Walking with GORO

稲垣吾郎さんとSMAPと新しい地図と。すべてが好きな主婦の日記 【無断転載禁止】

「No.9 -不滅の旋律-」イープラス先行抽選のお知らせ& 雑誌情報

「No.9」のNAKAMA先行抽選の発表(21日)をドキドキしながら待っていますが、イープラスでも一般向け先行抽選の受付けをしています(東京・大阪公演のみ)。
詳しくはこちら
締切は22日(日)18時なので、NAKAMA先行の結果を見て申し込むこともできますね。チャンスが多いのは有難いことです。

それから吾郎の雑誌露出がまだまだあります。
7/21 (土) JUNON
8/1 (水) 家庭画報
最近主婦(マダム?)向けの雑誌にも登場するようになって露出の幅が拡がった感じがします。家庭画報は写真も紙質も良いので要チェックだと思います。


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「Hibiki」を読みながら

サントリーホールさんから送って頂いた「Hibiki」を読みました。
吾郎がインタビューで自分と音楽との関わりについて色々話しています。
坂本龍一さんとの出会いやショパンの足跡を追った番組のロケのこと、普段聴いている音楽、そして「自分たちも音楽をやっていた」こと・・・などなど。今までやって来たことが全部繋がって今の吾郎になっている事を実感します。
「Hibiki」は3ヶ月ごとの発行で、吾郎のインタビューは今回も含め4回にわたって掲載されます。こんな密度の濃いインタビューを一年掛けて読めるなんて、とても贅沢なことですね。サントリーホールさんありがとうございます。

そしてこれを読むと11月からの「No.9 -不滅の旋律-」再演への期待が更に高まります。吾郎演じるベートーヴェンがどのように進化しているか楽しみですね。(その前にチケットが・・・)

22日(日)BS-TBSでのベートーヴェン特番は10:00~10:54です。吾郎久々の海外ロケなのでこちらも見逃せませんね。


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登場人物を生きながら書く作家 (「ゴロウ・デラックス」 7/6)

オープニング。
「吾郎さん、突然ですが、痛いのって好きですか?」(外山さん)
「いやいや、痛いのが好きな人なんていないでしょう。・・・痛みには強い方かも知れない。」(吾郎←ほんとかな?)
「痛みには強い方ですか?」(外山さん)
「くすぐったいとかそういう方が苦手ですね。」(吾郎)
「へぇ・・・苦手そう!はははは・・・・・・。」と外山さんは吾郎の顔を見て笑いましたがすぐ真面目な顔になって
「今夜は人の痛みを書く直木賞作家の方がゲストです。」

席に着くと
「なんかすごい世界で、自分があまり体験したことがない世界で、見たことのない世界だった。この番組に出て頂けるなんて本当に光栄です。」と吾郎。
「バラエティ番組は初めてだそうで。」(外山さん)
「バラエティ番組初めて?!どうしよう、大丈夫かな?」(吾郎)。

ゲストは天童荒太さん。とても背が高い方で、身長は182㎝あるそうです。
1986年のデビュー以来、数々の話題作を世に送り出してきました。問題を抱える家族を描いた「家族狩り」シリーズや虐待を受けた子供を描いた「永遠の仔」はベストセラーとなり、2009年には死者を悼みながら旅をする青年を描いた「悼む人」で直木賞を受賞しました。人が抱える痛みに寄り添いながら社会問題をセンセーショナルに描く大ベストセラー作家がバラエティ番組に初登場です。
「こういう番組のご出演が初めてという事なんですけれども…大丈夫ですか?今のお気持ちは。」吾郎が慎重に話しかけると、天童さんは
「いや、でもあの…ずっと拝見していて、バラエティというよりは今一番しっかりした教養番組のように思ってますので。」とおっしゃいました。
「うれしいじゃないですか!」吾郎の顔がパッと輝きました。「ちゃんとやらないとね。」
「いつもやってますけどね!」外山さんがすかさず笑顔でフォローしました。
天童さん、本当に嬉しいお褒めの言葉を有難うございます。

課題図書 : 「ペインレス」 天童荒太 (新潮社)

この小説のテーマは「無痛」。爆弾テロの後遺症で体に痛みを感じなくなった青年・森悟(しんご)と森悟の体に興味を示す心に痛みを感じない麻酔科医・万浬(まり)の濃密な関わりを通して「人間にとって“痛み”とは何なのか?」を追求していく物語です。
「今回“痛み”をテーマにされた理由は?」(外山さん)
「物語の始まりはまず22~23年前だったと思うんですが、社会全体が自分の痛みに対してすごく敏感である割に他人の痛みに対してはだんだん鈍感になる時代の始まりの頃に、“痛み”って何だろう?と。その“痛み”を通して社会や世界の成り立ちを見るような主人公の物語にしたら新しい何かが生まれてくるのではないかと発想したんです。そしたら実際に肉体に痛みを感じない方がいらっしゃるという話を聞いたので、そこを軸にして進めていくうちに、さらに厳しい…薬も効かないのは心の痛みではないのかと思って。で、心に痛みを感じない人間がいたとしたら、その主人公を通してこの世界の構図はもっと何か深く・・・人間という存在が一体どういうもので成立しているかが見えてくるのじゃないかと思って、どんどん積み重ねていったということです。」(天童さん)
「(構想を)考えてから完成までに23年かかったんですか?」(外山さん)
「はい」(天童さん)「23年間!」(吾郎)
「体に痛みを感じない人間(無痛症)は実在するのである程度(人物像を)作っていくこともできるけど、心に痛みを感じない人を積み上げていく、あるいはリアリティを持たせるためにはどうしても時間が必要だったんですね。」(天童さん)
天童さんは淡々と語りますが、お話の内容は深く重くて、吾郎と外山さんは言葉が出ません。
そして、天童さんがどうしても書きたかったという、心に痛みを感じない女医・万浬がセックスを通して無痛の体の森悟を診察する場面を、吾郎と外山さんで朗読。
「深夜ならではですね。」と吾郎は緊張の面持ちです。

