱き合った時はもう・・・やっとなんか報われる日が来たな、って。でも悲しいかな、それから後は超えないんですけどね。」(石井さん)
「これだけの喜びって人生何度も味わえる物じゃないじゃないですか。挫折からの喜びって。」(吾郎)
「だから2017年10月4日はもう忘れられないですね」(石井さん)

そんな「ゴゴスマ」の最大の強みは「ファミリー感」。多彩なレギュラー陣が番組の魅力です。その中でも友近さんは「足を向けて寝られない」と石井さんは言います。
「東京の番組に呼んで頂いたんですよ、友近さんから。まだ『ゴゴスマ』が始まる前に。世の中で埋もれている人を紹介するっていう番組で。」(石井さん)
「あ、ありましたね。」(吾郎)(←これ、中居くんがやっていた「うもれびと」ですよね!)
「はい、そこで紹介して頂いて、そこからちょっと人生が変わった感じがあるんです。」(石井さん)
本の最後に一番ページを割いて、友近さんとの対談が載っているそうです。
「この本の中の友近さん、凄く大御所感満載なの(笑)。関西の女性芸人の大御所みたいな感じだよ。」吾郎は嬉しそうに本の中の友近さんにツッコんでいます。石井さんも大笑い。
「今日は石井さんの事をよく知る『ゴゴスマ』ファミリーの方が応援に駆けつけて下さっています。」(外山さん)「え?!」(石井さん)
「これ、あんまりないね、ゴロウ・デラックスでは。」(吾郎)
「それでは入って頂きましょう、どうぞ!」(外山さん)
と登場したのは、その、友近さんです。「まぁ、吾郎さん!」と懐かしそうにご挨拶。
「えええ?!だって今日昼『ゴゴスマ』を一緒にやったんですよ?!」と石井さんはビックリ。友近さんは昼間一緒に生放送をやって、その後石井さんに内緒でゴロデラに出演して下さったのです。
「いやあ久々ですね。」と吾郎が友近さんに話しかけると
「今日吾郎さんに会えるのが楽しみだったの。」と友近さんも嬉しそうです。何と言っても二人は「Goro's Bar」を初めとするTBSの深夜番組で長い間共演していましたから。それに
「プライベートでも食事に行ったりとか。」と吾郎。仲がいいんですよね。
「友近さんがいらしたら、(石井さんの)表情がリラックスして・・・」(外山さん)「確かに・・・」(石井さん)
「僕もリラックスするんですよ。」(吾郎)
「嬉しい!」(友近さん)
「みんなのお母さんだから。」(吾郎)(←そこは「お姉さん」と言うべきでは?)
「やだ、京塚昌子さんやんか」案の定友近さんに切り返され吾郎は大笑い。
「引き出してくれますから、僕の事を。」吾郎は友近さんを信頼しているんですね。
「スプーンでヘアスタイル直したりしますから。」友近さんは絶好調です。
「友近さんが石井さんと初めて会ったのはいつ頃ですか?」(外山さん)
「10年くらい前かな。」(友近さん)「名古屋の番組で。」(石井さん)
「最初から面白い人だなと思いました?」(外山さん)
「最初はね、何か一言二言発する事でお笑い好きなんやな、とか人のVTR見てそう簡単には笑わんぞ、とかそういうものを持ってそうかな、と勝手に私は思ってたんですけど。」友近さんの言葉を石井さんは緊張の面持ちで聞いていました。
「卑屈な部分があるんで。」(石井さん)「そうそう」(友近さん)
「あるんですか?」(吾郎)
「卑屈ですよ。なんかアナウンサーのレポートを見てても『これはもうちょっと出来るぞ』と卑屈に思っちゃう。」(石井さん)
「『ゴゴスマ』のCM中に、石井さんと私と(ますだおかだ)岡田さんとでとくだらん馬鹿話をずっとしてるんですよ、本番始まる2秒前まで。で始まったらすぐキリッとなってニュースを読むからすごいなと思いますね。」(友近さん)
「アナウンサーが2秒くらい前まで喋っていて、さっと切り替えるのってカッコイイと思いませんか?」(石井さん)
「自分でカッコイイと思ってやってるの?(笑)」(吾郎)
「でもそれが形になって出来てるから、そんなふりをしても全然成立してるなと思います。」(友近さん)
「面白いなあ。」(吾郎)

石井さんが「ゴゴスマ」の司会者になるまでには色々な事がありました。
野球実況で、状況描写に気を取られ、肝腎の第一球を言い逃すという大失敗をしたことも。
「『第一球投げてました!』と過去形実況になってしまって。野球実況はクビになりました。」(石井さん)
石井さんはTBSのアナウンサー試験も受けたのですが、
「書類選考で落ちました。だから新幹線に乗ってないんです。」
TBSの受験者は5000人くらいいるそうで
「だから外山さんはその5000人の中から選ばれたわけですから凄いですよ。」(石井さん) 
「いやいや、問題は入ってからですから。」と外山さん。(←外山さんは入ってから色々と悩んだんですよね。)
そんな紆余曲折があった石井さんですが、今やTBSのお昼の顔になり
「ざまあみろって感じですよね」と外山さん。(今日の外山さんはいつもよりキレッキレです。)
すると友近さんが外山さんに訊きました。
「外山さんお酒はお好きですか?」
「好きです。」と外山さんが答えると、
「女子アナの面接でよく『お酒は好きですか?』と質問されるらしいですよ。女子アナはお酒とホルモンが好きなんですって。」と友近さん。
「ホルモン好きは性欲が強いって・・・。」(石井さん)「そう!」(友近さん)
「男性は関係ないの?」と友近さんに訊きながらなぜか鉛筆を手に取る吾郎。「女性だけ。なにメモってるの!」と友近さんにツッコまれていました。(雰囲気が深夜番組らしくなりましたね。)

番組はエンディングへ。
「今後は?」と吾郎と外山さんに訊かれ、
「少しでも長く、一人でも多くの方に『ゴゴスマ』を見て頂きたい。そもそも、『ゴゴスマ』についてもっと多くの方に知って頂きたいと思ってこの本を書いたんです。」(石井さん)
「それは感じましたよ。」と吾郎。
友近さんから見ると、石井さんは話しやすいいい空気を作ってくれるそうで
「空気やね、やっぱり」
と雑に話を纏めてスタジオを笑わせました。


拍手ありがとうございます

                                 
                                      
            

ぴあクラシック

2018/09/11
category - 舞台、雑誌
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ぴあが無料で配布している「ぴあクラシック」で「No.9 -不滅の旋律-」を特集し、吾郎のインタビューを掲載しています。