下着一つになった彼が、ベッドに仰向けに倒れ込み、両手を組んで頭の下にやる。
「さあ、お好きなように」
「ものわかりのいい患者さんには、助けられます」
万浬は、彼のからだをまたいで腰の両側に左右それぞれの膝をつき、首の両側に手をついて、彼を見下ろした。背中から流れ落ちた髪が、彼の鼻先から唇の上で揺れる。
「これまで病院や研究施設で、無痛となった状態でのセックスについて、調べられました?」
「いや、正直、調べてほしい想いと、そこまでは踏み入らないでほしい想いが半々で、自分からは言い出せなかった。相手も興味はあったろうに、誰も口にする勇気はなかったみたいだ」
「くすぐったさについては、お聞きしました。性的な快感はどうなんです」
「試してみて」
万浬は、身を屈めて、髪の毛で彼の頬を撫で、さらに下がって、彼の右の乳首に唇をつけた。指でしたのと同じことを、舌の先でおこなう。
「感じるよ、きみの舌の感触を。柔らかさ、ざらつき、湿り気。気持ちいいよ、確かに……けど、くすぐったさと似た感じで、微妙に深みがない」
万浬は、唇の上下で彼の乳首をはさみ、軽く吸いながら、舌で愛撫する。
「いいんだ、本当に。でも……薄いという気がする。いわば、水面を漂うばかりで、底のほうまで沈んでいかない感覚かな」
万浬は彼の乳首を軽く噛んでみた。
反応はない。
もう少し強く噛む。
「噛んでるね……それはわかるんだ。でも、痛みはない」
左の乳首も、同じように唇ではさみ、吸い、舌で愛撫し、歯を立てて噛む。
「痛くないし、快感は深くまで達しない。けど抱きたい、きみが欲しい。」
「肉体的な快感が薄いのに、わたしが欲しい、という欲望は……女を自分のモノにするという、所有欲や征服欲と結びついた精神的な悦び……あるいは、他者の性器内に射精するという、肉体的かつ本能的な達成感や解放感を求める想いから、発しているのでしょうか」
「この状態で、そんなことまで考える余裕はないよ。これまで会ったなかでも飛び切り美しい、でも飛び切り変わっている女(ひと)が、裸でおれをまたいで、おれの乳首を吸ってる……興奮しない方がおかしいだろ」
「目を閉じてください。わたしを見ずに、できるだけからだの感覚に集中してほしいの」
万浬は、腰を下ろしてゆき、自分の裸の股間を彼の下着の盛り上がりに重ねた。彼のからだにわずかにふれる程度の間合いを保ち、ゆっくりとからだを前に動かし、彼の盛り上がった肉の形を捉えて、盛り上がりの切れ目を感じ取ったところで、また後ろへからだを戻してゆく。
彼の吐息が速くなる。
「……拷問だなぁ」
目を閉じたまま、彼が苦笑気味につぶやく。
万浬は、もう少し互いの肉が押し合う程度に腰を下ろし、彼のしかめる眉、ぴくぴくとふるえるまぶた、舌先で唇をなめる様子を見つめながらからだを前後に動かし続けた。

天童さんはじっと聞いていましたが朗読が終わると、
「最高のところを朗読していただきましたね」とにっこりしました。
「なんか、体の中が熱くなってきました」と吾郎もにっこり。
「基本的に映像不可能な部分ですから。こういう風に聞かせて頂いて感激です。」(天童さん)
「ありがとうございます。イメージ崩してないですか。」(吾郎)
「とんでもない、嬉しかったです。」(天道さん)
「すごいセックスの描写が圧巻で…ここからさらに激しい描写も、ね。」(吾郎)
「本当に体の痛みを感じない人がどう感じるのかを、純粋に知りたいわけじゃないですか、万浬は。このシーンを書きたかったのはどうしてなんですか?」(外山さん)
「表現者にとって“エロス”というのは一番チャレンジしなければいけない部分ですね。人間にとって一番大事な生と死、表現者がそこをどう表現するのか、あるいはその人独自のエロチシズムや死の感覚を描けるかどうかで表現者としての真価が問われると思ってきたんです。だから自分がもしエロチシズムに挑戦するなら誰も書いたことがない、いわゆる官能小説とか言われるものではなくて、世界の誰も書いていない性愛のものにチャレンジしたかった。心に痛みを感じないということは、ハートブレイクがないので愛を理解できない。肉体に痛みを感じないということは、性には痛みに裏打ちされた部分での快感がきっとあるから、深みを感じない。その二人の性愛は、世界初のエロスの表現になるだろうと思ったので、どうしても挑戦したかったんです。」(天童さん)

番組後半では、天童さんの執筆ルールについてお話を伺いました。
「無痛症の方に直接取材することもあるんですか?」(外山さん)
「自分の小説のスタイルとして決めてるんですけど、当事者には会わない。小説は人間を表現するものなので、いいことだけを書くわけじゃなくて、登場人物のズルさだったり、時にはセックスを表現することもあるし、悪いことを表現することもあるかもしれない。例えば虐待を受けた子をもし僕が取材して、あまり書かれたくないことまで書かれたらすごい嫌じゃないですか。協力したのになぜ、って。あと、1~2度会っただけで本音を言うかな?本当の事なんてまず言わないと思うんです。それを分かった気になって書くのは道を誤ることだし。ですから当事者には会わない。会わないでそういう症状を抱えている人の文献などをすごく勉強して、履歴を作ってその人になりきって、嘘なくその人物を作っていく。」(天童さん)
「すごい・・・」(吾郎)
「心に痛みを感じない人を創る時には、生まれたときからどういう過ごし方をしていくだろう、とノートに履歴を作っていくんです。自分は“その人になって書く”という表現のスタイルを取るので、『永遠の仔』だったら虐待された人となる事を徹底してやる。しかも(万浬は)女医なので、医療用語を知っていないわけがない、という状態にまで持って行かないといけない。・・・例えばピンセットを取る「ペン立て」みたいな物があるとしたら、この道具の名称が普通の医療用語には載っていないんですよ。そういうのを調べるんですが、出てこない。これは「セッシ立て」というんですが・・・。そういう細かいところを詰めないとリアリティが保てない。」(天童さん)
「だってすごかったもん、描写が。病院のドアを開けてから・・・主人公の生活とか。」(吾郎)
「ちゃんとスケジュールが・・・ね、休みがいつでいつジムに行って、とか。そういう準備が。」(外山さん)
「ね、気になりますね。」(吾郎)
そこで今回は
「ゴロウ・デラックスさんのために特別に。」(天童さん)
ということで、「ペインレス」の創作ノートを持ってきてくださいました。
もちろんテレビ初公開。天童さん、本当に有難うございます。

「これが(万浬の勤める)ペインクリニックの間取図です。」天童さんがノートを開きました。
「え?間取図?」(吾郎)「え?それも書くんですか?」(外山さん)
まるで家を建てるときの設計図のように精密に書かれています。処置用のベッドや机、従業員のロッカーまできちんと配置されているのです。
「そしてこちらにはクリニックのシフトがあって、誰が勤めていて、その給料も・・・」(天童さん)「えー!」(外山さん)
「クリニックを経営するんですよ。」(天童さん)「院長・・・(笑)」(吾郎)
「何時から何時までやってて、というのは当たり前で、どういう看護師さんたちが働いていてお給料まで…」(外山さん)
「そうすると、クリニックの規模が分かって、彼女がどんなシステムで働いて、休める日も全部分かっていくので、そこで働いている人の名前もある程度の性格も決めていく。」そう言いながら天童さんはノートの別のページを隣に座った外山さんに見せました。
「これは万浬の履歴」(天童さん)「細かーい!」(外山さん)
万浬の年表は一年ごとに起きた出来事がぎっしり書かれています。当然誕生日もあります。
「こんな!えええ!!ここまで?!」吾郎は叫びました。「自分の年表だってここまで覚えてないよ。」
「これ、全部覚えちゃうんですか?」外山さんが訊きました。
「入れちゃうんです。入れちゃって、書く時にはもうその人になってる。自然と(登場人物に)なるところまで自分を追い詰めていく。そうするとプロットを忘れても自然とその人として表現が動いていくんです。登場人物同士が動いていく。」(天童さん)
だから書いていると自然と登場人物のセリフが出てくるそうです。
「自然と出てこなかったら何かがおかしい。なり切れていないから。もっと履歴が足りないか、何かなり切れるものが少ないか。なって書いてるので自然と(セリフが)出てきます。」(天童さん)
「その時は天童さんじゃないんですか?」(外山さん)
「ないですね」と天童さんは即答。天童さんが出てきたら自分が物語を歪めてるのだそうです。
「こんな風になってくれたらもっと簡単に(物語が)一冊で終わるのにな…という時があるんです。それは自分が歪めてるから。万浬や森悟ではなくなっているので。ああ、そっちに行ったら長くなるのにな…と思いながら、それがその人たちなので…。」(天童さん)
吾郎はじっとノートを読んでいましたが顔を上げると、
「全員を演じてるっていうか、なりきってるっていうか。」と言いました。
役者としての吾郎にとってもきっと興味深いお話だったと思います。

なぜ、天童さんはここまで作り込むスタイルになったのか。
それは「永遠の仔」で虐待を受ける子供を描いたのがきっかけでした。
「『永遠の仔』を表現した時に、虐待をされた人々を外側から描いたら、それは自分が小説の為に利用したようになってしまうから、本当のこの人達の涙や辛さやため息の一つ一つを掬い上げていくように書かなければ本当にこの人達の表現にならない。そう思って3年4年と続けて表現したんですね。そうしたら、虐待を受けた方々や虐待でなくても傷を受けた方々から『ありがとう』という感謝のお手紙をたくさん頂いたんです。その時に軸足が決まったんですね。」(天童さん)
「ああ…こういうスタイルで…」(吾郎)
「自分はこういう辛い思いをしている人たちのために表現者になろうと。たくさんの物語を書いて読者に喜びを与えてくださる小説家の方はたくさんいらっしゃるので、それはその方々にお任せして、自分は他にはない物語で喜びを感じたり救いを得たりする方々のために表現する作家でいいじゃないか、と。」(天童さん)
「すごいなあ…作家さんという商売をしているんじゃないですね。アスリートみたいだよね。こうやっとけばいいでしょう、じゃないもんね。」(吾郎)
「すごいとしか言いようがないです、天童さん…」(外山さん)
吾郎も外山さんも天童さんのストイックな姿勢に圧倒されたようでした。吾郎は「アスリート」と表現しましたが私は宗教家か役者に近いのではないかと思いました。

AD山田くんの消しゴムはんこは注射器を手にした天童さん。何となくユーモラスで吾郎もほっこりした笑顔を見せました。

今回特に朗読が良かったです。吾郎の役者の読み方と外山さんのアナウンサーの読み方が森悟と万浬のキャラクターにぴったり合っていたと思いました。久しぶりにドキドキした朗読でした。


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吾郎がベートーヴェンの足跡をたどる!

またまた嬉しいお知らせです。

7/22(日) 10:00~ BS-TBS 「稲垣吾郎“運命”に出会う。~ウィーン ベートーヴェンの旅~」

舞台「No.9 -不滅の旋律-」を前に、吾郎がベートーヴェンの足跡をたどる番組です。しかもウィーン!海外です!
吾郎とクラシック音楽と海外といえば、ショパンの足跡をたどった番組がありましたが、今回もきっと素晴らしい番組になるのではと期待しています。気鋭のピアニスト清塚信也さんと前回公演の指揮指導をしてくださった佐渡裕さんのスペシャル対談も見逃せません。
録画予約とBS-TBSさんのHP訪問を忘れずに、ですね。


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朝、目が覚めたら

「朝、目が覚めたら有名になっていた」とイギリスの詩人バイロンは書いたそうですが、それ位の勢いで毎日何か動きがありますね。
朝起きて色々なニュースに驚いたり喜んだりできるのは幸せなことです。

1.映画「クソ野郎と美しき世界」がAmazonプライムで配信中です。
・・・実は私はまだ会員登録をしていません。完全に出遅れています(苦笑)。会員登録して、Fire TV stick の設定をすればTVの画面で見られるんですよね?頑張ります。

2.「No.9 -不滅の旋律-」のティザー動画が公開されました。
吾郎のベートーヴェンが更に神々しくなっています。舞台への期待が益々膨らみます。
公式YouTubeのURLを貼りますので時間を見てなるべく沢山再生して下さい。チャンネル登録もよろしくお願いします。
No9-stage(舞台『No.9 -不滅の旋律-』公式)


3.「新しい地図」の新聞広告が第66回朝日広告賞(広告主参加の部)を受賞しました。
おめでとうございます!
去年の9月22日に新聞を開いたときの感激は多分一生忘れないと思います。青い空に浮かんだ3人の手書きの文字が一筋の光のように輝いていました
これからも応援していきますよ


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剛、お誕生日おめでとう!

剛、44歳のお誕生日おめでとう!