「ぴあクラシック」配布場所はこちら (twitterのスレッドなので下へスクロールすると一覧表が出てきます)
「ぴあクラシック」Web版はこちら

ウィーンのホールで撮影した写真や3年前の舞台の写真も載っているので、是非ごらん下さい。

サントリーホールさんの「Hibiki」に続き、クラシックのフリーペーパーで取り上げられるのは嬉しいですね。それだけ注目されているということですから。さらにワクワクします。


拍手ありがとうございます



                                 
                                      
            

7年振りの新作 (「ゴロウ・デラックス」 9/7)

2018/09/08
category - GORO
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台風に続いて北海道の地震にも驚きました。揺れの大きさもあの広い北海道全域での停電もただ事ではありません。余震も心配です。どうか皆さんご無事で。

他方、ゴロデラが10月以降の継続が決まったという嬉しいニュースもありました。作家の皆さんにも出版業界の皆さんにも信頼され愛されているのを感じます。有難いことです。TBSさんにお礼の葉書を出します。

オープニング。
「吾郎さん、7年前何をしてたか覚えてますか?」(外山さん)
「7年前ってちょうどこの番組が始まった頃ですよ。」(吾郎)
「そうですね。今日のゲストはその7年前、西村賢太さんと一緒に芥川賞を受賞された方なんです。」(外山さん)
「そうか、西村さんはこの番組最初のゲストですから・・・もう7年か。」(吾郎)
「実は今回、その方が待望の新作を出されたんです。」(外山さん)
「ちょっと待って、それまで出されてなかったんですか?」(吾郎)
「そうなんですよ・・・」(外山さん)

「7年前に受賞されたにもかかわらず書かなかった。」(吾郎)
「早く出せ出せ言われたでしょうね、きっとね。」(外山さん)
「その辺もちょっと興味ありますね。」(吾郎)

「ごめんください」と楚々と登場した朝吹真理子さん。モデルさんのように美しいお顔立ちです。
朝吹さんは2009年、24歳の時「流跡」でデビュー。そのわずか2年後の2011年に「きことわ」で芥川賞を受賞しました。彗星のごとく現れた新しい才能に次回作の期待は大きかったのですが、なぜかその後次作が出なかったのです。
今回は7年かかった新作や独特の執筆スタイルについて伺います。
バラエティ番組に出演するのは初めてだそうで
「だいぶ緊張されてるとスタッフの方が・・・」(吾郎)
「はい、緊張しているんですけど、友人の山下澄人さん(昨年2月ゴロデラ出演)に『実はゴロウ・デラックスにお邪魔する事になった』とLINEしたら『全然緊張する事ない、広大なスタジオの中にポツンと小さく(セットが)あって、プロフェッショナルなお二人が全部進行してくださるから大船に乗った気持ちでいればいい』とアドヴァイスをもらって、今日来ました。」と朝吹さんは笑顔になりました。
「嬉しいですね。」と吾郎。本当にゴロデラに出てくださった作家さんが喜んでくださるのは嬉しいです。

課題図書 : 「TIMELESS」 朝吹真理子 (新潮社)

恋愛感情がないまま結婚したうみとアミ。そんな夫婦が六本木の街を散歩しながら高校時代の思い出や400年前の江戸時代など、様々な時代の記憶を巡らせる不思議な物語です。
「なんで7年間書いてくれなかったんですか?」吾郎はちょっと唇をとがらせて訊きました。
「いや、頑張って書こうと取り組み続けて、ようやく・・・奇跡的に書き上げる事ができたっていう・・・。小説を書く時ってまず3行くらい書くんです。まず3行書いたら、次の4行目を推進してくれる大事な3行になるからその後が続いていくと思うんですけど、私の場合はなぜか、3行書いて少し休んで4行目に行くかと思ったら、また1行目を推敲しちゃう。だからその3行の中で何年間もずっと流転してしまって何度も(物語が)始まる事だけが続いていったんです。」(朝吹さん)
「その3~4行を編集者に見せたりしなかったんですか?そうすれば『こうしたらいいとか』・・・」と吾郎。確かにそうした方がアドヴァイスがもらえそうですよね。しかし
「3~4行を書いて消して書いて消している間は・・・私はそれを『おかゆ』と呼んでいるんですけど・・・米みたいに粒立ってなくてドロッとして塊になってない・・・それを見せる事って恥ずかしいんです、裸より全然恥ずかしくて。とにかく見せたくなくて固辞してたんです。」と朝吹さん。担当編集者の方も根気が要りますね。
「次の締切までには30枚書けますとか、偉い事言うんですけど結局書けなくて、それを何回もくり返しているうちに編集者の方も(コイツは絶対書けない)と思ったんでしょうね、今持ってるものを見せろ、となって。」(朝吹さん)
「言われますよね。」(吾郎)
「で見せたら『握りすぎて腐った寿司』だと言われて。腐ったおかゆを見て絶望みたいな顔をしてました。」(朝吹さん)
練りすぎてもダメなんですね。ある程度鮮度も大事なんでしょうか。

ここで小説の冒頭部分を紹介。

もしまたべつの生きものとしてこの世にあらわれねばならないとしたら、なにに生まれたい。
高校二年生だった。放課後、教室に残っている生徒は私たちをのぞいてほとんどいなかった。いたのかもしれないけれどそういった気配はすべて雪に吸われていた。


「いろんな執筆スタイルの方がいらっしゃいますね。」(吾郎)
「なんか、山下さんにも『ポンポン書けばいい』みたいな事を気楽に言われましたけど、中々私には難しかったです。」と朝吹さん。外山さんも頷いています。
「西村京太郎さんとか凄いですよね(年間12作書く)。9時~17時で書く人もいれば・・・」(吾郎)
「角田光代さんですね。カッコイイですよね。憧れます。」(朝吹さん)
「職業=作家って、方もいれば・・・」(吾郎)「スパッとやめる、ってね。」(外山さん)
「でも良かったですね、素敵な作品ができて。」(吾郎)
「なぜ書き上げられたのか自分でも疑問のうちに書き上がりました。」(朝吹さん)
「僕、すごい好きです。なんか気持ちいいよね、フワフワしてくるというか。なんかまどろんだ感じが。」(吾郎)
「そうですね。ずっと不思議の世界にいる感じで。」(外山さん)
「あとね、声に出すと気持ちいいんですよ。」(吾郎)
「嬉しいです。普段、エッセイも何もかも全部声に出して書いてるので、そう言って頂けると本当に嬉しいです。」(朝吹さん)
声に出して書いている、なんてお話が聞けるのもゴロデラならではですね。
そこで吾郎の朗読TIME。恋愛感情が持てない女性「うみ」の心情が描かれた部分です。

うみは秘密が多そう、とずっと言われてきた。
わかる、クールだしね。
何もないから言わないだけだった。人を好きにならないから恋愛の話をしないだけだった。恋をすると花鳥風月がしみるらしいことはわかっても実感がないままここまできた。
アミとつきあうのも。結婚するなれそめも、みんなに言うべきことがなにもない。みんなの話を聞いていることは嫌じゃないから、ほとんど芝居でも見ているような心地できいている。
人を想って眠れない。
そんな恋ばかりしたら死んじゃうんじゃないかと思う。人が人を好きになる気持ちがわからないまま、ここまで来てしまった。ここがどこなのかわからないまま、流されて、テーブルクロスの敷かれたビルの上にいる。みながしているらしい恋を私はしたことがない。したい、とも思っていなかった。
恋もセックスも、どっちだっていい。しなければいけないのなら、林檎農家の交配のように、花粉を綿球につけて、それをぽんぽんと雌蕊に塗布して、交配が成功すればいいのに。
人を好きになる、という、理屈じゃないなどといわれる行為に落ちることがどうしてできないのか、わからない。しないといけないようなことなのかもわからない。
むざんやなあ。

「ずっと一人でブツブツ言いながら書いていたので他の人の声で聞くのは初めてなので、・・・嬉しいもんですね。」朝吹さんはちょっとはにかみました。
「・・・幸せです。」とても可愛らしい方です。
「凄い聞かれてる感じがして緊張した。」(吾郎)
「うみは恋愛感情が持てない女性ですが、なんでそういう設定に?」(外山さん)
「近代以降恋愛をすることが自由になって、恋愛結婚というのが可能になって、恋愛をすることがとても素晴らしいことだってなってきて。それはもちろんそうだけど、でも人間って恋愛をしない自由もあるんじゃないか、ということを昔から思っていて。自分がなかなか人のことを好きにならなかったからでもあるんですけど、例えば学生時代って好きな人がいないことはありえないことだと何となくなってますよね。そうなると架空でも好きっぽい人を作らないといけないとか。多分私以外にも恋愛に積極的じゃない人はいたかも知れないけど、あえて恋愛の話をすることで仲良くなるとか、そういう事に対する違和感があって、それが長い時間掛けてこの小説に流れ込んできた感じです。」(朝吹さん)
「ああ・・・女性は特にね。学生の時とか若い時にはどうしてもありますよね。」(吾郎)
「それってやっぱり、恋愛をすることは善であるとか美であるとか・・・。それはそれでそういう風にしたい人はすればいいんですけど、でもそうじゃない性も人間にはあるんだ、という違和感がここに出てきてるんじゃないかなと思います。」(朝吹さん)
「なるほどね。なんか腑に落ちる。」(吾郎)

「TIMELESS」では過去の思い出やその土地の記憶が蘇り、現実と幻想が入り交じる独特の世界が描かれています。
特に印象的なのはうみとアミが六本木を散歩する場面。六本木は江戸時代、徳川家二代将軍秀忠の正室江姫が火葬された場所で、その時大量の香木が焚かれたそうです。そしてその史実こそ朝吹さんが小説を書く上での大きなターニングポイントになったのです。

「火葬が執り行われた一六二六年十月十八日、その日は北西の風が吹いていた。
ミッドタウンの前で、江の遺体が葦と炭火によって燻されながら燃えていった。五十八メートルにおよぶ沈香木の束がともに焚かれて野原に薫りが満ちる。首都高速三号線の上空、六本木ヒルズ、つるとんたん、ドン・キホーテ六本木店、そして麻布台一丁目のガゼンポ谷へと腐敗臭とともに香烟が空高く帯のようにつづいた。沈香木が、やわらかい薫りを吐きだし、燃えて、烟のなかへと土地を引き摺りこんでゆく。
永井荷風がいとしいひとをたずねたという坂を、くだっているのかのぼっているのかわからないまま、歩いている。私たちはいとしい間柄ではないまま、歩いている。
(中略)
もうずいぶん歩いている。それでも足は疲れていない。Gianvito Rossiのハイヒールだからかもしれない。私たちはずっと歩いていると思っているだけなのかもしれない。
月は雲の影に消えたままいっこうあらわれない。
わたしたちはますますくらいものになって歩いている。

朝吹さんは両手で頬杖をつき、じっと眼を閉じて外山さんの朗読を聞いていました。
「ここも好きですね。ここも不思議なシーンですね。」(吾郎)
実は、この場面のインスピレーションを朝吹さんに与えた「この小説の産婆さん」のような方がいらっしゃるのだそうです。それは歴史学者の磯田道史さん。磯田さんも2016年5月にゴロデラに出演なさっていますね。
「磯田さんと親しくさせて頂いてるんですけど、元々は綿矢りささんの紹介で・・・。2015年の夏に磯田さんと対談をして、その帰りに一緒にタクシーに乗って六本木通りを進んでたんです。その時、私がお香が好きでお香の話を磯田さんとしていたら『そういえば朝吹さん、この近くって江姫が火葬された場所だって知ってますか?』と唐突に言われたんですよね。ミッドタウンの向かいで江姫の遺体が大量の沈香木と一緒に焚かれたと。その話を聞いた瞬間に、目の前のタクシーの景色が400年前と重なって見えて『これは自分がずっと探してた小説の光景だ』と思って、『ここから物語が始まるんだ!』と思って、合理的ではないんだけど確信を持って磯田さんに『これは小説の場面になるんです!』と急いで色々話したら、磯田さんも動揺せずに『そうですか。じゃあ古地図を用意しましょう』と用意してくださって。違う日に一緒に夜(六本木を)探検したんです。」(朝吹さん)
「へぇー、一緒に歩いたんですか?磯田さんっていい方ですね。」(外山さん)
「本当に優しいんです。」(朝吹さん)
「だって(磯田さんが)いなかったら(小説は)生まれなかったんだもんね。」(吾郎)
「本当に大事な産婆さん」と朝吹さんは磯田さんに感謝していました。