ななにーやYouTubeであなたが生き生きしているのを見るのが嬉しいです。
特にクルミちゃんへの溺愛ぶりが微笑ましくて・・・。
でもあまり無理はしないでくださいね。
映画「まく子」も楽しみです。

身体に気をつけて頑張って下さい。素敵な一年になりますように


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加速する夏

こんにちは。
早いもので今年も半分を折り返して7月になりました。

吾郎のミュージカル「FREE TIME, SHOW TIME 君が輝く夜に」が1か月後に迫り、色々な雑誌に露出しています。
現在発売中の「サンデー毎日」「25ans」、12日発売の「HERS」…と矢継ぎ早に出るので買っても読むのが間に合わないほどです(笑)。しかもどれもグラビアが美しくて記事も読みごたえがあります。吾郎は今充実しているのが伝わってきます。これから演劇雑誌にも出るかもしれませんから、要チェックですね。

そして、早くも次の舞台「No.9 ~不滅の旋律」の先行抽選発売が始まります。
詳しくは新しい地図topicsをご覧ください。
日程を見ると大阪と横浜に希望が集中しそうですね。私も今回は東京と横浜で見たいと思っていますが、前回が大変好評で再演が望まれていただけにどれくらいの激戦になるのか見当がつきません。チケットが取れますように。

今月のななにー(「新しい別の窓」)は全体にまったりとした雰囲気で楽しめました。視聴者の好奇心を煽る企画よりも、3人が純粋に楽しめる企画だった気がします。「リアル脱出ゲーム」はスマスマで収録したものの放送されないまま終わってしまったゲームですよね。3人が額を寄せ合って一生懸命問題を考えている画が嬉しくて、Abemaビデオでまた見ようと思います。剛と市原隼人くんのツーリングもただただ楽しそうで癒されました。

去年の今頃は、1年後にこんな怒涛の展開になるなんて想像もつきませんでした。本当にありがたいと思います。


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ドラえもんと綾辻行人さんと筋肉少女帯と (「ゴロウ・デラックス」 6/29)

オープニング。
「今日は2018年本屋大賞受賞者の方がゲストです。歴代の受賞作の中で断トツの最高得点だったそうで。」(外山さん)
「楽しみですね。」(吾郎)

課題図書 : 「かがみの孤城」 辻村深月 (ポプラ社)

学校での居場所をなくした中学生7人が鏡の中の不思議な城で出会い、“なんでも願いが叶う鍵”を探すという物語です。
「どうでした?」(外山さん)
「僕大好きです」(吾郎)「私も!」(外山さん)と二人は早くも興奮しています。
「もうまた好きな本が増えました。」(外山さん)
「そう。登場人物はみんな中学生だけど、世代を超えて色んな方に愛される小説なんじゃないかな。」(吾郎)
「私最後の方はずっと大号泣でした。」と外山さんが本のページをめくりながら言うと
「僕だってそうだよ。」と吾郎が唇をとがらせて言いました(←そこで張り合ってどうする・笑)。

辻村深月さんが登場すると吾郎が「本屋大賞おめでとうございます」と花束を手渡しました。ゴロデラ恒例になったこのシーンはいつ見ても良いですね。
辻村さんは2004年「冷たい校舎の時は止まる」でメフィスト賞を受賞し作家デビュー。2011年「ツナグ」が吉川英治文学新人賞を受賞し松坂桃李さん主演で映画化されました。更に2012年「鍵のない夢を見る」で直木賞を受賞。そして今年4月、全国書店員が「いちばん!売りたい本」に授与される「本屋大賞」に選ばれたのが「かがみの孤城」です。

「本屋大賞を受賞された感想はいかがですか?」(吾郎)
「私、本屋大賞は4回目のノミネートだったんですけど、書店員さんたちがより身近になって。別格に遠いと感じていたのが実はアットホームな賞だと思いました。」(辻村さん)
「それはノミネートだけでは気付かなかった事なんですか?」(吾郎)
「ですね。本屋大賞はノミネートを喜ぶものだと思っていたので…。」辻村さんははにかみました。授賞式当日書店員さんたちが持ってきてくださった手作りのPOPは辻村さんの宝物になったそうです。
「書店員さんたちが売りたい本を選ぶ賞なんですけど、もっと言えば『この本を必要とする人がいる』と書店員さんたちが思ってくださったんだなあ、と思って、この本の主人公たちに良かったなあ、って気持ちになりました。」(辻村さん)
「かがみの孤城」の主人公はある事がきっかけで不登校になってしまった中学生、こころ。まずはそのこころの心情が描かれた部分を吾郎が朗読。

たとえば、夢見る時がある。
転入生がやってくる。
その子はなんでもできる、素敵な子。クラスで一番、明るくて、優しくて、運動神経がよくて、しかも、頭もよくて、みんなその子と友達になりたがる。
だけどその子は、たくさんいるクラスメートの中に私がいることに気づいて、
「こころちゃん、ひさしぶり!」
と挨拶をする。
周りの子がみんな息を呑む中、
「前から知ってるの。ね?」
と私に目配せをする。
みんなの知らないところで、私たちは、もう、友達。
トイレに行く時も、教室移動も、休み時間も。
だからもう、私は一人じゃない。
真田さんのグループが、その子とどれだけ仲良くしたがっても。
その子は、
「私はこころちゃんといる」
と、私の方を選んでくれる。
そんな奇跡が起きたらいいと、ずっと、願っている。
そんな奇跡が起きないことは、知っている。

吾郎は読み終わるとはぁ、と息を吐いて「ここ、大切なところですよね。」といいました。
実は不登校の描写には、辻村さん自身の10代の頃の体験や葛藤が活かされているそうです。
「学校が楽しくて楽しくてなんの憂いもなく毎日行けていた、という人はあまりいないと思うんです。みんな行きたくない日があって当たり前だし嫌いな教科もあるし。そんな中で一日一日積み重ねていったものが365日になってるという人が多いんじゃないかと。その子達を描くことによって、学校というものが持ってる窮屈さとか楽しいばかりじゃないところを描けるのではないかと思って、不登校の子を主人公にしました。」(辻村さん)
「辻村さん自身はどんな中学生だったんですか?」(吾郎)
「私自身は不登校の経験はないですし、友達もいたし、楽しそうに映っている写真もいっぱいあるんですけど、だけど、中学時代が一番辛かったです。小学校の頃はまだ大人の言うことを無条件に信じられる。信じている方が守られると思うんですね。で高校生になると自由になって大人に反発するというのも分かりやすくなるんですけど、中学って大人と子どもの境目で、当時作家になりたいと思っていたんですが、作家なんて見たこともないし、自分が将来どうなってるかも分からない、一番複雑だった時期でした。」(辻村さん)
「僕は中学2年生だったから、仕事始めたの。行けなかったんですよ、忙しくて。ある意味不登校なんだけど。」(吾郎)
「ああ、でもいいですね、そういう子も作ればよかった、行きたくても行けないっていう。」(辻村さん)
「ははは。でも独特だったなあ。午後からちょこっと行けたりして校庭を一人で歩いている時とか。門を入って行くとみんなに見られたりして、(テレビに出始めて)ちょっとザワザワし始めてた時なので。ちょっとした優越感もありながらもこっぱずかしさもあって…だから自分の中学生の時のことも含めて色んな事を思い出しちゃった。」(吾郎)
「そうですね。」外山さんも辻村さんも興味深そうに聞いていました。