幻想的な小説を生み出す朝吹さんの執筆スタイルも独特で、その秘密は小説を書き出す前の作業にあります。
「イメージが浮かんで、そのイメージを追いかけてる時に、ブルーシートとか段ボールとかに手当たり次第物を貼っていくんです。例えば雑誌の切り抜きだったり、好きな詩のコピーだったり、とにかく何でも手を動かしながら貼る作業をずっとしていて、貼っていく手がある時に書く手に移動するって感じなんです。そうすると物語が少しずつ動いていくんです。」(朝吹さん)
「なんでブルーシートなんですか?」(外山さん)
「ブルーシートが私にとって世界で一番美しい色だと思うから。」(朝吹さん)
「へぇ。あのブルーが。」(吾郎)
「ええ、ホントにきれいだと思います。」(朝吹さん)
ブルーシートは景観を乱さないためにブルーにしてるのに、最も自然のブルーとは真逆の安い人工塗料を使っている、それがいい、と朝吹さん。
「お花見の時に敷いてあるのも好きだし、あと、坂道とかにかけられたまま忘れ去られてちょっと緑がかっちゃってるような・・・もう人為では絶対に作れない色味と苔とシワの寄った感じと、繊維がちょっとほどけつつある感じと・・・ホント美しいと思います。」と熱を込めてブルーシート愛を語りました。
「刑事ドラマでもよくありますよ。」(吾郎)
「それも面白いですよね。花見のようなハレの場でも使われるし、事件の場でも使われる。」(朝吹さん)
朝吹さんの独特の感性が垣間見えるお話でした。

更に執筆に集中しすぎると私生活に支障が・・・。ご主人を困らせたこともあるそうです。
「締切前だと家事も何もできない。まあ、普段からできないから二人でやり合ってるんですけど、締切前だと特にそういう事に気がつかないんですよね。で、ご飯を作ってくれるというので、ありがとう、本当に締切がまずいから、と言って(執筆を)やってて、そのうち『ご飯だよ』といって目の前に出てきて『ありがとう』と食べたらすごく美味しくて、『すごいおいしい、このカレー』と言ったんですよ。そしたら『え、カレー?』って。『ハンバーグだ』と言われたんです。でハッと見ると本当にハンバーグで・・・なんで自分がその時にカレーだと思ったのか、カレーと言ったのか分からなくて、すごい気まずくなっちゃって・・・。」(朝吹さん)
「結局はカレーだったんですね?」(吾郎)
「結局はハンバーグ・・・あ、ご主人がいらしてますね!」外山さんがセットの外を見て声をかけました。ご主人の渡邉さんが観覧にいらしていたのです。
「どうでした?間違えられた時は。」外山さんが訊きました。
「ちょっとべちゃっとカレーみたいにゆるかったとか?」(吾郎)(←それもちょっと失礼な訊き方かも・・・)
「確かにトマトソース多めではあったです。」と渡邉さん。「でもハンバーグですよ。それを食べて『このカレー美味しい』って言うのはさすがに冗談だろうと思って、笑い出すのを待ってたら笑わないから、じゃあ勘違いかな?・・・しょうがなく残念な気持ちで自己申告・・・」
「優しい!」と吾郎。本当に優しい方ですね。
「ハンバーグ煮込みでご飯と同じプレートで一緒に食べてたとか?」吾郎はなぜか全力でフォローしようとしています。
「そうかもしれない。」渡邉さんがそれに乗りました。
「まったく結婚に興味なかったけど、こういうご夫婦を見るとすごく素敵だと思いますよね。」外山さんから意外な発言が出ました。
「そうだね。ちょっと自由で・・・。旦那さんもデザインのお仕事なさってて。」(吾郎)
「個人個人で寄り添ったり離れたりしてます。」(朝吹さん)
スタジオにほのぼのした空気が流れました。

AD山田くんの消しゴムはんこはスケッチブックにブルーシートを貼り、そこに朝吹さんや磯田さんや吾郎の顔をテープでペタペタ貼った力作。「うれしい!」と朝吹さんは声を上げました。それを見て「一番の今日のリアクション」と吾郎。朝吹さんは更に作品に近づいてブルーシートに触り、「この織りが均一でない感じが・・・」とうっとり。
「ブルーシートの魅力はよく分かりました。」と吾郎。
朝吹さんは小説と同じく、不思議な空気をまとった方でした。

今回は山下澄人さん、磯田道史さん、綿矢りささんと、ゴロデラに出演してくださった方々のお名前が次々と出てきてとても嬉しかったです。ゴロデラの7年間の蓄積が一本の糸のように繋がっているのを感じました。


拍手ありがとうございます




                                 
                                      
            

インドア吾郎とアウトドア吾郎 (「ななにー」 9/2)

2018/09/05
category - 新しい地図
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台風21号は想像以上の猛威で、風の怖さをまざまざと思い知らされました。四国・関西・北陸・北海道と影響を受けた地域も広かったです。被害に遭われた皆さんにはお見舞い申し上げます。

9月のななにーをAbemaビデオで見ています。私が今回特に面白かったのは
「稲垣吾郎presents豪華作家陣に本を選んでもらおう」

「 オールフリーアウトドア対決!」
でした。インドア吾郎とアウトドア吾郎が両方楽しめてお得な気分です。

「本を選んでもらおう」コーナーは、ゴロデラにも出演して下さった中村文則さんと西加奈子さんが剛と慎吾にオススメの本をプレゼンし、剛と慎吾は選んだ本を自腹で買う、という企画。それだけでも面白いのに、実際に神保町の三省堂書店へ行き、主任の新井見枝香さんに案内してもらいながらお店の中を見て回ったのがとても良かったです。本の書き手(中村さん、西さん)と読者(吾郎、ゲストの光浦靖子さん)と売り手(新井さん)が実際に本を手に取りそれについて話すってなかなかない事ですね。本を読まないという剛と慎吾にも「本屋さんに行って本を見て選ぶ楽しさ」が伝わったのではないでしょうか。
吾郎は手に取った本について一通りの知識は述べますが決して押しつけがましくはなく、相手の興味をそそるように話します。西さんがご自分の本の表紙や挿絵をご自分で描く、という話に慎吾が「そういう方って多いんですか?」と食いついてきた時はさすが吾郎!と思いました。絵の話題を振れば慎吾が興味を持つと分かっていたのでしょう。
中村さんのオススメ本はどちらかというと本が好きで読み慣れている人向けだったかも知れません。剛も慎吾も西さんオススメの本を選びました。あ、それと剛は西さんの「まく子」も読みましょう、自分の出演映画の原作ですから!
吾郎のツボを押さえた進行とゲストの皆さんの知的な会話で楽しくまとまった・・・と思ったら、更にサプライズが。
Happy birthday to you~♪
の歌と共に登場したのは本の形をしたバースディケーキ。この日はちょうど中村さんの41歳のお誕生日だったのです!
あまりに思いがけなかったらしく、どうしたらいいのか分からない様子の中村さん。その素直な反応に好感が持てました。
中村さんお誕生日おめでとうございます。また本のお話を聞かせて下さい。
ゴロデラとはまた違った切り口の本紹介コーナー、ぜひ第2回もやって欲しいです。