自分の部屋に引きこもり続けるこころに、ある日事件が起こります。その一節を外山さんが朗読。

こころの部屋には、大きな姿見があった。
自分の部屋をもらってすぐにつけてもらった、ピンク色の石が枠を囲った、楕円形の鏡。
音のほとんど聞こえないテレビの放つ光が、今日はやけに眩しい。
テレビを消してしまおうと、ふっと、何気なく顔をあげたその時、こころは
「え?」
と息を呑んだ。
テレビは、ついていなかった。
その代わりに部屋で光っていたもの、それは入口近くにある鏡、だった。
嫌だ、怖い、と思った次の瞬間、体が光に包まれた。
「ねえ、起きて」
「ねえ、起きてってば」
狼の、顔。
縁日で売られるような、狼の面をつけた女の子が立っている。
城が建っている。
立派な門構えの、まるで西洋の童話で見るような城が。
「おっめでとうございまーす!」
「安西こころさん、あなたはめでたくこの城のゲストに招かれましたー!」

「他の世界に行く時に鏡を使ったのはなぜなんですか?」(外山さん)
「まずこころの気持ちを考えた時に、周りがみんな敵だらけで外に出て行くの怖いだろうなと思ったんですよね。で中学生の日常って学校と家の往復くらいで、他はせいぜい塾くらい。だから昼間学校に行かないという選択をしてしまうと、どこにも行ける場所がない。そこからどうしようかと思ったら、怖いんだったらもうこっちから迎えに行こうと。鏡だったら誰の家にもあるので、だったら鏡を光らせてそこから迎えに行こう、と考えました。」(辻村さん)
光る鏡のお陰で、実生活の悩みから離れ冒険の世界へ行くことができるこころたち。これには辻村さんが学生時代にあるものに救われた経験が活かされているそうです。
「辻村さんは元々本を読むのが好きだったんですか?」(外山さん)
「中学時代自分の居場所がないと感じた時に、私の部屋の鏡は光らなかったけれど、代わりにあったのが本の存在なのかなと思っていて。いろんな所に本に連れて行ってもらいました。」(辻村さん)
そして一番好きで影響を受けた本は、藤子・F・不二雄先生の「ドラえもん」だとか。
「へぇー、ドラえもん!」(吾郎)
「ドラえもんはもう、嫌いな人はいないじゃないですか。」(外山さん)
「でも意外っちゃ意外だよね。一番が漫画って。」(吾郎)
「今日は辻村さんの執筆部屋の写真があるんです。」外山さんがそう言って写真が映し出されると、
「ああ!」(吾郎)
「ほら、ドラえもんが沢山あるんですよね!」(外山さん)
本棚にはドラえもんと藤子・F・不二雄先生の作品がずらりと並び、ドラえもんやドラミちゃんのフィギュア(?)もいくつも置かれています。
「色紙もありますね。」(外山さん)
「むぎわらしんたろう先生に、直木賞を獲った時に頂いたものです。」(辻村さん)
因みに、今回の本屋大賞のお祝いとして、むぎわら先生から新しいドラえもんの色紙をプレゼントされたそうです。良かったですね。
2005年に出版した「凍りのくじら」では各章のタイトルをドラえもんのひみつ道具にしたほど、辻村さんのドラえもん愛は深いのです。
「これは私のデビュー三作目だったんですけど、ドラえもんが好きって言っている作家さんたちを見て、私もそろそろドラえもんの事が好きだって分かる作品を書こう、と。」(辻村さん)
「ドラえもんの事が好き、って言ってる作家さんが羨ましかったの?(笑)」(吾郎)
「ドラえもんについて答えてる作家さんがすごい憧れだったんです。こうやってドラえもんについてテレビでしゃべれる立場になるなんて、って。」(辻村さん)
「ドラえもんのどんなところが好きなんですか?」(吾郎)
「かがみの孤城もそうなんですが、すごい影響を受けているのは日常と不思議が地続きなところですね。畳の裏が宇宙だとかタイムマシンの入り口が引き出しだとか。日常のすぐ近くにファンタジーやSFの世界があって不思議なことがあるかもしれない思えるところが大好きだし。ドラえもんはみんな大好きで、たぶん家の思い出と結びついてることが多いと思うんですよ。毎週金曜日に見る時にこんな食卓だったとか。」(辻村さん)
「あー!思い出した!ちょっとほろ苦いお父さんのビールの香りとか。」吾郎が唸るように言いました。
「あー分かります。」と辻村さんは頷いて「それからドラえもんのカップで歯磨きしてたとか、初めて観に行った映画が『ドラえもん』だったとか。」
「ああ、それもあるね。」今度は吾郎が頷きました。
今思い出しても色んな思い出がくっついてくる、と辻村さん。そこに国民的漫画の底力を感じるそうです。

学生時代に辻村さんが救いを受けた本もあります。
それは綾辻行人さんの「十角館の殺人」。ある孤島を訪れた大学のミステリー同好会のメンバーが次々と殺されていくミステリー小説です。
「小学校6年生の時の読んだんですけど、真相が分かるところで驚きすぎて本を手から落としてしまって。すごいものを読んだと思って、隣の部屋にいた妹にいきなりネタバレで全部喋るという(笑)。」
辻村さんはこの時初めて「驚きって感動になる」ことに気付いたそうです。
「これ(かがみの孤城)だってねえ、真相を知って何人の人が感動したか。」(吾郎)
「あ、嬉しい。」と辻村さんはにっこり。
それ以来綾辻さんの大ファンになり、ペンネームも
「綾辻さんの『辻』の字を勝手に頂いて、『深月』も綾辻さんの小説(『霧越邸殺人事件』の登場人物から頂いたんです。」
「ああそう、完全にペンネームなんですね。」(吾郎)
「で勝手に頂いたんですけど、デビューする前後くらいに綾辻さんから『まあいいでしょう』と言われたので、それを勝手に了承だと思って今まで活動してきたんです。」(辻村さん)
「いや、嬉しいと思いますよ。」(吾郎)
「あまりに大好きだったので、高校生の時に綾辻さんのサイン本が当たります、という…綾辻さんに一言メッセージを送ってくれたら抽選で3名様にサイン本が当たるという企画があって、サイン本があったらそれをお守りにしてこの先作家になりたい自分が頑張れるんじゃないかと思って100枚ハガキを出したんです。100枚ハガキを出したらサイン本を無事にもらえたんですけど、その時がちょうど世の中に“ストーカー”という言葉が出始めた頃で(私ストーカーみたいだな)と我に返って、今思うとダメ押しなんですけど、出版社に「私はストーカーではありません」と手紙を出したんです。」(辻村さん)
「不安になっちゃったんですね、ストーカーだと思われたらどうしよう、って。」(外山さん)
「でも綾辻さんは『よくもこんなにたくさんのハガキを、とは思ったけど、ストーカーだなんて思ったことなかったですよ』と言って、お仕事場の住所を教えてくださって『本の感想とかあったらこちらまでどうぞ』って言ってくださって。それからお手紙のやり取りを何回かさせてもらったんです。」(辻村さん)
「へぇー…」(外山さん)「嬉しい…」(吾郎)
「でも最初にお返事を頂いたときに見た文面が短いものなんですけど、私がそれまで本の世界で見ていた綾辻さんの後書きとかエッセイとかで書かれている文体と同じで、短い文章の中でもこの作家さんが自分に書いてくれたものだと分かる。これが作家性なんだと思って。」(辻村さん)
「出るんでしょうね。」(吾郎)
この体験を通じて、今まで身近に感じることのなかった作家という存在が「現実にいるんだ」と思えたという辻村さん。それから小説を書いていくときに、綾辻さんからお手紙を頂いたことがすごく励みになったそうです。
「それはデビュー前ですよね。それから小説を書く上でどんな影響を受けたんですか?」(吾郎)
「今回の『かがみの孤城』もジャンル分けが難しいと思うんです。単なるファンタジーではないし、ミステリーとかSFという一方向じゃないし、じゃあ青春小説かというとそれ以外の部分もあるし。ただこういう形になっているのは、私が綾辻さんが大好きなので何を書いてもミステリーになってくる、そこは影響を受けているところですね。綾辻さんのミステリーとドラえもんからもらった少し不思議の世界観がきっと私の基本の部分にあるんだろうなと思います。」(辻村さん)