「オールフリーアウトドア対決!」はフリスビーを投げ合ったり、巨大ビーチボールと戯れたり、オールフリー片手に料理を作るシンゴロののびのびした姿を眺めてリラックスしました。これもスポンサーのサントリーさんのお陰です。ありがとうございます。

ななにーでは吾郎の無邪気な笑顔をたくさん見ることができます。本当に今充実しているのでしょう。これからも活躍の場がもっと広がるといいですね。


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雑誌「えんぶ」

2018/09/05
category - 舞台、雑誌
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9/7 (金)発売の「えんぶ」(旧「演劇ぶっく」)に「君の輝く夜に」のレビューが載るようです。
「新しい地図」HPにはアップされていない情報ですが、こちらをご覧下さい。

これから色々な雑誌にレビューが出ると思うのでチェックしたいですね。


拍手ありがとうございます
                                 
                                      
            

自分の弱さと向き合う (「ゴロウ・デラックス」 8/24、31)

2018/09/04
category - GORO
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【前編 8/24】
オープニング。
「吾郎さん、自分が弱いと感じることありますか?」
「ありますね。逃げ出すし投げ出すしイライラするし(笑)・・・。ダメですね。」
「今回は、日本一と言ってもいい熱いアノ方をお迎えして、自分の弱さを受け入れ強くなる秘訣を伝授して頂きます。」
「それは知りたいですね。」

課題図書 : 「弱さをさらけだす勇気」 松岡修造 (講談社)

思い切り熱くポジティブな言葉で人気の松岡修造さんはかつて日本を代表するプロテニスプレーヤーでした。現在は日本テニス連盟強化副本部長として「修造チャレンジ」を開催しジュニアの育成に尽力、錦織圭選手を始め多くの才能を育てています。
しかし意外にも「日本一熱い男」は現役時代「ガラスのエース」と呼ばれていたそう。今回は修造さんが「自分の弱さとの向き合い方」について語ります(今回は親しみを込めて「修造さん」と呼ぶことにします)。
「もともとはこんなにメンタルの弱い方だとは知りませんでした。面白かった。」(吾郎)
「それではお呼びしましょう。松岡修造さんです!」(外山さん)
修造さんは予想に反して静かに入ってきました。背が高いのでセットの天井に頭をぶつけそうな感じです。入口の所で頭を下げると静かな声で
「よろしくお願いします」
と一言。
「なんか声小さくないですか?」と外山さんに訊かれると
「どちらかというと普段僕はこうですね。」と修造さんから意外な答えが。
「カメラ回ってますよ・・・イメージダウン・・・」と吾郎に促されても修造さんは立ったまま。一拍置いてなぜか「どうぞどうぞ」と謎の言葉を発し、全員がようやく座りました。修造さんと吾郎は「世界水泳」以来の再会だと思います。
修造さんは白のタキシードと蝶ネクタイという礼装なのですがその理由を訊かれて
「今回結婚が20年目に突入するわけですよ。僕は変わってるので10年目にも結婚式を挙げたんです。ニューヨークで子ども3人連れて大きな教会で。で20年目もしたくて、その洋服を作って頂いたんです、コナカさんに。」
「あ、そうなんですか!きれいですよね、ピッタリで。」(吾郎)
「デラックス」って言葉は自分には合ってない、と修造さん。
「僕の人間性や今までやって来たことをみんな勘違いしている。どちらかというとデラックス感覚、熱いとか。」
本当はそういう所は一切無いので、洋服でデラックスな感じを出そうとしたのだそうです。更に
「自分が話すっていうのは正直あまり好きじゃないんですよ。」と言うので吾郎は少々戸惑っているようです。
「僕の専門は応援とか、やっぱり聞くほうなんです。」(修造さん)
「そうか。イメージ無いですよね。こういう番組でゲストに出られるとか。」(吾郎)
「しかもね、こんな、自分のことなんてどうでもいいですよ。」修造さんは手にしたご自分の本をバサリと机に置きました。
「いやいやいや、(本を)出されたじゃないですか。」「そんなことないですよ。」
吾郎と外山さんは慌てました。
「この紙なんですか?」修造さんが机の上の紙の束を手に取って訊きました。
「一応台本があるんですよ。」と吾郎が説明すると
「これいらない」と松岡さんが紙を外山さんに渡しました。
「台本も話し合いもなし。」松岡さんはきっぱりと言いました。
「今回打ち合わせしなかったんですよ。ゴロウ・デラックス始まって以来初めてですよ。」(吾郎)
「でも・・・僕の話で良いわけですよね?」(修造さん)
「知りたいですもん。修造さんは聞くほうが多いから、この本を読んで、少年の頃の話とか、自身の実はメンタルの弱いところとかそういう所も視聴者の方は聞くと励みになるし。話しましょうよ、自分の話!」(吾郎)
「わ・・・かりました」と修造さんは吾郎の勢いに押されて答えました。(なんか吾郎と修造さんのパブリックイメージが逆転してしまったようです。)
「・・・というか、もう寝た方が良いじゃないか?」と修造さんが言葉を付け足したので「ちょっとまだ寝ないで下さいね。」と外山さんは大慌て。
「意外と少年少女だけでなく年上の方も見ていますから。」と吾郎。(←しかしこれはフォローになっているんでしょうか?)
予定調和があまり好きではない修造さんは、今回ゼロの状態で出演されたそうです。
「多分稲垣さんの朗読によって僕の答えは変わっちゃうと思います。」と番組プロデューサーに話していた修造さん。
「本を紹介させて頂く番組なので、冒頭の部分を朗読させて頂いても・・・ちょっと恥ずかしいんですけど、いいですか?」(吾郎)
「凄いねえ・・・。ものすごい気合い入れて聴いてみよ」修造さんはじっと吾郎の目を見ました。
「なんかすごい緊張する・・・。そんな見ないで下さいよ。」吾郎はやりづらそうです。頑張れ!