ここでまた辻村さんの執筆部屋の写真を拝見。CDがたくさん積み上げられています。
「執筆中に聞いている音楽の写真です。」(辻村さん)
「筋肉少女帯?!」(外山さん)「意外ですね。」(吾郎)
「私大槻ケンヂさんが大好きで、綾辻さんとかドラえもんと同じくらいに大槻さんの歌詞世界とか小説が大好きなんです。大体大槻さんの筋肉少女帯か特撮の曲がかかってる。」(辻村さん)
「結構激しい曲ですね。」(外山さん)
「そうですね。音楽をかけるとテンションが入ってくる感じなので執筆中に音楽はあってほしいです。」(辻村さん)
一見おとなしそうな辻村さんが激しい音楽がお好きとは意外ですね。

AD山田くんの消しゴムはんこは本屋のPOP風。「全ての戦う人に捧げる」というキャッチフレーズが付いています。真ん中の鏡の中のお城が沖縄の首里城なのが山田くんらしかったです。

番組後半では辻村さんが自分の好きなものについて熱く語ったのが素敵でした。好きなものがたくさんあると活き活きしますよね。
それにしても「屍人荘の殺人」の今村昌弘さんも綾辻行人さんが大好きとおっしゃっていて、綾辻さんに興味がわいてきました。


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吾郎表紙のサンデー毎日は明後日7/3発売!

月に一度のお楽しみ、7月の「新しい別の窓」(ななにー)まであと45分になりましたが、忘れないうちに一つお知らせを。

吾郎表紙&インタビュー掲載の「サンデー毎日」が明後日7/3に発売されます。私の記憶の限りでは「サンデー毎日」には初登場だと思うので(間違っていたらすみません)、とても楽しみにしています。


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親子、この不思議で厄介で愛しいもの (「ゴロウ・デラックス」 6/22)

オープニング。
「突然ですが吾郎さん、ご両親のことどれ位ご存じですか?」(外山さん)
「両親?僕が生まれる前のことは…意外と知ってるようで知らないことは多いかも知れないですね。二人とも元気ですけど。」(吾郎)

あなたは自分の親のことをどこまで知っていますか?…普段あまり考えたことがないテーマかも知れません。

ゲストはコラムニストのジェーン・スーさん。ゴロデラには5回目のご出演で、もはや準レギュラーと言ってもいいでしょう。スーさんは女性の生態や本音を赤裸々に綴った「読む女子会」のような本で人気を博してきましたが、今回は一転「家族」というテーマを取り上げました。

課題図書 : 「生きるとか死ぬとか父親とか」 ジェーン・スー (新潮社)

「今聞いておかなければ一生後悔する」との思いから、かつて絶縁寸前までいった父と娘がもう一度向き合う物語です。
「24歳の時に母を亡くして。(母は)母親ってお面をずっとつけたままで終わっちゃったんですよ。だから母じゃない彼女の姿、例えば結婚する前の事とか、母親をやらなきゃいけないというプレッシャーがないところでの話を一切聞けなかったんです。それが心残りで。『お母さんってどんな人だったんだろう』と思ってふと横を見ると父親がもうすぐ80歳になってきて。『このままだと私、もの凄い後悔する』と思ったときに、『お金が無くなった』と父親が言ってきたので『お金払ってあげるからプライベートくれよ』と…。」とこの本を書こうと思った動機を語ったスーさん。更に
「今まで自分の半径5m範囲のことを書いてて、親もそうだと思ってたんですよ。半径5m範囲のことじゃないですか、家族って。だけど話聞いてみたら知らないことばっかりで『たかくくってたな』って。」
「やっぱり取材したら全然知らないことがあったんですね。」(吾郎)
「だから多面的に親を見られるようになりました。ずーっと“親”ということでジャッジしてたんですよ。親として何点、みたいな。でも親以外の面もあって当然だな、と。」(スーさん)
「いち人間としてのね。男として、女としての。」(吾郎)
「憎しみみたいな感情しか持ってなかった時期もあったんですけど…。それが今ではだいぶ許せるようになったし。」(スーさん)
スーさんのお父様がどんな方なのかが分かる一節を吾郎が朗読。

父はコーヒーを飲まず、ロイヤルミルクティーを好む。
ロイヤルホストのドリンクバーには当然、ロイヤルミルクティーなどない。温かいミルクもない。
植物性のコーヒーフレッシュは嫌がるので、私はいつもコーヒーカップを両手に一つずつ持ち、ラテ・マキアート(エスプレッソと少なめの泡立てたミルク)のボタンを押す。最初の数秒だけ温かいミルクが出てくるので、左手のカップにそれを注ぐ。温かいミルクだけが入った左手のカップにはアールグレイのティーバッグを入れ、少しだけお湯を足す。これで簡易ロイヤルミルクティーの出来上がりだ。
なぜ、こんなことをしているかと言えば、それは私が女だからかもしれない。血の繋がった娘の私でさえ、この男を無条件に甘やかしたくなるときがある。
他人の女なら尚更だ。
女に
「この男に何かしてあげたい」
と思わせる能力が異常に発達している
のが私の父だ。

「ええ?どういうこと?!」と少々混乱している吾郎の為にスーさんがラテ・マキアートのくだりを補足説明。「荒野のガンマンのように」コーヒーカップを二つ持ち、一つをエスプレッソマシンに置いてラテ・マキアートのボタンを押す。最初に温かいミルクが出てくるので、出終わった瞬間にもう一つのカップと入れ替える。温かいミルクだけのカップにアールグレイのティーバッグを入れ、それだけでは出ないのでお湯を足してツンツンすると「ほぼほぼロイヤルミルクティー」になるのだそうです。
「牛乳のホットさえロイヤルホストが作ってくれれば私はこんな事はしない。」とスーさん。そしてもう一つのカップには
「めちゃめちゃ苦いエスプレッソが残っているわけですよ。これは飲めないので、ラテ・マキアートをもう一回押すと表面張力ギリギリ位のが出来上がるのでそちらを私は頂く、苦いなあと思いながら。」
「それでも苦いですか?」(吾郎)
「苦いです。人生ですよ。人生並みに苦いですよ。」スーさんの言葉に外山さんは笑い転げました。
「ほんとに私の父親はなんかしてあげたい感じになっちゃうんですよ。なぜだか分からないけど。」(スーさん)
「すごい!男が一番持ってると人生得するもの。魅力ですよね。」(吾郎)
「ほんとにそう思います。」(スーさん)

ここでお父様のプロフィールを紹介。ジェーンさんが3歳の時の父娘写真を見ると、お父様は鼻筋が通ったイケメン。そしてスーさんはお父様に似ています。
「ちょっと本木さん、モックンみたい。」(吾郎)
性格は「短気」なのだとか。
「70過ぎてから岩が波に削られるように穏やかになってきましたけど、昔は本当にひどくて。30台半ばからは『親 縁を切る』で何度もグーグル検索するくらい険悪になってました。結局母親っていうのが全ての緩衝材だったんですね。で母が亡くなって父とどう話そうかと思ったら、通訳のいない国際会議みたいなんですよ。文化も違う言語も違う。大事なことを決めなきゃいけないのに何にも分からない。」(スーさん)
「そして随分時間を掛けてインタビューされたという…」(吾郎)
「1年半くらいです。」(スーさん)

スーさんが1年半掛けてお父様にインタビューして分かったこと。
その1。派手な女性関係
まず外山さんの朗読から。

「老い先短いいまになったから思うけど、パンアメリカンのスチュワーデスだった彼女と、『ミス住友』って言われてた年上の彼女はどうしてるかなぁ。死ぬまでにもう一度会いたいんだよねぇ。探してくれない?」
ご勘弁!どれほど投資したのかは知らないけれど、回収するのは頭のなかの思い出だけにしてくれたまえ。
女たちの姿を想像してもまるでイメージが湧かないが、彼女たちが父に会ったら相好を崩し喜んで世話をする姿だけは、なぜかハッキリと頭に浮かんでくる。

「他にもいっぱいいるんですよ、文字数の関係でいくつか省きましたけどね。」とスーさん。先程の話からさぞや女性にモテただろう事は想像できましたが…。
「だいたい終わり際で揉めてるんですよ。で、なぜ揉めるのかよく聞いてみると次が始まっちゃってるからなんですよ。ダメすぎる!」
「すごいね、お父さん!」(吾郎)
「母親が呼び出されたりしたらしいですよ。」(スーさん)「えー!」(外山さん)
「『結婚してるって聞いてなかったんですけどどういう事ですか?』って。」(スーさん)
「お父さんちゃんと言ってなかったんだ…。」(外山さん)
「で呼び出されたので『ウチのがすみません』って出ていく、って言ってました。正妻は強いよね。」(スーさん)
「一人二人ではないですよね。実は沢山いるんでしょうね。」(外山さん)
「そんなゴキブリみたいに…。」とスーさんは笑いましたが
「別れてないってことは(お母さんを)一番好きだったんでしょうね。母も好きだったんだろうと思います。」

その2。お仕事について。
自営業だったお父様は女性だけでなくお金に関しても心配事の多い方だったそうです。
ここで吾郎と外山さんの朗読。

「いいニュースと悪いニュースがあるぞ」
本当にそんな台詞を吐く人がいたなんて、と面喰らう。
「なによ」
「どっちから先に聞きたい?」
「いいから早く」
「まずはいいニュース。借金の整理が付いた。六十万で手が打てる事になった。」
「は?確か四億あったでしょう?」
「それが六十万になったんだよ。すごいだろ」
「確かにすごいわ」
「だが俺はその六十万円が払えない」
「なるほど、悪いニュースだ」
電話がきたということは、幾ばくかの支援を期待されているということ。とは言え、実際に娘からちょっとした額のお金を受け取るのは気が引けるかも知れない。
父に封筒を渡した。
「これなに」
「全額は無理だから、三十万」
こんなにもらえない、そんな無理はしなくていい、恵んでもらおうとしたわけじゃない、などなどなど。
つらい言葉が父の口を突いて出ないよう、大雑把に伝えた。
が、しかし。
敵は何枚も上手だった。父は明るい声で
「ありがとう!」
と言うやいなや、ヒョイと自動改札を抜け向こう側へ行ってしまった。
この人には一生勝てない。勝てるわけがない。
後に、父は言った。
「現実は見栄を超える」
この先、覚えておいて損はない言葉だろう。
命ある限り、図太く生きるしかないのだ。

仕事と株の失敗で作った4億の借金、そして母以外の女性の影。スーさんはこれまでお父様のことを「とんでもない人」だと思っていましたが、今回取材して仕事人としての意外な一面を知ったそうです。
「父の仕事のことで今回初めてきちんと話を聞いて、『この人と一緒に仕事してみたかったかも』と思ったんですよ。」
「へぇー!」(吾郎)
「いままでは“滅茶苦茶な親”という印象と、借金を作ったひどい経営者っていう印象だったけど、昔の仕事っぷりを聞いたら『あ、この人の働き方意外と好きかも』もしくは『私影響されてるかも』って。父の働き方ですごく参考になったのは、『気に入られる』っていうのはおべっかを使うとか何でもハイハイと言うことを聞くこととかではなくて『与えられたものを期待以上のスピードと正確さと成果で出す』こと。一所懸命やると向こうの信用を少しずつ勝ち取れるよ、って事は教えてくれて。いわゆる爪痕を残そうっていうんじゃないんですよ。それってある時人の場を崩すじゃないですか、爪痕を残そうとする人が入ってくると。」(スーさん)
「ああ、その時だけのね。」(吾郎)
「そうそう。そうじゃなくて、今日の現場がいつも以上に上手く回るための一つの歯車として機能するということを、父はたぶん徹底してやったんですね。」(スーさん)
「すごい上品だよね、そこは。」吾郎は感心していました。