「弱い」とはどういうことでしょう?
辞書には「力や能力が劣っている。忍耐力がとぼしい。心がぐらつきやすい」などと出ています。
思うような結果を出せない、プレッシャーに押しつぶされやすい、思い通りにならないとイライラする、ものごとがうまくいかないとすぐにあきらめてしまう・・・・・・
そうした心のあり方を「弱い」というのだと思います。
でもこれって、誰でも経験することですよね。
はっきり言いましょう。
僕のなかでは、「弱さOK!」なんです。
「僕は、大事な場面でいつも失敗してライバルに負けちゃう」
OK!
「私って上手くいかないとすぐ投げ出しちゃう。なんで忍耐力が無いんだろう」
OK!
なぜなら、そう思うのはひとつの“気づき”だからです。
自分の弱さに気づき、弱さとして認めることができている。
それはむしろ、あなたが「成長している」という証拠なのだと僕は思います。弱さは見せていいんです。
むしろ、さらけだしてしまったほうがいい。
そんな弱さがあるからこそ、乗り越えたとき僕たちは強くなれる───。
僕はそう確信しています。

「読んでて気持ちいい」と吾郎。
吾郎の朗読はとても力強くて良かったです。修造さんも頷きながら聞いていました。
「凄く今思ったのは・・・吾郎さんが言われた通りね、弱いっていうことを受け入れる、気づくということは凄く大事なことだな、ってことと・・・ここ(表紙)に「勇気」って書いてあるじゃないですか。強い奴にははっきり言って勇気なんて要らないんですよ。だって元々強いから。弱い人はやっぱり怖くて色んな思いがあるから、勇気を出して、違う自分を出して、ってそう思えるのはすごい良いことだなって思いました。」(修造さん)
「あ、そう、ありがとうございます・・・って、え?」いつの間にかMCとゲストの立場が逆になってしまい吾郎は困惑の様子。外山さんも「いや、ご自分の本なんですけどね」と笑ってしまっています。(自分の本の感想を堂々と述べる修造さん、天然で好きです。)
修造さんは身を乗り出して
「だって・・・吾郎さん、“やわらかい”ってイメージあるじゃないですか。」
「はい、わかります。」(吾郎)
「でも本当は強いじゃないですか。」(修造さん)
「そうかも知れないですね、自分で言うのも何ですけど。」(吾郎)
「何が強い?」(修造さん)
「そうですね・・・えーと・・・うーん・・・あんまりくよくよしないです。基本的に引きずらない。」(吾郎)
「それ、どうやってやるの?」修造さんは更に身を乗り出しました。「どうしたらくよくよしないんですか?」(←それは私も知りたい)
「弱さとか強さとかを感じる時間も無かったんで、今まで忙しすぎて。それこそ10代の頃からこの仕事をずっとやって来たので。・・・いわゆる鈍感力って最近言われてますけど・・・そういうのに近いのかなって。」(吾郎)
「鈍感力はアスリートにとって一番の強みですよ。」(修造さん)
吾郎はここで流れを変えようとしました。「僕、ゲストではないんですけど・・・。ちょっといいですか、番組っぽく・・・年表みたいな物もあるんですけど。」
「そうですね、テニスプレーヤーとしての年表を・・・」(外山さん)
そう聞くと修造さんは「早く!」と奥に声をかけました(←切り替えが早い!)
年表の大きなボードを持って入ってきたのはいつものAD山田くんではなく、ゴロデラADの辻野パトリシアメイさんでした。修造さんの所に事前の打ち合わせに行って「辻」のしんにょうの点が二つだという話だけをして帰ったのだとか(笑)。

さて、話を本題に戻し、年表を見ながら修造さんの「弱さ」と「対処法」を学んでいきます。
10歳の頃からテニスを始め、14歳で全国大会優勝を果たした修造さん。そして1983年、慶應義塾高等学校に入学しましたが、
「出てきました、“弱い修造”」(外山さん)
「ちょっと待って、本当に打ち合わせしていないから・・・弱いんだ、ここで。」修造さんは立ち上がって年表の“弱い修造”と書かれた紙をめくりました。そこに書かれていたのは・・・
「テニスをサボり麻雀にハマる毎日」。
「ええっ!!ホントですか?!」吾郎の声が裏返りました。
「・・・ジュニア合宿もやっているのでジュニア選手に言って良いですか?・・・麻雀なんかにハマってんじゃねえぞ!」と修造さんはカメラをにらみつけましたが次の瞬間情けない顔になって
「すみません、いやいやいや・・・これはね、ホントに雀士になろうかと思ったくらい。」
「でもそれだけのめり込んだって事ですよね?」(外山さん)
「のめり込みましたね。だってそれまでずーっとテニスをやってて、辛い思いもあったし遊びってほとんどしていなかったし。やっぱり投げ出しちゃったんです。だから本当に“弱造”でした。」(修造さん)
「でテニスよりも麻雀を選んでしまった修造さんなんですけど、自分の弱さに気づきます。そしてある行動を起こします。」(外山さん)
その行動とは他力本願でも環境を変える
「他力本願?どういう事ですか?」(吾郎)
「僕はね、『自分で決めろ』とか『自分の思いでやるんだ』とか言ってる割には弱くて、苦しいことから逃げ出すことを何度もしてて。この場合の他力本願は柳川高校(福岡県のテニスの名門校)への転校ですよね。これは絶対誰もしないことですよ。慶應義塾に行ってる人が柳川高校って。でもあの頃は戸塚ヨットスクールっていうものすごい厳しい学校があって、柳川はそれに似た厳しさがあるって聞いたんです。『そんなところに修造行くわけ無いだろ』って思われたけど、僕はそこへ行ったら絶対厳しい、やらざるを得ない、鬼コーチがいてくれるから絶対にやるだろうと。まさに他力本願。弱いんだから心を変えてくれる場所に行くしかない。」(修造さん)
「でもやっぱりテニスが勝ったんだ。」(吾郎)
「だから僕はジュニアの選手に言うぞ。『絶対そんな甘えた道を選ぶな』」(修造さん)
「わかったか。」吾郎も振り返ってカメラをにらみつけました(カッコイイ♡)。
こうして環境を変えた修造さんはインターハイで見事三冠を達成、18歳で渡米しプロテニスプレーヤーになりました。しかし・・・
「プロに転向してから“弱い修造”?」(修造さん)
「そうです。」(外山さん)「また来るんですか?」(吾郎)
「なんだろう、どんな弱い・・・」と言いながら修造さんは紙をめくりました。
「ガラスのエースと呼ばれる」
「ガラスのエース?!」(吾郎)「そう呼ばれてたんですよね。」(外山さん)
「これはずーっとですよ。だからこれが(この本の)メインです。」(修造さん)
ということで、その“弱い修造”の部分を外山さんが朗読。修造さんは外山さんをじっと見つめます。外山さん読みにくそう(笑)。