ここで話題は外山さんのお母様のことに。
「母はアナウンサーだったんですよ、ラジオの。」(外山さん)
「そうだったんだ!…やっぱ知らないこと多かったなあ…」(吾郎)
「だって言わないもん!(笑)」(外山さん)「何年も一緒にやってるのに…」(吾郎、ちょっと淋しそう?)
「…じゃあ、親と同じ仕事に就いたの?!」(スーさん)
「すごい!そんな話があるんだ!」(吾郎)
「意識して?」(スーさん)
「意識はしたくなかったですね、出来ればね。」(外山さん)
「いい話じゃない。目頭熱くなってきちゃった。」(スーさん)
「いやあ、全然良くないの、これが。永さんのラジオを聞いて、電話で『あんなに失礼なことを言うなんて』とか『あなた言った事あるわよ、なんであんな事も知らないの』とか色々うるさくて。」外山さんは興奮して声がいつもより高くなりました。プロの目でチェックされてしまうんですね。
「もうそれがいやだったけど。今はもう『聞かないで』って言ってます。」(外山さん)

そして話題は吾郎と親の関係性へ。
「友達みたいな関係かな?親戚ぐらいな感じ?」と吾郎は自問自答。
「稲垣さんは大人になるのが誰よりも早かったから」(スーさん)
「中2って子どもですよね。」(吾郎)「子どもですよ!スーパー子ども。」(スーさん)
合宿所に入っていた時期もあったけど実家から通っていたのでホームシックにはならなかった、と吾郎。でも
「僕だけちょっと違うところにいる感じ、芸能界に入っちゃったから。だから(この本を読んで)色々感慨深かったし…。そろそろですよね、向き合っておかないと。」更に自分の父親について、
「父はクールすぎて…。シャイなところもあるし…。僕もそういう所があるんだけど…。分かるんですよね、父のことが。自分のことは喋らないし家では無口だし。わがままでちょっとイラッとする事が多いし。マイペースですね、ウチの父。だから似てきているのかも知れない。だけど僕はタレントになっちゃってものの見え方も変わってきちゃってるから。タレントになってからの人格ってあるじゃないですか。芸能界に入ってなかったら人格も違ってたと思うし、もっと父に似てたかも知れないし…。もっとクールになってたかも…。だから歩み寄りにくいんですよね、未だに。」ととつとつと語りました。
「クール・マイペース・無口って完全に稲垣さんの形容詞だと思いますけどね。」とスーさん(←そうそうその通り!)。でも吾郎に言わせると「父の方がもっとクール。」若い頃の吾郎のイメージに近いとか(←それ、すごくかっこよくないですか?)。
それからこんな話も。
「そんなクールな父でも…僕、20代の時に半年くらい仕事を休んで実家に帰った時期があるんですけど、親と一緒に半年いて、もう仕事復帰してもいいということになってまたバラバラに生活するとなったときに、父がふと『吾郎も明日からいなくなるのか、淋しくなるな』ってボソッと言ったんですよ。」
それを聞いた途端スーさんは涙ぐみました。
「そんなの聞いたことなかったのに。」(吾郎)
スーさんは何か言おうとしましたが涙声になってそのまま俯きました。
「そんな風に思っていたとも思えなくて。その一緒にいた半年間だって喋ってなかったし。向こうから歩み寄ることなんか昔も今もないのに。ただあの、ボソッと言った一言だけは忘れられないですね。」(吾郎)
「…ってことは楽しかったってことですよね、一緒にいて。」スーさんが涙で潤んだ目で言いました。「…やだあ、ちょっとジーンときちゃった。」
「だからこっちから歩み寄る…っていう言い方でいいのか分からないけど、お父さん、って行かなきゃいけないんでしょうね。」(吾郎)
「向こうからは来れなかったんでしょうね、今までも。」(スーさん)
「これからもそうって事ですよね。」(吾郎)「そうです。」(スーさん)
「ちょっと恥ずかしいですけど。」(吾郎)
今この時期にあの時の話を吾郎から聞けて良かったと思います。本当に色々なことを乗り越えたからこそ今があるのだと改めて思いました。

そして1年半の取材を終えて、スーさんが行き着いた「親子」のあり方について吾郎が朗読。

母が鬼籍に入って二十年。しっちゃかめっちゃかだった父と娘は、ときに激しくぶつかり合いながら、友達のような、年の離れた兄弟のような疑似関係を築くことでなんとかやってきた。
生きていようが死んでいようが、ときに緩衝材であり、通訳であり、思慮の浅い父娘を繋ぐ綱が母だ。
父を見る視線の中間地点には、常に母が立っていた。
視界がぐるりと回転する。
記憶のなかに母を見やると、母と私の間に父が立っていた。
いままでで一番、父が父親らしく見えた。
禍福はあざなえる縄の如しというが、親子は愛と憎をあざなった縄のようだ。愛も憎も、量が多いほどに縄は太くなり、やがて綱の強度を持つようになるのだろう。
お母さん、我が家もようやく、父と母と娘の三人家族になりました。

「いやあ、染み渡りますね。」(吾郎)
「二十年かかりましたからね。」スーさんは潤んだ目で笑いました。
「お父さん、本読んだんですか?」(外山さん)
「1日2行ずつ読んでいるそうです。」スーさんはそう言ってスタジオを笑わせました。
「私びっくりしたんですけど、十中八九父に都合の悪いことを書いてるじゃないですか。で、私言ったんですよ、『十中八九あなたに都合の悪いことが書いてあるから、今回はこういう事で人が褒めてくださるから有頂天になってるけど、人に渡すときは自分が読んでからの方が良いぞ』って言ったのに、読んでないうちにバンバン色んなとこに渡して自分の恥部をどんどん晒してる。何をやってるんだ!と思って。」(スーさん)

AD山田くんの消しゴムハンコはお父さんとお母さんと幼いスーちゃんのほのぼの3ショット。
「今回は見ている方も両親について色々考えたんじゃないでしょうか。」という吾郎の締めの言葉には説得力がありました。


最後になりましたが、大阪北部地震で被害に遭われた皆さんにお見舞い申し上げます。地震の瞬間、皆さんは通勤通学で離れ離れになったご家族の事をまっ先に思われたのではないでしょうか。私は東日本大震災の翌日、家族全員が帰ってきた時本当にほっとしたのを思い出しました。家族への思いを力にしてがんばりましょう。


拍手ありがとうございます