試合で自分が不利になると、「もうダメ」とあっさりあきらめてしまうこともありました。
成長してプロテニスプレーヤーになってからは、日本人選手としては長身である体格を生かして繰り出す早いサーブを武器にしていました。
しかし、ほかのトップ選手にくらべると動きは硬く、スタミナも不足気味でした。
メンタル面では、「決断力のなさがテニスに出ている」とコーチに指摘されて悩みました。
試合前には、イライラとプレッシャーの“ダブルいらっしゃい”状態で爆発寸前になってしまうし、試合中にショットが決まらず、ゲームを投げ出したくなったりもしました。
けがや病気でテニスができなくなったときには、「なんでオレだけこんなひどい目に遭うんだよ!」と、運命を呪ったこともありました。
結果的に、僕のプロテニスプレーヤーとしての成績は、ツアー通算2勝(男子シングルス1勝、ダブルス1勝)、生涯通算成績は173勝207敗です。13年間のプロ生活では、ほぼ毎週負けていました。

「めちゃくちゃ弱いぞ。ホントに弱造でしたね。」(修造さん)
「こんなイメージはなかったですね。」と吾郎。通算成績が負け越しだとは知りませんでした。
その「ガラスのエース」ぶりは・・・
「特に国別対抗戦とかはものすごくプレッシャーがかかるんですよ、周りからの期待とか。で、今みたいにワールドグループにまだいなくてアジア予選ですよ。そんな強い選手と当たらない。ランキングで僕が300番なら相手は1000番とか。絶対僕が勝つはずなんです。でも・・・日本でやると凄い応援でしょう。試合前から涙が止まらなくなっちゃう、怖くて。」(修造さん)
「ええ、ほんとですか?!」(吾郎)
「もう試合に出たくなくて。もうムリだな、って。」(修造さん)
「ガラス・・・ですね、ほんとに。」(吾郎)
「修造の心は(ちょっと押すだけで)壊れてバリバリバリ・・・」(修造さん)
「そこまでとは思わなかったですよ。プロですもんね。」(吾郎)
「そうなんですよ。プロとしてあっちゃいけないメンタルだと思いますよ。」(修造さん)
「へぇ・・・」と吾郎は呆然としています。その時修造さんがある事に気づきました。
「ごめんね、ちょっと違うわ、まとめられないね、30分番組だから。」
「あ、そうですね、このままだと30分には入らないですね。」と外山さん。
「大丈夫、本当に面白いですから・・・。全然。素でいてください・・・って素が違うって話ですが。楽しんで帰って頂きたいんですよ。」
吾郎が修造さんをほぐそうとしているとスタッフから
「2週にします」と声がかかりました。
「そんな事あるの?ほんとに?じゃオレ・・・ごめんね話しすぎて。」(修造さん)
「話しすぎてないですよ。」(吾郎)
「じゃあオレ、話す!」(修造さん)
というわけで続きは次週のお楽しみ♪

【後編】
課題図書 : 「弱さをさらけだす勇気」 松岡修造 (講談社)

現役時代はメンタルが弱く「ガラスのエース」と呼ばれた修造さん。そんな修造さんが編み出した弱さをさらけ出し強さに繋げる「修造メソッド」とは?

と、本題に入ろうとした途端にハプニングが発生。まず、修造さんが外山さんの髪の乱れ(?)に気づきメイクさんを呼んだのです。細かな心配りのできる方ですね。すると吾郎が突然「一瞬お手洗いに行っていいですか?」と断って席を立ちました。こんな事は当然ながら初めてです。吾郎がスタジオを出ると修造さんは立ち上がって吾郎の席に座り、そこから見える景色を確かめ、そして
「自分の事をやるのやだ・・・」とつぶやきました。ご自分の事を話すのは本当に苦手のようです。
そこへ吾郎が戻ってきて
「トイレ行って笑われると嫌な気持ちに・・・。」と言いながら席に着きました。
「笑うべきでしょ。だってこんな時にないですよ。本番中に。」修造さんからお説教を頂いて、やっと本題です。

修造さんが自分の弱さを受け入れるために編み出したのは
決断力トレーニング
たとえ初めて入ったお店でも5秒以内にメニューを決めて注文する、というトレーニングです。
「これ面白かった。」と吾郎。
今回番組では和・洋・中60種類の料理が書かれたメニューを用意。修造さんに実演して頂くことに。修造さんはまず目を上下左右にキョロキョロ動かしました。
「目のトレーニングをするんですよ。メニュー全部を見られるように。」(修造さん)
「全部を見るんですね、一個一個を見るんじゃなくて。」(外山さん)
「その為のトレーニングですか?」(吾郎)
「いやいやいや、この為に僕が考えたの。パッと見たとき全部が見えるようなトレーニングを。」(修造さん)
そして真剣なまなざしでメニューを手に取りパッと開くと目を上下左右に動かし、5秒で閉じると「ナポリタン」と静かに言いました。「日本らしさがある。店によって全然違う。」というのが選んだ理由です。
「柳川に行ってた時決断ゼロだったんですよ。言われたことを全部してたから。だからある意味楽だった。でも海外に行ったら全部自分で決めないといけない。何時から練習したいの?誰とやりたいの?どういう事をしたいの?全部自分が考えないといけない。その決断する力がゼロに近かったんです。でも世界で戦うテニスはそれだった。それが日本人は不得意だと思う。教育でもみんなと一緒、だから。」(修造さん)
「そうかー!」(吾郎)
因みに外山さんと吾郎もやってみましたが、意外とあっさり決められました。実は簡単なのでは・・・?(笑)

修造さんは20歳を過ぎた頃大きな壁にぶつかりました。2度の大けがと長期休養を必要とする病気です。そんな時心の弱さを克服するために行っていたのが
笑顔の練習をする
「笑顔は人間が持っている宝物って感じがする。特に病気の時。倦怠感で起き上がれない、トイレにも行くことができない2ヶ月間だったんですよ。だからテニスコートに戻った時に、今までは3時間4時間できたのに1分保たないんです。もうテニスできないっこないよって。でもあるとき思ったんです、自分から苦しい顔をしてる。たとえば(満面の笑顔を作って)「私風邪」と言う人はいないでしょう?自分からそういう(苦しい)姿を見せてもっと悪くしてるんじゃないか、って。何となく分かります?」(修造さん)
ああ・・・と吾郎と外山さんは相づちを打ちました。
「あるよね、思い込んじゃって。」(吾郎)
「だからどんなにきつくてもずっと笑っていようと思った。それをずっとやってたの。すると不思議なことに、体力的にはきついけど、下を向かなくなった。下にはマイナスの言葉が沢山ある、『何やってんだよ』とか『どうせ自分はダメだ』とか。前向きな言葉は下を向かない。『できるぞ!』って下を向いて言わないでしょう。笑顔でいれば上を向いているし、笑顔の力が血流も含めて松岡修造をどんどん前へ押してくれた。で、周りの人も笑顔でいるから。」(修造さん)
「これできるね。」(吾郎)「できますね。」(外山さん)「誰でもできるから。」(修造さん)
これは実践したいですね!(アイドルはお仕事でそれを実践している気がします。)

1995年に引退してからは「修造チャレンジ」を設立しジュニア選手の育成と強化に尽力してきました。
「それまでは自分のために頑張ってきた、“頑張れ修造”って。でもやめてからは自分のために頑張ったことは一つも無い。その代わり(ジュニアの)強化だけは本当に頑張った。自分のなかで唯一誇れることですね。」(修造さん)
そしてあの錦織圭選手を輩出したのです。
「錦織選手は最初の頃はメンタルは弱かったんですか?今と違って。」(吾郎)
「シャイだったし表現力が無かった。自分は何をしたいって(言えなかった)。僕もなかったんですけど。アメリカに行った時起こる事に彼は耐えきれないと思った。だからそればっかりやっていましたよ。緊張している彼に『英語で喋れ』って。彼は泣きますよね。『泣くくらいなら帰ろうぜ』って。」(修造さん)
修造さんは世界に行くために必要な力をつけようとしたのです。
「でもあの時の圭は小っちゃかったし、僕の言ってることは一切分からなかったと思うんです。でも海外へ行ったら分かったんでしょうね。『修造さんの言ってる意味がよく分かりました』とプロになってから言ってました。」と修造さんはしみじみ語った後
「偉そうだな。だから自分が話すの嫌なのよ・・・。何言ってんだ46位が!」と自分に喝を入れました。(でも世界ランキング46位は錦織選手に抜かれるまでは日本人最高記録だったのです。)
「修造チャレンジ」は今年で20年。技術指導だけでなく世界で戦うために必要な知識も学びます。勿論実践的な英会話も。
「また出てくるんですか?第二の錦織選手。楽しみですね。」(吾郎)
「ムリですよ。」(修造さん)
「彼は持って生まれた才能なんですか?」(外山さん)
「あの才能には一生出会わない。」(修造さん)
「それは12歳の時に衝撃を受けたんですね。」(吾郎)
「そう。彼はテニスの才能はすごかった。でも持ってないものはたくさんあった。だったら人より努力する才能、体力の才能、才能は色々ある。それを磨けば錦織圭の所までいける可能性があるかも知れない。ただ圭の才能はない。それはしかたないんです。」修造さんは静かに熱く語りました。更にこう続けました。
「世の中には才能がある人はいっぱいいる。才能があって努力している人もいっぱいいる。じゃあ結果が出なかったり評価されなかったらそれは成功じゃないのか。」
色々なところで頑張っている人を見ると思わず握手してしまうという修造さん。自分自身のチャンピオンになるのが大切で、一生懸命やっている人はチャンピオンに見えるそうです。

修造さんは昨年、TBSドラマ「陸王」に出演し本格的に俳優デビューしました。20年前選手を辞めたとき、すごく「演じたい」という気持ちがあったのだそうです。私は「陸王」が好きで観ていましたが、修造さんは役所広司さんを相手に堂々と演じていました。
VTRを観て吾郎は
「顔が全然違う、普段テレビに出ている時と。凄いね。惹き込まれちゃった。」と目を輝かせました。修造さんは「何やってんだ俺」と言いながらも
「凄くラッキーだったのはギャップでしょうね。すごく淡々とした役だったから。」と自己分析。
「でも僕・・・これも松岡さんだと思う。こういう人も自分の中にいるんでしょうね。」と吾郎が言うと修造さんは目を丸くして
「すげえ・・・」と唸りました(←だって吾郎も役者ですから分かるんですよ!)。
「いや、監督が多分一番分かってやっているんです、プロデューサーも。」(吾郎)
「『陸王』の第8話で僕はいい人みたいな感じで出てくるんですが、役所さんとのラストシーンで一瞬『チッ!』って感じのイヤな顔をするんです。それを見た途端に『お父さんだ!』と・・・」(修造さん)「ああ、お嬢さんが」(外山さん)
「子どもたちに『いつも家でやってる、アンタじゃねえか』って言われましたよ、この嫌みな顔。」(修造さん)
「感じ取ってるんですかね。」吾郎は感心したようでした。

AD山田くんに気づくと修造さんは「どうしたどうした」とセットから出て山田くんと握手。気さくに話しかけ自分の席に一緒に座らせました。面識があるのかと思ったら実は初対面。修造さんはどこまでも気遣いの人なんですね。
「頑張りました」という山田くんの消しゴムハンコは色々な表情の修造さん。
「昇ってこいよ!君は太陽だから!」
と修造さんの言葉も添えられています。
修造さんはそれを見ると
「僕が本の中で一番言いたいのは『人間全員太陽』なんです。太陽だって弱い時はある。陰に行っちゃう時もあるわけです。でも弱い時に力を蓄えて、昇ってきた時にとんでもないものを与えられるわけじゃない。だから、親太朗、君は、太陽だ!」と締めました。
つまり結論は
「弱さは、強さだ!」
なのです。


そういえば「自分の弱さを受け入れられる人は強い人」と聞いたことがあります。自分の弱さは何なのか本気で考えられる強さを持ちたいですね。


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怒濤の情報ラッシュ

2018/08/29
category - 未分類
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吾郎の舞台の余韻に浸っていますが、これからの情報が次々発表されて息つく暇もありません。

1. 【雑誌】 8/30 (木)発売 「Number」 新連載 「語ろう!2020年へ」 (稲垣吾郎、草彅剛、香取慎吾)

2. 【映画】 「半世界」(2019年2月公開) の新しいティザービジュアル公開!詳しくはこちら(The PAGE)
吾郎、長谷川博己さん、渋川清彦さんが3人並んで語り合っているポスターがとても良いです。3人の自然な笑顔がとにかく良い!
映画への期待が高まります。

3. 【舞台】 「No.9 -不滅の旋律-」のポスター公開!詳しくはこちら
ルイス様の横顔!素敵すぎてため息が出ます!!皆さんも是非このポスターにときめいて下さい。

この3つ、今日発表された情報ですから。スピードに付いていくのが大変で嬉しい悲鳴ですね。


拍手ありがとうございます



                                 
                                      
    

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